軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十五話:決断

聖なる勢力と魔なる勢力に決着がついたその日。

マイノグーラの首都が存在する大呪界に帰ってきた拓斗らは、ようやくその張り詰めた緊張を緩めていた。

「拓斗さまぁぁぁぁぁ!!」

が、拓斗にはまだまだ仕事が残されている。

それはすなわち、このショックと自罰心で泣き崩れている腹心の配下を慰めることだ。

「このアトゥ、一生の不覚ぅぅぅぅぅ! どのような罰で甘んじて受け入れますぅぅぅぅうぅぅ!」

大粒の涙をこぼしながら大泣きするアトゥに拓斗もどうしていいか分からない。

加えて彼女からぎゅうっと抱きつかれているからその困惑もひとしおだ。

普段なら慌てふためいてドギマギするところであろうが今はそれどころではなく、その前に己の鼓膜の心配をする必要すらあった。

「い、いや……大丈夫。ほんと大丈夫だから。それに罰だなんて、あれは仕方なかったことだよ。アトゥに罰を与える理由なんてどこにもないさ」

そう言いながら渇いた笑いを浮かべる拓斗。

その姿が精彩を欠いていることに目ざとく気づいたアトゥは、更に大粒の涙を浮かべて泣き始める。

「うう、それほど消耗なさって。私のために! 私のために! 申しわけございませんんんん!!」

「そ、そう思うなら少し休ませて……」

疲労は確かにあるが、どちらかと言うと現在進行系で心労を重ねている状態である。

アトゥがショックを受ける気持ちも理解できるがゆえに強くは言えないが、正直なところ休ませてほしいのが本音だった。

「うう、うううっ……。けれど、本当に良かったです」

そんな拓斗の内心を知ってか知らずか、アトゥは上目遣いに拓斗を見上げながら切り出した。

「ん? 何がかな?」

普段ならその仕草に胸の一つでも高鳴らせるものだろうが、今のアトゥは涙と鼻水でどろどろになっているため些か情緒に欠ける。

とは言え笑顔を浮かべ、彼女を気遣うことは忘れない。

何より、拓斗自身あまり気取られたくないとある事情があった。

「拓斗さまと対峙している時、まるで拓斗さまじゃないような感じが凄く強くて、それが本当に恐ろしかったのです……」

アトゥが、拓斗の中に彼とは違う恐ろしい何かを感じたのはこの時が最初ではない。

時たまそのように感じ、まるで拓斗という存在が彼女の知っているその人ではないかのような認めがたい感情をアトゥに与えていたのだ。

だからこそ拓斗が英雄《名も無き邪神》としての能力を有している時、その英雄こそが本質であり拓斗こそが模倣された偽物なのではないかと考えてしまった。

よくよく彼の言葉やプレイヤーとしての振る舞いを見るとその判断は間違っている事が分かるのだが……。

だがアトゥには、本当にこの判断が正しいようにその時は感じられたのだ。

拓斗も、そう思われていることを薄々感づいていたのか、彼女の瞳に浮かぶ涙を指でそっと拭うと幼子に言い聞かせるよう優しい声で説明する。

「ああ、あれね。というかあの中でアトゥが一番戦闘能力が高かったから、どうしても君を抑える必要があったから。少し芝居を打たせてもらったんだ」

実のところ、今回の作戦はかなり際どかったと言える。

拓斗が自らが一度見た相手の能力を模倣できるという《名も無き邪神》の能力を有している事はこの一連の戦いにおける不幸中の幸いであった。

だがその代償が些か膨大だった。彼が戦闘中に時おりみせた頭痛もそうであるし、今現在彼を強く襲っている力が根本から抜け去るような疲労感と倦怠感もまたそうだ。

あと数手……相手の手番が多ければ、模倣の能力も限界を迎え戦況を覆されていただろう。

だがその苦境を乗り越えてなお勝利するからこそ、伊良拓斗はイラ=タクトたり得ているとも言えた。

「ごめんね、作戦とは言え君を騙すような事をして。どうか僕を許してほしい」

とは言え、アトゥを騙したのは彼にとっても不本意な結果。

故に真摯な謝罪を向ける。

「いえいえいえいえ! そんな! 私の方が悪いのです!」

その言葉に、アトゥは畏れ多いとばかりに大げさに慌てふためいた。

彼女としては敵に後れをとった自分の失態であり、最後の最後まで拓斗に面倒を見てもらいケリを付けてもらった形になる。

これでは英雄の面目丸つぶれ。むしろ自分が謝罪こそすれどこのように謝られることは予想外にも程があった。

「いやいやいやいや、僕の方も悪いよ。もっとスマートなやり方があった!」

反対に、拓斗もまた予想外。

全ての配下は指導者である拓斗の指示の下に動く。

であればその責任の全ては拓斗に集結する。ブレイブクエスタスという非常に分かりやすい事例を出されておきながら、まんまと別のゲーム勢力に後れをとった自分こそ非難されるべきだと思ったのだ。

その後も、いやいや私が、いやいや僕が、と遠慮と謝罪の応酬が繰り返される。

やがてどちらともなく笑い出し、お互い気にしないということで仲直りをする。

これで全て丸く収まった。

明日からはまた、いつもどおり慌ただしくも楽しい日々が訪れるだろう。

だから今日だけは、ちょっとだけいつもより拓斗に甘えようと……。

アトゥが自らの主に微笑みを向けた瞬間。

「……あれ?」

「拓斗さま?」

拓斗の瞳から、今まで感じていた叡智の光が消え。

「えっと……君は、だれ?」

不思議そうにこちらを見つめる、彼女の主がそこにいた。

◇ ◇ ◇

それから起きたことは、マイノグーラにとって今まで以上に衝撃的で悲劇的なことであった。

マイノグーラの王であるイラ=タクトはその日より記憶喪失に陥る。

自分を誰か思い出せず、ここがどこかも、相手が誰かも分からない。

言語や物の名前などはある程度思い出せるようだが、こと人物やエピソードの記憶となるとその一切が消え去っていた。

加えて、その殆どを深い眠りに費やすようになってしまっていた。

拓斗の寝室。

暗い室内で未だ眠りにつく拓斗の側で、憔悴しきった表情のアトゥはただ彼の寝顔を見つめる。

「……どうぞ」

形式的なノックが聞こえた後、入室を許可すると現れたのはモルタール老であった。

彼自身もアトゥほどではないが憔悴しており、この状況に強いストレスを感じているのは確かだ。

「王のご加減はいかがですかな?」

「依然として、かわりありません。ずっと寝たきりで、目が覚めても私のことももう殆ど分かっていない様子です」

モルタール老に比較的動揺が見られないのは、一度彼の復活を直接目の当たりにしているからだろう。

どれほど絶望に陥ろうが、それは浅はかなダークエルフがおよそ乏しい知識の範囲で判断した結果に過ぎないと。

必ずや王はまたあの日のように姿をみせるのだろうと。その確信がどこかにあったからだ。

故に、彼はまずこの状況を解決するために拓斗が記憶を失った原因と、国内の安定に注力することにしていた。

「一体何が王の身に起こったのか……部下にもいろいろと調べさせておりますが、原因は分かりませぬ」

「いえ、おそらく力を使いすぎたのが原因でしょう。全ては……私の失態です」

「アトゥ殿……」

その可能性は、モルタール老も考慮に入れていた。

今は拓斗が力を取り戻すための闇の呪法を目下調査中で、あらゆる手段を用いて様々な文献の入手にあたっている。

無論彼にアトゥを責めるつもりはない。全ては王である拓斗が判断を下したのだ。

であれば、配下はその決断を何よりも支持しなければならない。

「私は無力です。このような時に何をするかも分からず。ただ狼狽えることしかできない……拓斗さまはあのような絶望的な状況の中であっても、私を助け出してくださったと言うのに」

モルタール老がこの場にやってきたのは拓斗の様子をみる為もあったが、実のところアトゥへの助力を求めてだった。

彼女は眠りにつく拓斗が僅かな時間だけかつての記憶を取り戻したとある日に、マイノグーラを導く権限を与えられている。

すなわちそれは一時的な指導者になった事を意味し、様々な配下や施設の建築に関する権限を行使することができるのだ。

その権限が今は必要であり、万が一拓斗が長期にわたって回復しない場合に備えて国力を増加させる責務があった。

加えてレネアの国家と聖女がどのようになったかも至急調査する必要もある。正直なところ指導者不在は不味い状況なのだ。

だがアトゥの様子を見る限り。それも厳しそうに見えた。

今の彼女は憔悴しきっており、おおよそ国家を導くような余裕はないように思えたからだ。

「私では無理です……」

今の彼女からは弱音しか聞こえてこない。

だが、その後に続く言葉はモルタール老の予想を裏切るものだった。

「――だから、彼に頼みます」

「彼……とは?」

オウム返しで問うモルタール老。

アトゥの瞳からは悲壮感が消え、代わりになんらかの覚悟のようなものが見て取れる。

やがてゆっくりと拓斗の頬をなでたアトゥは、そのまま静かに立ち上がりモルタール老に向き直る。

「英雄ヴィットーリオ」

そして、彼女の口からモルタール老が――いや、ダークエルフの全ての人々が初めて聞く名前が告げられた。

「《幸福なる舌禍ヴィットーリオ》。絡め手と策謀を得意とする、このような状況下に置いて最も力を発揮するであろう――」

そう、それは新たな英雄。

ダークエルフには一切知らされていなかった、だがアトゥたちマイノグーラに元々所属する者はよく知る……知らずにはいられない。

「マイノグーラ史上最低最悪の英雄です」

『Eternal Nations』において最も有名な英雄だった。