軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十四話:ソアリーナ

華葬の聖女ソアリーナは、クオリアの寒村に住まうなんの変哲もない娘であった。

聖女とは、ただ一人の例外をのぞいて後天的に獲得する特殊な性質である。

実在を確認されている聖神がどのような基準によって彼女たちを選んでいるのかは分からない。

だが、選ばれた者には例外なく上級聖騎士を超える戦闘能力と、何より他に類を見ない特殊な奇跡が与えられる。

ソアリーナに与えられた能力は華葬。

強力無比なる火炎を操る、こと破壊力においては聖女の中でも上位に連なる驚異的な力であった。

ソアリーナは、幸せに暮らしていた。

村と家は貧しかったが、それでもなんとか日々暮らし、神への祈りを欠かさず続け模範的な信徒として代わり映えのない、だが幸せな日々を過ごしていた。

神が与える奇跡。聖女としての認定には代償が必要である。

それが聖女の力の強大さによるものか、それとも神の意志によるものかは定かではない。

だが過去の聖女は例外なくその力を得る際に何かを代償にしており、その結果人々からその信仰と崇敬を一身に集める聖女であってなお悲惨な最期を迎える者も少なくない。

ソアリーナの代償は、彼女の周りにいる親しい人々その全てであった。

家族、友人、知人。

およそ彼女の村に住まう人々全て。

不慮の事故や悲劇的な事件などが起こったわけではない。他ならぬ彼女自身が焼き尽くしたのだ。

中央の指示によって。

……彼女の愛した人々は。聖女の力に狂っていた。

自らの村が聖女を排出したということである種の権威を得た彼らは、自らの欲望を律することができずに他の村々に不当な要求を始めたのだ。

いくらソアリーナが説得をしようとも、一時的に良い顔をして頷くもののしばらくすれば元の木阿弥。

もはやソアリーナの村の人々は自分自身では止まれなくなってしまっていた。

無論ソアリーナも傍観していたわけでもなく、中央も慈悲の心がなかったわけではない。

だがソアリーナが自ら中央まで赴き、直接依代の聖女に泣きついてまで得た時間での解決は、ことごとくが失敗に終わってしまった。

やがて周辺の村で餓死者と凍死者が出た段階で、彼女は決断せざるを得なかった。

彼らは敬虔なる神の信徒ではなく、悪魔に誑かされた唾棄すべき悪鬼であると。

家族も、友も、知人も……全て燃やし尽くされた後に残るのは咲き乱れる花々。

手向けのように、死者へ送る花はただそこにあるだけでソアリーナに何も語りかけてはくれなかった。

それが……華葬の聖女ソアリーナが生まれた日の話。

一人の少女が、悲しみの中で心を閉ざした日の話だった。

◇ ◇ ◇

「と……言うわけで~!」

軽快かつ軽薄な宣言が、ソアリーナに向けられる。

その言葉を聞き、その姿を見た瞬間。

ソアリーナはこの世にこれほどまでの絶望があるのかと神を呪った。

「楽しい楽しい復讐の時間だよ! ソアリーナちゃ~ん♪」

「……エラキノ」

そこにいたのは先程彼女の手の中で看取られた魔女エラキノ。

いや……エラキノを模したイラ=タクトであった。

「そう、エラキノちゃんだよ♪ ソアリーナちゃんの無二の親友。互いを強く思うズッ友! ……そして、君がまた殺した友達だ」

「いや、いや……」

ソアリーナは頭を抱えて嗚咽を漏らす。

過去の罪が今となって自分に襲いかかり、どうして殺したのかと頭の中で合唱する。

「痛かったなぁ。苦しかったなぁ……。ねぇソアリーナちゃん? どうして君はあんな無謀な事を言いだしたのかな? 破滅の王を倒すだなんて、エラキノちゃんは最初にあれだけ反対したでしょ?」

分かっていた。

誰が一番悪かったのか。このような有様になった全ての原因がどこにあるのか。

どこにあるのか全て理解していた、理解していてなおそこからずっと目をそむけ続けていた。

「欲が出たんだねソアリーナちゃん。欲が出ちゃったから、GMの力があれば無敵だと思ったから、だからあんな無謀な事をしちゃったんだ」

「違う、違うの……許して、許してくださいエラキノ……」

きっと、浮かれてしまっていたのだろう。

久方ぶりに誰かと心を砕いて話ができて。

自分を聖女としてではなく、ただ一人の娘として扱ってくれるエラキノが眩しくて。

だから勘違いしてしまったのだ。

自分は特別だと。

このまま上手くいけば、失ったものを全て取り返しまたあの過去のように幸せで穏やかな日々を過ごせると。

そこにはエラキノがいて、毎日笑い合って、取り留めのない話をして、時には喧嘩をして、でも仲直りして……。

そんな日々を、自分が過ごすことが出来ると勘違いしていたのだ。

「許せるわけないよ。だってみんな死んじゃうんだから。聖騎士の皆も、フェンネちゃんも、そしてこの国の国民も……全部全部死んじゃう。エラキノちゃんみたいに」

「ああ、あああっ!!」

「しょせん君もあの村の娘でしかなかったわけだ。傲慢にも自分に力があると勘違いして、そうして何もかも失ってしまう……」

エラキノの言うとおりだった。

結局自分もあの村の人々と根本は同じだったのだ。卑しくて、自分に甘く、自制心がなく、他人の苦しみを顧みない。

そんなことだからバチがあたった。

バチがあたって……また大切な人を失ってしまった。

聖女には、その力の代償が必要だと嫌というほど知っていたのに。

「全部お前のせいだよ、ソアリーナちゃん」

もはや、ソアリーナに言い返す力は残っていなかった。

このまま全てを終わらせたかった。

そうすれば、またエラキノに会えるかもしれないのだから。

天国などもはや信じてもいないが、それでもまたあの人達に会えたのなら……。

自分が存在することで犠牲になってしまった人たちに会えるのなら。

その時は、謝罪の言葉を述べよう。

許してくれるかどうかわからないが……許してくれるまで。永遠に。

ずっと、ずっと。

ギラリと、ソアリーナの視界の端でエラキノの爪が光った。

あれで切り裂かれては、いくら聖女の強靭な肉体であっても死は免れないだろう。

それでよかった。

それが……よかった。

そして鋼鉄を超える強度を持つ爪の刃が振り下ろされ――。

奇妙な破裂音が鳴った。

「……むっ!」

ソアリーナは、死んでいなかった。

なぜまだ浅ましく生にしがみついているのか分からなかった彼女は、一瞬であるがぽかんと呆けてしまう。

そんな彼女と偽りのエラキノの間に乱入するものがあった。

「逃げなさいソアリーナ! あなたにはまだやることがあるでしょう!」

「フェンネ……さま」

それは、顔伏せの聖女フェンネ=カームエール。

すでにそのヴェールは戦いの衝撃でボロボロになり、腹にはどす黒い血のにじみが見える。

それでもなお、フェンネは己の命を振り絞って彼女を助けに来た。

「ここは私が抑えます。あなたは……友に言われたのでしょう! 生きろと! ならその使命を果たしなさい! こんなところで立ち止まるな! ソアリーナ!!」

ヴェールの下の顔は、酷く老け込んだ老婆のソレであった。

その美しい声音との差にソアリーナは驚くが、聖女が代償を必要とするものだと思い出す。

きっと……彼女には彼女なりの理由があったはずだ。

エラキノと手を組んだのも、イラ=タクトが言い放った「自分だけが幸せになりたいと思った愚かな女」という言葉も。

きっと、彼女が何かに希望を持ち続けた結果として現れたものだと。

自分に大切な何かがあったように、フェンネにも大切な何かがあったはず。

それを捨て、自分だけ逃げて果たして良いのだろうか?

それに……。

「逃げなさいソアリーナ! 早く!」

一体、どこに逃げろと言うのだろうか?

「いや、普通に逃さないよ。ここで殺しておかないと後で面倒だしね」

いつの間にか元に戻ったイラ=タクトが呆れたように言い放つ。

どちらにせよ、この邪悪なる勢力の包囲を抜けなくては逃げることなど到底叶わない。

二人の聖女は認めていなかったが、それは到底不可能なことであった。

「まぁ、諦めて次の人生に期待しなよ。もしかしたら君たちにもあるかもしれないからさ――」

イラ=タクトが再度何かを模倣しようとする。

彼の輪郭がブレ、何かの姿がその内側から現れようとした時だった。

「――!? ぐぅっ!!」

突然、拓斗は頭を抑えて後ずさった。

「拓斗さま!? いかがなされましたか!?」

事態を見守っていたアトゥが慌てたように駆け寄り、憤怒の表情でソアリーナたちを睨みつける。

だが彼女たちとてこの結果は想定外。

何が起こったのかなど彼女たちこそ知りたかった。

「……キャリア、メアリア」

「はーい」

「はいです、王さま」

やがて頭を抑えたままに拓斗がエルフール姉妹を呼びつける。

少し心配そうではあったが、変わらず返事を行う二人に拓斗は短い言葉でもって質問を行う。

「首尾は?」

「滞りなく、です」

「ばっちり!」

その言葉に頷き、次いでモルタール老へと視線を向ける。

「部隊は集まってる?」

「はい、すでに集合済みです……しかし王よ、いかがされましたか!? そこな聖女らが何か危害を!?」

「いや……違う。違うけど、撤退する。すぐに僕の回りに集まって」

これ以上の質問は余計。

だがモルタール老にも何か想定外のことが拓斗の中で発生したということはすぐさま理解できた。

であれば迅速に行動を起こす必要がある。

「――はっ!」

「各員、王の周りに参集せよ!」

モルタール老の目配せでギアが大声で指示を叫ぶ。

するとすでに待機していたマイノグーラの配下たちが拓斗の周囲に集合した。

「集まったね……よし」

その言葉と同時に、拓斗はアイスロックを模倣する。

幾人かのダークエルフが思わず身構えてしまうが、慌てて姿勢を正して指令の通り集合を堅持する。

「少し用事ができタ。今日はこの辺りで失礼すル」

ソアリーナとフェンネに、言葉がかけられる。

そこには僅かながら焦りがあり、だが同時に絶対的な勝者としての余裕があった。

「次は――できれば友好的な形で話ができるといいな」

その言葉をつげるためだけに、一瞬元の姿に戻った拓斗は、やがてブレイブクエスタスをプレイしたなら誰もが知っているであろう飛行転移まほうを唱えると、配下の者たちとともに奇妙な音をかき鳴らして飛び去っていった。

………

……

残ったのは、友を失ったソアリーナと、傷つき気を失ったフェンネ。

そして神光国レネアという名の夢の残骸。

「ううっ……ううう」

全て終わってしまった。

彼女の夢も、友の夢も。何もかも。

目を閉じれば、エラキノのあの馴れ馴れしくもどこか憎めない騒ぎ声が聞こえてくる気がする。

今もふと後ろを振り返れば、あの人をからかうようなイタズラ心溢れる態度でひょっこりと顔を見せてくれる気がする。

だがエラキノはもうこの世にはおらず……。

「うああああああっ!!!」

ただただ、ソアリーナは泣き崩れるしかなかった。