軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十八話:名も無き…(2)

状況は、最悪の一言であった。

汚泥のアトゥは『Eternal Nations』において常に拓斗が使い続けてきた英雄だ。

もっとも彼の近くでその采配を見続けており、彼の近くでもっともその人生を眺めてきた。

故に拓斗の性格は嫌というほど理解しており、だからこそ戦力的に優位に立っているにも関わらず自分たちが窮地に陥っている事を理解していた。

……拓斗が余裕を見せる時は基本的に二つ有る。

一つは相手に対して油断がある状態。手をぬくというか楽しむと言うか、遊び心を出すときだ。

この時であれば問題ない。むしろこれ幸いとその心臓に再び刃を突き立てることが可能だろう。

もう一つは……。

全て終わっている状態。

ゲーム上の優劣が完全につき、勝負の行方が確定した際。

どう転んでも終わりが一つしか無い場合、その時にもまた彼はこのように余裕を見せて遊ぶ。

まさしく、今の状況。

だがそのような状況下にあってもなお、気勢を失わぬ者がいた。

「はんっ! どうせ何もできないから余裕ぶっこいているだけでしょ。さっきの攻撃も最終手段だったんじゃない? エラキノちゃんを殺れなくて残念でした~♪」

エラキノである。

大切な友人であるソアリーナの無事が判明したこともあるのだろう。彼女は途端にいつもの調子を取り戻し、言葉の刃でもってイラ=タクトを攻撃する。

見た目も雰囲気もソアリーナである相手に罵声を浴びせるのは少なくない動揺があるだろうが、今の彼女には本物がいる。

まるで自分を守るかのように横で敵に向けて身構える本物のソアリーナに、エラキノはどこからともなく勇気が湧いてくるような気さえしていた。

「…………」

「ちっ、だんまりかよ――あっ、そうだ! お前ってばアトゥちゃんを取り戻すのが目的だって言ってたよね。それって本当?」

「そうですね。アトゥを取り戻したいと思っています。彼女は私にとってとても大切な存在なのですよ」

当初は沈黙を貫き……同時に興味深そうにエラキノを眺めていたイラ=タクトであったが、アトゥの名前が出てきてからようやく思い出したかのようにエラキノへと反応を見せる。

「ギャハハハハハ! やっぱり! やっぱりそうなんだーっ! 残念でした♪ エラキノちゃんの啜りの能力によってアトゥちゃんはもう完全にこっちの仲間になっちゃってまーっす!」

エラキノの言葉に、ピクリとイラ=タクトが反応した。

今までどのような言葉であっても――まるで闇の塊に向けて投げかけるかのように感情の揺らぎを見せなかったソレは、ようやく何か思案するかのような仕草を見せた。

それを動揺と受け取ったのか、エラキノが投げつける暴言は更に勢いを増す。

「つまりどういうことか教えてあげようか? システム的にももうアトゥちゃんはこっちの勢力なの♪ 洗脳によって一時的に所属が変わってるんじゃなくて、完全に変更されているって訳! だ~か~ら~」

そう、エラキノの《啜り》とはただ相手を洗脳するだけではなく、その所属勢力すら根本的に変えてしまう力を持つ。

ゲームマスターによって数多くを経て作り出されたキャラクターである彼女は、様々な試行錯誤の末に敵対者を自らの陣営に加えるという能力を与えられた。

通常であればいくらGMと言えどもその権能によって相手キャラクターの管理権限を奪うことは不可能だ。それはTRPGにおけるGMという裁量から大きく逸脱してしまう。

だがその力をキャラクターの能力として落とし込めば、同じキャラクター同士による能力行使として判断される。

敵対する別のゲームの勢力にすら、能力を通すことができる。

それこそがGMがこの世界においてルールの隙を突いて編み出した必勝の方法。

一度決まってしまえば、決して覆すことのできないTRPGによるシステムの強制であった。

つまり、汚泥のアトゥという存在はすでにマイノグーラの手から離れ、二度と戻らぬところへと行ってしまった。通常の方法では取り戻すことは不可能。

それが覆しようのない事実だった。

「だから! いくらお前が頑張っても無理なんだよぉぉぉぉぉ!!!」

=Message=============

エラキノの《遠隔攻撃》判定

1d100=【33】 判定:成功

―――――――――――――――――

エラキノの言葉と同時に、無数の斬撃が放たれる。

「……華葬に処す」

広範囲にわたって障害物を破壊しながら殺到するそれを、イラ=タクトはどこからともなく取り出したソアリーナが持つ杖の一振りでもって迎撃する。

斬撃と炎の衝突により膨大なエネルギーが火炎の渦となってあたり一面を吹き飛ばす。

教会の脆い外壁はそれだけで弾け飛び、よりみすぼらしい姿となって戦場を広げた。

「アハハハハ! 頑張って抵抗するねぇ! そうやって他人の力を借りないと、何もできないもんねぇ!」

=GM:Message===========

GM権限行使。

上級聖騎士フィヨルドを復活します。

―――――――――――――――――

「でもぜ~んぶっ! 無意味でしたぁぁぁぁ!!」

=GM:Message===========

GM権限行使。

上級聖騎士フィヨルドは一連の事情を把握した。

―――――――――――――――――

「せっかく殺した騎士団長くんもほらこの通りぃぃぃ! お前がやったことなんてなんの意味も価値もないんだよ! いい加減自分が無能だって理解しろよこの引きこもり!」

地面に倒れふしていたフィヨルドが勢いよく起き上がり、油断無き様子でイラ=タクトから距離を取る。

一瞬両方のソアリーナを見比べていた彼だったが、すぐさま踵を返して戦場を離脱する。

聖騎士である彼が邪悪を前に逃走を選ぶはずがないので、おそらく戦力不足を感じて他の聖騎士たちを呼びに行ったのだろう。

事態は刻一刻と変化し、イラ=タクトにとって不利なものへと変化していく。

事実、これで彼が得た成果は全て無に帰した。

あれほど用意周到に準備してフィヨルドを手にかけておきながら、それすらGMの裁量一つで覆されてしまうのだ。

無論この場にいない騎士団員に対してですらそれは可能だ。

イベントによる妨害が消えた今、そう遠くない内にGMは彼らを復活させるだろう。

いくら努力をしようが、いくら策を弄そうが……。

GMという全てを支配する者の前には、無力にも等しかった。

「酷い言われようですね。私は悲しいです。……暴言はいけませんよエラキノ。それはあなたのマスターの責任になります」

だがエラキノが浴びせるあらん限りの暴言に、ソアリーナは……否、イラ=タクトは心底嬉しそうにそう答えた。

罵声を浴びて、暴言を受けて、無能の誹りと罵りをこれでもかと浴びて、それでもなおまるでその言葉が自分を輝かせるとばかりに喜ぶソレは一体何を思っているのだろうか?

理解のできぬ事象への不快感が、エラキノをより苛立ちへといざなう。

「気持ち悪いって言ってんだよぉ!!」

エラキノが構え、更なる追撃の準備を行う。

ソアリーナの姿を持つ彼は、また先程と同じように華葬の術式を持って迎撃を試みようとするが……。

「死ね! 今度こそ確実に殺してやる! 何をやりたかったか知らないけど! マスターの力の前に、お前ごときが叶う訳ねぇだろう!」

=GM:Message===========

GM権限行使。

華葬の聖女ソアリーナ全員を、一時的に拘束します

―――――――――――――――――

「あっ!」

「おや……」

此度は、抗うことが許可されなかった。

GMの命令によりソアリーナはその動きを拘束される。

無論、エラキノの仲間であるソアリーナの動きも止められることとなるが、この処置はあくまで拘束であるため危害が加わることはない。

両者両様の反応を見せる中、ソアリーナ……イラ=タクトはそれでもなお余裕を崩すことはなかった。

「これは困りましたね。少し待ってくれませんか?」

「はぁ!? 聞くわけねぇだろ――」

後はただもう一度攻撃を加えるだけ。

相手がソアリーナを模倣しているのであれば、今のエラキノが放つ攻撃を無防備に食らって無事なはずがない。

もっとも、何らかの方法で耐えたとしてもGMの権能による拘束は未だアレを縛り付けている。

何度でも、何度でも。

二度と復活が叶わない程に、チリ一つすら残さぬようすり潰し、消し去ればよかった。

だが……。

「ああ。ではこう言いましょうか……」

くすくすと、何が楽しいのかイラ=タクトが嗤う。

そして……。

「プレイヤー、伊良拓斗としてセッションの一時中断をシステムに宣言」

思いもよらぬ奇手を放った。

=SystemMessage==========

プレイヤーからセッションの中断が宣言されました。

問題が解決されるまで参加者の全権限を凍結します。

―――――――――――――――――

驚愕が全員を包む。

エラキノを矢面に立たせ、事態の推移と相手の行動をつぶさに観察していたアトゥとフェンネですらこの行動に反応が追いつかず、その失態に顔を歪ませている。

だがそれも刹那の間。

すぐに意識を切り替えた彼女らは、すぐに互いの状況を確認。

まずは仲間であるソアリーナの拘束が解かれていることから、異常事態が発生した事を確認。

次いでイラ=タクトの動向を確認するためそちらに意識を向けるが……。

「いない!?」

「は、破滅の王はどこへ!?」

先程までソレがいたはずの場所には、まるで始めから誰もいなかったかのようにただ静かな空間があるだけであった。

「なっ!? まさか逃げたの!?」

エラキノが叫ぶ。

GMの混乱が伝わってくる中、彼女も必死に状況を把握しようと意識を集中する。

そして相手が不利を理由に撤退を選択したのかと判断しかけた時……。

「違う! 来ますよ!!」

アトゥの警告が崩れた教会に響き――。

その言葉を合図に、天井を突き破って無数の触手が彼女たちに降り注いだ。