軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十四話:閃き

レネア神光国の中枢部がある種の機能不全に陥っている最中。

まるで他人事とばかりにマイペースにその生活を満喫している者がいた。

汚泥のアトゥ、その人である。

「事件の全容。まったく分かりませんね!」

国家運営機能を集約したレネアの本拠地であるアムリターテ大聖堂。

その中にある個人用の一室を与えられたアトゥは、現在彼女たちを悩ませている問題に対して無理に解決しようと足掻くことをやめ、早々に機が訪れるのを待つことにしていた。

一人部屋であるからだろうか、それともマイノグーラのNo.2でありイラ=タクトの腹心であるという立場から解き放たれたためか。

彼女はベッドの上にゴロンと自分の体を投げ出すと、品悪くゴロゴロと怠惰を享受し始めた。

「あー、昼間からベッドでまどろむの、最高ですね……」

怠惰の極みである。この状況がモルタール老あたりに見つかれば、マイノグーラであれば間違いなく説教コースであろう。

だが今の彼女はレネア所属であり、正確に言えばTRPG勢力所属のNPCキャラクターだ。

故に半ばニートと化して良い空気を吸っている彼女に苦言を呈するものはいない。

とは言え、彼女の行動を一方的に責めることもまた酷であろう。

GMの能力によって完全に洗脳されているとは言え、アトゥは敵国側に所属していた魔女だ。

万が一を考えれば慎重な対応が求められるし、いくら混乱期にあるとは言えレネアの国家運営に組み込むなど持っての他とも言える立場にある。

結局のところ、マイノグーラのくびきから解き放たれたアトゥ生来の自由さも相まってソアリーナたちはこの頭お花畑の魔女を持て余していたのだ。

だがアトゥの態度だけが問題であるかと問われれば、そうとも言えない事情もまたあった。

「というかグダグダ過ぎて全然駄目ですねぇ。聖女のソアリーナさんとフェンネさんはなんだか隔意がある様子ですし、魔女のエラキノさんはあれで甘ちゃん。実働部隊のフィヨルド団長は暴走気味で連絡が取れない。そして私はピリピリした空気が嫌で一人退散……あれ? 割とこの国の上層部ピンチでは?」

そもそも論として、上層部の意思統一が完全に行われていないのだ。

なまじ二人の聖女が同じだけの権力を持つことに加え、魔女とGMというイレギュラーも存在している。

各街や村を治める司祭には大聖堂からの指示が遅れていることを理由に独自の裁量で行動をし始めている。

聖騎士団に至ってはご存知の通りで、最近ではフィヨルドもろくに聖女たちと顔をあわせようとしない。

各々の頭が勝手に好きな方向に進もうとして結局その場から動けずにいる多頭の獣、といった状態がレネアの現状であった。

「これでは拓斗さまにあっという間に滅ぼされてしまいますよ。ねっ、拓斗さま?」

いつの間に作ったのやら、懐から謎の拓斗人形を取り出して話しかけるアトゥ。

暇をあかせて作ったお世辞にも良いとはいえない布と綿の塊だが、この程度の手慰みを行う程度に彼女は暇をしていた。

とは言え、彼女自身も騎士団員殺害事件について全くの無関心という訳ではなかった。

他ならぬ拓斗が引き起こしているであろう問題なのだ。

敵対しているとは言え、拓斗第一主義である彼女がこの問題に思考を割かぬ理由はない。

よってここ最近はひたすらベッドの上で拓斗人形とにらめっこしながら、かつての主の企みを推測することが日課となっていた。

(拓斗さまがこの一連の事件を起こしているとして、何らかの目的があるはず。いえ、私を取り戻したいという素晴らしい目的が第一なのは確かですが、それにしてはやり方が少々まどろっこしい)

ドタドタと部屋の外を誰かが駆けていく音が聞こえる。

自室で仮眠をとっていた聖職者の誰かが、寝過ごして慌てて仕事場に戻っていく音だろう。

今のアトゥに仕事の概念はない。

(GMの能力を警戒している? いや、現在起きている事件の犯人が依然として判明していない以上、拓斗さまがGMの能力に対して何らかの防御手段を確立していることは確か。であればすぐに私を取り返しに来るはず)

窓からぽかぽかと暖かな陽気が流れ込んでくる。

アトゥは邪悪な存在であるが、所属がTRPG陣営になっている影響か意外と悪くなく、むしろまぶたが重くなってくる。

(拓斗さまは何を考えている? いや、何を待っている?)

すでに何度も繰り返した問答だ。

今回も答えはでず、ただ無為な時間だけが過ぎていく。

未だ対抗手段を確立していないのではないか? という思考実験は何度も行った。だがそれならば前提として騎士団員殺害という事件を起こすはずがない。

無論相手の戦力を削るなどというわかりやすい見せ札は間違いだ。

騎士団員殺害は目的ではなく手段。この事件を通じて、イラ=タクトは何かを行おうとしている。

それがなにか、いくら考えても答えはでてこない。

きっと……たとえ。

アトゥの仲間たちの意志が統一され、円滑なコミュニケーションができていたとしてもそれは叶わぬことだろう。

目の前の拓斗人形をじぃっと見つめるアトゥ。

想いがこもってしまったのか存外に力が入り、ただでさえ見た目が悪い拓斗人形の顔面が更に潰れる。

「も、もしかして……拓斗さま、実はちょっぴり怒っていらっしゃるとか?」

ここに至って嫌な予感が湧き上がる。

拓斗の心臓をぶち抜いたのはアトゥのせいではないとしても、たしかに彼女の手によって行われた。

どのような形であれ配下が主を裏切るという最悪の行いが拓斗の逆鱗に触れていないとは言い切れない。

一度考えると不安がむくむくと膨れ上がり、潰れた拓斗人形が「……アトゥなんか大嫌いだ」と呟いているようにさえ聞こえてくる。

「そんなの生きていけない!」

思わず大声で叫ぶアトゥ。

次いで隣の部屋からドンという壁を盛大に叩く抗議の音が鳴り、思わず口に手を当てる。

無論その行動の意味は隣室の相手への配慮ではなく、この嫌な懸念を払拭するためのものだ。

「そう、拓斗さまは敵対する人を決して許さないお方。舐められたら終わりなので復讐はきっちりかっちり百倍返し。甘えや許しという言葉を過去に置き去ってきた切り裂くナイフ! ああお許しください拓斗さま! 私は、私はなんということをしでかしてしまったのでしょうか!!」

などと言いつつもその瞳からは殺意と害意が溢れんばかりに感じ取れる。

おそらく、きっと彼女は目の前に拓斗が現れても殺すことができるのだろう。

淡い恋心にも似た崇敬の念を変わらず懐きながら、それでもなお相手を殺せる。

果たしてそれはGMの洗脳の結果によるものか、彼女が生来有す悪徳によるものか。

少なくとも……アトゥは魔女と称されるにふさわしいだけの精神性を有していた。

「しかし拓斗さま? 拓斗さまはどうやってあの現象から逃げおおせたのでしょうか?」

ふと、今までとは違った切り口からの疑問がアトゥの中にわきあがった。

「『Eternal Nations』の英雄にそのような能力はなかったはず。少なくともあのゲームはなんだかんだで規模が大きいので現在起きているようなミステリーじみた出来事を引き起こす能力は存在していないはずです……」

今までアトゥは聖騎士団員殺害事件の手口から、拓斗の能力や手口を見抜こうとしていた。

だがそれはある意味で枝葉の部分でしか無い。

なにか本質を一つだけ見失っている気がした。その本質が、パズルの最後のピースが足りないのだ。

そもそも通常であればあの襲撃の際に負った傷で生きているはずがない。間違いなく何らかのからくりがあるのは確かだったが、彼女が持つ記憶の中でそれを可能とするものは残念ながら存在しなかった。

「うーむ、むむむ……?」

存在しなかった、はずだ。

「はて……? なにか忘れているような」

小さな棘のような違和感があった。

なにかが喉まで出かかっている。だがそれが何かは一切分からない。

それは奇妙な感覚だった。

拓斗とともに何百回何千回とゲームをプレイし、『Eternal Nations』のデータについてはほぼ知っているはずの自分が抱く小さな違和感。

問題は――それがイラ=タクトに関する事柄であるというおおよそありえない予感。

本来ならこのまま忘れ去られるはずの懸念。

だがこの日は幸運が彼女に味方した。

「あっ、そう言えば。忘れていると言えばあれがありましたね。今の私はTRPG陣営なので、ダイスを振ることができるんでしたっけ」

アトゥにしては珍しく、天啓が降りた。

騎士団殺害事件の答えを知ることは不可能だ。それは何度繰り返しても同様の結果だったし、質問内容や手段を代えても成功していない。

拓斗の秘密を直接解き明かすこともまた不可能だ。

それはすでにエラキノたちが試しており、結果としては徒労に終わっている。

だが自分が抱くこの小さな違和感の正体であれば答えを導きだすことは簡単なはず。

なにせ忘れているだけなのだ。きっかけがあれば思い出せるはずのことをどうして阻害できようか。

この程度ならGMの強力な権能を使う必要もなく、彼女がダイスを振って成功するだけで事足りる。

失敗したら……まぁその時は業腹だが時間を見つけてエラキノにGMへの口添えを頼めばよいだけだ。

なんらデメリットの無い、ごく簡単な作業だった。

「この状況で少し不謹慎ですが、ちょっとワクワクしますね」

考えても思い出せない位なので、実際のところ本当に大した事はないのだろう。

だがシミュレーションゲームのキャラとして生きてきた自分が全く別のゲームのシステムを利用するというのは新鮮なものがあった。

何事も最初が一番楽しいものだ。結果が取り留めのないものだったとしても、まぁ良い思い出になるだろう。

そんな気軽な気持ちで……。

「えっと――閃き判定! 拓斗さまについて忘れていることを思い出せ!」

汚泥のアトゥはサイコロを振った。

=Message=============

アトゥの《閃き》判定

1d100=【98】 判定:成功

アトゥは記憶をより鮮明に思い出せるようになった!

―――――――――――――――――

そして、運命が決まる。

「おや? 随分と奇妙な感じですが成功ですかね? えーっと、あー、なんとなく思い出して来ました。破滅の王と称されし名もなき邪神であるイラ=タクトさま……」

しばらくウンウンと唸っていたアトゥだったが、その表情がキョトンとしたものとなり突如目が見開かれる。

やがて先程とは打って変わってその顔がどんどんと青ざめていき……。

「――っ! まさか!!」

彼女は自分が こ(・) の(・) 世(・) 界(・) に(・) 来(・) て(・) か(・) ら(・) ずっと忘れていた情報を、今ようやく思い出した。

それは彼女にとって、あまりにも致命的な内容であった。

◇ ◇ ◇

「話……ですか?」

「ええ、その通りですソアリーナさま。実は件の怪人について一つ懸念がございまして、どうか相談に乗っていただきたいのです」

聖アムリターテ大聖堂の何処とも知れぬ場所。

人気のないその場所で、聖女ソアリーナは聖騎士フィヨルドから奇妙な申し出を受けていた。

意図が読めぬ、不思議な提案だった。

加えて状況がまた奇妙であった。

めったに人が来ない、大聖堂の地下深くに存在するこの資料室にいる自分を簡単に見つけたことが一つ。

人目を避けるように話を持ってきたことも一つ。

更には聖騎士フィヨルドから普段では決して見られないなにか得体の知れない気迫のようなものを感じたことが一つ。

今までの報告や相談とは、何かが違った。

「えっと、では私の方から皆を集めるように――」

「――いえ」

戸惑いがちな提案に否が帰ってくる。

やはりフェンネやエラキノには聞かせたくない話なのであろう。

いよいよ持って疑念が増すが、今のソアリーナには困惑することしか許されていない。

「どうか内密に、ソアリーナさまだけにご確認したい。私の懸念が確かなら、ことは慎重に進めなくてはなりませぬゆえ」

有無を言わさぬ言葉である。

はたして彼は何を語るつもりだろうか?

鬼気迫るフィヨルドの態度に、ソアリーナはただ困惑したように頷くことしかできなかった。