軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十一話:問いかけ

悲しみと混乱に包まれていたはずの都市の中心で、モルタール老は自らの王を前に強い感激と同時に言葉に出来ぬ不甲斐なさを感じていた。

王に仕えるものとして、先の出来事はあまりにも無様。

敵の接近を許すどころか王への攻撃を許すなど言語道断の行いである。

彼はまずもってその罪を償わねばならぬと口を開く。

「王よ。申し訳ございませぬ。此度の失態、まさに我々の不出来が――」

「そういうの、いいから」

「……はっ」

自らの王が言わんとしていることをすぐに察することが出来たのは、モルタール老が長い人生の中で様々な経験を経てきた結果であった。

同時にマイノグーラの重鎮として王の側に仕えてきたことも理由の一つに挙げられるだろう。

つまるところ王はこう言いたいのだ。「謝罪や責任の所在を追求する暇があったら今の問題を解決することに頭を向けろと」

まさしくそのとおりである。謝罪などいくらでも出来る。首など何時でも切れる。

そんな事に思考を割いている場合ではないのだ。王こそ無事であったとはいえいまだマイノグーラは危機的状況化にあるが故に。

敵の襲撃を許し、英雄アトゥを奪われた状況とはそれほどまでに逼迫したものであった。

「お、王よ、何なりと命じてくだされ。我々マイノグーラの臣下は王のお言葉一つで命を捧げる覚悟にございます」

沈黙に耐えきれずモルタール老は口を開く。

自分たちの力が敵に及ばなかったのは事実。残念ながら相手がどのような手段で今回の襲撃を成功させたか不明な点からして対策を講じるのは困難を極めるであろう。

いくら命をかけると息巻いても現実では何もできない。それが今の彼らだ。

ゆえに王の力を頼るしかなかった。

圧倒的な、破滅の王の力を。

祈りにも似たモルタール老の言葉に、拓斗は無言で頷く。

そして彼は考える。さてどうしたものかと。

状況はさほど良いとは言えない。

拓斗自身が無事であったという事実は、相手の裏をかくことが出来たという点では最良の結果と言えた。だが何よりアトゥが失われたままなのだ。

彼が心より信頼し、かつての人生でその多くを共に過ごした最も思い入れのあるキャラクター。

そして今の人生において、共に夢を叶えると誓いあった最も大切な存在。

その彼女が彼の目の前で奪われてしまった。

拓斗はそのような状況において未だ冷静さを失うことのない自分を少しだけ疑問に思う。

彼は感情のこもっていない……初めから感情と言うものが存在していないかのような声音で静かに語りだす。

「アトゥが奪われたことは最大の失態だ。まさかこんな方法で所有権を奪ってくる存在がいるなんて思いもよらなかった。RPGに続いて……やっかいな力だ」

「アトゥ殿は我が国にとって決して失われてはいけない大切なお方。我ら全身全霊を持って奪還作戦にあたりますじゃ」

威勢の良い言葉ではあるが、彼らが力不足であるという点は揺るがない。

新たな魔女となったエルフール姉妹の権能を持ってすれば相手に迫ることは出来るかもしれない。

だとしてもあれ程の強力無比な力を持っていたアトゥがなすすべもなく洗脳されたのだ。

加えてダークエルフたちの攻撃はすべて不可視の手段によって回避された。

ただ兵を率いて相手のところに攻め入っても奪還の成功率は低いと言わざるを得なかった。

拓斗もそれをよく理解しているのだろう。

モルタール老の言葉に頷くだけで、返事はしない。

その状況に老いた賢者は居心地の悪さを感じる。

今まで散々王の慈悲にすがって平穏を享受しておきながら、いざ主に危機が迫ると何もできない自分たちに言い表し用のない感情を抱いているのだ。

だがそれだけではない。

(おお、なんという怒りじゃ……)

先ほどから背中に巨大な岩を乗せられたかと思うほどの重圧が彼を覆っていた。

言葉では平静を装う拓斗であったが、その内で渦巻く様々な感情が周囲に漏れでてモルタール老を押しつぶそうとしているのだ。

破滅の王は人の理解の及ぶ存在ではない。

そのことはよく知っているつもりであったが、今のイラ=タクトを目の前にすると果たして自分がどの程度その事を理解していたのかと疑問にさえ思ってくる。

「…………」

静かな時間が訪れる。

タクトを包み込む闇は深く淀んでおり、モルタールの目には世界を切り取った不気味な空白と深淵がそこに佇んでいるように思えた。

イラ=タクトの無事は何をおいても喜ぶ出来事だ。

ただ、今の彼には目の前の王が恐ろしくて恐ろしくてたまらなかった。

時間は、数分だけ流れる。

しばらくして考えがまとまった様子の拓斗は静かにモルタール老を見た。

次いで空を見上げ、夜空に欠けた月が浮かんでいるのを確認するとアトゥ奪還と襲撃者たちへの復讐に向けた作戦を伝え始める。

「じゃあまずは今回のことは内密にしてくれないかな? ギアやエムルのような一部の人間には伝えていいけど、基本的に誰にも言わないで欲しい」

「しっ、しかし……配下の者たちはみな意気消沈しております。ここで王の健在を伝えなくては彼らの心が折れてしまう可能性がございます」

くだされた命令に慌てて意見を上げるモルタール老。

本来なら是以外の言葉が許されぬ場面だが、彼らを取り巻く状況が問題であった。

ダークエルフとマイノグーラの配下たちは精神的に疲弊しきっている。

根本的に人から離れた存在であるマイノグーラのユニットはそこまででもないが、とりわけてダークエルフたちの消沈は看過しがたいものがある。

このままでは自暴自棄に出るものが現れ国内の統率に問題が発生する危険性さえある。できるだけ王の健在は早くに公表したいという考えがあったのだ。

「ああ、安心して。そう長い期間じゃない。そうだね。数日といったところかな。少し時間が欲しいんだ」

「それであれば、なんとかなるかと……」

その言葉にほっと胸をなでおろす。

おそらく王は今後の作戦を練る時間を欲しているのだろうとモルタール老は判断した。

混乱期においてはまず持って情報の収集と統制が必要となる。

未だ敵戦力の分析が完了していない状況においては、むやみに王の健在を表明して混乱を起こす事を避けたのだろう。

どこに諜報員がいるとも限らないのだ。

万が一、それらが王の情報を持ち帰ってはせっかく生まれたこちらの利を潰すこととなる。

相手は未だ破滅の王イラ=タクトが死んだと思っている。

これを利用しない手はなかった。

「そう、よかった」

「ほ、他になにかございませぬか? 我らに出来ることであれば、全身全霊をもって働きましょうぞ」

「いや、そうだね……モルタール老にはやってもらうことがある。まずは少しエルフール姉妹と話がしたいんだ。流石に寝てるかな?」

姉妹たちには王の身に起きた出来事を伝えてはある。

伝令を送った為に彼女たちがどのような反応を示したのか分からないが、少なくとも厳戒態勢にあることは間違いないだろう。

今やマイノグーラに残された筆頭戦力なのだ。彼女たちの価値は一層高くなっている。

「二人に働いてもらうにはもう遅い時間だけど、今だと大丈夫か」

空には欠けた月が浮かんでいる。

夜は彼らの時間であった。

◇ ◇ ◇

翌日のドラゴンタン。

朝も早くからモルタール老はギアとエムルを伴って都市庁舎の会議室の一つへと向かっていた。

あのあと彼らの王はエルフール姉妹に相談したいことがあると言い、他に誰も寄せ付けず会議室へと籠もってしまったのだ。

その間モルタールはマイノグーラの主だった面々への伝達と根回し、そして今後考えられる方針に向けた準備をしていた。

そうして国内のありとあらゆる情報を再度頭に叩き込んだ上で、無事であった拓斗と今後の方針について話し合うつもりでいたのだが……。

「なっ! なんじゃとおおおおおおぉぉぉぉぉ!?」

モルタール老の叫びが高らかに木霊す。

彼が直面した状況は、想像していたものとは全く別で、何より決して許しがたいものであった。

ワナワナと震え、未だ告げられた報告が現実であると受け止められない様子で口をパクパクと開け閉めしているモルタール老。

伴ってやってきたギアとエムルも伝えられた報告に驚き目を見開いている。

その様子を見ながら、双子の姉妹キャリアとメアリアはほら見ろと言わんばかりのなんとも言えない表情を浮かべていた。

「そ、その……先程言ったことは本当なのか? 王が一人で出立されたとは!?」

すなわちそれは。

破滅の王イラ=タクトが英雄アトゥを助けるため単身で聖王国クオリアに向け旅立ったという情報であった。

愕然とするモルタール老の言葉に再度大きく頷く二人。

前日の夜、拓斗が彼女たち二人のみと相談を行ったのはこのような理由があった。

すでに作戦のあらましを決定していた彼は、寝ぼけ眼の二人に弾丸のような速度でその内容を伝えると、自分はさっさと街から出ていってしまったのだ。

誰にも予想できない、あまりにも常識から外れた選択だった。

「な、なんで言わなかったのじゃ!? 王が供回りもつけず御身みずから出られるなどあってはならないこと! お主らとてそのくらい分かるだろうて!?」

早速の叱責が飛んでくる。

無論その程度の道理が分からぬエルフール姉妹ではない。

絶対に問題になると伝えたし、あまりにも危険で無謀すぎると止めもした。

だがしかし王の判断は自らの単独出撃。

相手の本拠地であろう聖王国クオリアに単身で乗り込むと頑として譲らなかった。

「王さまがすごいところをみんなに見せるってー」

「私たちも言ったのですが、命じられては断れないのです。あと他の人に伝えることも禁止されたのです。朝になるまで黙っておいてって」

「そこを曲げて王を諌めるのが忠臣の役目であろうがっ!!」

耳に響く絶叫に姉妹は嫌そうに両手で耳を塞ぐ。

絶対こうなることはわかっていた。完全にこうなることはわかっていた。

王の意表を突いた作戦は確かに一定の有効性があるとは思う。

何より王本人が決断したのだ。それを否定できる存在はこの世のどこにもいない。

だが如何せんそれを実行に移したときに真っ先に非難されるのが自分たちであろうという決定的かつ致命的な問題点があった。

その点について控えめに抗議した際にあっけらかんと「まぁ適当にごまかしておいてよ」とさも簡単のことのように言われた恨みをキャリアはまだ忘れてはいなかった。

とはいえ流石に二人の抗議に拓斗も思うところがあったのか、即興ではあるがなんとかこの状況を打開できそうなものを用意してくれていた。

「キャリアー。今こそあれを出すのだー」

「わかりましたのです!」

メアリアの合図に伴って、キャリアは懐から真っ白なメモ用紙を取り出す。

それすらもちゃんと話を聞けと叱責を飛ばそうとするモルタール老であったが、キャリアの「王さまからの伝言なのです」との言葉にピタッと口を閉じる。

「王さまからモルタールおじいちゃんへのなぞなぞなのです」

「大切なことだから、みんなも考えてってー」

そうして、メモ用紙は彼らに見えるようテーブルの上に広げられる。

だが……その内容はこれまた予想外のものであった。

「なっ! これは!!」

「こんな事……どうやって?」

ギアとエムルが驚愕し、モルタール老が息を飲む。

そこにあったのは、王があの危機を脱した手段を問うものであった。

即ちこうだ――

***

一つ。アトゥの攻撃は確かに僕に直撃し、それは僕を死に至らしめるものだった。

一つ。聖女ソアリーナの攻撃(火炎)についても、僕を死に至らしめるものだった。

一つ。僕は自身の傷を癒やす回復スキルを持ち合わせていない。

一つ。攻撃を受けたのは僕本人で、分身や別存在・影武者・幻覚等ではない。

一つ。僕はリスタートを含め死んで復活したわけではない。

一つ。僕は第三者の介入なくこの危機を脱した。

一つ。これら一連の出来事は、全て現実である。

***

「――さていかに? これが王さまから出された宿題なのです」

「なぞなぞが解けたら、王さまからの命令を伝えるよー」

先程までとは打って変わって、沈黙がその場を支配した。

それもそのはず。こんなことありえないのだ。

モルタール老とてただ何もせずに昨晩を過ごしたわけではない。

様々な残務を処理する中で王たるイラ=タクトがどのような手段であの窮地を脱したのか考えていたのだ。

だがその仮定のすべてを否定するかのような条件に、ありえないという言葉だけが頭をぐるぐると駆け巡り混乱だけを呼び寄せる。

モルタール老ですらそんな有様だ。

ギアはもちろんのこと、エムルも難しい顔をしながらたった一枚の紙に書かれた文字を眺めている。

(おー、静かになった)

(このままゆっくりと退出するのですよお姉ちゃんさん)

(抜き足ー差し足ー♪)

これが拓斗より双子の姉妹に授けられた秘策である。

この問いかけを投げておけば、しばらくは時間が稼げるであろうとのことだった。

まぁそうして時間が経てばモルタール老らの激昂も鳴りを潜め、冷静さが浮かんでくるだろう。

となれば後は起こってしまったことよりも現実的なこれからの対応を協議することもできる。彼女たちが王より伝えられた命令も伝達できる。

そう、エルフール姉妹は様々な指令を受けている。

この場で何もせずに王の潜入結果を待つだけが仕事ではないのだ。

それどころか時間内にやるべきことが山積している。

あの作戦を……王から伝えられたアトゥ奪還作戦は昨晩の彼女たちをして唖然とさせるものだったから……。

「おおきなお祭りになりそうだねー」

部屋からこっそり出て勢いよくダッシュで逃げ出す二人。

廊下を走りながらメアリアがそんな事を言い出す。

「そうですね。そのお祭りでは、みんなが目にするのです……王さまの真の力を」

きっと誰もが驚くのだろう。

そして知るのだろう。破滅の王がただ心優しい身内びいきだけの指導者だけではないということを。

それこそまさしく世界に終焉をもたらす者であるということを……。

王が死んだと伝令の者より聞いた時、最初に抱いた感想は「ありえない」だった。

王が死ぬはずがない。彼女たちの母親を復活させると約束したのだからこんなところで朽ちるはずがない。

なにより、英雄としての力を有したからこそ理解できる超常的な勘が、王は決して死なないと雄弁に語っていたのだから。

さて、頼まれていたものを用意しなくては。

彼女たちにはやるべきことが沢山ある。

エルフール姉妹は、その時に向けてせわしなく準備を始めるのであった。