軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十九話:無為

その瞬間を、モルタールはありとあらゆる時間が停止したかのように感じていた。

目の前にある現実を信じられぬという驚愕と、それでもなお状況を俯瞰しすぐさま対処を行わねばならぬという焦燥。

複雑な感情がまるで綱を引き合うかのように心の中でせめぎ合い、彼を含めたダークエルフたちの体を硬直させる。

「あはっ! あははははっ! 簡単すぎるでしょ! まじで雑魚ぢゃん!」

沈黙を切り裂くかのように品のない笑い声が上がり、仲間だとなぜか信じていた見知らぬダークエルフがその顔に喜悦を浮かべる。

何故?という疑問の前に、してやられた!という言葉が脳裏に浮かびすぐさま己の心を戦闘へと切り替える。

「はい! 変装解除! ほぉらっ! エラキノちゃんのお通りだよん♪」

ジジッと、空間が歪んだかのような変化がこの恐るべき事態の下手人であろう三人の娘に起こった。

次いでそこに現れたのは、まごうことなき闇の気配と道化にも似た奇妙な装いに身を包んだ、無邪気で凄惨な笑みを浮かべた彼らの敵……。

啜りの魔女エラキノだった。

「撃ち殺せぇ!!」

モルタール老が怒声を放ち、警備の者達が銃を構える。

同時に響く無数の発砲音。その数おおよそ数十。

弛まぬ訓練と狂信的なまでの忠誠心によって即座に放たれる弾丸は四方八方からエラキノたちへと襲いかかり、必殺の殺し間を作り上げる。

だが……。

=GM:Message===========

ゲームマスター権限行使。

攻撃を却下します。

―――――――――――――――――

マイノグーラが誇る異世界の兵器ですらその力の前には無為。

こことは別の次元でくだされた判断により、回避や防御がおおよそ不可能と思われるその鉄の雨はまるで初めからそこに存在しなかったかのようにかき消える。

「――っ! な、なにがっ!?」

何が起こったのかわからず、モルタール老は驚愕に目を見開く。

確かに攻撃は放たれた。

たとえ相手が特殊な防御手段を用いいて銃弾を防いだとしても、その痕跡はいくらか残るものだ。

だが彼の目の前で起きた出来事はまるで初めから彼らの行動が否定されてしまったかのように、一切の結果をもたらさずにいる。

「あはははは! なんだ! 簡単じゃん! 簡単すぎるじゃん! まぢでイージーモードじゃん!」

娘が残虐な笑みを浮かべる。

身にまとうその破滅的な闇の気配、そしてその珍妙な物言いと装い。

その言動がどこか彼らの王であるイラ=タクトやアトゥが用いる単語に似たものを感じ、ようやくモルタールは相手がかねてより要注意事項としてあげられていた魔女であることを理解し歯噛みする。

「流石ゲームマスター! ゲームのルールを全て決めるマスターに、勝てる存在なんているわけないんだよねっ!」

相手の数は三人。

自らの作戦がことさらうまくいったのか先程から饒舌に嗤う女と、彼女に付き従うように辺りを警戒する女が二人。

こちらはその服装から見るにクオリアの聖職者か女聖騎士といったところが妥当だ。

どのような理由で魔女とクオリアが手を組んだのかは分からぬが、今重要なことはそこではない。

突如もたらされたこの凶事への対処こそが、何をもってしても優先せねばならぬこと。

モルタール老は辺りをチラリと観察する。

こちら側の主だった戦力は警備兵などを除けばギアとアンテリーゼ。

いずれも凡百の兵などとは比べ物にならぬほどの強者。

その評価を正しく示すかのように、二人はだれよりも素早く王から賜った拳銃を抜き放って攻撃に参加していたが、その結果は先の通り。

今は鋭い視線を向けながら事態の打開と敵を攻略する糸口を必死で探している。

この間の逡巡わずか数秒。

だがその数秒の浪費ですら、この場では永遠に等しいほどの損失となりうる。

なぜなら……。

ちょうど謎の敵対者と自分たちの中間の位置に、まるで魂が抜けさってしまったかのように呆然と立ちすくむアトゥと、そして地に伏せ血の池に沈む彼らの王がいるからだ。

その様は刻一刻と夢の終わりが訪れることを示し、同時に狂わんばかりの焦燥感と危機感を伝えてくる。

「ほらほらほら、ダイスを振って! ダイスを振って、もしかしたら当たるかもよ!」

「構うな! 引き続き攻撃を行え!」

近隣の建物の屋上に配置された狙撃兵から再度銃弾が放たれる。

ギアとアンテリーゼは手持ちの拳銃が効かなかったことから攻撃手段を変更し、投げナイフと精霊術を行使する。

再度無意味に終わる可能性を予期しながら、それでもなおモルタールは攻撃の続行を命じた。

相手が弾幕の雨によってその場に釘付け、こちら側に手番を呼び戻すためだ。

このモルタールの判断は正しく、主の異変を察知した足長蟲が凄まじい速度で路地裏から飛び出し魔女に襲いかかる。

また遅れてブレインイーターなどの配下の魔物も銃弾の雨に晒されることをいとわず飛び込み自らの武器を振り下ろす。

おそよマイノグーラが誇るこの瞬間における全力が叩き込まれた。

=GM:Message===========

ゲームマスター権限行使。

マイノグーラのユニットによる攻撃は許可されていません。

―――――――――――――――――

そしてその全てが……失敗に終わる。

銃弾は当然のこと、正確無比に相手の眼球を狙い放たれたナイフも、精霊術の迸りも彼女たちの眼前でかき消える。

それどころか自らのあぎとで食いちぎらんと飛びかかった足長蟲や他の戦闘ユニットまでもが、パンと両手を打ち鳴らしたかのような軽い音とともにかき消え消滅してしまっていた。

残ったのはただただ無傷の女たち。

そしてモルタールたちマイノグーラの陣営の脳裏にこびり付く絶望という二文字だけだった。

「ありえん……どのような技を使ったと言うのだ」

驚愕が思わず口から漏れる。

銃弾を打ち消しただけならば未知の魔法や技法を使ったとも判断できる。

彼らが知らない、神代の秘宝などによってそれがなされたとすればまだ納得は出来るだろう。

だが王が生み出した精強なる闇の配下たちまでもが一瞬でその生命を刈り取られたのだ。

戦いにすらなっていない。

圧倒的な、言葉で表すことすら馬鹿らしいほどの差がそこにはあった。

「それにしても、銃を装備しているのは予想外だったよ! やっぱりここで攻めに転じたのはソアリーナちゃんの慧眼だねっ」

魔女、その奇抜でどこか道化じみた奇怪な装いに身を包むエラキノはカラカラと笑いながら仲間に同意を求める。

まるで自分たちなど眼中にないとでも言わんばかりの態度だ。

だがその驕りを否定できるだけの力を、マイノグーラの配下たちは有していない。

「――かくなる上は」

圧倒的な有利を前に相手が油断をしている。その一点にモルタールは活路を見出した。

と同時に、彼の意図をその気配だけでギアが察する。

彼が近くにいる配下に目配せをし、指令を出す。

数人のダークエルフが躍り出た。

彼らが向かった先は余裕の表情を見せる目の前の敵ではなく、地面に倒れ伏す王であった。

国家とは王であり、王とは国家である。

ここでいくら犠牲を出しても王さえ無事であればマイノグーラの再建は叶う。

たとえこの場で自分たちが朽ちようとも、イラ=タクトさえ残れば必ずやその無念を晴らしてくれるだろう。

この場にいる全員が、命を捨ててでも王をこの場から逃すことを選択し行動に移したのだ。

だが、敵はそれさえも許しはしなかった。

ダークエルフたちの最優先事項が拓斗の安全であるように、彼女たち乱入者の目的もまた拓斗の命なのだから……。

「甘いわよ」

「ぐっ! ぐはっ!」

「がはっ!」

動いたのは、魔女ではなくその仲間であった。

闇の娘に付き従う聖職者の二人。縮こまるように背を丸め深いヴェールで顔を隠した女が呟き面をあげると、不可視の力で兵士が吹き飛ばされた。

なにか強烈な衝撃を受けたかのようにありえない方向に身体を曲げて事切れている兵士。

この場でたった三人で王への襲撃を考える者たちだ。どの者も一筋縄ではいかないことは明らかだった。

(視線を媒介とした攻撃魔法。こちらは理解の及ぶ技だが、クオリアの聖職者がこれほど強力な攻撃型の奇跡を行使するとは聞いたことがない! まさか!)

献身的な仲間の犠牲で、モルタールは相手の情報を一つ得ることができた。

不可思議な防御方法は不明としても、相手が全能の存在でないことはこれで証明される。

その力の一旦を知ったことで同時に自分たちの王がさらなる危機にさらされていることを理解し、モルタールは滲み隠せぬ怒りを顕わにしながら叫ぶ。

「その装い、その力! 聞いたことがあるぞ! そこな女! 貴様クオリアの聖女かぁっ!!」

「なっ! 聖女だと!」

「そんな……なんでこんなところに!?」

ギアが吐き捨てるように叫び、アンテリーゼが怯えを含んだ震え声で呟く。

ヴェールの女が聖女だとすれば、続くもうひとりもその可能性が高い。

むしろ彼女は別だと考える方が楽観的だと言えよう。そこらの修道女をこのような鉄火場にわざわざ連れてくる意味などどこにもないのだから。

……聖王国クオリアの聖女。

邪悪を滅するためだけに存在する神の操り人形。

一人が一軍にも匹敵されるとされる聖女。

その聖女に匹敵されるとされる魔女。

彼女たちはたった三人ではない。

目の前の敵はおおよそ三つの軍団を率いてここドラゴンタンへと王の首を狩りに来たのだ。

「ようやく理解したのかしら? それとも、その推測に至りながら認めたくなかったのかしら?」

「呪賢者モルタールと暗殺者ギア。ダークエルフの賞金首が二人もいるとは……やはり私達の判断は間違っていなかったようですね」

「ぐっ!」

すでにその神聖なる空気を隠そうともしなくなった二人がまるで見聞するかのように感想を語り合う。

悠長に感想を述べられるのは此方と彼方に圧倒的な戦力差が存在するからだ。

そして同時に勝負が決してしまっていることをも示唆している。

破滅の王を主とし、強力な英雄と配下の戦闘ユニットを有するマイノグーラ。

だがその力の源泉はなによりもイラ=タクトという存在に依存している。

彼が存在することによって歯車が回り、マイノグーラという国家はあらゆる難敵を跳ね除ける力を持ちえるのだ。

だからこそ、彼が倒れた時の脆さは致命的であった。

「相手に打つ手は無しのようね。私達の勝ちよ。さぁ、目標を完全に滅して帰りましょう」

「させてはならん! 撃て! 撃つのじゃ! 王のお身体をなんとしても確保せよ!」

ダークエルフ達の嘆きと叫びを代弁するかのように、数多の銃声がドラゴンタンの空に響く。

「無駄よ、手の打ちようがないと思っている」

「お助けしろ! 今ならまだ助かる!」

「無駄よ、もう助からないと思っている」

精鋭魔術部隊によってようやく詠唱が完了した破滅の戦略魔法が放たれ、同時に不可思議な法則によってかき消される。

「アトゥ殿! 目を覚ましてくだされ! 王に危険が迫っております!」

英雄は答えず、ただそこに佇んでいる。

「王よ! お目覚めください! どうか我らのために、この狼藉者どもを滅ぼしくだされ!!」

倒れ伏す拓斗は、もはや生きているのかどうかすらも不明だ。

「エルフール姉妹はまだか!?」

言葉だけが虚しく響き、答えるものはいない。

「諦めなさい。見苦しくあがくのではなく己の運命を受け入れるのよ」

「この程度でやられる我らが王と英雄ではない! 図に乗るなクオリアの木偶がぁっ!」

「全て無駄なのよ。私の瞳は虚偽と不義を遍く否定する。神の恩寵の前に、言葉を偽ること能わず」

ヴェールの聖女……フェンネが神より賜りし力はその瞳に宿っている。

彼女が見つめる全てはその前に虚偽を許さず、真実をさらけ出す。

エラキノとゲームマスターが相手の策を封じ、フェンネが相手の策を暴き、そしてソアリーナが相手のすべてを焼き尽くす。

完璧な布陣でもって行われた暗殺は、最初から抵抗の余地などどこにもなかったのだ。

「いやぁ~! いいね! いいね! いいねぇっ! 敗者の叫びは心地いいいいっ! 運動後にお風呂に入ってさっぱりしたかのような爽快感! くじ引きで一等を引いた時のような優越感! そしてなにより! 夏休みの宿題を初日にすべて終わらせたかのような全能感! う~~んっ!! エラキノちゃんは今、最っ高に輝いている!」

エラキノは勝利の美酒に酔いしれ、栄光を掴み取った確信のもと絶頂の最中にいた。

自分たちが生み出した策はものの見事にハマり、相手に手を出させる暇なく一方的な勝利をもたらした。

それどころか自らのマスターが用いる能力こそが最強であり、その力の前にあらゆる存在は頭を垂れるであろうことが理解できたのだ。

これで笑わずにいられようか。

「あはははは! 圧倒的ではないか我が軍はっ! まぁ三人だけどねっ♪」

ゲームを無理やり改造して、本来ではありえないような強力な力を手に入れることを俗にチートと呼ぶ。

ともすれば娯楽性を失わせると非難されがちなそれではあるが、なんのことはない。

圧倒的な力で蹂躙するというのはこれほどまでに爽快なものなのだ。

エラキノは笑いが止まらなかった。

「時間をかけすぎよ。目的を達成したら逃げるべきだわ」

そんな彼女に、ヴェールの聖女は堂々と物言いをする。

「もうっ! フェンネちゃんはノリが悪いなぁ! せっかく優勢とってるんだから、もっとノリノリで行こうよ! 完全に約束された勝利を、余すとこなく楽しもうじぇ♪」

「予定外の行動は敗北を招き、驕りは死を呼び寄せる。どれだけ有利だと思っていても相手を見くびって良いことにならない。汝自らへの手綱を手放すことなかれ……貴方の嫌いな説法が必要?」

「うげぇ……お説教は勘弁っ! 仕方ないなぁ。そろそろお開きにする?」

軽口を叩けるのは、圧倒的強者の余裕故であろう。

慎重に慎重を重ねるフェンネの言葉とは裏腹に、マイノグーラが誇る邪悪なる悪鬼どもは抗う牙を持たず、自らの主の危機に何もできずにいる。

すでに目的は達成した。

第一目標である魔女アトゥの確保は完了し、第二目標であるイラ=タクトの撃破もかなった。

ここで撤退してもなんら計画に支障はなく、それどころか大勝利とも言えよう。

「ダメです! ここで邪悪なる勢力を完全に滅ぼさなくては!」

だからこそこの機を逃さず、マイノグーラを完全に滅ぼそうとするソアリーナの言葉もまた正しいものであった。

欲をかけば足元をすくわれるが、さりとて状況はこちらが圧倒的に有利が故に一気呵成にここで決着をつけることも後に憂いを残さぬ為には必要だ。

選択はエラキノに委ねられている。

「むむむむっ!」

「王よ! 我らが王、イラ=タクト王よ!!」

ダークエルフ達の必死の抵抗は、全て許可される無へと帰されている。

無駄とわかりつつも同じ行動を繰り返し、王よ王よとありもしない希望に惨めにすがっている。

「ああもう! うるさいなぁ!」

魔女エラキノは判断する。

「よし決めた。このうざったいダークエルフも全員殺しておこっと。しょせんNPCの生殺与奪はマスターの胸先三寸! 次のセッションでがんばってね!」

この場における全ダークエルフの……、ドラゴンタン住民の抹殺が確定した。

後で面倒事になるより、先にすべてを済ませて後顧の憂いを断とうという判断だ。

無論、無謀な選択ではない。

何より彼女たちにはまだ見せていない手札が存在する。

そう、それは先程彼女たちが手に入れた最高の道具であり、彼女たちの勝利を絶対づけるものだ。

まるで新しいおもちゃを見せつけるように、エラキノは手を上げその言葉を宣言する。

「じゃあアトゥちゃ~ん♪ 君の大事な大事な仲間を今から殺してちょうだい――」

酷薄な笑み。勝利を確信する残虐なかんばせ。

自らが信頼する英雄に裏切られ、無残に殺されるダークエルフ達の未来を夢想しながら、どこか上ずった情欲のこもった声で死刑宣告を宣言しようとし……。

――瞬間、かすかな声音が強者の余裕に冷水を浴びせる。

「……判定申請、アトゥの洗脳解除。二人の《信頼》値を参照」

=SystemMessage==========

洗脳解除判定開始

判定:確定成功

―――――――――――――――――

消え去りそうな程の声は、その場にいた全員の耳に確かに届いていた。