軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十五話:懸念(2)

「これは……嫌な雰囲気ですね」

その情報を目にして開口一番、アトゥは苦々しい口調でそう感想を述べた。

拓斗は最も信を置く前世からの付き合いである英雄の言葉に頷いて返事とすると、この厄介極まりない事案に対して己の考えを説明する。

「ああ、明らかに怪しい雲行きだ。クオリアにエル=ナー。特にクオリアでは観測されていたはずの魔女の情報がぱったり途絶えている。ブレイブクエスタスの魔王軍の力を考えるに、魔女がそう簡単に消えるとは思えない」

二人が口にするのは、善なる二大勢力が置かれている状況だ。

聖王国クオリアとの最初の邂逅――聖騎士との遭遇戦の際に奪取した情報によって、かの国が魔女エラキノという未知の存在によって侵略を受けていることが判明した。

無論拓斗としてもその件に関して忘れていたわけではなく、常に頭の片隅にマイノグーラの驚異となる可能性のある注視すべき存在としてリストアップされていた。

だが侵略を受けている箇所がクオリアでも北方に位置する地域であり情報が入りにくいこと、フォーンカヴンとの交流、そして他ゲーム勢力との戦争勃発という混乱下においてすっぽりと頭から抜け落ちていたことは否めない。

だが予想に反して状況が動きすぎている。

まるで奇をてらったかのように事態は急変し、部下からの報告を持って初めて異変に気付くという有様だ。

完全に後手に回っている。少なくとも、国内外の情報収集システムに関して今後抜本的な改善が必要なことは明らかだろう。

報告には消えた魔女エラキノに関する情報。

そして同時に起きたとされる真意不明の大改革。

――現在クオリア南方州は、未曾有の変革の最中にあった。

表立って動いているのは華葬の聖女ソアリーナ。そして顔伏せの聖女フェンネ=カームエール。

聖女の影響力はかの国において絶大なものがある。だが悪い意味で保守的かつ革新的な行いを嫌う宗教国家クオリアが、踏襲的なやり方を変えて様々な行いを取り入れていることが二人に違和感という名の警鐘を鳴らす。

報告書ですらここまでなのだ、実際のかの地はどのようになっているのか。

南方州の国民は様々な改革下で行われた新たな救済政策や規制免除によって希望に沸いている。

更には汚職が払拭され、金で購入可能な権威ではなく正しく人々から支持される者が高い役職についている状況だ。

あまりにもできすぎていて、裏で手を引く者の影がチラついて仕方がなかった。

「行動が読めないところが不気味ですね。『Eternal Nations』だったら参加する勢力が固定されているのである程度までなら戦法を推測することができましたが……」

「未知となるとこれほどまで厄介とは思いも寄らなかった。しっぺ返しを恐れて手を出しにくくなるという点でもやりにくいったらないよ」

『Eternal Nations』においても暗躍を好む国家というのはいくつか挙げられる。

そのうちの一つがマイノグーラなのだが……、とはいえ候補は絞られるため次に相手がとってくるであろう戦略もおおよそ予想がつく。

だが今回ばかりはそうもいかない。

相手の意図が読めないし、今後どのような手段をとってくるかを予想するのもそもそもの意図が読めないゆえ非常に困難だ。

少なくとも、聖女が真なる善意を発揮して南方州に改革の大鉈を振るっているということだけはありえないだろう。

もしそんなことが可能なら、聖王国クオリアの歴史はこれほど長く停滞していないだろうから……。

「我々の目的を考えるに、必ずぶつかる相手ですからね。今はできる限り戦力を整え、相手の情報を収集することが先決でしょうか?」

「近代兵器のアドバンテージがあるとはいえ、ぶん殴りに行くほど国力も情報もあるわけじゃない。何にせよ今はまだ内政の時間だ」

どちらにしろ取られる手段はひどく限定的だ。

クオリアならまだしもエル=ナー精霊契約連合まで似たような始末だ。

ついでかの国に関する情報が二人の間で検討される。

前世を知る特別な関係である拓斗とアトゥ。

様々な経験を経てこの地に立っている二人をもってしても、現状では余計な手段を取らずに情報収集をしつつ内政で引きこもるという選択しか取れなかった。

マイノグーラは戦争に向く国家ではない。ひたすら他国の目を避け内政に打ち込み、あらゆる面で準備が出来て初めて敵を殴りに行くのが正しい戦略だ。

本来なら未だ雌伏の時。出来る限り国力増加に務めるのが先決であった。

「せめて攻城系のユニットと、打撃力のあるメインのユニットは揃えたいですからね。正直完全防御モードで引きこもりたいのが本音ですが……」

「その防衛能力に関しても不安が残るんだよね。エルフール姉妹がいるとは言え、彼女たちの能力はかなりピーキーだ。月夜ならまだしも、昼間の戦闘になればそもそも地力で押される可能性がある」

アトゥとエルフール姉妹。

現状で拓斗が戦力として本当の意味で期待できるのは彼女たちだけだ。無論ダークエルフの魔術師や銃兵部隊も頑張ってくれてはいるが、いかんせん数が足りない。

フォーンカヴンと軍事同盟を結んでいるとは言え、かの国は結局のところ他国である。

拓斗とアトゥが戦力に不安を感じ、後手に回る危険性を承知で引きこもるという選択を取るのも仕方ないと言えよう。

「けどこのまま悠長に国力が育つのを持つのも芸がないし危険だ。現状を打破する新たな何かが必要だよ。そう……例えば何があっても敵に対して巻き返しをはかることが可能な【英雄】とか」

拓斗は黙考する。

イスラが抜けたのは痛かった。

彼女がいればマイノグーラの戦力は他の追随を許さぬ程膨れ上がっていただろう。

特に彼女の能力は防衛に特化していたため、敵が特異な能力を有していたとしても対処出来る可能性が高かった。

だが過ぎてしまったことを悔やみ、そればかりに思考を割くのは無意味でしかない。

だからこそ、その穴を塞ぐ意味で新たな英雄の召喚が急がれるのは当然であった。

手段に芸がないという訳ではない。ただ圧倒的に効率的なため、他の選択肢が霞むのだ。

しかしここに一つ問題が発生する。

英雄の生産は技術と密接な関係を有している。特定の技術を開発しないとそもそも生産することが出来ない者が多いのだ。

マイノグーラは比較的その制限がゆるい国家だとしても、現在開発済みの技術はお世辞にも優れているとは言えない。すなわちそれは……。

「英雄を作るとすると、現状候補は一人に絞られる」

生産出来る英雄が限られるということでもあった。

「も、もしかして……」

アトゥがぎょっとした表情で拓斗を見る。言外に本気で言っているのか? という驚きがある。

「御名答。候補は彼だけなんだよね」

アトゥの表情が絶望に青ざめる。当の拓斗も浮かない顔だ。

コストさえ用意できれば英雄を作り出すことが出来るという状況にもかかわらず、二人の態度はなにやらすぐれない。

それどころかその反応は明らかに何かを躊躇している様子であった。

果たしてどのような問題があるのだろうか? その答えは他ならぬアトゥよりもたらされた。

「あれは絶対嫌ですよ! 絶対に! やめてください! やめてください拓斗様! あれだけは本当に無理なんです!」

自らの王が何を考えているのか理解したアトゥ。

彼女は目にも留まらぬ速さで拓斗に縋り付くと、とたんにわーっと騒ぎ出した。

この態度に拓斗も致し方ないとばかりに同意を込めて頷く。

それほどまでに彼が検討している英雄はアトゥとの仲が悪いとされていたし、そもそもが大問題児故に誰彼構わず常にトラブルを起こすのだ。

この世界に生み出した際の影響は未知数。下手をすると全ての戦略を根本から見直す必要性がある。

「ぼ、僕も不安しかないんだけどね……」

拓斗も口に出して「もしかしてうかつな考えだったかも?」と後悔を始める。

その考えを補強するかのように、アトゥはかの英雄が持つ輝かしき戦歴という名の悪名を語り始める。

「『Eternal Nations』部下にしたくない英雄ランキング堂々一位、並びに上司にしたくない英雄ランキング堂々一位!」

「そして、人格破綻者ランキング堂々一位の英雄。いやぁ……実際どんな感じなんだろうね? 忠誠はあるのかな?」

「忠誠はありますよ。忠誠あってやって良いこと悪いこと全部理解した上で、笑顔でスキップしながら地雷を全力で踏み抜くようなヤツなんですよあれは……」

「ああ、わかる。そんな感じだよね彼……」

マイノグーラは邪悪な勢力であり、時として人類が決して及ばぬ思考と価値観を持つと設定されている。

その最たる例がその英雄であり、ある意味で最もマイノグーラを象徴する英雄とも言えた。

「……とは言え、今彼を生産したところでメリットはないんだよね……いや、デメリットはあるから実質マイナスか」

その英雄は単純に戦闘能力が高いというわけではなかった。

どちらかと言うと絡め手において真価を発揮する英雄で、現在のような明確に驚異が存在している状況では運用が難しかった。

平時における暗躍こそ、かの英雄がその力を発揮する場面なのだ。

「そうでしょうそうでしょう! だからやめましょう! あのペテン師を召喚するのはやめましょう! 他にも素晴らしい英雄はいま……います! いますから!」

「アトゥとイスラがマイノグーラ英雄の良識枠だったからなぁ……」

なお残りのマイノグーラ英雄も彼までとは言わずとも似たりよったりの問題児だ。

基本的に邪悪勢力の英雄は人格破綻者として描かれることが多い中で、逆にアトゥとイスラが常識を持ち合わせ過ぎていたということもあるだろう。

つまり今後は戦力を増やすたびに胃痛が増えることは確実である。

拓斗は『Eternal Nations』の世界観に厚みをもたせるため実装されていたショートストーリーの中で毎度英雄の尻拭いに奔走していた指導者に思いを馳せる。

まさか自分がそんな目にあうとは思いもよらなかったが、かといって英雄の持つ能力を考えると召喚しない手は無いのが悲しいところであった。

「仕方ない、彼を呼び出すのは一旦保留としようか。あれが必要な場面は力押しではなくもっと迂遠で狡猾、そして常識外のやり方が必要となるときだ――そう、例えば万が一僕になにかあった時……とかね」

その言葉にアトゥがぎょっとした表情を浮かべる。

まさかその様な言葉が出てくるとは思いもよらなかったからだ。

「もし、万が一僕になにかあったら、彼を呼び出してほしい。今のうちに、命令しておくよアトゥ」

アトゥに宣言する。その言葉は、まるで将来そのような出来事が起こるとでも言っているようであった。

「そんなことは決して実現させません! このアトゥが、拓斗様の身を必ずやお守りしてみせます! 何をもってしても!」

慌てて拓斗の言葉を否定するアトゥ。

だがこの世界に必ずという言葉が存在しないことを拓斗はよく理解していた。

アトゥの忠誠と力を疑っている訳ではない。全服の信頼をおいてなお、どうにもならないということは確かに存在するのだ。

無論アトゥを不安にさせるためそのような事を言うつもりはなく、ごまかすように笑ってみせる。

「ははは、それはありがとう。なんだか女の子に守られるって少し恥ずかしいんだけどねぇ。僕もこう、戦ってみたりかっこいい場面があったりすればいいんだけど」

「拓斗様は一般人なのですから、流石に厳しいものがあるかと……というか、拓斗様が出ないといけない場面ってすでに詰んでいるような……」

その言葉に確かにと頷く拓斗。

指導者の本分は本来国家を導きその方針を指示することである。決して前線に赴いて剣を振るうことではない。

かつての世界、その中に数多く存在した歴史上の英雄譚では自ら剣を取り先陣を切る指導者もいたことにはいたが、あれは例外というものでありそもそも後世による創作が多分に含まれている。

指導者は決して戦ってはならないのだ。

実のところ、拓斗とて直接的な戦いに関してはすでにいくらかの奥手の手を用意している。

だからといって、前に出て良いという道理はどこにもない。

アトゥが言う通り、国家の指導者が矢面に立たねばならぬ時はそもそもが詰んでいる……いわゆる敗北寸前と言ったところなのだろう。

だからこそ拓斗は自らが前に出ることを良しとしなかったし、そもそもその様な出来事が起こらないよう物事を進めていくつもりだった。

だが現実はそう上手く行かず、今の今まで予測と予定は常に修正され続けていた。

「まぁ、とにかく覚えておいて。僕に万が一があった時は、彼の力を借りてほしい」

「わかりました。ですが指導者たる拓斗さまに何かあったとして、アレが忠誠心を発揮して真面目に問題解決に奔走するとは思えませんが……」

「奇遇だね、僕もそう思う」

おおいに、おおいに頷く。

自分に何かあったとして、アレは最初に爆笑するだろう。その上で、全方位に最も迷惑がかかる方法で解決を試みるに違いない。

できれば呼び出したくないという気持ちと、怖いもの見たさで一度見てみたいという気持ちが交差する。

拓斗は軽く苦笑し、先程から納得いかないと顔を膨らませるアトゥを宥める。

「ただまぁ、彼ならなんとかしてくれるさ」

そう切り上げまだ見ぬ英雄に思いを馳せる。

どちらにしろ、彼に対する信頼は悪い意味でも良い意味でも厚かった。

「さて、引き続き力を蓄えていこう。例の式典に向けて……ね」

一週間後に行われるそれはドラゴンタンの移譲式典だ。

祝い事として大々的に布告し、対外的な面においてもドラゴンタンをマイノグーラの支配下に置く。

もっともドラゴンタンは実上すでに支配下であるため、これは一つの節目や区切りとして行うものだ。ゆえに堅苦しいものではなく、どちらかと言うと祝祭に近い。

ダークエルフたちもこの日のために奔走しており、拓斗やアトゥもお祭り気分でその日を楽しみにしている。

まだまだやるべきことは山積みで、世界は驚異に満ちている。

けれどもこの日くらいは羽休めをしても許されるだろう。

そんなことを考え、次なる事案の検討に入る。

だが……。

その日がマイノグーラ史上において……。

もっとも長くもっとも衝撃的な一日になることを、この時の二人はまだ知るよしもなかった。

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