軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十二話 未知

ボタボタと優の腹から落ちる血液。

その量は尋常ではなく、通常であれば生死を問われるレベルのものだろう。

事実優の顔からはどんどんと血の気が引いていき、その顔が白くなっていく。

だがある時を境にまるで逆回転のようにその傷は塞がっていった。

「ご主人様、回復しました! HP全快です!」

「ああ、ありがとうアイ」

回復魔法。単純ながら強力な魔法である。

致命傷ですら回復してみせるとはアイ自体が優秀な僧侶であり魔法使いでもあることの証左ではあるが、だとしてもブレイブクエスタスの魔法が規格外なのは間違いない。

サキュバスたちは追撃を行わない。

それは拓斗を警戒しての事であり、その判断は正しかった。

一種の膠着状態が生まれる。

ヴァギアたちは次の行動を検討する為に、拓斗たちは相手が持ち出した新たな攻撃手段を警戒して。

不思議なまでに生まれた静寂を打ち破るかのように、その顔に血の気が戻った優が自分の疑問を反芻するかのようにつぶやく。

「俺の身につける装備は高レアでそう簡単に傷つけられるものじゃない。ぶっちゃけ魔王レベルのボスですら余裕でいけるんだ。ここまでダメージを受けるには間違いなく何かある」

その視線の先にあるのはヴァギアの持つ武器。彼女たちサキュバスが持つには明らかにデザインの統一性がない歪に曲がった剣。

H氏の言動からも、彼が持つゲームとその能力がその不思議な剣に強く関係していることは明らかだった。

「武器か……武器を用意できるゲーム? 候補がありすぎるな」

「んん~それだけではありませんねぇ! 武器を用意できて、それを譲渡し、かつ勇者が持つ強力な装備をたやすく傷つける事ができるほどのゲーム、ですぞ!」

拓斗の言葉にアトゥの声でヴィットーリオが重ねる。

優が痛手を受けるほどの能力。その事実はあまり歓迎するべきものではないが、その代わりに貴重な情報を得ることができた。

これほどまでに自分の存在を秘匿していた人物だ。相当に警戒心が高く、今回の対応も不本意なものだったのだろう。

ではその不本意ついでに情報を洗いざらいぶちまけて欲しいところだ。

「ヴィットーリオ。《洗脳》を」

「ん仕方ありませんねぇ! さぁ、我が声に応えよ! ほ~らおめめぐ~るぐるっと!」

切り札の一つを使う。

ヴィットーリオが持つ洗脳技能だ。ヴィットーリオ本人は全く戦えない。それは《偽装》によってアトゥの模倣をしている状態でも同様だ。

だが反面彼が持つ能力ならいくらでも使える。

そして絡め手こそ彼が得意とする分野だ。

「きゃっ! な、なにこれ!?」

「ぐっ! 頭がぁっ!!」

「う、あ……」

回避不能の能力がサキュバスたちを襲う。

ゲームのシステムを使えるのは彼女たちだけではないのだ。それを忘れて貰っては困る。

そしてヴァギアの言葉通り、サキュバスという種族は強靱な肉体能力以外に特筆する能力を有していない。

ヴィットーリオの洗脳の通りも良くなろうというものだ。

頭を抱えていたサキュバスたちがゆらりと立ち上がり、ヴァギアに向き直る。

一般兵ではヴィットーリオの能力をレジスト出来ない。この光景はわかりきっていたことである。

だがその光景の中に、拓斗は決して見逃してはいけないヒントを見つけていた。

ヴィットーリオが能力を放ったとき、ヴァギアと護衛の二人が持つネックレスや指輪などの装飾品が一瞬光ったのだ。

(間違いない。何らかの防御機構が反応した。おそらくあのアクセサリーもH氏の能力によるものか……。なるほど)

「無のマナ1、水のマナ1、解放――魔法カード《解呪》発動」

ヴァギアが七神王の魔法カードを使った。

マナを使わせたという点で言えばこちらにとって有利な状況に傾いたと言えるが、そもそもH氏がもたらした武器やアイテムを攻略する手立てがない以上無意味である。

むしろ先程の解呪によってこちらの洗脳が防がれた事の方が手痛いかもしれない。

現状打てる手段が無くなってしまったのだから。

「お~っと、これは厳しいですねぇ。他の雑魚はともかく、メインディッシュは他の能力も確実にレジストしてきますぞ!」

ヴィットーリオの判断は間違っていないだろう。

彼女たちが持つ装飾品がデバフや異常状態の防御能力を持つのであれば、ヴィットーリオの有利性が完全に失われたこととなり、すなわちそれは騒がしくうっとうしい英雄という名の肉袋が一つ増える事を意味する。

彼の言うとおり一般のサキュバスたちならどうとでもなるだろうが、それであれば別にヴィットーリオでなくても良い。

問題は魔女ヴァギアと護衛の二人なのだ。

ここを攻略しないことには問題は解決しない。

「優。どう? 何かやっておきたい事はある?」

「悪い、正直俺じゃあこれ覆すのは無理だわ。タクト王は?」

「ふむ……」

手は無い。という訳でも実はなかった。

だがもう少しH氏の能力の見極めを行いたいというのが拓斗の本音だ。

もっとも、もうすでにおおよその当たりは付けていて、後は確認だけなのだが……。

「H氏から借りたこの装備、ビンビンきちゃう♥ 流石にこれだと、勇者といえどもどうにもならないわねぇ♥」

護衛の二人が自らの獲物を持ち変える。

その色彩とデザインがヴァギアが持つそれと非常に似通っているところを見ると、どうやらあれらもH氏由来の物品らしい。

少なくともサキュバスの上位陣に与えられるほど数がある。拓斗の中で確信が強くなる。

「さっきの洗脳の時に、キミはその効果を受けなかった。そして一部の配下もその効果を受けていないように見えた。何らかの防御アイテムを使ったんだね。それもH氏とやらの与えた装備かな? 何かのゲームの作中に出てくるものとしてはどれも性能が破格すぎる。その装備がH氏が保持するゲームシステムの根幹、もしくは重要な位置を占めているという事か……」

「ヴァギアさん。彼は危険です。今すぐ排除を」

H氏が久しぶりに声を上げた。

言葉から焦りが聞いてとれる。実によい塩梅だと拓斗は内心でほくそ笑んだ。

沈黙は金、雄弁は銀とは昔の人はよく言ったものだ。

「ヴァギアさん。この機を逃すわけにはいきません。万が一がないとは限らない。決断を」

「……私は殺すためにここに来たわけじゃないの。その事は最初に言ったはずよ? それは彼についても一緒。 私たちは、きっと手を取り合うことができるの」

人は本質的にはわかり合えない。

それが拓斗の考えだ。彼にしてみればヴァギアの言葉は空虚な理想であり、到底実現不可能な夢物語だ。

少なくとも、ハッピーエンドとやらを共に迎える相手に関してはもう少し絞るべきであろう。誰も彼もが自分と同じ価値観や認識を有してるとは限らないのだから……。

だがそれを拓斗は否定しない。そもそもそんな事に興味は無いからだ。

拓斗には目的がある。

重要なことは、どうすればその目的を果たすことができるかだ。

そして間違いなく、現在の拓斗はその目的に向かって決して振り返ることなく突き進んでいた。すなわち謎に満ちたプレイヤー、H氏が持つ力の解体。

「複数の強力な装備、装備制限も見たところ緩そうだ。それに数をそろえられる。見た感じ装飾装備もある……か。装備を重ねてステータスアップするソシャゲ系かと思ったけど、個々に能力があるということはより細かなシステムを持つゲームだね。けど大規模な能力行使を七神王に依存したところを見ると、より個の戦闘に主軸を置いたもの……」

怪異の正体が知られたホラー映画が一気に面白みを失う様に、種の割れたゲームプレイヤーはその脅威度が一気に下がる。

情報というものはそれだけ価値を持ち、知られると言うことはそれだけ恐ろしいことでもある。

「――ハックアンドスラッシュか。そりゃレアアイテムも湯水の様に使えるだろうよ」

未知は、ここに既知と成り下がり、その価値は地に落ちた。

「ヴァギアさん!」

H氏が慌てたように名を叫ぶ。

それがどのような意図を持ったものかは不明だ。だがその仮面が剥がれ動揺していることは明らかだった。

正解と言っているにも等しいその態度に、拓斗は思わずフッと笑いが漏れる。

「動揺しているときは声に出しちゃだめだよ。相手に悟られる」

次いで冷酷な、どこまでも冷酷な笑みを浮かべ、拓斗はそう一言告げた。