軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十一話:無垢(1)

世界を照らすほどの光は、夜であることを忘れさせる程にあたりを強く照らしている。

その中心にいる少女はいまどのような状況なのだろうか?

あまりの極光に近づくことも不可能で、ただただクレーエはその場で膝をついて嘆くことしか許されない。

「ああ、ネリム……どうして。小職はただ貴女に幸せになって欲しかっただけなのに……」

後悔の声が漏れる。どこで間違ったのか、どうすればよかったのか。

果たしてあの光が終わった後に現れるのは、一体誰なのか?

「下らん茶番ですな。勝手に不幸になって、勝手に悲劇の主人公になってりゃ世話が無い」

珍しく、吐き捨てるようにヴィットーリオが侮蔑の言葉を吐いた。

それは誰に向けたものでもなく、ただこの状況に純粋な不快感を覚えている様子であった。

「しかしぃ……。はてさて、どうなることやら」

だが一瞬垣間見えた彼の素顔は、すぐさまいつものように道化師の仮面によって隠されこの事態の行く末を軽薄なる態度で見守る。

緊張があたりを包む。

ヨナヨナやエルフール姉妹はすでに臨戦態勢だ。相手がクレーエを救うを宣言したのだ。

であればこれから行われる事は考えずともすぐ分かる。

やがて光が収まり……先程と変わらず少女がそこに現れた。

だが唯一違うことは……。

「んーっ? あれ? 私、なんでここにいるんだろう?」

致命的に、何か取り返しのつかないことになってしまったという事実のみである。

「むむーっ! わかんない! ここどこ?」

無垢な声音が場違いに響く。

見た目相応の無邪気さであったが、先程のネリムの言葉を聞いている者からすれば違和感しかない。

それどころかまるで状況を分かっていない様子に見ている側も不思議な気持ちにさせられる。

……全ての記憶を捧げた彼女は、絶大な力を得た。

だがその代償に全てを失った。すなわち、彼女は本来残すべき目的もまた失っていたのだ。

今のネリムには、何もない。空っぽの、何も理解しない無垢な娘がただただ困惑するだけだ。

――だが。

「ありゃ? なんだろう?」

少女が、日記を手に取った。

パラパラとそれを読み込んでいたか思うと、次いで凄まじい速度でページを捲り始める。

やがてパタンと巨大な日記を閉じ、軽々と小脇に抱える。

「ああ、そっか……」

そうしてゆっくりと顔を上げ、

「――悪い人を、やっつけなきゃ」

目を大きく見開きマイノグーラの者たちを見据えた。

刹那、暴風の如き聖なる力が彼女を中心として吹き荒れた。

先程と同じか、いやそれすらも凌駕するこの力の奔流こそが彼女が全ての記憶をなげうって神より授かった奇跡の力だ。

その想いがどれほど尊いものだったのか、街中を包み込まんと荒れ狂うその光を見ればよく分かる。

神は、たしかに犠牲に相応しきだけの力をこの哀れな少女に授けたのだ。

そして奇跡はその輝きを増し、さらなる奇跡を呼び寄せる。

「神様! 悪い人をやっつける力をちょうだい!」

瞬間、あれほど強大だったネリムが放つ聖の気配が更にその規模を増した。

一体なぜ?

すでに犠牲を払い神の奇跡は降りた。ネリムはクレーエを助けるだけの力を手に入れたはずだ。

にもかかわわらず起きた現象は、まるでさらにネリムが力を手に入れたようにも見える。

「なるほど、そういうからくりですか。これは厄介、皆さんお気をつけあれ」

ヴィットーリオの額に汗が流れる。

彼だけはその仕組みに気付いたのだ。

記憶全てを捧げるという行いは絶大なる力を得ることができる。だがそれは両刃の剣だ。

否――破滅の道標と言っても過言ではないだろう。

なぜなら記憶を全て失うということは目的全てを失うことと同じである。

確かに物事の意味や単語、体の動かし方などは残されているので一見して普通の人間と同じように見える。

だがその中にあらゆる思い出は存在せず、ゆえに思い出に立脚する願望や渇望も生まれない。

人を人たらしめるのは記憶だ。だからこそネリムはここまで苦しんできたのだ。

その全てを失えばただ生きて会話ができるだけの人形が生まれるだけだろう。

それが本来の結末。法外な奇跡を求めて欲望のままに全てを差し出した者に与えられる神の罰。圧倒的な力を持つ、伽藍堂の人形としての運命。

だが彼女の持つ日記が全てを変えた。

記憶など関係ない、もはや習慣として脳に刻まれた日記を読むという行為が彼女に目的を与え、伽藍堂の人形に歩むべき道を指し示した。

神ですら予想だにしなかった例外がそこに存在し、結果リトレイン=ネリム=クオーツという存在は正しくあらゆる者を救える完全な聖女として生まれ変わったのだ。

そしてそれは同時にとんでもない爆弾を残した。

知るよしもないことだが、日記の聖女に与えられた能力は、先に奇跡を渡しその後見合うだけの記憶を聖女から消し去るという些か変則的な設計が成されていた。

この神の設計において、記憶を全て捧げた者が更に神の奇跡を願うという行動は検討されていない。

日記を読むことによって空っぽの人形が奇跡を求めることなど考慮されていない。

その対策も設定されていない。

神の設計ミス……この世界でシステムという不可思議な現象がまかり通る状況を踏まえヴィットーリオが瞬時に推測し判断した結論。

すなわち、神の奇跡は無限に降ろせる。

日記の少女が願えば願うだけ。

「いや、マジか……。ぶっちゃけかなり厄介ですぞ、あれ」

あまりにも杜撰な設計にさしものヴィットーリオも思わず罵声を浴びせそうになる。

だが戦いを告げる光の破裂によって、残念ながらその思考は中断されるのであった。