軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

60:双子は絆を取り戻す

「お父様……!」

扉を開けて入ってきたのは、ウェズリーとクライドだった。

二人が戻ってきたということは、治療が完了したのだろうか。

不安のままに、ディアナが父の顔を見上げる。

「コーデリアは……」

「治療は完了しました」

答えたのは、クライドだった。

冷静な声音に、ディアナがホッと息を吐く。

「ありがとうございます」

「今はまだショックが大きいようですが、数日経てば落ち着くでしょう」

「そう……ですか」

コーデリアのショックとは、如何ばかりか。

ディアナには、想像することさえ出来ない。

哀れなコーデリア。

彼女はただ、幼い恋心を今も抱き続けていただけだ。

そこにつけ込まれて、家族を裏切って……ここで止めなければ、前世と同じように最後はディアナをも殺す事態になっていたのだろう。

「少し、様子を見てきます」

席を立つディアナを止める者は、誰も居ない。

執務室を出て、ディアナは真っ直ぐにコーデリアの部屋へと向かった。

未だ混乱しているであろう妹に、何と声を掛ければいい?

ディアナ自身、考えは纏まらない。

ただ、今はコーデリアの顔が見たかった。

今のコーデリアは、かつて魂の片割れと信じた時のままなのか。

それとも──自分を刺し殺すほどに嫌っていたのは、本心なのか。

操られた末の凶行と理解していても、いまだ胸の内には不安が燻っている。

王太子ローレンスが持つ能力とは、果たしてどのような物なのだろうか。

己の内にある感情を増幅させる物なのか、それとも思っても居ないことを植え付ける力なのか。

コーデリアの心に、最初から憎しみが潜んでいたのだとしたら──?

妹の部屋に辿り着いておきながら、その扉をノックすることも出来ず、ディアナの足は冷たい床に縫い付けられてしまった。

(コーデリア……)

卒業式典のあの日に目覚めてからというもの、妹への憎悪を胸に抱いて生きてきた。

憎しみも、悲しみも、痛みも……何一つ、忘れることは出来そうにない。

今のコーデリアは、自分をどう思っているのだろう。

もし、コーデリアがディアナを憎んでいなかったとして──ディアナは、コーデリアを許せるのだろうか。

伸ばしかけた手は、扉に触れるより先に、宙を掻いた。

そんなディアナの耳に、微かな音が響いた。

確かめる為に、扉に身を寄せる。

音は、扉の向こうから聞こえてきていた。

「……めんなさいっ、お姉様……ディー……っ」

震える言葉の合間に、鼻を啜る音が交じっていた。

ディーとは、幼い頃のディアナの愛称だ。

瓜二つな双子は、互いのことをディーとリアと呼んでいた。

懐かしく、温かな記憶。

互いを疑うこともなく、心を許しあっていた日々。

躊躇(ちゅうちょ) していたディアナの指が、力強く扉の取っ手を掴んだ。

「何を泣いているのよ、泣き虫リア」

「え──」

コーデリアはベッドに腰を下ろし、顔を覆っていた。

声につられるようにして、顔を上げたその瞳は──涙に濡れていた。

「貴女がそんなだから──」

言葉の合間に、一つ、ため息が零れる。

「放っておけなくなるんじゃない」

……そうだ。

許すも許さないも、何もない。

刺し殺された記憶は、今もディアナの脳裏に鮮烈に焼き付いている。

それでいて、コーデリアの涙声を聞けば、勝手に身体が動いていた。

幼い頃を共に過ごした相手を、突き放せる訳はないのだ。

「わた、私……ディーに、お姉様に、酷いことをして……っ」

ディアナの顔を目にした瞬間、コーデリアの頬を滝のような涙が伝った。

その姿に苦笑しながら、ディアナがコーデリアの隣に腰を下ろす。

「酷いことなんて、されてないわ……今の貴女には、ね」

刺し殺された記憶は、前世の物。

今世、時間が巻き戻ってからコーデリアにされたことといえば、せいぜいディアナを騙って偽の契約を交わした程度。

それすら、刺し殺された痛みに比べれば、取るに足らないものだ。

「したのよ! 私はディーを裏切って、それで……」

前世の記憶を持たぬコーデリアにとっては、今までにやってきたことでさえ、許されぬ裏切りと感じているのだろう。

今のコーデリアは、自分で自分を許せずにいる。

だからこそ、自室で一人涙していたのだ。

「ううん、貴女は私を助けてくれたのよ」

腹を刺された痛みも、心を引き裂かれるような苦しみも、全てはコーデリアが与えたもの。

ただ──コーデリアが居たからこそ、今のディアナが居るのだ。

コーデリアが時間を巻き戻してくれなければ、二度目の人生を歩むことさえ出来なかった。

「私は、何も助けてなんか……」

その事実を知らぬコーデリアが、ゆるりと首を振る。

ローレンスに操られている間、彼女の自我はどうなっていたのだろうか。

時間が巻き戻っている以上は、刺し殺した後には正気に戻ったのだろう。

その時のコーデリアの心境は、如何ばかりか。

「今の貴女は、悪くない……ううん、最初から、貴女のせいではなかったんだわ……」

身を寄せて、ディアナがコーデリアを抱きしめる。

一瞬身を強張らせたコーデリアだが、次の瞬間には、姉の胸で子供のように泣き崩れた。

「ほら、そんなに泣いていると目が腫れてしまうわよ、泣き虫リア」

しっかり者の姉と、愛嬌のある妹。

何かと危なっかしいコーデリアを庇うのは、いつもディアナの役目だった。

それは、成人した今でも変わらない。

(やっぱり……貴女は私の妹で、私は貴女の姉で……私達は、同じ日同じ時に生まれた双子なのだわ)

どのような運命が二人を引き裂こうとも、魂の結びつきまで解くことは出来ない。

号泣するコーデリアをあやすように、彼女を撫でるディアナの瞳にもまた、涙が浮かんでいた。

「ありがとう、コーデリア。私に……ううん、私達に、やり直す機会を与えてくれて」

ディアナの腕の中で、コーデリアはきょとんとして、濡れた瞳を瞬かせた。

その表情が幼い頃を思わせて、自然とディアナの顔に笑みが浮かぶ。

「お父様が心配しているわ。一度、顔を見せてあげて」

ディアナの言葉に、コーデリアは小さく頷いた。

「ああ、でもその前に……」

そっと、細い指がコーデリアの目元を撫でる。

「少し、お化粧を直しましょうか。目が腫れちゃって、せっかくの美人が台無しだわ」

「あら、私達は双子ですのに。それは自画自賛と捉えて良いのかしら」

「もちろん」

ディアナの自信満々な態度に、自然と二人の顔が綻ぶ。

そこに、憎しみの色は一切浮かんではいない。

二人はようやく、長い呪縛から解き放たれた。