軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49:双子の姉は迎えに行く

セオドアが向かったのは、王城の奥まった一室。

そこに、王太子ローレンスの居室がある。

「──殿下!!」

「どうした、騒がしい」

早朝から騒々しく現れた客人に、ローレンスは 胡乱(うろん) な視線を投げかけた。

公務で密接に関わる宰相セオドアには、ローレンスの警護も常時対応する。

だが、それにしてもあまりに早いではないか……と、そのどこか霞んだ眼差しが告げていた。

「伯爵のことを、聞かれましたか?」

「伯爵? ……ああ、クールソンのことか」

なんだそんなことかとばかりに、ローレンスが欠伸を噛みしめる。

じわりと滲んだ涙は、悲しみによるものではない。

「お前が上手く立ち回らなかったせいで、随分と噂が出回っているようだな」

「は、申し訳ございません……」

ローレンスに睨まれ、セオドアが慌てて頭を下げる。

最初は王太子を問い詰めるつもりで来たはずが、いざ彼を前にすると、凄腕で知られる宰相とはいえ、勢いを失ってしまう。

「お前と伯爵の繋がりだけならばまだいいが、僕のことまで探られるようでは、困る」

「は──」

セオドアの額に、汗が滲む。

じっとセオドアを見据える、ローレンスの瞳。

その瞳に射竦められると、身が縮こまる思いがした。

「まぁ、あいつは口を滑らせたついでに、足まで滑らせたようだがな」

ハッハッハ──と声を上げて笑う王太子の声が響く。

頭を垂れたままのセオドアの瞳が、信じられないとばかりに大きく見開いた。

(起床なさったばかりの殿下が、どうしてそれを知っているんだ? 私よりも早くに報告を受けたか、あるいは──)

じっとりと、汗で衣服が張り付く。

不快な何かが全身に纏わり付くようだった。

(間違いない、殿下は──殿下が、あの男の口を封じたんだ……)

垂れた 頭(こうべ) の下、 靡(なび) く髪が、僅かに揺れている。

目端にそれを捉えたローレンスは、面白くなさそうに、チッと舌打ちをした。

「もういい、下がれ」

「は……」

「追って沙汰を出す」

振り払うようにローレンスの手が小さく動けば、退出の合図だ。

護衛の騎士が扉を開け、セオドアを促す。

「……失礼します」

もう一度頭を下げた宰相は、精彩を欠いた足取りで、王太子の居室を後にした。

閉まった扉に、王太子ローレンスは苦い視線を向けた。

「……あいつは、ダメだ」

客人が辞した部屋に、吐き捨てるような声が響く。

「宰相の首を、すげ替えろ」

「はっ」

ローレンスの言葉を聞いて、部屋に控えていた護衛騎士二名のうち、一人が部屋を出ていく。

もう一人は、静かにローレンスの傍らに立った。

「始末なさいますか?」

低く、押し殺した声だった。

「今は、いい。伯爵の死だけでも、様々な憶測を呼ぶだろうからな。それより──」

金糸の下、碧眼に軽薄な光が宿る。

社交界の令嬢達を魅惑する甘いマスクは、今は見る影もない。

「いざとなったら、全ての責任をあいつに取らせよう」

王太子の言葉を受けて、騎士が深々と頭を下げる。

国の重大ポストを動かした当人はと言えば、眠そうに大きな欠伸をして、再び寝室へと向かっていった。

宰相セオドアの 罷免(ひめん) は、驚きよりも納得をもって人々に受け入れられた。

詐欺事件で訴えられたクールソン伯爵の死──それは事件をもみ消す為の宰相による仕業だったのだと、誰もが口にする噂だったからだ。

しかし、それ以上の事実は決して語られぬ。

まるで、誰かが意図的に噂を操作したかのような徹底ぶりであった。

宰相府に、既にセオドアの部屋はない。

執務室を後任に明け渡したセオドアは、宰相府を出て、一人王城の連なる建物を見上げた。

彼が失ったのは、宰相としての立場だけではない。

親から受け継いだサクソン侯爵の地位も、名声も、いまだ子を成さぬ妻も──全てが、彼の手を離れていった。

妻は離縁状を置いて実家に帰り、新たにサクソン侯爵に就任した弟が真っ先にしたことは、兄を家門から除籍することだった。

今ここに居るのは、宰相でも侯爵でもない──ただの平民だ。

通りがかる者達から、時折突き刺さるような視線が投げかけられる。

だが、彼を見送ろうとする者は、誰一人として居ない。

「……全ては、自業自得だな」

疲弊した顔に、自嘲気味な笑みが浮かぶ。

相手を貶めて罠に嵌めるなど、決して取ってはならぬ手段だと、分かっていた。

分かっていたはずなのに──王太子を前にすると、彼に逆らってはならないという強迫観念が芽生えてしまう。

どうしてあんな馬鹿な真似をしたのか……と、今なら思える。

だが、当時の彼にはローレンスの言葉に逆らうなど、とても出来なかったのだ。

小さく息を吐いて、王城に背を向ける。

どこか、行く宛がある訳でもない。

今はとにかく、この忌まわしい場所から離れようと、足を踏み出した時──、

「──あ、貴女は……!?」

セオドアの前に、静かな笑みを浮かべて立つ楚々とした姿があった。

彼が貶めたはずの、フィデス商会の会長──ディアナだった。