軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32:双子の姉は父子の間に入る

「──お父様に縁談って、どういうことですか!?」

ディアナの耳に響いたミリアムの声は、悲痛な響きを帯びていた。

──縁談。

ミリアムの小さな拳が、悔しさに震えていた。

その震えに、まだ 癒(い) えぬ喪失の痛みが滲む。

「違うんだミリアム、まだそういう話があったというだけで……」

「お断りした訳ではないんですよね?」

慌てて弁解しようとする父親を、ミリアムがキッと睨み付ける。

躊躇いながらも小さく頷くクィルター男爵を見つめるミリアムの瞳は、絶望に見開かれていた。

「……勝手にすればいいわ」

一言だけ残して、ミリアムは階段を駆け上がっていった。

後には呆然と立ち尽くすクィルター男爵と、いまだ扉に手を掛けたままのディアナが取り残された。

「あ……申し訳ない。変なところをお見せしました」

クィルター男爵が、力無く笑う。

張り付いたような笑顔が、痛々しい。

「ご令嬢を追いかけなくて、良いのですか?」

「あの子は一度 癇癪(かんしゃく) を起こすと、なかなか口を利いてはくれませんから」

その声は笑っていながら、どこか掠れていた。

長い年月の疲労が、瞳の奥に沈んでいる。

「どうしたんだ、一体」

声を聞きつけてやって来たアランの姿に、ディアナは我知らず安堵の息を漏らした。

「親子仲というものは、なかなか上手くいかないものですね」

苦笑を浮かべるディアナを前に、アランが軽く肩を竦める。

「親子喧嘩かい?」

「広義で言えば、そんな感じでしょうか」

正しくは、舞い込んできた縁談話に、ミリアムが臍を曲げて部屋に逃げ込んでしまったわけだが……喧嘩というより、一方的に機嫌を悪くしたという方が正しいのかもしれない。

「縁談なぁ……ウェズリーの元にも、何度も縁談が舞い込んで来ていたよな」

「ええ、その度に“再婚するつもりはない”と追い返していたようですが……届いた文の数は、百や二百では効かないでしょうね」

ディアナの言葉に、クィルター男爵が瞳を瞬かせた。

「そうですか、ガザード公爵閣下の元にも……」

「男やもめな貴族の元には、再婚話はどうしたってやってくるものです」

アランの言葉に、ディアナが頷く。

「断っても、何度もやってくるんですもの。幼い頃は、それでふて腐れもしましたが……父の場合は、数が多すぎて、気にしたところできりがないといった感じでしたね」

「正直な話、私はお父上が羨ましい」

クィルター男爵の言葉に、今度はディアナが瞳を瞬かせる番だった。

「ガザード家ほどの力があれば、舞い込む縁談も全てお断り出来るのでしょう。しかし、我が家には、それほどの力はありません」

「でしたら、私が協力いたします。意に添わぬ縁談を受け入れる必要など、ありません」

「ディアナの言う通りだ」

自信満々に言い放つ客人二人とは対照的に、クィルター男爵の視線は、どこか頼りなげに宙を彷徨った。

「我が家に……いや、私にそれが出来るでしょうか……」

格上の貴族家から持ち込まれた話であれば、返答を慎重に行わなければならない。

いくらガザード家の援助があるとはいえ、クィルター男爵家は力の無い下級貴族なのだ。

「でしたら、断れるだけの力を付ければ良いのですよ」

ディアナの言葉は、真っ直ぐ未来を見据えた、力強いものだった。

小さなノックの後に、カチャリとドアノブを回す。

ミリアムの部屋は厚手のカーテンに光を遮られ、薄暗く静まり返っていた。

「ミリアム……?」

部屋に足を踏み入れたディアナが、小さく声を上げる。

まだ陽も高いというのに、ミリアムは一人、寝室のベッドに身を沈めていた。

「ごめんなさい、貴女を放り出して、一人部屋に駆け込んでしまったわ……」

「そんなことはいいのよ、気にしないで」

ショックを受けているだろうに、こんな時でも自分を気に掛けてくれるミリアムに、自然とディアナの表情が綻ぶ。

「父に再婚話が舞い込んできて、気分が悪くなるのは、仕方の無いことでしょうし」

ディアナの脳裏に、幼い頃の記憶が浮かぶ。

泣き 喚(わめ) くコーデリアと、黙ったまま瞳に涙を浮かべるディアナ。

いつまでも尾を引いていたのは、ディアナの方だった。

「お父様は、私のこともお母様のことも、愛していないのよ」

拗ねた声を上げて鼻を啜るミリアムが、その頃の自分と重なってしまう。

そんなことはない……と言いたいところだけれど、今はその言葉を上手く受け取れないことも、ディアナには分かっていた。

「男爵様は、すぐにはお返事をしていないようだったけれど」

「断っていないなら、同じことですわ」

唇を尖らせ、ぷいと顔を逸らすミリアムは、まるで幼い子供のようだ。

あの頃の自分もこんな風だったのかと、ディアナの表情が綻ぶ。

「きっと、お母様のことを大事にしていらっしゃるのよ」

気まずそうに、ミリアムの視線が宙を泳ぐ。

きっと、彼女も本心では理解しているのだ。

面倒な貴族社会のしがらみ。

男爵家当主の身であれば、他家から持ち込まれた縁談は、断りづらい。

すぐに頷かなかったのは、ひとえにミリアムのことを気にしているからだろう。

「良ければ、お母様のことを聞かせてくださる?」

「母は……変わった人でした。子爵家から嫁いできたというのに、自ら厨房に立ったり、庭や温室の手入れをしたりと、率先して動く人でしたわ」

「まぁ。裏手に素敵なお庭がありましたが、あれは元々お母様が手入れしてらしたの?」

ディアナの問いに、ミリアムが嬉しそうに表情を綻ばせた。

「はい。庭だけでなく、花が好きな母は、一年中屋敷に花を飾れるようにと、温室で花を育てていました。母が亡くなった後も、その温室は庭師が手入れしてくれているはずです」

ミリアムの声が、懐かしさにかすかに震えた。

「素敵ね……」

ディアナもつられて微笑んだが、ふと胸の奥に寂しさが滲む。

「少し……ミリアムが羨ましいわ」

「え……?」

「私の母は、私と妹を産んだ、その翌日に亡くなってしまったから……」

ディアナの言葉に、ミリアムがハッと息を呑んだ。