軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26:双子の姉は幸せを手に入れる

女騎士モニーク・ゴダードは、責任を取って第三騎士団副団長の座を辞した。

実家のゴダード伯爵家では縁談の話も持ち上がっていたようだが、モニークはそれを固辞。

一人剣に打ち込みたいと、修行に勤しんでいると聞く。

今後彼女がどのような人生を歩むのか、今のディアナには知る術もない。

それどころか、他者の人生に意識を向ける余裕さえないのだ。

なんと言っても、今日は 目出度(めでた) い結婚式の日なのだから──。

「大変よくお似合いです、お嬢様」

「そ、そうかしら……」

シェリーの言葉に戸惑いがちな声を上げるのは、花嫁姿のディアナだ。

ふわりと広がるAラインのウェディングドレス。

ビスチェの上にレースで編んだロングスリープを重ね、美しさと豪華さの中にも清楚な装いが際立っている。

(私にこういうドレスが似合うとは、あまり思わないのだけれど……)

シェリーは褒めてくれたものの、ディアナはやはり落ち着かない様子だ。

こういう華やかな衣装は、コーデリアが好んで纏っていた。

双子ながら、二人は互いが似せようと意識しなければ、浮かべる表情も醸し出す雰囲気もまるで違う。

無意識のうちに、ディアナは自分にはシックで落ち着いた装うが似合うはずだと思い込んでいた。

いつからそう思うようになったのか──思い返せば、そうだ。

あれは前世でマイルズと挙げた結婚式でのこと。

デザインこそ違えど、同じように華やかなウェディングドレスを纏ったディアナに対し、夫のマイルズは満足げに頷くだけで何も言葉を掛けることはなかった。

そして、来賓として訪れたローレンス王太子は──、

『ほほう、姉の方 も(・) なかなか悪くないではないか』

そう言って、暗にディアナとコーデリアを比べてみせたものだ。

(どうせ、今回も同じようなことを言われるんでしょうね……)

招きたくもない相手だが、一応は国の王太子で、かつアランにとっては血縁にあたる。

公爵令嬢たるディアナとアランの結婚式で、呼ばない訳にはいかない。

「そう言えば、お聞きになりましたか?」

「え、何を?」

「何でも王太子殿下はあまりお加減がよろしくないらしく、代理として、王宮から使者が来られているそうです」

「そう……」

シェリーがもたらしてくれた報せは、ディアナにとって吉報だった。

(お加減がよろしくないねぇ……つい先日もコーデリアを呼んでお茶会を催していたし、そんな風には全然思えないけれど)

仮病なら仮病で、それはそれで良い。

ガザード公爵家として考えるなら、招待を反故にされるなど、王家から見くびられていると感じても仕方の無い事態だ。

だが、そんなもの、今更なんだというのか。

見くびるどころか、露骨に敵意さえ向けられているではないか。

王家がガザード公爵家を蔑ろにしているとして、公爵家を下に見る者が現れるかもしれないが、それはそれ。

今回の結婚相手は王弟であるアランであり、アランが臣下に下る形になったとはいえ、上辺だけ見ればガザード公爵家と王家の繋がりは深くなったのだ。

(祝いの言葉を掛けるのさえ癪だったということかしら)

ローレンスの心情を思えば、自然と表情が綻ぶディアナであった。

不意にコンコンとノックが響き、思考が現実に引き戻される。

「お嬢様、アラン様がおいでです」

「そう、お通しして」

シェリーが扉の向こうに声を掛けて、アランを促す。

新婦控え室に姿を現したのは、白い騎士の礼服に身を包んだ長身で美丈夫なアランだった。

凜々しく逞しいその姿に、一瞬ディアナの目が釘付けになる。

だが、それ以上にアランの瞳が大きく見開かれていた。

「あ──…」

声を失うとは、正にこのことだろうか。

目に見えて、アランの頬が紅潮していく。

白いウェディングドレスを身に纏ったディアナは、白昼に現れた月の妖精さながらであった。

目を離せば消えてしまいそうで、目を逸らすことさえ出来ない。

ディアナが小さく首を傾げれば、銀の髪に編み込まれた小さな青い花が揺れる。

「……アラン様?」

ディアナに声を掛けられて、ようやっとアランは我に返った。

「すまない……思わず、見惚れてしまった……」

「そ、そんな、大袈裟です」

あまりに率直なアランの言葉に、ディアナが面食らう。

アランに負けず劣らず、ディアナの頬にも紅が差していた。

「だから言ったではありませんか、よくお似合いだと」

ほれみたことかと、侍女のシェリーが胸を張る。

自分がどれほど言葉を重ねるより、アランの態度の方がディアナの胸に響くであろうことは、賢いこの侍女は既に理解していた。

「そろそろ行こうか、ディアナ」

アランが白い手袋に包まれた大きくて逞しい手を差し出す。

「はい」

新婦の控え室を出れば、そこには落ち着かない様子の新婦の父ウェズリーが立っていた。

どうやら終始控え室の前をウロウロと歩き回っていたらしい。

ディアナの姿を目にして、驚いたような、悲しんでいるような、感極まったような、複雑な表情を浮かべている。

事実、花嫁の父として、その感情は一言では言い表せないのだろう。

ディアナを前に声を詰まらせ、暫し俯いた結果──、

「今ほどお前が憎いと思ったことはないぞ、アラン」

その矛先は、新郎である長年の友人へと向いた。

「これからは俺も父上と呼ぶべきかね」

「やめてくれ!」

軽口で返されて、ウェズリーが悲鳴のような声を上げる。

「もうお父様ったら、アラン様は私の旦那様となる御方ですからね。あまり失礼な口は利かないでください」

「ええぇ……」

あまりに美しい愛娘に掛ける言葉が見付からず、つい気安い友人相手に話を振ったら、撃退された上に娘からも叱責されたウェズリーであった。

「旦那様、か……」

アランはアランで、ディアナの言葉に別の意味で衝撃を受けて、声を震わせている。

そんな二人の様子に表情を綻ばせつつ、ディアナはアランから手を離し、そっとウェズリーの腕を握りしめた。

「さぁ、行きましょう、お父様」

「あ、あぁ……」

これから向かうは、ステンドグラスから陽が差し込む教会の聖堂。

大勢の参列者達が、今か今かと新郎新婦の入場を待ちわびているはずだ。

聖堂の祭壇前へと続く真っ赤な絨毯を、父ウェズリーと共に歩く。

前世では叶わなかった夢が、また一つ叶った瞬間。

「お父様」

「なんだね、ディアナ」

ウェズリーの肩に甘えるように寄り添いながら、ディアナは満面の笑みを浮かべた。

「私、幸せになります」

「……あぁ」

ぐすっと、ウェズリーが小さく鼻を鳴らす。

普段は毅然とした父に、こんなにも涙脆い一面があるなんて、今まで知らなかった。

これも、共にバージンロードを歩けたからこそ、知ることが出来たことだ。

割れるような拍手と歓声に包まれた大聖堂。

皆がディアナとアラン二人の門出を祝う中、新婦と同じ顔をしたもう一人──コーデリアだけは、ぼんやりとした表情で、アメジスト色の瞳は虚ろに宙を見つめていた。

「ええい、忌々しい」

深夜の王城。

一晩中宴で盛り上がっているガザード公爵家とは違い、こちらは暗く、静まり返っている。

祝いなど述べたくないと急遽参加は辞退したものの、そうなったらそうなったで、今度は祝いの品を届けたりと様々な面倒事に見舞われたりもする。

あんな老いぼれでも、一応は叔父なのだ。

ああ、面倒臭い──ローレンスは酒気に塗れた息を吐き出した。

「祝いなど、贈るのも腹が立つ……くそっ、マイルズの役立たずめ!」

(何が“ディアナを強引に手籠めにしてでも、自分の物にする”だ。結局失敗して、犯罪者扱いではないか。侯爵家の一員としてそれなりに使える駒であり、マイルズをガザード公爵家の婿として送り込んだならばもっと有用な男になるだろうと考えていたのに、まったく見込み違いだ)

整った容姿とは裏腹に、ローレンスの腹の底はどす黒く煮え滾っていた。

薄暗い室内にあって、碧色の瞳だけが爛々と異様な光を湛えている。

「やはり、使えるのはコーデリアだけか……」

ローレンスが、ぽつりと呟く。

五大貴族の一つ、ガザード公爵家。

建国以来の名門であり、代々魔力に長けた者が生まれると言われている。

王家と五大貴族の当主にのみ伝わる話であるが、五つの家と王家には、それぞれ不思議な力が備わっていた。

血が薄まるにつれてその力も弱まっているとは言われているが、油断は出来ない。

なにせあのディアナ・ガザードは、女の身でありながら、近年稀に見る魔力保有者と言われているのだから。

(ガザード家の持つ力が何かは分からないが、放置は出来ない。力持つ家は全て我が王家に取り込むか、あるいは完全にその血を根絶させるしかない)

そう、王家を脅かすだけの力持つ一族は、全て取り潰さねばならない。

王弟の母の生家である、あのペニントン公爵家のように。

「僕が目覚めたように、他の者がいつ目覚めないとも限らないのだから……」

ローレンスの低い声が、王城の闇に掻き消える。

新たな戦いの火蓋が、静かに切られようとしていた──。