軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十六話 東條綾香の苦悩① 後編

晴翔君と清子さんは、パパの車に乗って大槻家に帰っていく。

「おねえちゃん! おにいちゃんとお泊り楽しみだね! いっぱい遊べるね!」

「そうね。でも、あんまり夜遅くまで起きてちゃ駄目よ?」

「うん!!」

晴翔君がお泊りの荷物を持って戻ってくる間、涼太はワクワクが止まらないといった表情を私に向けてくる。

実際は私も涼太に負けず劣らずワクワクしちゃってるけど、ここは姉としての威厳を保つために、敢えて何でもないような表情を作って、姉として弟にしっかりと言い聞かせる。

私は涼太の相手をしながら、パパと晴翔君が戻ってくるのを待つ。ママは「今日は大槻君がいるから、夕飯豪華にしちゃおうかしら?」といいながら夜ご飯の準備を始める。

それから程なくしてパパと晴翔君が帰って来た。

外からパパの車の音が聞こえてきた瞬間に、涼太は「帰って来たッ!!」と叫んで、玄関までダッシュする。

「おにいちゃん!!」

涼太は晴翔君が玄関に入ってきた瞬間に、彼に飛び掛かる勢いでお出迎えをする。

「あはは。元気だね涼太君」

「うん!! おかえりおにいちゃん!!」

「あ、うん。えと、ただいま」

涼太の『おかえり』に『ただいま』を返す瞬間、晴翔君がちょっと照れ臭そうにしてるところが凄く可愛い!

「おにいちゃん遊ぼ!!」

「ダメよ涼太。まずは晴翔君の荷物を片付けないと。遊ぶのはその後よ」

早速晴翔君の腕を掴んで、遊ぼうとする涼太を窘める。

無邪気な涼太の様子に、パパが微笑ましそうに笑いながら晴翔君に言う。

「晴翔君。君の荷物は取り敢えず涼太の部屋に置いておくといいよ」

「分かりました」

パパの言葉に頷いた晴翔君は、二階に上がって荷物を置きに行く。

その間に私は涼太をリビングに連れ戻して、ハイテンションになっている弟を何とかなだめる。

そこに、荷物を置いた晴翔君もリビングに入ってきた。

やっと遊べると、涼太が彼の所に全力ダッシュをする。

「おにいちゃん遊ぼッーーーーー!!!!」

「分かったよ涼太君。何して遊ぼうか」

「えっとね、えっとね」

テンションマックス状態の涼太に、晴翔君が苦笑を浮かべる。

涼太は晴翔君と何の遊びをするか必死に考え始めた。晴翔君と遊びたい欲が強すぎて、何をして遊ぶか考えてなかったみたい。

必死に晴翔君と何して遊ぶか考えている涼太に、ママがキッチンから声を掛けてくる。

「涼太。ご飯の前に大槻君と一緒にお風呂に入ってきたら?」

ママのその提案に、涼太はパァッと目を輝かせた。

「おにいちゃんと一緒にお風呂入る!!」

「大槻君、お願いしてもいいかしら?」

「はい、大丈夫です。じゃあ涼太君、一緒にお風呂入ろっか」

晴翔君がそう言うと、涼太は首がもげちゃうんじゃないかと思うくらいに何度も大きく頷いた。

う~ん、晴翔君が戻って来てからずっと涼太に取られちゃってる……。

で、でも、ここは姉として我慢しなくっちゃね。晴翔君が家族に気に入られるのは良い事なんだし。

それに、このまま涼太がはしゃぎ続けてたら、きっと早く疲れて何時もよりも早い時間に眠くなるはず。涼太が寝たら、その時にいっぱい晴翔君に甘え…じゃなくて、お話とかすればいいんだし。

うん、そうしよう。

そうやって私は、自分の中に湧き上がる不満を抑え込む。

でも、完全には抑え切れていなかったみたいで、ニコニコと晴翔君に絡んでいた涼太が、ふと私の方を見てくる。

「……おねえちゃん、おこってるの?」

「え? ううん、怒って無いよ? どうして?」

「だって、ほっぺた膨らんでたよ?」

「そ、そんな事ないよ? 全然怒ってないから」

「ふ~ん?」

涼太は疑わしそうな視線を向けてくる。

私はニッコリと笑顔を浮かべて、内心の不満を弟に悟られない様にする。

「ほら涼太。晴翔君とお風呂に入るんでしょ? 準備しなきゃ」

「うん……あっ! 分かった!!」

突然大きな声を出す涼太。

「え? な、なにが分かったの?」

「おねえちゃんもおにいちゃんと一緒にお風呂に入りたいんだッ!」

「そんな訳無いでしょッ!?」

私は反射的に強い口調で返しちゃう。

晴翔君と一緒にお風呂なんて入れるわけないでしょッ!? いくら恋人同士だからって、一緒にお風呂は……恋人同士ならいいのかな?

いやいやいや! ダメダメダメ!

恋人同士なら一緒にお風呂に入る事もあるかもしれないけど、それは恋人レベルの高い恋人達がすることで、まだ恋人レベルの低い私達には早すぎる!

それに、一緒にお風呂なんて私の心の準備がまだ出来ていないし、お、お肌の手入れとか、体重だって減らさなきゃだし。そう言えば最近、体重計怖くて乗ってないな……。

でも、そのうち……いつかは晴翔君と一緒に……。

でも今はダメ!! まだ恋人レベルが低いから!

……というか恋人レベルって何ッ!? どうやったらレベル上がるのッ!?

涼太の一言のせいで、私の思考は一気に混乱しちゃう。

そんな私に、涼太は不思議そうな表情を浮かべて晴翔君の方を見る。

「おにいちゃんは? おねえちゃんと一緒にお風呂入りたいでしょ?」

「ぅえッ!? あ、いや、入りたい、けど……入れないというか……」

「ほらおねえちゃん!! おにいちゃんも一緒に入りたいって言ってるよ!」

「いやちがッ! 綾香、俺はそのッ!」

「あ! う、うん。分かってるよ! うん、大丈夫。うんうん!」

何かを必死に訴えかけてくる晴翔君に、私も必死になって何度も頷く。

そこにワクワク顔の涼太が容赦なく攻めてくる。

「おねえちゃんも一緒に入ろうよ! みんなでお風呂入った方が楽しいよッ!」

「だ、ダメよ!! 私は晴翔君と一緒にお風呂には入れないの!!」

「なんで? なんでダメなの? おねえちゃんとおにいちゃんはコイビトなんでしょ? あいしあってるんでしょ?」

純粋無垢だからこそ、涼太は容赦なく私に疑問をぶつけてくる。

「あ、愛し合ってても一緒にお風呂には入らないの!」

「それは違うよ! だってお父さんとお母さんたまに一緒にお風呂入ってるもん! お父さんとお母さんはあいしあってるから一緒にお風呂に入ってるんだもん!!」

「そ、それは……えっと……ち、違うのよ!」

あぁもう!! パパとママが仲良いのは、子供の立場からしたら良い事なんだけど! 良い事なんだけどッ!! もうッ!!

ちょっとパパ!! 照れてないで、涼太の暴走を止めてよ!!

娘が彼氏とお風呂に入るなんて、父親なら絶対に阻止する場面でしょ!? どれだけ晴翔君の事気に入ってるの!!

でもまぁ……晴翔君がそれだけ両親から受け入れられてるって事は、私としても嬉しい事なんだけど……って。今はそこを喜んでる場合じゃないでしょ私!!

「何が違うの? 僕分かんない! おねえちゃんはおにいちゃんの事、嫌いになったの?」

「嫌いなわけないでしょ」

「じゃあ、好きなの? あいしてるの?」

「あ……愛してるに決まってるでしょ!」

家族の前で晴翔君に愛を宣言するなんて……恥ずかしい……。

「おにいちゃんも、おねえちゃんをあいしてるんだよね」

「う、うん。愛してるよ」

「こころから?」

「そうだね。心の底から愛しているよ」

や、やめて~! 涼太もうやめて~!! ニヤニヤが、口角が勝手に上がってニヤニヤが収まらなくなっちゃう!

「じゃあ、一緒にお風呂入ろ!! みんなで遊ぼッ!!」

「だから! それは……ちょっとママ! 涼太を何とかして!」

ついに私はギブアップしてママに助けを求める。

パパはさっきから、なんだか楽し気に傍観してて当てにできないし。

「あらあら、涼太はそんなにみんなと一緒にお風呂に入りたいの?」

ママは私のSOSに応じて、一旦夕食の準備をしている手を止めて、ニッコリと笑いながらリビングに来てくれる。

「うん! だってみんなで遊んだほうが楽しいんだもん!!」

「そうねぇ、大勢の方が楽しいものね。だけど、ダメよ」

「ほら! ママもダメだって言ってるでしょ」

私はすかさずママの援護射撃をする。

それに対して、涼太は不服そうな顔を浮かべて、伝家の宝刀の『なんで?』を繰り出してくる。

「なんで? なんでダメなの?」

「それはね、お風呂場は本当は遊ぶ場所じゃないからよ。でも、今日は特別に水着を着るなら、皆でお風呂に入って遊んでも良いわよ?」

「そうよ。ママの言う通り水着を……って、えぇッ!? ちょっとママ!?」

てっきりママは『みんなで一緒にお風呂』を阻止してくれると思っていたのに、まさかの水着ならOKが出ちゃった……。

「本当ッ!? 僕水着してお風呂入る!!」

ママから許可が下りた涼太は、その場で飛び跳ねながら水着着用宣言しちゃう。

「お母さん! 僕の水着出して!」

「はいはい。いま出してあげるから待ってね」

ニコニコと涼太の水着を取りに行こうとするママに、晴翔君が困り顔で口を開いた。

「あ、あの……俺、今日は着替えしか持って来ていなくて、水着は……」

「そ、そうよ! 晴翔君の水着が無いからやっぱりみんなでお風呂には入れないよ!!」

「なら私の水着を貸そうじゃないか」

ちょっとパパッ!! なに言ってるの!?

「え!? い、良いんですか?」

「うむ、今持ってくるよ」

「あ、ありがとうございます」

戸惑いがちに晴翔君はパパにお辞儀をする。

ど、どど、どどどうしよう!

このままだと晴翔君と一緒にお風呂に入ることになっちゃう!!

アワアワと焦る私に、晴翔君がそっと近づいて声を掛けてくれる。

「どうする綾香? 本当に嫌なら、その、涼太君と二人だけでお風呂に行くよ」

「あ、うぅ…………い、イヤじゃ……ない」

涼太や親に聞こえないくらいの声で気遣ってくれる彼に、私は顔を赤くしながら、そっと自分の本心を晴翔君に伝える。

「ちょっと……かなり……恥ずかしいけど……私も晴翔君と一緒にお風呂入りたい……」

「そ、そっか……じゃあ……」

「う、うん……私、着替えてくるね」

少しぎこちない会話を交わした後、私は恥ずかしさから逃げる様に、自分の部屋に駆け込んだ。

「あぁ!! どうしよう!! こんな事になるなら今年用の水着買っておけばよかった!!」

部屋に入るなり、私はクローゼットの中を漁りながら嘆く。

去年、咲とその他数人の友人と一緒に海に行くのに買って以来、今年はまだ買ってない。

その一年前に海に行ったときに、男の人達から声を掛けられ過ぎて全然海を楽しめなくて。そんな苦い思い出から、暫く海はいいやって今年は水着を買わなかった。

でも晴翔君と付き合い始めて、いつかは水着を着る機会もあるかなって思ってたけど、それがまさか自分の家のお風呂場だなんて!!

私はクローゼットの奥底に眠っていた水着を引っ張り出す。

「これ大丈夫かな? 晴翔君の好みに合ってるかな?」

私が手に持っている水着は、白色のビキニ。それにワンピースタイプのパレオがセットになっている。

男性の視線が多い所で、あまり肌を露出したくなかった私は、去年の海ではこのパレオをずっと着けてたけど……。

お風呂に入るなら邪魔……だよね?

「それにコレ、無い方が晴翔君喜んでくれたり……」

晴翔君だって、男の子なんだし……。

と、取り敢えず着てみよっと。

私はパレオをそっとクローゼットに戻すと、ビキニに着替えて姿鏡の前に立つ。

「うう……ちょっとサイズが……でも、変じゃないよね? おかしくは無い、よね?」

去年買った水着は少しだけ締め付け感が強くなってる気がした。

……もしかして、私太ったッ!?

で、でも、今はこれしか水着が無いんだし、覚悟決めなきゃ!!

私はバクバクと激しく打ち付けてくる鼓動を必死になだめながら、部屋に置いてあるバスタオルを体に巻き付けて、深呼吸を繰り返しながらお風呂場に向かった。