軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十二話 おうち縁日

「綾香。一緒に屋台巡りをして、花火を見よっか」

そんな楽し気に言う晴翔の意図が分からず、綾香は困惑した表情を浮かべる。

「え? でも……花火大会は延期になっちゃったよ?」

戸惑いを含んだ彼女の言葉に、晴翔はニッコリと笑みを見せた。

「綾香はさ、おうち縁日って知ってる?」

「おうち、縁日? ううん、聞いた事無い」

小さく首を横に振る綾香。

晴翔は、自身のスマホを取り出して少し操作してから、その画面を彼女に見せる。

「ほら、この写真みたいに家の中を屋台っぽく飾りつけして、屋台によくあるメニューを作って、家にいながら縁日気分を味わうってやつ」

「わぁ! すごいねこれ! なんか楽しそう!」

晴翔のスマホに映し出される『おうち縁日』の画像に、綾香が表情を輝かせる。

彼のスマホ画面には、リビングを提灯や団扇、お面などを使って装飾し、焼きそばや綿飴等を並べている写真がいくつも映し出される。

「でしょ? それをやる為に色々と買ってきたんだよね」

晴翔はそう言って綾香から離れると、キッチンに置いていたエコバックのチャックを開けて、中身を取り出していく。

「屋台っぽさ出す為に提灯とか簾とか」

そう言いながら晴翔は、おうち縁日に使うものを綾香に見せていく。

「それに、屋台飯に使う食材とかね」

キッチンの上にキャベツや豚肉、焼きそば麺などを置いていく晴翔。

そんな彼に、綾香は感極まったかの様に目を見開く。

「この雨の中、そんなに色々買ってきてくれたの?」

「うん、まぁ時間がなくて、あまりちゃんとしたものは揃えられなかったんだけどね……」

そう言う晴翔は「この装飾品もほぼ百均だし」と苦笑を溢す。

だが綾香は、その表情をこれでもかという程に輝かせては晴翔を見詰める。

「嬉しい……ありがとう、本当に、嬉しすぎてヤバい……」

何度も「嬉しい」と「ありがとう」を繰り返す彼女に、晴翔は再び近寄りそっと笑い掛ける。

「花火大会が延期になったのは残念だけど、ちょっとでもお祭り気分を味わえたらなって、ちょうど綾香も浴衣を着ているしね」

「あ、これは……着替えようとしたんだけど、なかなか、その……」

「ふふ、浴衣姿、似合ってるよ。凄く可愛い」

「ッ!? あ、ありがとう……」

素直に浴衣姿を褒める晴翔に、綾香は顔を真っ赤に染めて若干俯きながらお礼の言葉を口にする。

綾香の浴衣のデザインは、藍色をベースとしそこに水色の朝顔が描かれている。全体的に落ち着いて清涼感のあるそのデザインは、晴翔の好みと一致していた。

「前に、晴翔君が涼し気で落ち着いた雰囲気のが好きって言ってたから……」

「覚えててくれたんだ」

「うん」

恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうにはにかむ綾香。

彼女は頬を赤く染めたまま晴翔を見る。

「晴翔君。その、私……まだ髪をセット出来てなくて、ちゃんとセットしてきてもいいかな?」

「もちろん。その間、俺は屋台飯を作っておくよ」

「私もお手伝いしたいから、できるだけ急ぐね」

「慌てなくて大丈夫だよ。俺的にはしっかりと髪をセットして可愛くなった綾香を見たいからね」

「も、もう! 晴翔君! それ以上不意打ち禁止!」

綾香は、ニコニコと口角が上がってしまっている口元を無理矢理尖らせて、ペシペシと晴翔の二の腕を叩く。

攻撃力0の彼女の攻撃に、晴翔は「ごめんごめん」と取り敢えず謝罪の言葉を言いながらも、その表情は明るく楽し気なものとなっている。

その後、綾香は髪のセットをする為に自室に向かう。

晴翔は一人キッチンに立ち、屋台飯を作り始める。

彼はまず鍋を取り出して、そこに油を注いで火に掛けて揚げ物の準備をする。

油の温度が上がるのを待っている間に、晴翔はもう一つ鍋を取り出す。そして、今度はそこに大量の砂糖を投入して水を加えて弱火で加熱する。

油と砂糖を加熱している間に、彼はきゅうりを取り出す。

きゅうりのヘタを切落し、縞模様になる様に皮を剥く。そこに塩を振りかけて転がす様に揉み込む。

それが終わると、ジップロックに浅漬けの素と少量の昆布茶、そして鷹の爪の輪切りを投入する。

調味液が出来たところで、塩揉みをして出たきゅうりの水分をキッチンペーパーで拭き取って、ジップロックの中に漬け込むと、そのまま冷凍庫の中に入れる。

「さてと、油の温度は……もうちょいか」

揚げ物鍋に入れている温度計をチラッと確認した晴翔は、玉葱とキャベツ、豚肉を切ってトレーに移す。

そこでちょうど、油の温度が適温になったので、晴翔は買ってきた冷凍の唐揚げを揚げ物鍋の中に投入していく。

「本当は冷凍食品じゃなくて、ちゃんと作りたかったけど……」

さすがに、揚げ物の仕込みから始めるとなると、おうち縁日を始める時間が深夜になってしまいそうだった為、妥協するしかなかった。

晴翔は揚げ物の様子を確認しつつ、切っておいた玉葱と豚肉を少し多めの脂で炒めていく。それと並行して焼きそば麺を電子レンジで軽く温める。そして豚肉に火が通ったところで、焼きそば麺をフライパンに入れる。

そのタイミングで、晴翔は唐揚げを油から上げ、今度は冷凍食品のフライドポテトを揚げていく。

再び揚げ物の様子を見ながら、焼きそば麺がパリパリになるまでフライパンで炒めると、そこにキャベツを加え、その後に焼きそばソースをかける。

すると、ソースの焦げる香ばしい匂いが一気に舞い上がった。

鼻腔をくすぐるソースの香りに、晴翔の表情は自然と笑顔になる。そして、キャベツの火の通り具合を確認しながら、彼は揚げ物のフライドポテトを取り出す。

最後にフライパンを強火にして焼きそばの水分を飛ばして仕上げると、一旦トレーに移してフライパンを開けて、今後はそこに卵を割り入れる。

卵に火が通り、少し固まったところに先程の焼きそばを入れて包み込む。

「よし、オムそば完成っと。砂糖はどうなったかな?」

そう言いながら晴翔は、弱火で温めていた砂糖水を見る。

砂糖水は、良い感じに水分が蒸発してパチパチと少し弾ける様な音を出していた。

「よしよし。じゃあコーティングするかな」

今度はエコバックの中からリンゴにミカン、イチゴなどのフルーツを取り出すと、晴翔はそれに割り箸や串を刺し、それを煮詰めていた砂糖でコーティングしてキッチンぺーパーの上で冷やす。

りんご飴をはじめとするフルーツ飴が完成したところで、自室でヘアセットしていた綾香が戻って来た。

「わぁ! なんかお祭りの香りがする!!」

部屋に入るなり、彼女は瞳を輝かせる。

「ちょっとソースの匂いが充満しちゃってるかも。郁恵さんに怒られるかな?」

東條家は、豪邸にふさわしくアイランドキッチンとなっている。

とても開放感があるそのキッチンは、高級感がある反面、開放的であるが為に料理の香りもすぐに広がってしまう。

その残り香の心配をする晴翔に、綾香は楽し気な表情のまま言う。

「大丈夫だよ。きっとママなら『私もおうち縁日やってみたかったわぁ』って言うよ、きっと」

「そうかな? まぁ、一応後で窓開けてしっかり換気しておこうかな」

そう言う晴翔は、改めてヘアセットを終えた綾香を見る。

普段は腰近くまである綺麗な髪が、今は襟足の少し上の所で纏められて、緩いお団子になっている。その事で、普段はあまり顔を出さない、彼女の白いうなじが見えていた。

「凄く綺麗で可愛いよ」

「うふふ、ありがと」

綾香は照れた様子を見せつつ、彼の誉め言葉に太陽の様な笑みを浮かべる。

そんな可愛らしい反応を見せる彼女に、晴翔も釣られて口角を上げる。

「今は、ちょっとだけ雨降って良かったって思ってるかも」

「え? どうして?」

「こんなに可愛い彼女を他の男に見せたくないから」

「今日の晴翔君、すっごく危険なんだけど!?」

「危険ってどういう事?」

少し慌てた様な綾香に、晴翔は困った様な笑みを浮かべた。

「き、危険は危険なの!」

「でもさ、思ったことはちゃんと言葉にしないと伝わらないじゃん?」

「そう言うところだよ晴翔君!」

顔を真っ赤に染めて抗議する綾香ではあるが、その表情は既にユルユルとなってしまっている。

そんな彼女はキッチンの上に並んでいるりんご飴を視界に捉えて、小さな歓声を上げた。

「凄い! りんご飴だ!! それに他のフルーツもある! あ! オムそばだ!! 本当に屋台みたい!」

「きゅうりの一本漬けも、いま冷凍庫で冷やしてるよ」

「あれ美味しいよね! でもお祭りで買うと、咲がいっつも『渋いチョイスだねぇ~』って揶揄ってくるんだよ? 酷くない?」

「あははは、藍沢さん言いそうだね」

ぷっくりと可愛らしく頬を膨らませる綾香。

晴翔は、咲に揶揄われている綾香を想像して笑みを浮かべる。

「ねぇ晴翔君。お手伝い、何やればいいかな?」

「料理だと浴衣が汚れちゃうから、飾りつけをお願いしてもいいかな?」

「うん分かった!」

綾香は元気良く頷くと、晴翔が買ってきた装飾品でリビングの飾りつけを始める。

「晴翔君、提灯はこんな感じかな?」

「うん。良いと思う」

「この紙は?」

「それはお品書き。今日の屋台メニューはね、オムそばに唐揚げ棒、フライドポテトにーー」

「この簾に、風車付けたらお祭り感でそうだよね?」

「確かに、それ良いね」

「ついでにお面も付けちゃお」

綾香は晴翔と話しながら、楽しそうにリビングを装飾していく。

ニコニコと屋台の飾りつけをしていく彼女を見ながら、晴翔は完成した屋台飯を盛り付ける。

屋台感を出す為に、敢えて晴翔は紙コップや、プラスチックのトレーに料理を盛り付けていく。

やがて、リビングの装飾も完成して、屋台飯の盛り付けも終わりテーブルに並べられる。

「わぁ! 屋台だ! おうちに屋台があるよ晴翔君!」

「後は花火だね」

晴翔は、はしゃぐ綾香に満足そうな表情を浮かべる。

「綾香、ここのテレビってネット繋がってるよね?」

「うん」

「ちょっと借りてもいい?」

晴翔は了承を得てからテレビをつけ、そのテレビで動画アプリを起動させる。そして、そこで『花火大会』と検索をかける。

「これにしようかな」

彼は、検索して出てきた動画の一つを選びそれを再生させる。

壁掛けの大画面テレビに、過去の花火大会の映像が流れ始めた。

「どう? これで雨が降ってても、屋台巡りをして花火が見られるよ?」

少しドヤ顔を浮かべながら、晴翔は綾香を見る。

対する彼女は、少し我慢する様な素振りを見せたが、やはり耐え切れなかったようで勢いよく晴翔に抱き着いた。

「最高ッ!! 晴翔君本当に凄いよ!! ありがとう!!」

ギュウッと抱き着きながら、綾香は感激の言葉を言う。

「喜んでくれて良かった。まぁ、実際には屋台は巡ってないし、花火は動画だからツッコミどころ満載だけど……」

綾香のリアクションに晴翔は恥ずかしさを覚えたのか、照れ隠しの様に頬を軽く掻きながらそう言う。

しかし、綾香は首を振って彼の言葉を否定した。

「そんな事無いよ。私にとっては人生で一番素敵な屋台巡りと花火だよ」

晴翔に抱き着きながら、綾香は顔を上げる。

「ありがとう……本当にありがとう」

何度目か分からない感謝をする彼女に、晴翔は柔らかい笑みを浮かべる。

「良かった。豪雨の中、店を駆け回った甲斐があったよ」

そう言う彼の言葉に、綾香は嬉しそうな表情の中に少しだけ心配そうな表情も混ぜる

「でも、あんまり無茶な事はしないでね?」

「……それは、分かんないな」

「え?」

無茶をしないで欲しいという綾香の言葉を、晴翔は否定する。

その事に、若干驚いた様に目を大きくする綾香。

そんな彼女に、晴翔は照れ臭そうに頬を赤く染めながらも、視線はしっかりと綾香に合わせて言う。

「俺は、綾香が思っている以上に、君に惚れているんだよ」

恥ずかしさから、ほんの少しだけ早口で、ぶっきらぼうな感じで晴翔は言葉を続ける。

「たとえ無茶をしたとしても、君の笑顔が見たいって思うくらいにね」

その言葉が綾香に届いた瞬間。

彼女は魔法にかけられたかのように、晴翔から目が離せなくなってしまっていた。