軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十八話 『愛してる』の伝え方 前編

温泉から上がった晴翔達は、座敷の休憩所で女性陣が来るのを待っている。

温泉に入り、体がポカポカして気持ち良くなったのか、晴翔の隣に座る涼太は半分瞼が下り、上体がフラフラと揺れている。

そんな彼が、前のめりに倒れて机に顔をぶつけない様に、晴翔が見守りつつも微笑まし気な表情を浮かべる。

「いやぁ、いい湯だったね」

「ですね。とても気持ち良かったです」

修一と晴翔は、そんな他愛もない会話をしながら、まったりと時間を潰す。

それから暫くして、女性陣も温泉から上がって来た。

「ごめんなさいねぇ。待たせちゃったかしら?」

休憩所にいる男性陣を見て、郁恵がニッコリと笑いながら言う。

「いやいや。そんなには待っていないよ」

「自分達もさっき上がって来たばかりなので」

そんな会話を交わした後に、晴翔は隣の涼太に声を掛ける。

「涼太君。キャンプ場に戻るよ?」

「……んあ? うん……」

涼太は、半目状態のまま一瞬だけ晴翔の方を見るが、すぐにカクンカクンと船を漕ぎだす。

晴翔はそんな涼太の様子に苦笑を浮かべると、彼の前に自身の背中を差し出す。

「涼太君。おんぶしてあげるから、おいで」

「…………んぅ……」

涼太は緩慢な動きでのそのそと動き、晴翔の背中にしがみつく。

「よいしょっと」

掛け声一つ漏らして晴翔は涼太をおんぶする。

それを見た修一が、自分と涼太の着替えが入ったバッグと一緒に、晴翔の着替えの入ったバッグも持つ。

「すみません。ありがとうございます」

「いやいやこちらこそ。いつも涼太の面倒を見てくれてありがとう大槻君」

修一は、おんぶされている涼太を見て、柔らかな表情を受かべる。

そこに、綾香が晴翔の近くにやってくる。

「私の予想、的中したね」

「そうだね」

「大丈夫? 重くない?」

軽く晴翔の顔を覗き込む様な感じで聞いてくる綾香。

そんな彼女からは、お風呂上り特有のシャンプーの香りがふんわりと漂い、晴翔の鼻孔をくすぐる。

「うん、全然大丈夫だよ」

しっとりと艶を感じさせる彼女の魅力的な髪から僅かに視線を逸らしながら、晴翔は小さく頷く。

どうしてお風呂上がりの女性というのは、こんなにも魅力的なのか。

身に纏う香りに、僅かに濡れている髪。そして、瑞々しく張りのある飾らない表情。

ニコニコとした表情を浮かべている綾香は、お風呂上がりだからなのか少し上気した頬をしている。

何故だろう? 彼女だけ他の女性陣二人よりも、幾分か顔が赤い気がする。

そんな事を晴翔が思っていると、咲が揶揄う様な笑みを浮かべてやって来た。

「ほらほら、そこのおしどり夫婦さん達、イチャ付いてないでキャンプ場に戻りますよ」

「ちょッと! 咲!」

すかさず綾香は咲の方を振り向き、慌てたような恥ずかしいような表情を浮かべる。

「私と晴翔君はまだ夫婦じゃないから!」

「おや? まだって事はこの先なる予定?」

「ッ!? そういう事じゃないでしょ!?」

賑やかに会話を交わしている女子二人に、晴翔は苦笑を浮かべながら背中の涼太をちょっと上に持ち上げて、おんぶの位置を調整してキャンプ場へと歩き出す。

その間も、女子二人の愉快な会話はずっと続いていた。

キャンプ場に戻ってからは、涼太をテントの中に寝かせた後、修一の提案によって、宴が開催された。

やんわりと燃える焚火を囲んで、修一と郁恵はハイボールやワインを嗜み、晴翔達はジュースと共に、持って来ていたスナック菓子をつまむ。

途中で、晴翔がお酒のつまみになる様に、辛さを強めにしたペンネのアラビアータを作る。

それを食した修一と郁恵は、晴翔のアラビアータを絶賛しながらお酒をグイグイと飲み進め、咲もお酒を飲めない事を悔やみながら「大槻君、将来居酒屋開けば? 私そこの常連になるからさ」とジュースを飲みながら言う。

満天の星々の下、焚火を中心に賑やかで楽しい時間が流れる宴は、完全に酔いが回った修一が、晴翔の肩に腕を回し「修一さんではなく、お義父さんと呼んでくれてもいいよ」などと上機嫌に言い出したところでお開きとなった。

女性陣と男性陣で、それぞれ別々のテントに入る。

晴翔は自分の寝袋にくるまりながら、人生初めての本格キャンプが想像以上に楽しかった事に、大きな充足感を得る。

隣からは直ぐに修一の寝息が聞こえてきた。

晴翔は改めて、東條家に感謝の念を抱く。

綾香の事で色々と圧を感じるところは少し困ってしまうが、それでも、こうやってキャンプやバーベキューに誘ってくれたりと、とても良くしてくれる。

そのおかげで、バイトである家事代行も、とても楽しくやりがいを感じながら出来る。

「すごく良い家族だよなぁ……」

ぽつりと一人呟きを漏らす晴翔。

賑やかで明るく、愛情あふれる東條家の雰囲気。家事代行のアルバイトを通して、晴翔もその雰囲気に触れ、自然と心が温かくなる感じがした。

本当に、この夏休みに家事代行のアルバイトをやって良かった。

そして、東條家と出会えてよかった。

そう思いながら、晴翔は静かに瞼を下ろして眠りに落ちた。

ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー

初めてのテント泊という事もあって、少し眠りが浅かったのかもしれない。

晴翔は自然と目が覚めてしまい、ぼうっとテントの天井を見上げながらそう思う。

外はまだ真っ暗である。

彼は、枕付近に置いてあったスマホを手探りで取り、時刻を確認してみると、丁度夜中の0時を少し過ぎたところだった。

晴翔は、少しの間目を瞑って再び眠ろうと試みたが、思いの外目が覚めてしまってなかなか寝付けない。

しょうがなく、彼は寝る事を諦めて、隣で気持ちよさそうに寝ている東條親子を起こさない様に注意を払いながら、そろりそろりとテントの外に出る。

真夜中の暗がりの中、柔らかな月明かりを頼りに、晴翔は何とかテントの入り口付近に置かれている自分の靴を探し出してそれを履くと、おもむろに立ち上がりなんとなしに夜空を見上げる。

「おぉ……」

途端に、彼の口から小さな感嘆の声が漏れる。

彼の頭上に広がる夜空。

そこには、無限の広がりを感じる様な星空があった。

幾千もの星が所狭しと夜の帳に敷き詰められ、それが晴翔を包み込むかのように頭上一杯に広がって、幻想的に瞬いている。

「これが満天の星っていうやつか……」

人工的な明かりが多い都市部や住宅地では、なかなかお目にかかれない圧倒的な光景に、晴翔はただ茫然と夜空を見上げる。

最初は、少し散歩でもして体を動かしてから寝ようと考えていた晴翔。

しかし、あまりにも星空が綺麗だったため、彼はテントから少し離れた芝生にそのまま腰を下ろして、静かに夜空を見上げる。

どのくらいの時間そうしていたのだろうか。

時を忘れて星を見上げる晴翔の耳に、ふとファスナーを開けるジーッという音が入ってくる。

音のした方に彼が視線を向けると、そこには夜の暗さに目が慣れておらず、オドオドとした動きでテントから出てくる綾香の姿があった。

彼女は少してこずって靴を履いた後、ゆっくりとした動作で歩き出し、そこでテントから少し離れた場所に腰を下ろしている晴翔に気が付いて足を止める。

「あれ? 晴翔君?」

暗くてはっきりとは見えていないらしく、少し戸惑いながら綾香が問いかけてくる。

「うん。テントで寝るのに慣れてなくて、目が覚めちゃったんだよね。それで外に出て見たら凄く星空が綺麗で」

「そうだったんだ」

「綾香は?」

「私は、その……寝る前にジュースを飲みすぎちゃったみたいで……」

すこし恥じらう様に言う綾香に、晴翔は「あぁ、なるほど」と小さく頷く。

「確かお手洗いは向こうだっけ?」

少し離れた所にあるログハウス風の小屋に視線を向けながら晴翔が言う。

「うん」

彼女はチョコンと頷き、チラッと芝生に腰を下ろしている晴翔を見た後に、星空の方にも視線を向ける。

「晴翔君はまだ起きてる?」

「そうだね。もうちょっとこうしてるかな」

そう言いながら晴翔は穏やかな表情を浮かべて顔を上に向ける。

「そっか……あ、じゃあ私ちょっとその……」

「うん、行ってらっしゃい」

晴翔がそう言うと、綾香は足早にログハウス風の小屋に向かっていく。

彼女を見送った後も、晴翔はゆったりと星空を眺め続ける。

そんな彼の元に、綾香が戻ってくる。

「良かった。まだ起きてた……ねぇ晴翔君。私も、隣に座っていいかな?」

思ってたよりも戻ってくるのが早かったなと思う晴翔。

彼女は息が少し上がっている。どうやら小屋からここまで駆け足で戻って来たみたいだ。

「うん。もちろん」

もしかしたら、一人でトイレに行くのが少し怖かったりしたのかな? だとしたら一緒に付いて行ってあげればよかったかも。などと内心で思いながらも、晴翔は綾香が隣に座る事を快諾する。

晴翔の返事に綾香は何とも嬉しそうな表情を浮かべると、拳一つ分の隙間を開けて晴翔の隣に腰を下ろした。

「綺麗だね。星空」

「うん、凄く綺麗だ」

並んで夜空を見上げる二人を夜風が優しく撫でる。