軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十五話 将来の嫁の特権

晴翔と東條姉弟、そして咲の四人で大袋に入っていたマシュマロは一瞬でなくなってしまった。

スモアを堪能した綾香たちが満足気に焚火を眺めているところに、郁恵が少し大きめのスキレットを持ってやってくる。

「焚火使ってもいいかしら?」

「はい、大丈夫です」

晴翔は返事をしながら、郁恵が調理しやすいように火を少し広げてその上に五徳を設置する。

「ありがとう大槻君」

「郁恵ママ。何を作るんです?」

五徳の上に置かれたスキレットを見ながら、咲が期待のこもった眼差しを郁恵に向けた。

「シーフードパエリアよ」

「キャンプでパエリア! お洒落ですね!」

「ふふふ~ん、たまには私も主婦として、美味しい料理を作れるんだぞってアピールしておかないとね」

郁恵はスキレットにオリーブオイルを引いて、タマネギとニンニクを炒めながら晴翔に向かってニッコリと笑みを向ける。

その笑みを受けた晴翔は、少し対抗意識を感じさせる様に口角を僅かに上げる。

「なら俺も、郁恵さんに負けない様に料理をしないとですね」

そう言いながら、彼はもう一つ持って来ていた、郁恵とは別のスキレットを取り出して、それを五徳の上に置く。

「おにいちゃんは何を作るの?」

「アヒージョだよ」

「あひーじょ?」

聞きなれない単語に首を傾げる涼太。

晴翔は「完成までちょっと待っててね」と笑みを向けながら、郁恵が使っていたオリーブオイルを譲り受けてスキレットに注ぐ。

招待された東條家のキャンプで、晴翔はそのお礼として夕食を作ると事前に郁恵や修一に伝えていた。

食材なども自分で買って持って行こうとしていたが、それを修一に伝えたら「食材関係は全て私達が用意するから、大槻君は着替えと寝袋だけ持って来てくれればいいよ」と言われてしまった。

ちなみに、修一が瞳を輝かせながら「何を作る予定なんだい?」と尋ねてきてアヒージョだと伝えると、彼は「なるほど、ワインかな?」と楽しそうな表情を浮かべていた。

郁恵と晴翔、二人でスキレットを並べて料理を進める。

郁恵のスキレットからは、ニンニクの香りが立ってくる。彼女はそこにお米とシーフードミックスを加える。

「郁恵さん、そのシーフードミックス後で貰って良いですか?」

「勿論よ。じゃあここに置いておくわね」

「ありがとうございます」

隣のテーブルにシーフードミックスを置いてくれた郁恵にお礼を言いながら、晴翔はニンニクの皮を剥いて、それをオリーブオイルで満たされたスキレットの中に投入していく。

「晴翔君のアヒージョも楽しみ」

晴翔の料理風景を眺めながら綾香が言う。

「まぁ、これはただオリーブオイルの中に食材を入れて煮るだけだから、だれが作ってもそれほど変わらないけどね」

綾香の言葉に、晴翔は鷹の爪を加えながら答える。

今回は涼太も食べるので、入れる鷹の爪は種が入らないようにして、風味が少し感じられる程度の少量に抑える。

そこに修一が、切ったバゲットをトレーに乗せて焚火の所にやってくる。

「綾香、これをちょっと焼いてくれるかい」

「うん分かった」

修一からトレーを受け取った綾香は、二つ並んだスキレットの隙間にバゲットを並べて焼いていく。

その様子を眺めながら、咲が表情を緩める。

「バゲットをアヒージョに浸して食べると最高だよね」

「ねぇおねえちゃん。パン一つ食べたい」

楽しそうに料理風景を咲が眺めているところに、涼太が物欲しそうな目で綾香の持っているトレーを見て言う。

「しょうがないわね。一つだけよ? ちゃんと焼いてアヒージョと一緒に食べた方が美味しいんだから」

そう言いながら、綾香は一つだけ涼太にバゲットを渡す。

涼太は「やた!」とそれを両手で受け取って、さっそく嬉しそうに噛り付く。

そんなやり取りを聞きながら、晴翔はブロッコリーやエビ、ホタテにミニトマトを加えて煮詰め、そこに少しハーブソルトを加える。

「アヒージョは大体完成しました」

「パエリアの方はあともうちょっとかかるわ」

蓋がされているスキレットを見ながら、郁恵が答える。

「それじゃあ先にアヒージョを食べていようか」

修一のその言葉に、晴翔は頷いてアヒージョを五徳の上から降ろしてテーブルの上に移動させる。

「いただきます」

みんなで手を合わせて言うと、早速涼太が目を輝かせてアヒージョに手を伸ばす。

「涼太君、パンと一緒に食べると美味しいよ」

「そうなの?」

晴翔は涼太にそう言うと、焼けたバゲットを一枚とってその上にエビを載せて涼太に渡してあげる。

「ありがとうおにいちゃん!」

涼太は晴翔からそれを受け取ると、一口かじって表情を輝かせる。

「おにいちゃんこれ美味しい!!」

「それは良かった」

涼太の笑みに癒される晴翔。

その向かいに座る咲がバゲットにアヒージョを浸し、その上にニンニクを載せて口に運ぶ。

「んんぅ~~! 最ッ高!! 大槻君味付け完璧!」

食べた瞬間に身を震わせて悶絶する咲は、晴翔に向けてグッと親指を突き立てる。

そんな彼女の隣で、綾香もブロッコリーを食べて頷く。

「うん、さすが晴翔君だね」

「ははは、ありがとう。でもさっきも言ったけど、アヒージョはただオリーブオイルとニンニクで具材を煮るだけだから、誰が作っても味は変わらないよ」

褒めてくる二人に、晴翔は照れ隠しの様に、涼太にアヒージョのオイルを浸したバゲットを渡しながら答える。

そこに、郁恵がニッコリと笑みを浮かべる。

「簡単な料理ほど、誤魔化しが効かないから難しかったりするんだけどもねぇ」

「綾香は大槻君の手料理を沢山食べれて幸せ者だね。このこの~」

咲が隣の綾香を軽く小突きながら言う。

「べ、別に私だけじゃなくて、涼太とかも食べてるし」

咲の言葉にそう返しながら、綾香は咲から逃れる様にアヒージョに手を伸ばし、ホタテを一つ食べる。

「にしても、こう料理が上手だと将来の大槻君のお嫁さんが羨ましいね」

咲は少し悪戯っぽい様な表情を浮かべ、晴翔には聞こえないくらいの声量で綾香に言う。

「それは……そうだね」

「これは早くその座を手に入れないと、誰かに盗られちゃうね~」

「う、うぅ~……」

若干顔を赤らめて俯く綾香に、咲がニヤニヤ笑みを浮かべていると、パエリアの様子を見ていた郁恵も咲の言葉が聞こえていたらしく、会話に加わってくる。

「そうよ綾香。大槻君を早く捕まえてくれないと、私困っちゃうわ」

「ま、ママには関係ないじゃん!」

「関係大有りよ!」

会話に加わって来た母に、綾香は少し驚いて目を見開く。

そんな娘に、郁恵はいたって真面目な表情で説明をする。

「だって大槻君、家事代行のアルバイトは夏休みだけの短期でやっているのでしょう?」

「うん、そうだけど」

「という事は、夏休みが終わったら、大槻君はもう家に来てくれなくなるじゃない」

「それは……」

「この夏休みで私、大槻君の家事代行で凄く助けられちゃって、もう大槻君無しじゃ生きていけなくなっちゃったわぁ」

少し大袈裟に冗談っぽく言う郁恵。

「ちょっとママ!?」

そんな母に、綾香は少し慌てた様子で晴翔の方を見る。

今の彼は、涼太にアヒージョを食べさせながら、隣にいる修一とアウトドア談議に夢中になっていて綾香達の話は聞こえていない。

その事に綾香はホッと胸を撫で下ろす。

そんな彼女の様子に、郁恵は笑みを浮かべながら話を続ける。

「綾香が大槻君を捕まえてくれたら、夏休みが終わっても彼は家に来てくれるでしょ?」

「そ、そうかもしれないけど。もう家事代行じゃないんだから晴翔君に料理を作ってもらうのは申し訳ないでしょ」

郁恵に対して反論する綾香に、咲がニヤニヤとした表情のまま彼女に言う。

「そこは、綾香が 彼(・) 女(・) として 彼(・) 氏(・) にお願いするのよ! 晴翔君の手料理が食べたいなって」

咲の言葉を聞いた綾香はサッと頬を赤くする。

そこに更に郁恵が追い打ちをかける。

「私としては、将来的には大槻君にお婿さんとして家に来て欲しいけどねぇ」

「お、おむっ!? そ、それはまだ話が早すぎるよ!」

「でも、綾香が大槻君のお嫁さんになれば、彼の手料理を食べ放題よ?」

「そ、それは……確かに魅力的だけど……」

郁恵と咲の口撃で、綾香はすっかり顔を赤くしてしまって、頭から湯気を出しそうな勢いである。

そこに、今まで夢中でアヒージョを食べていた涼太が、純粋無垢な表情で口を開く。

「おねぇちゃん、おにいちゃんのお嫁さんになるの!?」

期待に輝く瞳を姉に向けながら、大きな声で言う涼太。

それは、修一との会話に夢中になっていた晴翔の耳にもしっかりと届く。

今までアヒージョに夢中になっていた涼太。

郁恵たちも、晴翔に聞こえない様に少し声を落として話をしていたのだが、どうやら涼太の耳は、大好きな姉と晴翔に関しては地獄耳だったようだ。

郁恵の『綾香が大槻君のお嫁さんになれば』という発言をしっかりと聞き取って、ワクワクとした表情を浮かべている。

突然の涼太の発言に、晴翔は修一との会話を一旦切り上げて、キョトンとした顔で涼太を見る。

そこに綾香は、真っ赤な顔のまま慌てて涼太の発言を否定する。

「な、なに言ってるの涼太!! いきなり意味わかんない事言わないのッ!!」

「でも、いまお母さんが、おねえちゃんはおにいちゃんのお嫁さんになるって言ったもん!」

「え?」

涼太の言葉に、晴翔は驚いた表情で郁恵の方を見る。

「あらあら、まぁ」

彼の視線を受けた郁恵は、少し困った様に笑みを浮かべ、頬に手を添える。

「ちょっとママ! あらあら、まぁじゃなくて! ちゃんとそこは否定してよッ!」

「ふむ、綾香もついに嫁に出る時が……」

「え? え!?」

しみじみとした感じで呟く修一に、晴翔は話の流れが全く掴めずに、混乱した表情で修一を見る。

「ちょっ!? パパ!! 本気にしないで!!」

綾香がいつもの様に暴走する父親に、必死に制止の言葉を投げ掛ける。

そんな親友の姿に、咲は口元に手を添えて必死に笑いを堪えながら呟く。

「大槻君、完全に外堀埋まってる……」

「え? これは? どういう話の流れですか?」

視線をキョロキョロしながら混乱する晴翔に、郁恵がポンと手を叩く。

「あ、ほら。パエリアが出来たから皆で食べましょうね」

「ママ、話逸らすのもうちょっと上手くやってよ……」

夏の夕暮れ、山間部のキャンプ場に、綾香の疲れたような呟きがポツリと漂った。