軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十八話 そっちの味も気になっちゃうな

限定味のアイスが簡単に見つからないで欲しい。

そんな晴翔の祈りが通じたのか、駅前にあるもう一方のデパートでも目的の物を見つける事は出来なかった。

「やっぱり、なかなか見つからないね」

デパートを出ながら綾香が言う。

言葉だけだと残念がっているよう聞こえるが、彼女の表情には一切の陰りは無く、むしろ頭上の太陽に負けないくらいに、ニコニコと眩しい笑みを浮かべている。

「そうだね。でもまぁ、きっとどこかにはまだ売ってるはずだよ」

「うん! そうだね!」

晴翔の言葉に綾香は満面の笑みで頷く。

と、そこで晴翔は一旦、いまの時刻を確認する。

「そういえば、もうそろそろお昼になるけど昼食、食べに行かない?」

「あ、もうそんな時間なんだね。なんだか晴翔君と一緒にいるとあっという間に時間が過ぎちゃうね」

「っ……」

純粋な笑顔でそんな事を言ってくる綾香に、晴翔は堪らずに彼女から顔を逸らして、ニヤついてしまっている口元を片手で覆って隠す。

「ごほっ! んん! ……それじゃあ、お昼を食べに行く、でいいかな?」

晴翔は咳払いをして何とか誤魔化す。

「だね。お昼どこに行こっか? 晴翔君はなに食べたい?」

晴翔の不自然な咳払いに触れることなく、綾香は首を傾げて彼を少し覗き込むように尋ねてくる。

その仕草と距離感がとても可愛らしく、彼女との恋人繋ぎしている手の温もりも相まって、晴翔は再び表情が緩く崩れそうになる。

「……その、実はお昼のお店、予約してるところがあって、そこでいいかな?」

「えっ!? お昼予約してくれてるの?」

「うん、その……一応これもデートだから、そういう事をしてた方が本物っぽいかなって」

恥ずかし気に晴翔は少し綾香から視線をずらし、「まぁ、練習なんだけど……」と照れているのを隠す様に後頭部を片手で搔きながら言う。

晴翔が昼食を予約しているとは全く予想していなかった綾香は、驚きと喜びで、つぶらな瞳をこれでもかという程に見開いていた。

「凄い! どんなお店を予約してくれたの?」

「それは、着いてからのお楽しみで」

答えをはぐらかす晴翔に、綾香はウキウキとした表情で目を輝かせる。嬉しさを抑えきれないのか、口元の形がニヤァと緩んだままになっている。

そんな彼女の反応を見て、晴翔の中に僅かな緊張感が湧き上がってきてしまった。

ちょっとしたサプライズ感を出そうと、予約した店を秘密にしたのだが、もしその店が綾香の好みじゃなかったらと思うと、晴翔は少し背中が寒くなる。

お店のハードルが上がってしまったと感じた晴翔は、内心の焦りを感じ取られない様に、平静を装いながら言う。

「その……先に言っておくけど、高級店とかじゃないよ? 普通の高校生でも入れるお店だからね?」

「ふふふ、すごく楽しみ! ありがとう予約してくれて、嬉しい!」

「う、うん。それじゃあ、行こうか」

晴翔は、これ以上綾香の嬉しそうな笑みを見続けると理性が崩壊してしまいそうだと、慌てて前を向いて目的の店に向かって歩き出す。

隣を歩く綾香はかなり上機嫌な様子で、おそらく無意識なのだろうが「ふんふ~ん」と小さく鼻歌を奏でながら、文字通り弾むような足取りで歩いている。

手を繋いでいる晴翔からすると、彼女と繋がっている左手が常に上下にピョコピョコと動くので、少し歩きづらい。

しかし、その事をご機嫌な綾香に言う事などできる筈も無く、彼はほんのりと苦笑を浮かべながら、されども満更でもないといった様子で、いつもよりも小さな歩幅で歩く。

店へ向かう道中、夏の太陽に負けないくらい明るい笑顔を浮かべている綾香。彼女はただでさえ人目を惹く美少女だというのに、そんな魅力的な笑顔を振りまいているものだから、通り過ぎる人達が皆、綾香に一度や二度視線を向けてくる。

その隣を彼女と手を繋いで歩く晴翔には、羨望やら嫉妬やら好奇の視線が寄せられる。

普段の彼であれば、その眼差しに神経を擦り減らしていたかもしれない。しかし、今の晴翔にそんなものを気にする余裕は無い。

いま彼の胸の内を占めているのは、予約している店が綾香に気に入ってもらえるかどうか、ただそれだけだった。

ニコニコと楽しそうな綾香と、若干緊張感が滲み出る晴翔の二人は、道行く人達の視線を集めながら歩き続け、やがて一軒の店の前に到着する。

その店は入り口付近に緑の観葉植物が飾られていて、テラス席なども設置されている。

落ち着いたお洒落な雰囲気を醸し出している店の入り口の前で、晴翔は足を止める。

「ここが予約してるところ」

「わぁ! 良い感じのお店だね! ここは……パンケーキ屋さん?」

「そう、ここのパンケーキすごく美味しいらしくて……お昼はパンケーキで良かったかな?」

「うん! 私、パンケーキ好き!」

嬉しそうな綾香の笑顔に、晴翔の緊張は少しほぐれる。

取り敢えず店の印象は好感触だった事に、晴翔は胸を撫で下ろしながら、綾香の手を引いて店内に入る。

美味しいと評判なだけあり、店内はお客でびっしりと埋まっていたが、予約していた事もあり、二人はすんなりと席へと案内された。

「内装も凄いお洒落!」

「そうだね。なんだか森の中みたいだね」

「確かに」

木製の椅子に腰を下ろしながら、そんな会話を交わす晴翔と綾香。

店の内装はまるでログハウスの様で、壁は丸太で組まれ高い天井にも太い丸太の梁が渡っている。さらに多くの場所に観葉植物が飾られていて、さながら森の中の丸太小屋の様な内装となっている。

「でもこういうのは落ち着くよね」

「マイナスイオンとか多そうだね」

綾香の言葉に、晴翔は木製のテーブルを撫でながら答える。

手に伝わる木の暖かさと柔らかさに、ほっこりとした気分になっていると、ウェイターが水とメニューを持ってきてくれた。

「お冷とメニューで御座います。お決まりになりましたら御声掛け下さい。失礼致します」

丁寧な礼をして去っていくウェイターに、綾香も小さく礼を返した後に早速メニューに手を伸ばして広げる。

「わはぁ~! どれも美味しそう!」

パンケーキが好きというのは本当のようで、綾香はキラキラと目を輝かせる。その視線は忙しなくメニューの上を彷徨う。

「うぅ……迷うなぁ……晴翔君はもう決めた?」

「俺はこの抹茶のパンケーキかな?」

「むむむぅ~、晴翔君はそれかぁ……」

唸りながら考え込む綾香。

まるで人生における重大な決断かのような、真剣な眼差しでメニューを睨む彼女に、晴翔は思わず「ふふ」と笑いを溢してしまう。

「綾香はどれで悩んでるの?」

「悩んでるのは全部で悩んでるんだけど……」

「全部……」

「でも、う~ん……絞らないといけないとなると、これかこれかな?」

そう言いながら綾香が指差したのは二つ。

一つは、パンケーキの上にバターとメープルシロップが掛かったシンプルながらも王道なもの。

もう一つは、イチゴやチョコソース、ホイップクリームなどがトッピングされていて、いかにも写真映えしそうなパンケーキ。

「どっちにしよう……両方捨てがたい……」

二つのパンケーキの写真を穴が開きそうになるほど、何度も何度も見返す綾香。

「じゃあ、こうしよっか。俺がそのバターとメープルシロップのを頼むから、綾香は映えパンケーキを頼みなよ。んで、お互いのを半分こしよう。どう?」

「え? でもそうしたら晴翔君が抹茶のを食べられなくなっちゃう」

「このシンプルなのも気になってたから、全然平気だよ」

「……本当? いいの?」

若干上目遣いで尋ねてくる彼女の可愛さに、晴翔は表情を綻ばせて頷く。

「いいよ」

「やた! じゃあそうする! 注文しちゃっていい?」

「うん」

嬉しさのあまり、少しはしゃいだ様な感じを出す綾香。

そんな彼女の姿に、晴翔はどこか涼太の面影を感じ『やっぱり姉弟なんだな』と感心したように見つめる。

そこに、注文を終えた綾香がニコっと笑顔を晴翔に向けてくる。

「晴翔君、優しいね」

「いやいや、普通だよ」

「そんな事無いよ。晴翔君はすっごく優しいよ」

力を込めて断言してくる綾香に、晴翔は少し揶揄う様な口調で返す。

「あんな苦渋の決断みたいな表情を見せられたらね。俺にはどっちか片方を諦めろなんて残酷な事は言えなかったよ」

「そ、それは……こんな魅力的なメニューのお店に私を連れてきた晴翔君がいけないと思います!」

「えぇ~それは暴論だよ」

「暴論じゃないもん。晴翔君のせいだもん」

晴翔の揶揄いに対抗する様に、綾香はツンと唇を尖らせて晴翔のせいだと言い張る。

そんな彼女の表情に晴翔は堪え切れなくなり笑い声を上げる。

すると、それに釣られるように綾香も一緒になって笑う。

「あはははは」

「ふふふふふ」

何とも楽し気に笑い合う二人は、その雰囲気のまま「パンケーキ楽しみだね」「だね」などと言葉を交わしながら、注文したものが来るのを待つ。

やがて、そんな二人の元に出来立てのパンケーキが二つ運ばれてきた。

途端、綾香のテンションは最高潮に達する。

「わぁぁー! すごく美味しそう!」

「だね、匂いも凄く良い」

二つ並ぶパンケーキを前にして、綾香は自分のスマホを取り出してカメラを起動した。

「晴翔君、写真撮ってもいい?」

「いいよ」

晴翔はススッと皿を移動させて、綾香が写真を撮りやすいようにする。

彼女は「ありがと」という言葉と共に、複数のアングルでパンケーキを写真に収めた。

「ふふ、後で咲に自慢しちゃお」

何とも嬉しそうな笑みを浮かべる綾香に、晴翔はナイフとフォークを手に持って言う。

「じゃあ、食べよっか」

「うん! いただきます!」

手を合わせた後、早速晴翔はパンケーキを一口分切り取って口に運ぶ。

ふっくらと厚みあるパンケーキは、その見た目通りふわふわの食感で、掛かっているバターの濃厚なコクとメープルシロップの自然な甘さが口の中に広がる。

「うん、美味しい」

美味しい料理に、晴翔は口元を緩めながら静かに感想を溢す。

対する綾香は、イチゴとホイップクリームとチョコソースを乗せたパンケーキを頬張り、悶絶していた。

「んん~!」

綾香は小さく体が揺れる程に、美味しいものを食べた事に喜びを爆発させていた。

「晴翔君! これすごく美味しいよ!」

「ね、おいしいね」

二人は笑みを交わしながら、パンケーキを食べ進めていく。

そして、ちょうど半分ぐらい食べたところで、晴翔は自分のパンケーキを綾香の方に渡そうとする。

だが、綾香はそれを受け取ろうとはせず、おもむろにパンケーキを一口分切り分けると、それをフォークで取りそのままそれを晴翔の口元まで持ってきた。

「はい晴翔君」

「……え?」

突然「あ~ん」を敢行してきた綾香に、晴翔は戸惑いの声を漏らしてしまう。

「半分ずつシェアするんでしょ? 私も半分食べ終わったから、残りを晴翔君に食べさせてあげる」

「いや……自分で食べられ――」

「これも、恋人の練習だよ? ほら、あそこの席のカップルを見てみてよ」

彼女の言葉に、晴翔が綾香の視線の先に目を向けると、そこには何とも仲睦まじい様子のカップルが、お互いのパンケーキを食べさせ合っていた。

「仲の良い恋人同士は、ああやって食べるんだよ?」

「……」

実際に本物の恋人同士が目の前で「あ~ん」をやっているのを目撃してしまい、晴翔は何も言い返せなくなってしまう。

「はい晴翔君。あ~ん、だよ」

ニッコニコと眩しい笑顔で、容赦なく晴翔の口元にパンケーキを突き付けてくる綾香。

晴翔はチラッと一瞬だけ周囲の他のお客の様子を窺った後に、少し上体を前のめりにして、パクッと綾香からパンケーキを食べさせてもらう。

「ふふ、おいし?」

「……とても甘いです」

咀嚼するパンケーキは、今まで感じた事が無い程に甘かった。

それは、ホイップクリームによるものなのか、チョコソースが原因なのか。それとも、彼女に食べさせてもらった事による錯覚なのか。

とにかく晴翔の口の中は、彼の人生史上で最も甘くなっていた。

「晴翔君、私も晴翔君のパンケーキ食べたいな」

「あ、うん。おっけ」

おねだりしてくる綾香に、晴翔は若干ドギマギしながらも、自分のパンケーキを一口分切り分ける。

そこで晴翔はチラッと綾香の様子を見る。

彼女は期待に満ちた表情で、晴翔が切り分けたパンケーキをジッと見詰めていた。

晴翔は、綾香に気付かれないくらい小さく「ふぅ」と息を吐き出すと。切り分けたパンケーキをフォークで取って綾香の口元に運ぶ。

「はい、綾香」

「ありがと」

お礼を言うと、今度は綾香がパクッと晴翔のパンケーキを食べる。

「うふふ、甘くて美味しい」

ゆるゆるの笑顔を晴翔に見せながら、綾香は嬉しそうに言う。

そんな彼女の頬はほんのりと赤く染まっていた。

恥ずかしさを感じながらも、恋人の練習をしてくれている綾香に、晴翔は感謝の気持ちが湧いてくる。

「はい晴翔君、あ~ん」

何とも楽しそうにパンケーキを差し出してくる綾香を見て、晴翔の表情も自然と明るく、そして緩んだものになっていく。