軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十三話 嘘の中に混ざる本心

総合病院の一室。

晴翔は白衣を着た医師と向かい合っていた。

「熱中症ですね」

「……はぁ、熱中症、ですか」

診断結果を聞いた晴翔は、ほんの少しだけ安堵した様に息を吐き出す。

「ここ数日、すごく暑い日が続いてましたからね」

「あの……他には問題はありませんか?」

「今のところは特に。意識もすでに回復されてますので、大丈夫かと。ですがお婆様もご高齢ですし、一応大事をとって明日は1日入院しておきましょうか」

「はい、お願いします」

その後、色々と説明を受けた晴翔は最後に医師に一礼して、面談室を出て祖母のいる病室に向かう。

「ばあちゃん、大丈夫かい」

祖母が寝ているベッド横の丸椅子に腰掛けながら、晴翔が声をかける。

祖母は晴翔の方を見ながら、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「ごめんね晴翔。心配かけたね」

「本当だよ、ばあちゃん。俺、心臓止まるかと思ったよ」

「本当にごめんねぇ」

綾香達を家に送り届け帰宅した晴翔は、台所で倒れている祖母を見つけて大慌てで救急車を呼んだ。

緊急搬送される車内で晴翔は、不安に押しつぶされそうになりながら、祖母の手を握り必死に無事を祈り続けていた。

「俺の家族は、もうばあちゃん1人だけなんだから」

そう言う晴翔の瞳は、不安で揺れていた。

そんな孫の心情を察して、祖母は晴翔の手をそっと握る。

「大丈夫、わたしはまだまだ元気だよ」

「本当に?」

「本当だとも。 ま(・) だ(・) 晴翔を独りにはしないよ」

「うん……」

祖母の言葉に、晴翔は嬉しさと哀しさその両方の表情を浮かべる。

「なんだいその顔は」

祖母は顔の皺を深くして笑う。

「今の晴翔を独りにしたら、あの世であなたのお父さんとお母さん、それにお爺さんにも怒られちゃうからね」

祖母は握っている晴翔の手に、もう片方の手も添え、ポンポンと優しく叩きながらさらに続ける。

「それに、前に晴翔が言っただろう? とびっきり可愛い彼女を紹介してくれるって。その子を見るまでは、わたしは死んでも死に切れないよ」

「ばあちゃん……」

晴翔は前に自分が言った言葉を楽しみに信じて待っている祖母を見て、心が揺れる。

小さい頃に両親を亡くし、中学に上がるときに祖父を亡くした晴翔にとって、祖母だけが唯一の家族である。

そんな祖母を安心させてあげたい。

喜ばせてあげたい。

期待に、応えたい。

そんな事を強く思う晴翔の口がおもむろに開き、勝手に言葉を紡ぎ出す。

「実は、さ……彼女、できたんだよね」

祖母の事を思うあまり、彼の口からは嘘が吐き出される。

「今日も……本当はその彼女と、出かけてたんだよ」

止めようにも止まらない晴翔の嘘。

しかし、祖母は孫が嘘をついているとは疑いもせず、パッと表情を輝かせる。

「まぁ! そうだったの! もしかして、それは前に映画を一緒に観に行ってた子かい?」

「え? ……あ、あぁ、うん。そう……だね。その子だよ」

「そうかいそうかい! それで? 晴翔の彼女はどんな子なんだい?」

興味津々と言った様子に尋ねてくる祖母に、晴翔の頭の中に1人の女の子の姿が浮かび上がってくる。

「え……と、すごく可愛い子だよ。本当に、俺には勿体無いくらいでさ。髪は長くて日に当たると亜麻色に輝くんだよ。それに、笑顔がすごく素敵で、性格はちょっと天然っぽいんだけど、弟思いの優しい性格で…」

晴翔の頭に浮かんだ女の子。

それは東條綾香だった。

晴翔は綾香をモデルにして、祖母に彼女だと伝えてしまう。

対する祖母は、晴翔の言葉を鵜呑みにしてニッコリと微笑む。

「そうかい。素敵な子を見つけたんだねぇ」

心の底から嬉しそうに言う祖母に、嘘をついてしまっている晴翔は、胸の奥が苦しくなるのを感じる。

しかし、それと同時に祖母の喜んだ顔を見れたことに、安心感も感じてしまっていた。

「本当に、すごく魅力のある女の子だよ」

その言葉は嘘ではない。

今の晴翔にとって、東條綾香はとても魅力的で、可愛い女の子である。

だからこそ、勝手に自分の彼女だと祖母に伝えている現状に罪悪感を覚えてしまう。

そんな孫の心情を知らない祖母は、微笑みを浮かべながら、優しげに言う。

「本当に、良い彼女さんが出来たんだね」

「う、うん……」

「晴翔は心の底から、その彼女さんに惚れているんだねぇ」

「っえ!?」

しみじみと言う祖母の言葉に、思わず晴翔は驚きの声をあげてしまう。

晴翔の反応に、祖母はニッコリと笑う。

「晴翔の顔を見れば、どれだけ彼女さんを想っているのか分かってしまうよ」

「そ、そりゃあ……好きに決まってるでしょ? 付き合ってるんだからさ」

全てを見透かされているかの様な祖母の視線から、晴翔は顔を逸らし、自分の頬をカリカリと掻きながら、少しぶっきらぼうに言う。

晴翔の反応を見て、祖母はクスクスと笑いをこぼす。

「そうだね。じゃあ、その可愛い彼女さんに会えるのを楽しみにしているよ」

「あ、その……まだ付き合いたてだからさ、もう少し経ってから、ばあちゃんに紹介するよ」

少し視線を泳がせながら言う晴翔に、相変わらず微笑みを浮かべながら祖母は頷く。

「はいはい、ゆっくりと待つ事にするよ」

「……そ、それよりも! これからは暑い日も続くし、また熱中症になったら困るから、エアコンの温度設定はもう少し低くするよ」

強引に話題を逸らす晴翔は、必死に言葉を続ける。

「今は屋内熱中症も増えてきてるらしいから。エアコンかけてても、台所のコンロの熱とかがこもって、それで熱中症になるんだって。だから、ばあちゃんも気を付けてね」

「はいはい、わかったよ。これからはちゃんと気をつけるからね」

「約束だよ? ばあちゃんももう若くはないんだから。今回は発見が早かったから大事にはならなかったけど、熱中症でも対処が遅くなったら命に関わるって医師が言ってたからね」

今回、祖母が熱中症になった原因は、台所のコンロである。

その熱にやられ、祖母は熱中症になって倒れてしまった。

倒れた後、コンロの火は安全装置で自動的に止まってくれたが、もし万が一コンロの火がそのままだったら、今頃晴翔達の家は火事になっていただろう。

そうなれば、祖母が今こうして病院のベッドに横になっていることもない。

その時の事を想像した晴翔は、恐怖に身体をブルっと震わせた。

今は祖母が無事でいてくれた。

そのことだけに感謝しよう。

余計な考えを振り払った晴翔は、椅子から立ち上がる。

「それじゃあばあちゃん。面会時間はもう終わってるから、俺は帰るよ?」

「はい、晴翔も気をつけて帰るんだよ」

「うん、ばあちゃんも今日と明日はゆっくり休んでね」

「わかったよ」

「それじゃあね、帰るよ」

晴翔は祖母に手を振り、病室を後にする。

病院の時間外出入口から外に出る晴翔は、湿度の高いむわっとした蒸し暑い熱帯夜の中、家に向かって歩き出す。

完全に暗くなった空の下、晴翔は先程の祖母との会話を思い返す。

「ハァ〜、やばい……」

そして、大きな溜息を一つ吐く。

「なんであんな嘘を……」

あの時は、祖母の事を考えるあまり、少し冷静さを欠いていた。

しかし、夜道を歩きながら、冷静さを取り戻した状態で考えたら、かなり酷い嘘をついている。

「しかも、勝手に東條さんを彼女にしてるし…….」

祖母に嘘をついただけでなく、綾香を勝手に彼女のモデルにしてしまっているから、更にタチが悪い。

「やっぱり明日、ばあちゃんにちゃんと話そう」

やはり嘘は良くない。

ましてや綾香にも、もしかしたら迷惑がかかるかもしれない内容である。

早いうちに、祖母に嘘だと告白したほうが良いだろう。

それに、綾香にも謝罪したほうがいいかもしれない。

晴翔はそう思いながらも、もしこの話を綾香にしたらどんな反応をされるだろうかと不安になる。

「気持ち悪いって言われるかな……まぁ、自業自得か……」

口ではそう言うものの、本当に彼女に嫌われた時の事を想像すると、思った以上に胸が苦しくなった。

晴翔は先程、祖母に言われた言葉を思い返す。

『晴翔は心の底から、その彼女さんに惚れているんだねぇ』

祖母にそう言われた時、晴翔は恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じるのと同時に、どこかストンと納得がいった様な感じがした。

「俺、東條さんに惚れちゃってるのか……」

ポツンと呟きを漏らす晴翔。

「嫌われたく、ないな」

そう漏らす晴翔の脳裏に、一瞬だけある考えが浮かぶ。

それは嘘を本当にすると言うもの。

綾香に告白し、付き合う事ができれば堂々と祖母に彼女だと言って紹介する事ができる。

しかし、晴翔は首を振ってその考えを掻き消す。

そんな自分の嘘を正当化するために告白をするなど、男として云々の前に、人として最低である。

そんな告白をしては綾香に対して失礼極まりない。

告白とは誠心誠意、心を込めてするものであって、邪な下心を抱えたままするものではない。

そう言う考えを持っている晴翔は、今しがた浮かんだ自分の考えに、自己嫌悪すら覚える。

「やっぱり今日の俺は変なのかなぁ」

日中は綾香に対してセクハラ紛いの事をしてしまうし、祖母に対しては酷い嘘を吐き。その嘘をなんとか誤魔化そうと考えてしまう。

「疲れてるのかな……」

そう思うと、なんだか体が重く、頭もボーッとして少し痛い様な気もしてきた。

今日一日、晴翔にとってはとても長く感じた。

東條家で綾香の両親と一緒に朝食を食べたのが、はるか昔の様に感じる。

「早く帰って、寝よ」

いつもなら、どんなに疲れていても、寝る前の勉強はする様にしている晴翔であるが、さすがに今日ばかりは勉強をする気になれない。

若干ふらつく足取りで、晴翔は家路を急ぐ。

「ははは、もしかしてこれ、恋の病にでもかかったかな」

少し自虐的な笑みを浮かべ、頭痛を和らげるためにこめかみに手を添えながら、晴翔は熱帯夜の中を家に向かい歩き続ける。