軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十一話 水も滴る……

芝生エリアについた晴翔達は、借りた遊具で早速遊ぶ。

「天気も良くて、広くて気持ち良いね」

着替えた綾香が一面に広がる芝生を見て言う。

芝生エリアには家族連れや、複数人のグループなどたくさんの人達が、ボールなどの遊具で遊んでいたり、レジャーシートやテントを広げて寛いでいる。

しかしエリア自体が広大な為、そこまでの圧迫感はなく、晴れた夏空の下、寧ろ充分な開放感がある。

晴翔達3人は、借りたサッカーボールでミニゲームをする。

「ほら涼太君、こっちだよ。おっと」

「う! えい! あぁ」

1人がボールを保持して、残りの2人がボールを奪うという簡単なミニゲーム。

今ボールを持っているのは晴翔で、そのボールを涼太は必死になって奪おうとする。

しかし、晴翔の足元で巧みに操られるボールの動きに、なかなか思う様に奪えずにいる。

「おねぇちゃんそっち! おにぃちゃんの動きを止めて!」

涼太は綾香と協力して晴翔を囲み、その動きを止めようとする。

「ほいっと」

だが、晴翔はその包囲網をくるっと回転してすり抜けてしまう。

「大槻君、うますぎ」

そんな彼の姿に、笑いながら綾香が言う。

「大槻君ってサッカー部だっけ?」

「いえ、違いますよ。小さい頃から友達とこういう遊びをやってたので少し得意なだけです」

ボールを左右に動かしながら、晴翔が言う。

その足元に涼太が必死に喰らい付いて、ボールを奪おうとする。

「少しって感じじゃないけど」

晴翔の足捌きに見事に翻弄される涼太。

その様子を見て綾香が苦笑を浮かべる。

一向に奪える気配のないボールに、綾香は何かを閃いたかの様に笑みを浮かべた。

「つまり大槻君は経験者って事で、私たちにハンデがあっても良いよね?」

「そうですね。どんなハンデをつけましょうか? って、えッ?」

「えいっ」

掛け声とともに、綾香は晴翔の腕にしがみ付く。

まさか、サッカーで堂々と手を使ってくるとは予想していなかった晴翔は、彼女の行動に驚くとともに、抱き付かれた腕に伝わる何とも魅力的な柔らかさに、思わず身体が硬直してしまう。

「今がチャンスよ涼太」

「うん! えい……やったー!」

動きの止まった晴翔から見事ボールを奪いとった涼太が嬉しそうに言う。

「うふふ、私たちの勝ちだね」

「いや、今のはちょっと……」

「ダメ? 今のは反則?」

晴翔の腕から少しだけ離れ、首を傾げながら上目遣いで言う綾香。

晴翔からすれば、いまのその仕草こそが反則である。

「いえ……ダメじゃ、ないです」

晴翔は抱き付かれている自分の腕にチラッと視線を向けた後、目を反対に逸らしながらボソッと言う。

晴翔の反応を見て、綾香も恥ずかしそうに頬を染めながらも「ふふふ」と嬉しそうに笑った。

「おにぃちゃん! 攻守交代だよ!」

「そ、そうだね。よし! すぐにボールを奪い返してやる」

涼太の元気な声に、気恥ずかしさを紛らわす様に晴翔も少し大きな声を出す。

その後のミニゲームは、綾香の反則級のハンデに晴翔の動きは著しく低下して、良い勝負となった。

その後も晴翔達は借りた遊具で遊び、太陽が一番高い場所に昇る頃、強い日差しに目を細めながら綾香が言う。

「そろそろお昼にする?」

「そうですね。あの木の下にレジャーシートを敷きましょうか」

晴翔は丁度良さげな木陰を指さして言う。

「涼太もお腹すいたでしょ?」

「うん! お弁当食べる!」

「涼太君が好きな唐揚げと卵焼きを作ってきたよ」

「やったー!」

晴翔の言葉に涼太は歓喜の声を上げ、全速力で木陰に走っていく。

「小さい子の体力は恐ろしいですね」

「いや、大槻君もずっと涼太と付き合って普通にすごいと思うよ?」

途中で観戦にまわっていた綾香が感心した様に晴翔を見ながら言う。

「いえ、俺も結構体力ギリギリでしたよ?」

「本当に? すごく余裕がある様に見えるよ?」

そう言って晴翔の顔を覗き込み、綾香は疑いの視線を彼に向ける。

「さすがに幼稚園児の体力には敵いませんよ」

近くから覗き込む彼女から、晴翔は若干視線を逸らす。

「まだ午後もあるけど、体力大丈夫?」

「お弁当食べれば復活します」

「復活はや」

そんな会話を交わした後に、お互い小さく笑い合う。

「おにぃちゃん! おねぇちゃん! 早く!」

そんな2人に、既に木陰にいる涼太がぴょんぴょんと跳ねながら急かしてくる。

「はいはい、いま行くわよ」

弟へ返事をした後に、綾香は晴翔を見てニコッと笑う。

「行こ、大槻君」

「はい」

晴翔と綾香は並んで涼太の元に向かう。

木陰にレジャーシートを敷き、その上に弁当を広げると、涼太が表情を輝かせる。

「わぁ! 卵焼きと唐揚げだ!」

「ちゃんと、いただきますしてから食べるのよ」

「うん! いただきます!」

涼太は早速、箸を唐揚げに伸ばしてそれを頬張る。

「午後からは水遊びエリアに行きましょうか?」

晴翔は涼太に玉子焼きなどのおかずを取り分けてあげながら、そう提案する。

「そうだね。気温もかなり上がってきたし」

太陽から降り注ぐ熱気は最高潮に達していて、木陰から出ると、肌を焼かれる様なジリジリとした暑さを感じる。

「あ、でも私着替えが…….」

綾香がふと思い出して言う。

「あぁ、Tシャツ、ヤギに食べられちゃってますもんね」

先程、綾香はTシャツの裾をヤギに食べられ、涎でべちゃべちゃになってしまった為、本来水遊び様に持ってきていたシャツに着替えてしまっている。

「下の着替えはあるので、足だけでも水につかるとかですかね?」

「う〜ん、そうだね。転ばない様に気を付けないとね」

「ですね」

晴翔は彼女に返事を返しながら、涼太の頬についているカップグラタンのホワイトソースをおしぼりでそっと拭う。

お弁当を食べ終え、水遊びエリアに向かった晴翔達は、そこにいる人の多さに少し驚く。

「うわぁ……すごい人達だね……」

「まぁ、この暑さですからね。みんな考える事は同じですよね」

驚きの声をあげる綾香に、晴翔も苦笑を浮かべる。

水遊びエリアは、大人のふくらはぎ辺りの水位の水溜まりが大小あちこちに点在していて、所々に噴水が設けられている。

水溜りには主に、涼太ぐらいの年齢の子供がはしゃいで遊んでいるが、その他にも連れ添いの親や、カップルなども噴水の水を浴びるなどして遊んでいた。

「おにぃちゃん、あそこは空いてそうだよ?」

涼太が晴翔の腕を引っ張り、比較的人の少ない水溜まりを指差す。

「本当だね。じゃあ、あそこで遊ぼうか」

「うん!」

頷くのと同時に、涼太はダッシュで水溜りまで行き、そのままの勢いで水の中に入っていく。

バシャバシャ! と盛大に水飛沫をあげた涼太は、満面の笑みで晴翔と綾香の方に振り返る。

「おにぃちゃん! おねぇちゃん! すごく気持ち良いよ!」

髪から水を滴らせ、はしゃぐ涼太の姿に晴翔と綾香も笑みを浮かべながら水溜りの中に入っていく。

「冷たくて気持ち良いぃ!」

「真夏の水浴びは最高ですね」

焼き付ける様な暑さの中、ヒンヤリとした水の冷たさに、思わず晴翔と綾香の2人も表情を綻ばせる。

そこに涼太が駆け寄ってきて、手で水をすくいそれを晴翔にかける。

「おにぃちゃん! やっ!」

「うお、やったな涼太君。仕返しだ!」

「うわっ、あははは!」

晴翔に水を掛けられた涼太は、とても楽しそうに水を掛け返す。

お互いにバシャバシャと水で戯れる晴翔と涼太の2人。

そんな2人の様子を綾香は水溜りの縁に腰掛けて、足だけ水に浸かりながら楽しそうに眺める。

「涼太、他の人の迷惑にならない様に気をつけるのよ」

「うん! わかってるよ!」

水溜りには、涼太達の他にも沢山の子供達が、夢中になって水遊びをしている。

そして、涼太もまた、晴翔との水遊びに夢中になる。

「涼しそうで良いなぁ」

綾香は頬杖をつきながら、着替えが無いことを少しだけ悔やみながら、晴翔と涼太を眺める。

すると、不意に涼太が大きく手を振って姉を呼ぶ。

「おねぇちゃん! ここの水すごく冷たくて気持ち良いよ!」

「そうなの?」

綾香が首を傾げると、晴翔が頷きながら言う。

「多分ここから水が出てるんだと思いますよ。すごく気持ち良いんで、足だけでも浸かります?」

「そうなんだ。じゃあ行ってみようかな」

綾香は、ズボンの裾を少し多めに捲ってから、晴翔達の元に行く。

「わぁ、本当だね! ひんやりしてて気持ち良い」

「丁度ここが吐き出し口ですね」

冷たく新鮮な水に、綾香達が気を取られていると、近くで走り回って遊んでいた他の子供が綾香にぶつかってしまった。

「きゃっ!?」

ドンという音と共に、ぶつかった男の子は尻餅をつき、綾香の方は大きく体勢を崩す。

「危ない!」

咄嗟に晴翔は手を伸ばし、彼女を支えようとする。

しかし、足場が水場ということもあり、踏ん張りが効かず綾香の手を掴んだまま、晴翔自身も体勢を崩してしまった。

転倒は避けられないと判断した晴翔は、掴んだ綾香の手を強く引き寄せ、彼女の体を抱き抱える様にすると、自分と体勢を入れ替えて晴翔が下になる様にして水溜りの中に倒れ込む。

バッシャーンと大きな水飛沫をあげて倒れる2人。

水深はそんなに深くないとはいえ、横になれば顔は水に沈んでしまう。

綾香の下敷きになる様な形で倒れた晴翔は、急いで首を起こし、顔だけ水面から出す。

「大槻君! 大丈夫!?」

「はい、大丈夫で…」

顔を持ち上げた晴翔の目と鼻の先には、驚きと心配で大きく目を見開いた綾香の顔があった。

晴翔は自分に覆い被さる様に上に乗り、心配そうに見下ろしてくる彼女を見て、一瞬言葉を失う。

何故だろう。

理由ははっきりとは分からない。

しかし、晴翔は今までにない程に、この瞬間、東條綾香という女の子に見惚れてしまっていた。

それは、心配そうに自分を見てくる表情なのか。

それとも、水が滴り日差しに輝く濡れ髪が幻想的だったのか。

はたまた、抱き抱えている彼女の柔らかさが、重さが魅力的だったのか。

あるいは、その全てが重なったせいなのか。

晴翔は言葉を失い、只々呆然と綾香を見つめ続ける。

「……大槻君?」

倒れた後に、急に黙り込んで自分の事を見つめてくる晴翔に、綾香は彼がどこか怪我でもしたのではないかと心配する。

「………….」

晴翔は彼女の問いかけに応じない。

代わりに、綾香の腰と背中に回していた腕に少し力を込める。

「お、大槻君?」

綾香は少し強く抱きしめられた事に、驚きの表情を浮かべる。

晴翔の腕には、彼女の身体が強張り、力が入るのが伝わる。

しかし、その数秒後。

彼女の体からフッと力が抜け、晴翔にかかる重さが増す。

晴翔はまるで魔法にかけられたかの様に、濡れた綾香の瞳から目を逸らせなくなる。

2人の視線が絡み合い、次第に近づく。

そして、お互いの瞼がゆっくりと降りかけた時。

「すみませーん!!」

綾香にぶつかった子供の母親だろう。

中年の女性が慌てて駆け寄ってきて、倒れて重なり合っている2人に、勢いよく頭を下げて謝罪する。

「――っ!」

「ッ!!」

途端、晴翔と綾香は弾けた様に離れ、慌てて立ち上がる。

「ほら! あんたもちゃんと謝りなさい!」

「ご、ごめんなさい……」

母親に強く言われ、ショボンとした男の子が晴翔と綾香に頭を下げる。

「あ、い、いえ。特に怪我とかもしてないので」

「君は大丈夫だった?」

綾香は愛想笑いを浮かべ、晴翔は綾香とぶつかって尻餅をついていた男の子に優しく言う。

「う、うん。大丈夫……」

「そっか。次からは周りをよく見て遊ぶ様にね?」

「はい。ごめんなさい」

「本当にすみませんでした」

親子は何度も頭を下げながら、晴翔と綾香の元を去っていく。

親子が遠くに行ったところで、晴翔が綾香に遠慮がちに口を開く。

「あの……さっきは、その……すみませんでした」

「う、ううん。大槻君が抱き寄せてくれなかったら、わたし転んで頭ぶつけてたかも。大槻君こそ大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です」

「そっか……」

2人は気まずい雰囲気の中、少し視線を合わせた後にすぐ逸らす。

晴翔の胸は、先ほどの出来事の余韻かの様に、鼓動が高鳴ったままだった。

そこに、涼太が駆け寄ってきて2人を見上げる。

「おねぇちゃん、おにぃちゃん。大丈夫?」

「うん。大丈夫よ」

「大丈夫だよ涼太君。ありがとう」

2人の返事を聞いて安心した表情を浮かべた涼太は、綾香の服を見て言う。

「おねぇちゃん。服濡れちゃったね」

「あ、そうね……」

綾香は自分の服を見て少し考えた後、開き直ったかの様な笑顔を浮かべる。

「もう濡れちゃったのはしょうがないから。いっそのこと思いっきり水遊びしようかな」

「やった! おねぇちゃんも一緒に遊ぼうよ!」

姉の言葉に一気にテンションを上げる涼太。

綾香も、とても楽しそうに手で水をすくって涼太と水の掛け合いを始める。

「おにぃちゃんも一緒に遊ぼ!」

「うん。わかったよ」

涼太の無邪気な笑顔に、晴翔も笑みを浮かべて駆け寄る。

同じ様に、無邪気な表情を浮かべる綾香の笑顔に、胸の高鳴りを感じながら。