軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話 学園アイドルの家事代行

「え…………東條さん?」

あまりの衝撃で、晴翔は思わず口に出して言ってしまう。

それを聞いて東條もハッとした表情で晴翔の顔を見る。

彼女は少しの間、 訝(いぶか) しむように晴翔を見た後、確認するかのように口を開く。

「……もしかして、同じクラスの大槻……くん?」

「えっと……そうだね」

「え? ……なんで?」

そう疑問の言葉を口にすると、彼女は警戒するような眼差しを晴翔に向ける。

おそらく自分に近づく為に、家事代行サービスをやっているのではないかと疑っているのだろう。

これがもし東條以外の女子ならば、何をコイツは自意識過剰になってんだ? と晴翔は思ったかもしれない。

しかし、目の前にいるのは学園のアイドルである。

校内放送で告白の呼び出しをされてしまう様な彼女ならば、そのくらいの警戒心は抱いてしまっても当然なのかもしれない。

「あ〜……俺がダメでしたら他の者に担当を変える事も可能ですよ?」

晴翔は東條の警戒心を悟って提案をする。

「担当を変更する場合、少しお時間を頂くことになりますので、当初ご希望されていたサービス時間よりも少し短くなってしまいますが」

東條からの依頼内容は3時間コースで、リビングなどの整理整頓、掃除、夕飯の調理である。

「てっきり女の人が来るかと思ってた……」

「あはは、すみません……」

彼女の小さな呟きに晴翔は苦笑を浮かべながら平謝りする。

晴翔が所属する家事代行サービスは確かに女性の割合が圧倒的に多い。

しかし、少数ではあるが男性が皆無というわけでも無い。

一応、所属する家事代行サービスのサイトには、所属者一覧が顔写真付きて載っていて、代行を依頼する際には女性希望などの要望も出せるのだが、どうやら東條はその辺のことを見逃していたようである。

「それで、担当を変更なさいますか?」

晴翔が再度問いかけると、東條は少し顔を下げて悩む仕草を見せた後、首を小さく横に振った。

「ううん、そのままで。家事代行お願いします」

「え? 変更……いいんですか?」

てっきり担当を変えるものだとばかり思っていた晴翔は、予想外の返答に少し戸惑いを見せる。

「大槻君は……私目当て……じゃ無い、でしょ?」

「それは当然、違いますけど」

「なら良いよ。上がって」

東條はそう言って玄関の扉を少し大きく開いて、晴翔が家の中に入りやすくする。

「えっと、それじゃあ、宜しくお願いします」

晴翔は思いがけない展開に戸惑いながら東條家の玄関をくぐる。

彼が玄関に入ると東條はスリッパを用意してくれた。

「有難うございます。失礼します」

軽くお辞儀をしながら晴翔はスリッパに足を通す。

「リビングはこっちだから。付いてきて」

そう言いながら東條はスタスタと廊下を進んでいく。

その後ろを付いていきながら、晴翔は感心したように廊下を見渡す。

廊下ながっ! てか広っ! さすが豪邸。

そんなことを思いながら廊下を歩いていると、突き当たりにたどり着き、そこの扉を東條が開けて中に入っていく。

「ここがリビング。掃除をして欲しいのはここと、あとその奥にあるダイニング」

「おぉ……」

晴翔は初めて観る豪邸の内装に、口をぽかんと開けて惚けてしまった。

自分の家の居間の2倍、いや3倍はありそうな広々とした空間には、高級そうな家具がセンスよく配置されており、壁には大型テレビが掛けられている。

そしてその奥にはアイランドキッチンが備え付けられていて、最新調理家電が棚に並べられていた。

「すげぇ……」

晴翔はこんなに高級感があってオシャレなリビングダイニングは、恋愛リアリティショー番組でしか観たことがない。

「……大槻君?」

ぼけっと突っ立ったままの晴翔に、東條が怪訝な表情をする。

晴翔は慌てて取り繕い、東條に今回の依頼内容について確認をする。

「この度は家事代行サービスをご利用頂き誠に有難うございます。改めまして今回担当させて頂きます大槻で御座います。宜しくお願いいたします」

晴翔はマニュアル通りの文言を言いながら、お辞儀をして東條に名刺を差し出す。

「わぁ、名刺なんか持ってるんだ」

晴翔から名刺を受け取りながら、東條は感心したようにその名刺を眺める。

「今回、 東(・) 條(・) 様(・) より承っていますご依頼は、3時間コースで御座いますが、お間違い無かったでしょうか?」

「え? あ、うん。間違いないよ。と言うか、同じクラスメイトなのに、様って」

「クラスメイトでも今の東條様はお客様でございますので」

そこはキッパリと答える晴翔。

いま目の前にいる彼女は、クラスメイトや学園のアイドルである前に、お客様である。

晴翔はそのお客様にサービスを提供する対価として、お金を貰うわけなので、そこはきっちりとケジメを付けなくてはいけない。

それに、東條にとってもそっちの方が気が楽だろう。

今まで散々学校の男子から言い寄られてきた彼女からしたら、今回の件を引き合いに言い寄られるのではないかと警戒するよりも、キッパリと客として対応された方が安心するはずだ。

晴翔はあくまで事務的な口調を崩さずに話を続ける。

「それではこれよりサービスを始めたいと思うのですが、何か事前に要望などはあったりしますか?」

「うーん……いや、特にはないかな……」

「畏まりました。それでは掃除の方から始めたいと思いますが、掃除機などは東條様のお宅にあるものを使用させて頂きますのでご了承ください」

「うん、お願いします。掃除機はそこの収納棚の中にあるから」

東條はリビングの入り口の隣にある細長い扉を指差す。

豪邸というものは収納スペースも豊富なようだ。

「それじゃあ、私は自分の部屋にいるから何かあったら部屋をノックして。あ、私の部屋は2階の廊下の左側の扉だから」

東條はそう言い残すと、そそくさとリビングから出ていく。

彼女がリビングから姿を消し、階段を上がるような足音が聞こえてきたところで、晴翔はまるで水面から顔を出したかのように息を吐き出した。

「だぁ〜ッ! 緊張した〜!」

呼吸を整えるように晴翔は軽く深呼吸をする。

なんで東條さんが家事代行頼んでるんだ? てか、東條さんって金持ちだったんだ。つーか、初めて間近で東條さん見たけど、可愛すぎだろあれは。

緊張状態から解放された晴翔の頭の中には、次から次へと疑問や思考が溢れ出てくる。

今まで晴翔は、東條綾香という女子生徒に興味を示してこなかった。

別に彼が女性に興味がないという訳ではない。

漫画雑誌のグラビアがあったら、無意識にめくるページの速度が減速するくらいには健全な高校男児である。

ならば何故、学園のアイドルに興味を示して来なかったのか。それは晴翔の性格が他の男子生徒よりも幾分か達観しているというのが理由の一部かもしれない。

しかし、1番の大きな理由は、彼にはどうしても叶えたい夢がある。というものだろう。

その為に高嶺の花である彼女に 現(うつつ) を抜かして、無駄な時間を消費している場合ではなかったのだ。

「まさか東條さんがこんな凄いお嬢様だったとは……」

呟きながら、晴翔はこれから掃除をするリビングをざっと見渡す。

パッと見たところ、そこまで酷く汚れているようには見えない。

フローリングや絨毯の上には細かい埃や髪の毛が落ちていて、棚の上に軽く埃が溜まっているが、掃除機をかけて軽く拭き掃除すれば綺麗になりそうだ。

「まさかの東條さんの登場で気が動転したけど、大切な初めてのお客様だからな。気合い入れていこう」

腕まくりをしながら晴翔は気合を入れる。

チラッと壁に掛けられている時計を見ると、現在の時刻は丁度午後3時。

ここから3時間で掃除と夕飯作りを完了させる。

「にしても、私服姿の東條さん、ヤバかったな……」

漫画雑誌のグラビアで胸が強調されているポージングを見ると、人目を気にしながらも凝視してしまうくらいには健全な高校男児である晴翔。

そんな彼にとって、先程の彼女の服装。スウェットに薄手のTシャツというのはかなりグッと来るものがあった。

「東條さんって、胸デカかったんだな……」

普段は遠目に制服姿の彼女をチラッと見るだけなので、細かいところは分からなかっただけに、先ほどの彼女の姿がなかなか晴翔の脳裏から離れない。

「ダメだ! 彼女は大切なお客様だ! しっかり仕事を果たすんだ俺ッ!」

声に出して邪念を振り払う晴翔。

彼は煩悩と戦いながらも、祖母直伝の掃除スキルを生かし、東條から依頼されていたリビングとダイニングの水回りの掃除を進めていく。

掃除を開始してちょうど1時間が過ぎ、壁掛けの時計が16時になる頃、晴翔は煩悩を捨て去るために徹底的に集中して掃除を行ったお陰で、リビングは塵一つない状態になり、ダイニングのシンクはそれ自体が輝きを放っているのではないのかと錯覚するほどにピカピカになった。

「ふぅ、やってやったぜ」

達成感に満ちた顔で晴翔は綺麗になった部屋を見渡す。

すると玄関の方から、ガチャと扉が開く音が聞こえてきた。

それと同時に、元気な男の子の声が響いてくる。

「ただいまぁ〜〜!!」

帰りの挨拶に続いて、ドタドタという足音が廊下の方から聞こえてくる。

晴翔が何かを考え行動に移す暇もなく、リビングの扉が勢いよく開け放たれる。

そこから姿を現すのは保育園の年長さんくらいの男の子。

その男の子は、ダイニングのところで立ち尽くしている晴翔の姿を捉えて硬直する。

「…………」

「…………」

無言で見つめ合う晴翔と男の子。

数秒間の沈黙の後、晴翔は自分が怪しい者では無いと説明しようと口を開く。

「あの、自分は家事…」

「おねぇちゃーーーん!!!! 家にドロボーがいるよッッっ!!!!!!!」

晴翔の声は、男の子が放った大絶叫によって掻き消されてしまった。