軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十四話 恋人繋ぎの距離感

スクリーンに流れるエンドロール。

それを眺めながら晴翔は、このエンドロールが一生続けばいいのに。そんな事を思っていた。

彼は自分の左手に視線を落とす。

綾香の右手と、まるで恋人の様に繋がれた自分の手を見て、晴翔は表情が緩んでしまうのを必死に堪える。

可愛い女の子と手を繋ぐ。

普通の高校男児であれば、誰もが望む事にニヤけるなと言う方が無理というものだろう。

やがてエンドロールも終わり、シアター内は最初の頃の様に照明が灯り、辺りが明るくなる。

最後まで残っていた観客達も一斉に立ち上がり、出口に向かっていく。

他の観客達の歩く足音や、口々に発せられる映画の感想などで、シアター内は一気に騒々しくなった。

「……もう少し、座ってましょうか?」

「……うん、そうだね」

いま出口に向かうと混雑している為、繋いだ手を離さないといけないかもしれない。

できる事なら、少しでも長く手を繋いでいたい。

そう思ってしまった晴翔は、人が少なくなるまでこのまま座っている事を提案してみる。

すると、綾香も少し恥ずかしげにしながらも、頷いて同意してくれた。

(東條さんも同じ気持ち……だと良いんだけどな)

繋いだ手を離したくない。

それがお互いの共通の想いなら。

晴翔は次第に減っていく人影を眺めながらも、時折り綾香の様子を伺い、彼女の気持ちを推し量る。

(俺の事、どう思ってるんだろ……)

手を繋いでいる事実から、どちらかというと好感を持たれているのは分かる。

いくら男避けに利用してると言っても、嫌いな人とはさすがに手を繋ぐような事はしないだろう。

かといって、好意を持たれているのかと問われれば、そこはまだ確信は持てない。

(なんか、何となくだけど、東條さんって天然入ってそうだからなぁ……)

まだまだ短い付き合いだが、それでもこれまでの関わりで、晴翔は綾香が天然娘である可能性が高いとふんでいる。

(loveとlikeと勘違いして告白して撃沈……十分にあり得る……)

自分が意を決して告白したところ『え? ごめんなさい、大槻君のことは好きだけど、それは友達としてで……』と断られる場面を想像して、晴翔は勝手に精神ダメージを負う。

(まだこの先も家事代行で東條さんの家に行くのに、告白して断られるとか、生き地獄だ……)

その未来だけは絶対に避けたい。

そんな事を思っているうちに、シアター内からはほとんど人がいなくなっていた。

「そろそろ出ましょうか?」

「うん、そうだね」

晴翔は綾香が頷いたあと、自分が先に立ち彼女の手を優しく引いて立たせてあげる。

「ありがと……」

「い、いえ」

はにかみながらお礼を言う綾香の可愛さに、晴翔は頬を染めて視線を逸らす。

「じゃ、出ましょうか」

「うん」

2人は手を繋いでシアターの出口に向かう。

人が減るのを待っていた甲斐があり、スムーズに手を離す事なくシアター内から出た2人は、そのまま映画館を後にする。

「えと、カフェとかに寄りますか?」

「うん……そうだね」

「行きたいカフェとかはあります?」

「う〜ん、大槻君は?」

「東條さんの希望がなければ、ここに行こうかなと思うんですが」

晴翔はそう言って、昨日事前に調べていたカフェのホームページを自分のスマホに映し出し、それを綾香に見せる。

「調べてくれてたんだね。ありがとう」

綾香はそう言いながら、少し身を乗り出して晴翔のスマホを見る。

綾香と手を繋いでいるので、必然的に彼女とは反対側の手でスマホを持つ事になる。

そのせいというか、お陰でというべきか、綾香と晴翔の距離は縮まり、お互いの肩と肩が触れ合う。

「オシャレな雰囲気だね。私もここがいいな」

「そ、そうですか。じゃあ、ここに行きましょうか」

「うん!」

至近距離で晴翔のスマホを見る綾香。

画面を覗き込む時に、背中の中ほどまで伸ばしている髪がサラサラと流れる。

日に当たると亜麻色に輝く綺麗な髪。

それを彼女は、手を繋いでない方の手で耳にかける仕草をする。

女性が髪を耳にかける仕草。

それは、男性がグッと来る女性の仕草ランキング上位である。

案の定、晴翔は綾香のその仕草に、ドキッとしてしまう。

髪を耳にかけるほっそりとした白い手。

髪を耳にかけた事で、チラッと見える首筋。

晴翔はまるでブラックホールかのように、視線が吸い込まれそうになるのに必死に抗う。

相変わらず恋人繋ぎで駅ビルの中を歩く晴翔と綾香。

周りの人達は、必ずと言っていいほど綾香に視線を送る。

そしてその後に、まるで値踏みするかのように晴翔へと視線が向けられる。

何も知らない人たちからすれば、今の2人は恋人同士にしか見えないだろう。

なにせ『恋人繋ぎ』をしているから当然だ。

そして、絶世の美少女である綾香の彼氏はどんな男なのか、晴翔は見ず知らずの他人に品定めされている状態だ。

普段であれば、そういった視線を不快に思ったかもしれない。

しかし、今の晴翔にはそんな視線などどうでも良かった。

なぜなら、隣を歩く綾香との距離がとても近くて、それどころではなかったからだ。

今日の最初は手を繋いでいなかったので、当然お互いの距離はそこそこ離れていた。

そして、手を繋いだ後。

恋人繋ぎをする前、普通の握手のような手の繋ぎ方の時も、そんなに意識するほど距離は近くはなかった。

だが、恋人繋ぎをしている今は、とても距離が近い。

どれぐらい近いかというと、肩と肩が触れ合うのは当たり前。それどころか、晴翔の肘あたりに時折、とても柔らかい感触がフワッと掠めるくらい距離が近い。

恋人繋ぎは、お互いの腕を内側に抱えるようにして手を繋ぐ為、そのような距離感になるのは当たり前ではあるのだが、晴翔にとってこの距離感は少し、いやかなり緊張する距離感であった。

(東條さんが本当の彼女なら、また少し感じが違うんだろうけど……)

そんな事を思いながら、晴翔は隣の綾香をチラッと見る。

やはり恋人繋ぎで歩くのは彼女も恥ずかしいらしく耳まで赤くなっている。

しかし、恋人繋ぎをやめるつもりはないのか、その手はガッチリと握られたままである。

恋人繋ぎをして、お互いに顔を赤らめながら、2人は目的のカフェに辿り着く。

「いらっしゃいませ。お席にご案内いたします」

入り口にいたウェイトレスが晴翔と綾香を店内に案内する。

「こちらの席にどうぞ」

ウェイトレスに案内された席。

それは窓際で、外には綺麗な街並みが広がっていた。

「わぁ! 景色綺麗だね大槻君!」

「うん、そうだね」

このカフェは駅ビルの最上階にある映画フロアの一つ下の階にある。

その為、窓からの眺めは中々なもので、夜であれば夜景も楽しめることができる。

高層階からの眺めに喜ぶ綾香に、晴翔も自然と笑顔になる。

「座りましょうか」

「うん! ……あ」

席に座ろうとしたところで、綾香は何かに気づいたような声を上げる。

そして、おもむろに自分の右手を見る。

晴翔と繋いでいる手を。

「手……離さないとね」

「そう、ですね」

2人はゆっくりを掌を開いて、恋人繋ぎを解く。

数時間ぶりに離れた2人の掌。

さっきまであった温もり。それが消えた掌の感触に、晴翔は少し寂しさを感じる。

「こちらお冷でございます。ご注文が決まりましたらお呼びくださいませ。それでは失礼いたします」

2人が席に着いたところで、ウェイトレスはテーブルの上に水を二つ置き、丁寧にお辞儀してから去って行った。

その時のウェイトレスはとても良い笑顔を浮かべており、まるで『良いものを見させて頂きました。ご馳走様です』とでも言いたげな笑みであった。

「自分はブラックコーヒーにしようと思いますけど、東條さんはどうします?」

「私はアイスカフェオレにしようかな」

「分かりました。他は何か頼みます?」

「ううん、大丈夫」

「分かりました」

注文が決まったところで、晴翔が先程のウェイトレスを呼んで注文をする。

その時も、とても良い笑顔で対応され、晴翔は少し恥ずかしさを覚えた。

注文を終えた晴翔は、軽くお冷を口にして、先ほどから緊張で乾いていた喉を潤す。

そんな彼に綾香が言う。

「映画、大槻君はどうだった? 面白かったかな?」

「え? あぁ、そう……ですね。多分、一生記憶に残る映画になったと思います」

綾香と手を繋いでいたせいで、内容が全く頭に入らなかったとは言えず、晴翔は少し曖昧な表現で答える。

「東條さんはどうでした?」

「すっごく面白かった! でも……」

「でも?」

「その……途中からは……あんまり……内容が分からなかった、かな」

その途中というのは、おそらく晴翔が仕返しを敢行した辺りだろう。

「そう……なんですね」

「うん……でも、私もこの映画は一生忘れないと思う」

照れながらもそういう綾香。

そんな彼女の笑顔に、晴翔は自分の心臓が高鳴るのを感じる。

「……一緒ですね」

「うん……一緒だね」

2人して恥ずかしそうに言い合った後、暫しの沈黙が流れる。

「あの、そういえば。動物園の日程ですけど」

「あ、うん! そうだね。それを決めないとね」

晴翔の言葉に、綾香は思い出したかのように頷く。

どちらかと言うと、映画はついでで、こちらの方が本題なのだが、どうやら彼女は、今までその事を忘れていたらしい。

そんな綾香に晴翔は苦笑を浮かべる。

「東條さんは行きたい動物園とかあります?」

「やっぱり、動物と触れ合えるところに行きたいよね」

「そうですね」

綾香の意見に晴翔も頷く。

そもそも動物園に行くと言う話が出たのも、ホームセンターで、綾香が子犬を見てはしゃいでいる姿が発端である。

「あの、ちょっと動物園とは違うのですが、『どうぶつの森公園』に行くのはどうですか?」

「あ、それいいかも」

晴翔の提案に綾香も賛成する。

『どうぶつの森公園』とは、自然をテーマにした広大な敷地を有する公園で、その中には動物の触れ合いエリアの他に、遊具が沢山あるアスレチックエリアや連日続く猛暑にはありがたい水遊びエリアなどがある。

「今回は涼太君も一緒なので、いろいろな遊びができた方が涼太君も飽きなくて楽しいかなと」

「うんうん! そうだね」

「それと、ここは芝生エリアもあるので、お弁当とかを持って行って、芝生の上にシートを敷いて食べたりするのもありかなと」

「あり! それ凄くあり!」

表情を輝かせて賛同する綾香。

「それじゃあ、行くのは『どうぶつの森公園』で決まりで良いですか?」

「うん! 決まりだね! あとは日程だけど、大槻君はいつだと大丈夫?」

「そうですね。いつでも大丈夫ですけど、明後日だとバイトが休みです」

「あ、そうだね」

晴翔のバイトという言葉に、綾香は少し申し訳なさそうな顔をする。

「休みの日にも家に来てもらって良いのかな?」

晴翔のバイトは東條家の家事代行である。

したがって、明日東條家に来たあと、その次の日も東條家に来ることになる。

ちなみにそのまた次の日もバイトのシフトが入っている。しかも2日連続で。

したがって晴翔は、明日から4日連続で東條家に来ることになる。

「いえいえ、全然問題ないですよ」

「本当に? もし嫌なら遠慮なく言ってね?」

「全然! 自分も涼太君と遊ぶの楽しみにしてますし」

「大槻君がそう言ってたよって涼太に言ったら凄く喜ぶねきっと」

その時の涼太の反応を想像して、2人は「ふふっ」と笑い合う。

「じゃあ、当日は自分が弁当を作って、朝に東條さんの家に迎えに行きますね」

そう言う晴翔に、綾香は首を振る。

「お弁当作ってもらうのは悪いよ。大槻君その日は家事代行じゃないんだし、お弁当は私が作るよ?」

「いえ、大丈夫ですよ。俺、料理は嫌いじゃないので」

「でも……」

申し訳なさそうにする綾香。

彼女は少し悩んだ後に、パッと何かを閃いた様な表情をする。

「それじゃあ、朝一緒にお弁当作るのはどうかな?」

「あ、それ良いですね。そうしましょうか」

「うん!」

嬉しそうに頷く綾香。

こうして2人は明後日、朝にお弁当を一緒に作り、涼太を連れ3人で『どうぶつの森公園』へ行くことに決定した。