軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九十五話 もっと親しく

「綾香〜! いいよ〜!」

咲が百メートル走のスタート地点にいる綾香に大きく手を挙げて合図を送る。

綾香もそれに片手を挙げて応えると、全力で走り出した。

「お? 東條さん前よりも早くなってるんじゃね?」

「フォームが綺麗になってるよな」

ゴール地点で待っている友哉と晴翔が、綾香の走りについて話していると、その横を彼女が走り抜けた。

僅かに流れる風に乗って運ばれてきた綾香の香りに包まれていると、肩で息をした彼女がゆっくりと歩いてくる。

「ハァ、ハァ……どうだったかな?」

「うん、すごく良くなってると思うよ」

晴翔が言うと、綾香は嬉しそうに頬を緩める。

「やった」

微笑み合っているカップルを横目に、友哉は咲に言う。

「東條さんの成長は、藍沢さんの指導の賜物ですな」

「まぁね。これが元陸上部の実力ってやつよ」

咲は 戯(おど) けたように大袈裟に言う。

友哉も彼女のおふざけに合わせて「ははぁ〜おみそれしました」と深く頭を下げた。そんな彼を綾香との会話を切り上げた晴翔が見詰める。

「なんで藍沢さんにお辞儀してんだ?」

「体育祭の必勝祈願だよ」

彼の疑問に友哉は真面目な表情を返すと、そのままもう一度お礼をする。

「陸上の女神よ。我らに力を与えてくれたもう」

パンパンと小気味よく二拍手すると、最後に一礼をする。

「こら赤城君。私を参拝するなら、ちゃんとお賽銭を寄越しなさい。ご利益を授けないわよ?」

「あ、そうか。じゃあ五円玉を……」

「千円以下のお賽銭は受け付けておりません」

「ぼったくりの女神!?」

高額お賽銭を要求してくる咲に友哉は驚愕の声を上げる。そしてケラケラと声を上げて笑い出した。

それに釣られて、ツンとした表情を作っていた咲も「ちょっと誰がぼったくりの女神よ」と文句を言いながら、その口元を緩める。

「おふざけはこの辺にしておいて、次はバトンパスの練習をしましょ」

咲はそう言うと、練習用に借りてきているバトンを手に取る。

「走る順番は私、赤城君、綾香、大槻君だから、その順番で並んで」

彼女の指示に従って晴翔達は一列に並ぶ。

「じゃあ、少し間隔を空けて順番にバトンパスしていきましょう」

それぞれ二十メートル程度間隔を開けると、咲が軽く走り出し、次の走者である友哉にバトンを手渡す。

「って、ちょ! 赤城君! 私の手首つかんでる!」

「へ? あ、ごめっ、って、うわぁ!」

友哉はバトンと間違えて咲の手首を掴んでしまう。

違和感と咲の叫びに振り返ってスピードを落とす友哉。しかし、手首を掴まれている咲は速度を落とせずにそのまま友哉に突っ込む。

振り返った瞬間、胸に飛び込んできた咲を友哉はバランスを崩しながら受け止めた。

「おっとっと。ごめん藍沢さん、大丈夫?」

「う、うん……」

胸に受け止められた咲は、なんとか転倒を避けれたことにホッと息を吐く。が、友哉に抱き締められている状態だと気がつくと、慌てて距離をとった。

「や、やっぱりアンダーハンドパスは難しいわね」

「駆け足でコレだから、全力疾走してたら完璧にコケてたなぁ」

視線を泳がせながら若干早口で言う咲に、友哉は「う~む」と難しい表情で腕を組む。

そこに、綾香と晴翔が近くに戻ってくる。

「二人とも大丈夫?」

綾香が心配そうに言うと、友哉はニッと口角を上げる。

「藍沢さんと熱い抱擁を交わしてただけだから全然問題無し!」

「それは大問題だからっ!」

適当なことを言う友哉に咲が慌ててツッコミを入れる。

「やっぱりアンダーハンドパスを体育祭までに習得するのは無理よ」

「オーバーハンドパスの練習に切り替える?」

ほんのりと顔を赤くしている咲の言葉に、晴翔も頷きながら言う。

「アンダーの方が速く走れるけど、転倒したりしたら意味無いし」

「そうそう、途中までどんなに速く走っていても転んじゃったら全て水の泡だからね」

アンダーハンドパスの練習に後ろ向きな事を言う晴翔と咲。

すると、咲と友哉を黙って交互に見ていた綾香が口を開く。

「ねぇ、ちょっと私と晴翔もそのアンダーハンドパスをやってみてもいい?」

「え? まぁ、いいけど」

綾香の提案に咲が頷く。

「じゃあ、晴翔。バトンパスやってみよ?」

「うん、わかった」

突然やる気を出し始めた綾香に、晴翔は僅かな疑問を抱くが、それでも素直に彼女に従う。

先程と同じように二十メートルほど間隔をあけたところまで晴翔が移動すると、綾香はバトンを持って走り出す姿勢を取る。

「いくよー!」

合図を送ると、晴翔が手を上げて応える。

それを見て綾香は全力で走り出した。

「ちょ、綾香いきなり全力で走ると大槻君とぶつかるわよ!?」

咲が慌てて注意をするが、綾香は一瞬で晴翔のもとへ駆け寄る。

そして、流れるような動作で彼へとバトンを繋いだ。

「へ?」

「おぉ、完璧なバトンパス」

まさかの結果に咲はポカンと口を開け、友哉は拍手をする。

そんな二人のもとに、完璧なアンダーハンドパスをした晴翔と綾香が戻る。

「ちょっと待って! なんで普通にアンダーハンドパスしてんの!?」

驚愕の咲に、綾香が少し照れた表情で答える。

「なんか、咲と赤城君のを見てたら、晴翔に飛び込むような感じでやったら上手くいくのかなって思って」

晴翔も彼女に続いて答える。

「綾香との距離感が凄くわかりやすかったというか、前を向いたままでもどこにいるのかわかったというか」

なんとなくでやったら上手くいった的なことを言う二人に、咲は頭を抱える。

「いや意味わかんない。綾香のはともかく、大槻君の見なくてもどこにいるのかわかるって、それもう超能力じゃない……」

「そんな大袈裟なもんじゃないよ。直前までは後ろを向いて綾香の位置を確認してるし」

「それにしても、一発で成功するなんて……」

咲は「意味不明……」と呟く。そこに、友哉がポンと手を叩いて咲を見た。

「藍沢さん。俺わかった!」

「なにが?」

「俺らがバトンパスを失敗したのは、心の距離の問題だ!」

「なにが?」

突然の発言に、思わず咲は同じ疑問の言葉を繰り返す。

「晴翔と東條さんが上手くいったのは、心の距離が近いからだよ。だって二人はほぼ夫婦なわけだから、その距離はゼロなわけじゃん?」

「え~っと? つまり?」

「つまり! 俺と藍沢さんも心の距離をゼロにすればいいってことだ!」

「……夫婦になれと?」

「イエスッ! フォーリンラブ!」

「なんでやねんッ!?」

ぶっ飛んだ提案をする友哉に咲が盛大にツッコむ。

「体育祭のために結婚とか謎過ぎるんですけど!? というか、この二人と一般人である私を比較しないで!?」

咲はビシッと晴翔綾香カップルを指差す。

「ここの恋愛は現実的じゃないから! 綾香と大槻君はフィクションの世界を生きてるのよ! 私はノンフィクション! 高校生で婚約とかフィクション! わかる!?」

咲の言葉に綾香は「えへへ」と照れ臭さそうにはにかむ。

「晴翔、咲が私達は夢のような理想の恋愛をしてるって」

「うん、たぶんそうは言ってないと思う」

自分達が現実離れした恋路を進んでいるという自覚がある晴翔は、ニコニコしている最愛の人に優しくツッコむ。

夫婦漫才をしている二人は無視して、咲は友哉に詰め寄る。

「バトンパスに男女関係は関係なし! 理論的に考えて関係無し! まったく関係無し!」

ムキになって否定をする咲に、友哉は楽しそうに声を上げて笑う。

「あはははは! 全力否定! へこむわ~!」

「笑い事じゃないから」

「いやいや、冗談だから。冗談」

友哉は顔の前で手を合わせて咲に許しを請う。

「もう……変な冗談言わないでよ」

「ごめんごめん。でもさ、実際のバトンパスは、相手のことを信頼する必要もあるじゃん? ってことは心の距離もある程度は近くしないといけないんじゃね?」

「まぁ、それは一理あるかもだけど……」

渋々頷く咲は、警戒するように友哉を横目に見る。

その視線を受けながら、友哉は好奇心の宿った視線で問い掛ける。

「ちなみに、俺と藍沢さんの心の距離は今どのくらい?」

「……あそこから」

咲は百メートル走のスタート地点を指差すと、それをスーッと水平にスライドしていく。

「あそこくらい、かな?」

ゴール地点で指先を止めた咲に、友哉が「あははは」と再び笑い声を上げた。

「めっちゃ離れとる~。いまの俺達の物理的な距離より離れてるじゃん。幽体離脱しちゃうわこれ」

「ふふっ。なにアホな事言ってんのよ」

友哉の言ったことがツボにはまったらしく、咲は思わず口元に拳を当てて笑いを溢す。

「まぁ、もう少しアンダーハンドパスの練習をしてみるのも悪くないかもね」

「ふむふむ。俺もアンダーハンドパス太郎になるって誓ったしな」

「まだ言ってんのそれ?」

「男に二言はない!」

その後も、晴翔達は体育祭に向けて練習を続けた。