軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十九話 東條綾香の想い① 後編

昼前の時間帯だけど、相変わらずお客さんの数は少ない。

ゆったりとオシャレな静けさに包まれるカフェの店内。

だけど、私はそんな雰囲気とは真逆の心境だった。

「じゃ、じゃあ……あの時はもう、私は大槻君の事、好きになっていたの?」

動揺を隠せない私は、少し声を震わせながら対面に座る咲に尋ねる。

「そう言うことになるんじゃない?」

当たり前のことのように答える親友に、私は一旦心を落ち着かせようと、お冷を少し飲む。

「でも……私、大槻君のこと、ほとんど知らないのに、なんで好きになっちゃったの?」

今まで学校では全く関わりがなかったのに、家事代行として家に来た途端に、急に惚れてしまうなんて、そんな事あるのかな?

「知らないから、好きになったんじゃないの?」

「え? どう言うこと?」

「知らないから、もっと知りたいって思う。そして、新しい一面を知って、更に好きになる。恋ってそういうもんじゃん?」

知らない一面を知って、更に好きになる……。

私は咲の言葉に、ふと昨日の出来事を思い出す。

確かに、スーパーで大槻君と偶然会った時、彼の無邪気な笑顔にすごく魅力を感じた。家事代行以外の大槻君の姿にすごく惹かれてしまった。

「恋って、そういうものなんだね……」

「お? もう既に心当たり有りかね?」

「う、うん……」

「ふふふ〜、いいねぇ〜、青春だねぇ〜」

ニヤニヤと茶化してくる咲に、私は堪えきれずに視線を横に逸らす。

「お待たせしました。アイスカフェオレで御座います」

そこにちょうどよく、マスターさんが注文したものを持ってきてくれた。

私は早速アイスカフェオレをストローで飲む。

ほろ苦くて冷たいアイスカフェオレが、熱く火照った私の身体を少し冷やして落ち着かせてくれる気がする。

少し落ち着いた頭で、今までの咲との会話を整理しようかな。

まず、私は大槻君の事が、好き……。

これはもう、目を逸らす事ができない事実。この気持ちとはちゃんと向き合わないといけない気がする。

でもそこに、少しだけ不満なところがある。

それは大槻君のことを好きになったきっかけ。

咲は漫画や小説を当てにするなって言うけど、やっぱり憧れは簡単には捨てられない。

急な雨に困ってる時に、傘を差し出してくれたりとか、不良に絡まれてる時に颯爽と助けに来てくれるとか、気になる男子が実は昔好きだった幼馴染だったとか……私、男の子の幼馴染いないからそれは無理なんだけどさ。

でも、やっぱり女子として、そう言うシチュエーションに憧れを抱くのは当然だと思う。だって……女の子だもん。

「咲はさ、前に彼氏いたじゃん?」

「うん」

「きっかけは? どんなのだったの?」

「う〜ん、きっかけかぁ……どんなんだったっけ? 確か……」

「確か?」

私は咲をじっと見つめて答えを待つ。

「何となく?」

「な、なんとなく……」

期待した答えを得られずに、少し落胆する私に、咲は苦笑を浮かべる。

「現実はそんなもんよ。なんか良いなぁなんて思ってたら、気付いたらその人を目で追うようになって、気付いたら好きになってて。そんな感じ。何がきっかけとかは良くわかんないや」

「そう……なんだ」

でもそうだよね、現実は漫画じゃないもんね。

そんなそんな、ロマンチックな事がゴロゴロとあちこちに転がってるわけないもんね。

そうやって、自分を納得させようとする私に、少し呆れた様子で咲が言う。

「あのさ? 綾香は大槻君を好きになったきっかけに拘ってるけどさ? きっかけなら、もうあるじゃん?」

「え?」

もう、きっかけがあるの? なんかあったっけ? 私が大槻君との恋に落ちるようなきっかけ?

「え? て……もう。綾香ってたまにさ、ポンコツになるよね。まぁ、そこが可愛いというかほっとけないところなんだけどさ」

「ぽ、ポンコツって酷くない!?」

私はそんなにポンコツじゃない! と思いたい。

たまにママとか、他の友達とかに『天然だね』って言われるけど、ポンコツって事は……ない!

「ポンコツだよ。だってさ、大槻君との凄いきっかけがあるのに、それを忘れてるんだから」

「そんなきっかけ、特に無いよ?」

「あるじゃん。家事代行サービスを頼んだら、同じクラスの隠れハイスペック男子が来ちゃいました。っていうきっかけが」

私の中に衝撃が走った。

「もうこれ、字面だけ見たらラブコメラノベのタイトルそのものでしょ」

た、確かに!

言われてみれば、最近そういう感じのタイトルの漫画や小説が多いかも知れない。

「ようやく気が付きましたかね綾香さん? それとも、これよりも強烈なきっかけが必要?」

「い、いえ……とても、充分です」

あぁ、もう言い訳できない。

私は完全に、大槻君に恋をしている。

「私……恋、しちゃったんだね」

「ついに観念しましたな」

「だって、もう……言い訳できるところがないもん」

もしかしたら、私は初めから大槻君が好きだったのかも知れない。

一目惚れだったのかも知れない。

今まで散々男の子から一目惚れしたって言われて、その度に告白を断ってきた私が。

一目惚れなんて理解できないって思ってた私が。

「ねぇ咲。これから私、どうすれば良いのかな?」

これが私にとっての初めての恋。

初恋。

何をどうしたら良いのか、何も分からない。

「こ、告白……したほうがいいのかな?」

その時の事を想像したら、緊張で心臓が口から出てきそう。恋の発作で心停止しちゃいそう。

今まで私に告白してきてくれた男子達も、こんなふうに緊張してたのかな?

だとしたら、よく考えもしないですぐに断ってたのは、ちょっと申し訳なかったかも。

と、大槻君への告白を考えていた私に、咲が待ったをかけてきた。

「早まっちゃダメよ綾香。告白はまだよ」

「え? 駄目……なの?」

大槻君への気持ちに気付いちゃったら、もう告白するしかないんじゃないの?

そう思い込んでいる私に、咲は嗜めるように助言をくれる。

「告白は取り敢えずの目標地点。まずはそこまで行くのに段階を踏まないと」

「段階? どんな?」

「取り敢えず、今よりももっと距離を詰めるために、デートに誘うのよ」

デート、大槻君と……。

それって2人で遊園地に行ったり、ショッピングモールに行ってお買い物したり……海に行ったり。私、大槻君に水着姿、見せちゃうの?

どうしよう、想像したらすごく恥ずかしい! けど……私も大槻君の水着姿……見てみたいな……。

「おーい綾香、だらしない笑みが漏れてますよ〜」

「はうっ……こ、これは、その……」

「なになに〜? もしかしてヤラシイ事とか妄想しちゃってた?」

「っ!? そ、そんなわけないでしょッ!!」

咲の言葉を私は全力で否定する。

私は別に、ただ大槻君と海行きたいなって思ってただけで、別にやましい事は無くて、だって海に行ったら水着になるのは当然のことだし、それが視界に入るのは不可抗力だし……。

「ふ〜ん、そっか〜」

「な、なによぅ……本当だからね?」

咲がずっと疑いの目で私をみてくる。

なんとかして話を逸らさないと。

「そ、そういえば。デートなんだけど、私、大槻君と動物園に行く約束してたんだった」

そう言うと、咲はガタッと僅かに腰を浮かせて、驚いた表情を見せてきた。

「え!? なに!? もうちゃっかりデートまで漕ぎ着けてたの?」

「えと……正確にはデートというより、名目上は涼太の付き添いというか、まぁ…‥そんな感じで……」

「なるほど……涼太君が一緒か……」

咲は何やら考え込むように顎に手を添えて考え込む。

「それだとハードルは下がるけど、大槻君がデートだと認識しない可能性もあるわね……その動物園はもういつ行くか決まってるの?」

「ううん、まだ。日程については後で話し合おうって」

「成る程成る程……じゃあ、その日程の話し合いを口実にできるか……」

咲はまた、1人で考え込んじゃう。

咲は私と違ってこれまでに数回、恋愛を経験している。

ここは黙って、先輩の指示を待つのが良さそう。

大人しくジッと待つこと数十秒。考えがまとまった咲が、何やら自分のカバンからクーポンみたいな紙を取り出して私を見る。

「親友のわたしから、綾香に、恋愛秘密道具その1を授けましょう」

そう言って咲は、私に2枚のチケットのようなものを手渡してきた。

これは? 映画の割引券?

「これを使って、大槻君を映画に誘うのよ」

「え? い、いきなり映画デート?」

「いきなりって、もう動物園の約束はしてるんでしょ?」

「うん」

「ならその日程を話し合うついでに一緒に映画でもみましょ? って誘えばいいのよ」

「え、えぇ…….」

それって結構ハードル高くない?

わ、私、ちゃんと誘えるかな……。

少し尻込みしちゃう私に、咲が忠告するように言う。

「綾香、あなたは、まだまだ恋のスタート地点にいるのよ? いや、まだそこに立ってすらいないのかも知れないわね」

「え? そ、そうなの?」

「そうよ。恋愛は競争なのよ。とてもとても辛い競争なの。こんな競走に参加しなきゃよかったって後悔しちゃうくらいにね」

「なんか……怖いね」

「そうね。でも、好きになったら、もう自分じゃどうすることもできないの。気づいたら勝手に好きな人のことを目で追ってるし、朝に一言言葉を交わしただけで、1日が輝くし、会えない日はその人の事ばっかり考えるし。もう自分の意思で止めるのなんて無理。勝手にそうなっちゃうんだから」

咲の言葉は私の中に重く響く。

私はどうなんだろう? 大槻君の事は好きだけど、まだ……そこまでじゃないのかな? でも、そのうちなっちゃうのかな?

咲にはまだスタート地点に立ってないって言われたし……恋って怖いなぁ……でも、ちょっと、ううん、結構……ワクワクもしちゃってるかも。

「私、映画に誘ってみる」

私は咲から貰った割引券を見つめて言う。

「うん、がんば」

咲は短い言葉の後に、ニッと私に笑いかけてくれる。

「ねぇ、また……相談、乗ってくれるよね?」

「勿論よ! 実は私もね、綾香とこういう恋バナできるのが少し嬉しいんだよね」

頼もしい返事を返してくれる親友に、私も表情を緩める。

「綾香ってさ、まぁ色々あって男子避けてたじゃん? でも、こうやって気になる人が、好きだと思える人が現れてくれて、本当に良かったって、心からそう思ってるよ」

「うん、ありがとう」

やっぱり咲は、私にとってかけがえのない親友。

本当に咲みたいな友達がいてよかった。

「私、頑張る!」

「うんうん、頑張れ頑張れ! 全力で応援しちゃる!」

その後、私は親友との初めての恋バナに花を咲かせた。

カフェからの帰り道。

家に続く道を歩きながら、私はふと空を見上げた。

雲一つない、何処までも蒼く広がる青空に、わたしは自分の気持ちを重ねる。

私……恋しちゃった!

自覚してからは、まるで世界が変わったような、そんな気がした。

目に入る全てのものが輝いて見えて、今までの人生が色褪せて感じてしまうほどに、今の私は胸が高鳴っていた。この頭上に広がる夏空みたいに、どこまでも広がっていく感じがする。

私は大切に持っている、2枚の割引券をみる。

咲がくれた恋愛秘密道具。

まずはこれで、大槻君をデートに誘う!

まだ、夏休みは始まったばかり。

私は、今まで感じた事がないほどの高揚感と、それと同じくらいの不安を胸に、弾む足取りで歩き出す。

「恋って凄いなぁ!!」