軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百五十三話 三者三様

挨拶も済ませ、晴翔たちは早速お菓子作りを開始する。

「キッチンにあるものは、なんでも自由に使ってね」

「ありがとうございます」

にこやかに微笑みながら言う郁恵に、石蔵が頭を下げる。

「よし、じゃあまずはオーブンを余熱しておくか」

「俺がやっておきますよ。温度は180℃くらいですか?」

東條家のキッチン事情に詳しい晴翔が、オープンに向かいながら石蔵に尋ねる。

「いや、160℃で大丈夫だ。最初にナッツをローストしたいんだ」

「む、カズ先輩。いま私を侮辱しましたね?」

「してねぇよ! いまのはちげぇよ!」

「ん? ナッツがどうかしたのか?」

急に石蔵に突っかかる雫に、晴翔は怪訝な顔を向ける。

「……別にハル先輩には関係のないことです。ほらカズ先輩、私たちに指示を出してください。いまこそ、その強面を発揮する時です」

「強面は関係ねぇよ、まったく」

石蔵は、雫の言葉に反論しつつ「冷蔵庫の中、失礼します」と一言断ってから卵を取り出す。

「そうだな、じゃあ……今日はブラウニーを3種類作る予定だから、2人ずつ3組に分かれるか?」

今日作る予定になっているブラウニー。

まず一種類目は、ナッツが乗った定番のもの。二種類目は、そこにドライフルーツを加えたもの。最後の三種類目は、ホワイトチョコと抹茶のブラウニーを作る予定になっている。

その石蔵の説明に晴翔たちは顔を見合わせる。

「じゃあ綾香、一緒に作る?」

「うん」

晴翔の誘いに綾香が頷く。

いそいそと晴翔のそばに移動する綾香に、石蔵は「ラブラブだな」と晴翔を揶揄うように言ったあと、雫に目を向けた。

「雫は俺と一緒に作るぞ」

「ほほう、カズ先輩は私のことが好きなんですね?」

「うるせ! お前が一番目が離せないからだよ」

「なるほど、カズ先輩の視線を掴んで離さないこの美少女っぷり。私も罪な女です」

「本当に罪なやつだよ。まったく……」

やれやれと肩をすくめる雫に、石蔵も諦めたように溜息を吐く。

晴翔と綾香、石蔵と雫がペアになったのを見て、咲が友哉に視線を向けた。

「じゃあ、私は自称『目玉焼き以上、玉子焼き未満』の赤城君とペアってことね」

「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

「よろしい、よく励むように」

「ははぁ」

腰に手を当てて胸を張る咲に、友哉は大袈裟に頭を下げる。

そんな二人の様子を見て、晴翔がそっと綾香に耳打ちをする。

「あの二人ってさ、結構お似合いだったりする?」

「かな? 咲もなんだか楽しそうにしてるしね」

「でも、あの二人がもし付き合ったら、絶対に友哉は藍沢さんの尻に敷かれるな」

「ふふふ、そうだね」

咲の尻に敷かれている友哉の姿を想像したのか、綾香は楽しそうにクスクスと笑う。

綾香の笑いに気が付いた咲が、目を細めて彼女を見る。

「ちょっと、そこのお二人さん。そんなにくっ付いてニヤニヤして、何の話をしているのかな?」

「ううん。なんでもないよ」

ニコニコと笑みを見せながら、咲の言葉を受け流す綾香。

咲は「ホントか~?」と疑いの視線を投げかけている。その視線は、綾香からスライドして晴翔にも向けられたが、彼も「ははは」と笑って誤魔化し、石蔵に話し掛ける。

「カズ先輩、最初は何からやります?」

「そうだな。まず型の準備をやっちまうか」

「了解っす」

石蔵の言葉に、晴翔はキッチン下の収納からクッキングシートを取り出し、後ろにある戸棚から、製菓用の型も三つ持ってきた。

彼の迷いない動きに、石蔵は感心した表情を浮かべる。

「お前、マジで自分ちの台所みたいに動くんだな」

「夏休みの間は、ずっとここで料理してましたからね」

「ハル先輩は通い妻ならぬ通い夫だったわけですね」

「家事代行のバイトだっての」

雫の揶揄いに軽くツッコミを入れつつ、晴翔は持ってきた型をダイニングテーブルの上に並べる。

「よし、じゃあ型にクッキングシートを敷くか」

石蔵の言葉に、三組がそれぞれ型にクッキングシートを敷いていく。

さっそく友哉は、切り取ったクッキングシートを型に押し込む。そして首を傾げた。

「ありゃ? 藍沢さん、これシートがくしゃくしゃになるんだけど?」

「ここと、ここに切れ込みを入れないと」

「なるほど、じゃあ包丁で……」

「ちょいちょいちょい! 包丁じゃなくてハサミで大丈夫だから!」

「あ、なるほど。料理にハサミを使うとは目から鱗な新発見!」

「なにアホなこと言ってんの。クッキングシートを切るのに包丁使うのは普通にやりづらいでしょ? それに、ハサミはカニを食べる時も使うじゃない」

「たしカニ!」

友哉、咲ペアは料理に不慣れな友哉をちょくちょく咲が面倒を見る形で作業を進める。

その隣では、晴翔、綾香ペアが仲睦まじく型にシートを敷いていく。

「晴翔、シートと型の間にバター塗るよね?」

「うん。あ、刷毛がないや」

今はちょうど雫が刷毛を使っていた。

「もう一つ持ってくる?」

「あ~いや、型とシートをくっ付けるためのバターだから、そのまま手で塗っちゃおうかな」

晴翔はそう言うと、指の先に少しだけバターを塗って、それをシートの裏に塗っていく。

一通りバターを塗り終わった彼は、まだ少しだけ指先に残っているバターをタオルで拭き取ろうとする。

がしかし、それよりも前に綾香に手首を掴まれてしまった。そしてそのまま、晴翔の指は彼女の口の中へと誘導される。

小さくチュッと吸われるのと同時に、指先に感じる柔らかく湿った感触に、晴翔は変に鼓動が速くなるのを感じる。

「ふふ、バターって美味しいけど、そのまま食べると背徳感があるよね」

「そ、そうだね。でもこれは無塩バターだから、ちょっとはマシなんじゃない?」

「そうかも」

幸せそうな顔で楽しそうに言う綾香。

相変わらず破壊力高めで、心臓に負担を掛けてくる困った美少女である彼女に、晴翔の表情は強制的に口角が上がってしまう。

そんなイチャつきながら作業を進める二人の隣では、石蔵、雫ペアがコントを繰り広げていた。

「ふむ、見て下さいカズ先輩。この型にシンデレラフィットしたクッキングシートの美しさを」

「……お前、無駄に手先器用だよな」

「無駄とはなんですか。失礼ですよ先輩。謝罪してください」

「はいはい悪かったよ。お、オーブンの予熱が終わったな。ナッツをローストすっか。時間は……七分だな」

「ちょっとカズ先輩。オーブンと私、どっちが大切なんですか」

「なんだよその意味わからん二択は。普通に、お前の方が大切に決まってるだろ」

「そうやってすぐにオーブンを選ぶ……む?」

石蔵の言葉に雫はピタッと動きを止める。

「なんですかいきなり、気持ち悪いですよカズ先輩」

「悪く言ったら謝罪しろ、褒めりゃ気持ち悪いって、俺はどうすれば良いんだよ」

「……カズ先輩は強面でいれば、それでいいんです」

「なんだよそれ。てか、俺は強面じゃねぇ」

三組は賑やかに準備を進める。

その後も、ローストしたクルミの皮を剥いたりチョコとバターを湯せんで溶かしたりと、順調に調理していく。

コンロからおろし、溶けたバターとチョコをゴムベラで混ぜ合わせながら、綾香がうっとりとした表情をする。

「バターとチョコの香りが混ざって、凄く魅力的な匂いがする……」

今にも人差し指を突っ込んで味見をしそうな勢いの彼女に、隣で同じ作業をしていた咲が、激しく同意を示す。

「なんかあれだよね。悪魔の囁き的なものが聞こえてくるよね」

「うんうん! 聞こえてくる!」

そしてジッと溶けたチョコとバターを見詰める女子二人。

そこに、友哉がなんとなしに会話に参加する。

「でも、これカロリーオバケだよね? こんなの一人で食べたら爆速で体重増えそうだな。あははは」

呑気に笑い声を上げる友哉。

彼の笑い声に、咲と綾香は幸せそうな表情を引き攣らせ、ゆっくりとチョコバター混合液から目を逸らす。

「まぁ、ちゃんと料理してから食べるのが一番よね」

「うんうん。そうだね……」

綾香と咲はお互いにコクコクと頷きながら、滑らかになるまでチョコとバターを丁寧に混ぜ合わせる。

と、そこに石蔵の慌てた声が響く。

「おい雫! 砂糖の分量、かさ増ししただろ!」

「甘いは正義、つまり砂糖は正義です」

当然のことのように言い放つ彼女に、石蔵は「はぁ」と片手で顔を覆う。

「あのな。レシピってのは、一番美味しくなる分量で考えられてるんだよ。単純に砂糖を増やせば美味くなるってわけじゃねぇんだ。菓子作りはそんなに甘くねぇ」

「甘いものは美味しいですが?」

「だから、そんなに簡単じゃねぇんだよ。いいか? 美味い菓子を作る基本は、手間を惜しまないこと、手順を守ること、そして分量厳守だ。これを守っておけば、まず失敗はない」

お菓子作りについて説く石蔵に、雫はその無表情な目を少し細める。

「この世の法と秩序をことごとく粉砕して高笑いしそうなカズ先輩が、お菓子作りのレシピは厳守する。ふ、笑える」

「笑うんじゃねぇ!!」

石蔵は雫に激しくツッコミを入れると、彼女によって増量された砂糖の量をレシピ通りに測り直す。

「まったく、卵と混ぜ合せる前に気付いて良かったぜ……」

雫の暴挙にぼやきながらも、石蔵は丁寧にブラウニー作りを続ける。

そこで、ふと彼は視線を感じて混ぜていたボウルから顔を上げる。すると、リビングの方からこちらをジッと見詰めていた涼太と目が合った。

石蔵はなるべく柔らかい笑みを心掛けて、口を開く。

「もう少しでできるからね。楽しみに待っててね」

「っ!? ……は、はい……ありがとうございます」

涼太は石蔵に声を掛けられたことにビクッと肩を揺らした後、おずおずと頭を下げた。

そして、慌てた様子で顔を逸らして、郁恵と清子と一緒にブロック玩具で遊び始める。

一連のやり取りを観ていた晴翔は、石蔵の肩をポンと叩いた。

「カズ先輩、辛抱強くいきましょう」

「……おう、涼太君のためにも美味しいブラウニーを作る。絶対に!」

決意を新たに意気込む石蔵。

「っておい! 雫! 泡立てた卵に砂糖を追加すんじゃねぇ! やめろ!」

「っち、バレましたか」