軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十八話 東條綾香の決意②

寺澤さんと目を合わせた瞬間、私の鼓動は嫌な感じで早まる。

彼女は晴翔の事が好きで、それを私が奪ってしまった。その事実が、過去のトラウマと重なって、私の心に重くのしかかる。

「……どう、したの?」

私は、寺澤さんに恐る恐る問い掛ける。

それに対して彼女は、晴翔をチラッと見た後に躊躇いがちに口を開く。

「え~と……東條さん。二人だけで話……出来るかな?」

その言葉に、私は思わず小さく肩を揺らしてしまう。

その僅かな動揺を晴翔は感じ取ってくれて、私の背中にそっと手を添えてくれた。

「寺澤さん。その話はここでするのは都合が悪いかな? 今、綾香は足を怪我してて、あまり移動とかさせたくなくて」

晴翔の気遣ってくれる発言に、私はスッと心が軽くなるのを感じる。

過去のトラウマに対する恐怖心が解けていくような気がした。

そうだ。今の私には隣に晴翔がいる。

それに、彼だけじゃなくて、咲だっているし雫ちゃんもいる。赤城君も晴翔の親友で良い人だし。

何より、晴翔の『俺が守るから』という言葉が、私の心を強くしてくれる。

薄れた恐怖心を追いやって寺澤さんを見ると、彼女は晴翔の言葉に困った顔で視線を泳がせていた。

「その……都合は……悪い、事は……えーと……」

寺澤さんは言葉に詰まりながら、チラッと何度か私と晴翔の間で視線を往復させる。

その彼女の目を見て、私はふと気が付いた。

中学生の時に私を罵倒してきた友達は、その瞳に怒りを滲ませていた。

口にする言葉には敵意が滲んでいて、本当に私はこの子から憎まれてるんだって、恐怖を感じた。

でも、今の寺澤さんはそんな感じじゃない。

どちらかと言うと、私を気遣うような表情をしている……ような気がする。

私は、続きの言葉を言い淀んでいる寺澤さんに勇気を出して話し掛ける。

「寺澤さん。話はそこの木の所でいいかな?」

そう言って、私は少し離れた庭木を指差す。

「え? う、うん。大丈夫……いいの?」

二人で話す事を了承した私に、寺澤さんは少し驚いた表情をしてる。

「うん、大丈夫だよ。ちょっと行ってくるね」

私は頷いた後に、気遣う視線を向けてくれる晴翔に小さく手を振る。

彼の奥では、雫ちゃんが寺澤さんを警戒するように目を細めて観察してる。

初めて雫ちゃんと話した時は、ずっと無表情で何を考えてるのか分からなかった。けど、最近少しだけ、彼女の微妙な表情の変化を読み取れるようになったと思う。

雫ちゃんは基本無表情だけど、ちゃんと見ると結構細かい所で感情が表に出てる。

今みたいに目の開き具合や、唇の形とか頬の緩み具合とか。

そんな微妙な変化に気付けるようになったって事は、私は雫ちゃんと仲良くなれてるって証拠だよね?

そんな事を考えて嬉しくなっていると、木の陰まできた寺澤さんがおずおずと私と向き合う。

「あの……足、大丈夫?」

「うん。軽い捻挫だから、明日には治ってると思う」

「そっか……良かった……」

少しホッとしたように小さく息を吐き出す寺澤さん。

「ごめんね。私がランニング中に話し掛けちゃったから……」

「ううん。こけちゃったのは私がドジだったからだよ」

「そんな事無いよ。私があの時、その……大槻君の事が好きって言ったから……」

彼女は申し訳なさそうな表情のまま、話の本題を切り出す。

「……付き合ってるんだよね? 東條さんは、大槻君と……」

その質問に、私の鼓動は早くなって、胸がギュッと苦しくなる。

私は小さく拳を握り締めながら、大きく頷く。

「うん。晴翔と私は、付き合ってるよ」

私の言葉を聞い寺澤さんは、すぐに顔を俯かせる。

前髪が垂れて、今の彼女がどんな表情を浮かべているのか、見る事が出来ない。

私の心の中には、トラウマとなったかつての友人の声が何度もこだまする。

だけど、その度に私は晴翔の温もりを想い出して、気持ちを静める。

とても長く感じる空白の後、寺澤さんがゆっくりと顔を上げた。

緊張で鼓動の音が耳に響いてる私の目に、彼女の表情が映り込む。

その表情は……笑顔だった。

「……そっかぁ~、付き合ってるのかぁ~」

どこか力が抜けたように、少し間延びした声を出す寺澤さん。

「でも、そうだよね。あの電車内の二人を見たら納得だよ」

「あ、あの……寺澤さん?」

予想外の彼女の反応に、私が戸惑っていると、寺澤さんが思い出したように自分のスマホを取り出した。

「そうだ、ゴメンね。盗撮みたいなことをしちゃって、この写真は消しておくね」

そう言って寺澤さんは、私にスマホの画面を見せてくれながら私と晴翔が映っている写真を消す。

「あ、ありがとう」

「ううん、私が悪いんだから東條さんがお礼を言う事なんて無いよ」

にこやかな声音でそう言う寺澤さん。

まさか、こんなに明るく話をされると思わなかった私は、ふと彼女と目を合わせる。

そして気付いちゃった。

寺澤さんの目がほんのりと赤くなっている事に。そして、目尻には涙の粒が浮かんでいる。

そんな、目元の感情とは真逆の明るい表情を浮かべて、寺澤さんは私に話し掛ける。

「そっか~、東條さん相手じゃ私には勝ち目がなかったなぁ~……でも、大槻君と東條さんはすっごくお似合いだと思う。この学校のベストカップルだよ!」

「寺澤さん……」

「大槻君みたいな人には、東條さんくらいの人じゃないと釣合いが取れないもんね」

私は、明るく振舞う寺澤さんに思わず同情しちゃう。

私も、晴翔と恋人のフリをしている時に、彼にキスを迫って拒まれて、嫌われてしまったと落ち込んだ時がある。

結局は私の早とちりだったんだけど、それでももしかしたら失恋したのかもしれないと、物凄く落ち込んだ。

胸が張り裂けそうなくらいに苦しかった。

あの時感じた失恋の感情。

それを今、寺澤さんが感じているんだって思うと、私は思わず『ごめんなさい』と彼女に謝罪したくなる。

けど、その前に私の頭に雫ちゃんの声が響いた。

『謝る必要なんて無いんです。正々堂々と、アヤ先輩は自分の気持ちと向き合って、勇気を出してハル先輩と恋人になった。それは、祝福されるべき事であって、決して謝罪するような事じゃないんです』

結局、私が寺澤さんに謝ったところで、それは私自身の気持ちを満たすための自己満足でしかないのかもしれない。

だって、私は晴翔の恋人の座を誰にも譲るつもりは無いから。

だから、私は喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込んだ。

「釣合い、取れてるのかな? 晴翔は凄く魅力的な人で、私も頑張らないとなって思ってるんだよね」

「東條さんも十分魅力的だよ。可愛いし、優しいし。大槻君も凄く優しい人だから、二人が恋人になったら、もう周りを優しい空気で染め上げちゃうよ」

きっと胸が張り裂けちゃいそうなくらい辛いはずなのに、寺澤さんは気丈に笑みを浮かべてる。

その彼女の言葉を聞いて、私は疑問に思った。

寺澤さんはいつから、何がきっかけで晴翔の事を好きになったんだろう?

「ねぇ寺澤さん。寺澤さんは何で晴翔が凄く優しいって知ってるの?」

「それはね。わたし、一年生の時も大槻君と同じクラスだったの」

私の疑問に、寺澤さんは晴翔が好きになったきっかけを話してくれた。

一年生の時、寺澤さんは大雨でぐちゃぐちゃになった花壇を独りで手入れしていたら、そこに晴翔が手伝いに来てくれたらしい。

そして、その時に晴翔は、泥まみれになって花を手入れする寺澤さんにこう言ったみたい。

『花に優しく出来るのは、心が綺麗な証拠だよ』

この言葉を彼の柔らかな笑みと共に言われて、寺澤さんは完全にノックアウトされちゃったみたい。

う~ん……。

どんな話の流れで晴翔がこのセリフを言ったか分からないし、もしかしたら寺澤さんの脳内で記憶が美化されている可能性も十分にある。

けど、う~ん……晴翔ってそういうところがあるからなぁ……。

会話の中で自然な感じで『可愛い』とか言ってきたりするからなぁ……。

夏休みの間、私も彼の不意打ちに色々とやられちゃったし。やっぱり晴翔って、天然人たらしだと思うんだよね。

このままじゃよくない。

私が彼女として、晴翔にきっちりと説教しなくちゃ!

むやみやたらに、女の子の胸をときめかせちゃダメって。

「それからはずっと、大槻君を目で追うようになっちゃって……でも、告白する勇気が出なかったの」

「そう、だったんだ」

「うん」

寺澤さんの話が終わると、少しだけ気まずい沈黙が流れる。

「……あ、あの。じゃあ、お昼邪魔してごめんね。私は教室に戻るね」

「あ、うん。じゃあね」

私は中庭から去っていく寺澤さんの背中を少しの間だけ見詰める。

もし……もしも、夏休みの間に晴翔と恋人になっていなかったら、彼の隣にいるのは、寺澤さんだったかもしれない。

中庭から去るのは私の方だったかもしれない。

私は、初めて咲に恋愛相談した時に言われた言葉を想い出す。

『恋愛は競争』

確かにそうなのかもしれない。

これからも私は、晴翔の隣にいるために、努力を怠らないようにしないと。

そう決意をしながら、私は皆の所に戻る。

「綾香、大丈夫だった?」

心配そうに聞いて来てくれる晴翔に、私は笑い掛ける。

「うん、大丈夫だったよ。あとね、今日家に帰ったら、私は晴翔に説教します」

「うん、わかった。せっきょ……え? 説教!?」

晴翔が驚いて目を見開いて私に聞き返してくる。

そんな彼の反応が面白くて、私は思わず「ふふふ」と笑みを溢しちゃう。

そこに雫ちゃんが神妙に頷きながら晴翔に言う。

「ふむふむ。ハル先輩は悪い男ですからね。アヤ先輩の説教でしっかりと反省してください」

「え? え? 俺、なにをやらかした?」

完全に混乱している晴翔に、赤城君がニヤリと笑う。

「おいおい、東條さんから説教とかご褒美かよ! この幸せ者め!」

「変態は黙ってろ!」

親友の赤城君に対して、晴翔は少し乱暴な口調で言葉を返してる。

赤城君と接してる時の晴翔は、いつもよりも少しだけ子供っぽい感じがする。それだけ赤城君に対して心を許してるってことなんだと思うけど、ちょっぴり嫉妬しちゃうなぁ。

そんな事を想いながら、私はアワアワとしてる愛しい彼をそっと見詰める。