軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十七話 お昼の攻防戦

騒がしい教室内。周囲からは「東條さんって積極的なのか?」だとか「綾香ちゃん大槻君ラブじゃん」というようなクラスメイトの声が飛び交う。

「し、雫ちゃんのせいで変な誤解されちゃったじゃない」

「誤解なんて何一つないじゃないですか? 全て真実ですよ」

「そ、そんな事は……うぅ……」

綾香としてはクラスの皆に色々と言われるのは恥ずかしいのだろう。

しかし、晴翔と堂々と付き合うと決めた以上は、彼への想いに嘘を吐いたり誤魔化したりする事はしたく無いのか、彼女は真っ赤な顔のまま、可愛らしく小さな唸り声を上げる。

「雫ちゃんのバカ……」

「はいはい。ところでこんな騒がしい所で昼食を食べるのもなんか嫌ですね」

雫は綾香の弱々しい罵倒を軽く受け流すと、周囲を見渡して言う。

「今日は天気もいいですし、皆で中庭で食べましょう」

そう提案する彼女に、晴翔が待ったをかける。

「ちょっと待ってくれ雫。今は綾香が足を怪我してるから、中庭まで行くのはちょっと」

中庭まで行くとなると、再び一階まで階段を降りて、昼食を食べ終えたら二年生の教室がある三階まで戻ってくる事になる。

足を捻挫している綾香にとって、その往復は酷なのではないかと心配する晴翔。

それに対して雫は平然と言い放つ。

「そんなのはハル先輩がアヤ先輩を抱っこすればいいだけの話です。はい、じゃあ中庭にレッツラゴーしますよ」

「抱っこって、こんな大勢の前でそれは……」

「なーに言ってんですか。さっきもアヤ先輩をお姫様抱っこしてたくせに」

「あれは、緊急事態だったからな」

「なら、今も緊急事態です」

雫はそう言うと、晴翔の隣にいる友哉に視線を向ける。

「トモ先輩。ハル先輩の机ってどこです?」

「え? そこだけど?」

友哉が晴翔の机を指差すと、雫は「失礼失礼」と上級生たちの間を縫って晴翔の机まで行き、その机の脇に掛けてある鞄から彼の弁当袋を取り出す。

次に雫は咲に問い掛ける。

「咲先輩、アヤ先輩の机は?」

「ここだよ」

雫の意図を察した咲はニヤリと笑い、すぐ近くの綾香の机をトントンと叩く。

雫は先程と同様にサササッと綾香の机まで移動して、その脇に掛けてある彼女の鞄から弁当を取り出す。

その後、彼女は自分の分を含めた三つの弁当を手に持ち、晴翔と綾香の方に顔を向ける。

「二人の弁当は私が大事に中庭まで運んであげます。心優しい後輩に感謝感激してください」

「ちょ、待て!」

「待ちません。じゃあ咲先輩にトモ先輩、早く中庭に行ってお昼にしましょう」

「そうね。じゃ、私は先に行ってるから、綾香は大槻君のお姫様抱っこを堪能しながら中庭にお越しなさいな」

「あ、ちょっと咲!?」

「早く来いよハル。遅いとお前の弁当、全部食っちまうからな」

「こら友哉! 待て!」

二人の親友はニヤリと笑みを浮かべたまま、晴翔と綾香に手を振って雫の後について教室から出て行ってしまう。

弁当を人質に取られてしまった二人は、お互いの顔を見合わせる。

あまりモタモタしていると、本当に弁当を全て食べられかねないと危惧する晴翔。彼の親友は、やる時はやる男なのだ。

健全な高校男児の胃袋を持つ晴翔にとって、お昼の弁当が無くなってしまうのは死活問題である。

晴翔は雫たちが出て行った教室の外に視線を向けた後、自分達を取り囲むクラスメイト達に視線を向ける。

そして、一瞬だけ間を置いてから覚悟を決める。

「……ごめん綾香。今日の弁当のメインは、ばあちゃんのミニハンバーグなんだ」

「え? きゃ!」

颯爽と綾香をお姫様抱っこする晴翔に、彼女は小さく驚いた声を上げる。

そんな彼女の声を掻き消すように、周囲から歓声が上がる。特に女子生徒達の間では『キャ~!!』というような黄色い声が多く上がる。

教室内に膨れ上がる大歓声。

それを切り裂く様に晴翔は綾香を抱えて走り出す。

廊下に出ると、多くの生徒達がギョッとした表情で晴翔に視線を向けてくる。

それも当然だろう。

何せ彼がお姫様抱っこしているのは、この学園一の有名人。

その美貌故に『学園のアイドル』とすら称されている東條綾香なのだから。

体育の授業で綾香を抱っこした時は、授業中という事で、ほとんどの生徒が教室内に押し込められていた。その為、お姫様抱っこを目撃した生徒は極僅かだった。

しかし、今は昼休み。

さらに『東條綾香の彼氏は大槻晴翔』という噂が学校中に広まっているという状況も相まって、晴翔と、彼にお姫様抱っこされる綾香に対する注目度は最高潮に達していた。

大衆の視線を一身に浴びる晴翔は、綾香を抱っこしたまま廊下を駆け抜ける。

程なくして彼は、雫達に追い付いた。

「公衆の面前で堂々とアヤ先輩をお姫様抱っことは、ハル先輩見せ付けてくれますね」

「お前が弁当を人質に取るからだろうが!」

無表情のまますっとぼけた事を言う雫。

彼女は晴翔のツッコミをスルーして中庭目指して歩き出す。

「ふむふむ、凄い注目度ですね。有名人になったようで気分がいいです」

晴翔と綾香の少し前を歩く雫が、楽しそうな弾む声音で言う。

それを聞いて隣を歩く咲が面白そうに彼女を見る。

「雫ちゃんって肝が据わってるっていうか、強メンタルだよね」

「これからはアイアンハート雫と呼んで下さい」

「あははは、なにそれウケる」

ふざけた返事をする雫に、咲は声を上げて笑う。

その後も、アイアンハート雫は先陣を切って堂々と廊下を進む。その姿に友哉が笑いながら口を開く。

「今の雫ちゃんはまさしく『虎の威を借る狐』ってやつだな。東條さんも雫ちゃんのメンタルを見習った方が良いかもね」

そう言いながら、友哉は晴翔の腕の中で顔を真っ赤にして俯いている綾香に視線を向ける。

周囲からの注目を楽しんでいる雫に対して、綾香は恥ずかし気に俯いている。

「うぅ……雫ちゃんのメンタルは真似できないよ……」

弱々しく言う綾香に、雫は首を捻って後ろを向く。

「こんなので恥ずかしがってたら、思う存分ハル先輩とイチャイチャできませんよ?」

「学校でそんなにイチャイチャなんてしないよ!」

「へぇ~、イチャイチャしないんですか? したくないんですか? 咲先輩聞きました? アヤ先輩は学校でイチャイチャしないらしいですよ?」

「ほほぉ? そうなの綾香? せっかく大槻君との関係を公にしたのに、イチャイチャしないの?」

雫と咲は二人してジッと綾香の事を見詰める。

そんな視線を浴びた綾香は、目を泳がせながらギュッと晴翔の腕を掴む。

「そ、それは……まったくしないとは、言ってないじゃない……多少は、その……」

モゴモゴと言い訳をする綾香に、咲はニヤニヤとした表情を浮かべ、雫は「むっつりアヤ先輩乙です」と口元を僅かにニヤッと歪めて言う。

「うぅ~晴翔~、二人がイジメる……」

「よしよし」

抱っこされたままの綾香は、晴翔の胸元に顔を押し当てて泣きつく。そんな彼女の背中を晴翔は優しくポンポンと撫でた。

その様子を見て、友哉が呆れ顔を浮かべる。

「いや、普通にイチャついとるがな」

友哉のツッコミに、晴翔は綾香の背中を撫でながら苦笑を浮かべた。

その後、周囲の視線を盛大に浴びながら晴翔達は中庭に到着する。

晴翔達が通う高校の中庭は、生徒達の憩いの場となる様に、花壇やベンチなどが設けられており、木陰が出来るようにと木も植えられている。

「あ~腹減った。早く飯食おうぜ」

友哉は自身のお腹を摩りながら、テーブルがセットになっているベンチに座る。その隣に咲が腰を降ろす。

「お隣失礼しま~す」

明るい口調と共に側にやってきた咲に、友哉が少し驚いたように目を見開く。

その反応に、咲が晴翔と綾香に視線を投げかけた。

「あの二人の間に割って入るのは無理でしょ?」

「あ~確かに」

納得した様に頷く友哉に視線の先には、壊れ物を扱うよにそっと優しく綾香を降ろす晴翔がいた。

二人は当然のように隣に並んでベンチに腰を降ろす。

晴翔と綾香が並んで座り、その対面に友哉と咲が座ったのを見て、雫もお誕生日席に腰を降ろす。

晴翔は「特等席です」と言いながらベンチに腰掛ける雫に手を伸ばす。

「ほら雫、弁当を返してくれ」

「もうハル先輩は食い意地を張ってしょうがないですね」

雫は「やれやれです」と人質に取っていた弁当を晴翔と綾香に返す。

「別にこれは食い意地じゃないだろ? 昼飯抜きとか、もはや拷問だろ」

そう雫に反論しながら晴翔は、弁当袋を開き中身を取り出すと、弁当箱の蓋を開ける。

隣では綾香も同じように弁当箱の蓋を開けて、嬉しそうに「いただきます」と手を合わせている。

二つ並んだ晴翔と綾香の弁当を見て、咲が自分の弁当箱を広げながら訊く。

「綾香、大槻君と同じお弁当なの?」

「あ、うん。今日は朝に清子さんと晴翔の三人で一緒にお弁当を作ったから」

最近の綾香は、清子から料理を学ぶために一緒にキッチンに立つようにしている。

「ほんと、仲がいいね二人は」

そう咲が言う隣で、友哉が晴翔達の弁当の中身を見て、カッと目を見開く。

「ハル、それもしかして清子さん作のハンバーグか?」

「あぁ」

短い返事と共に頷く晴翔は、警戒するように友哉を見る。

「やらないからな?」

「はぁ? それは無いだろ? 俺ら親友だろ?」

「親友でもダメだ。ばあちゃんのハンバーグだけは絶対にやらん!」

「ケチくせぇぞハル!」

「ケチで結構」

取り付く島もない晴翔に、友哉は肩をすくめるとコンビニで買った総菜パンに噛り付く。

完全に諦めた雰囲気を醸し出す友哉。がしかし、彼は突如腕を伸ばして晴翔のミニハンバーグを狙う。

「隙ありッ!」

「させるか!」

鋭く迫る友哉の手を晴翔は間一髪で跳ねのける。そこから始まる熾烈なミニハンバーグ争奪戦。

男子二人の不毛な争いが繰り広げられる隣では、咲が綾香の弁当に興味を示す。

「ねぇ、そのハンバーグってそんなに美味しいの?」

「うん。晴翔の作るハンバーグも清子さんが作るハンバーグも、物凄く美味しいんだよ」

晴翔が家事代行で最初に披露した料理がハンバーグであり、それによって東條家は胃袋を掴まれ、定期契約を結ぶきっかけとなった。

綾香にとって大槻家のハンバーグは、大切な想い入れのある料理でもある。

「そうなんだ。ねぇ、一つだけ私のミートボールと交換しない?」

「うん、いいよ」

「アヤ先輩、私も清子お婆ちゃんのハンバーグ食べたいです。この沢庵と交換しましょう」

「良いけど、沢庵はちょっと釣合いが取れなくない?」

「むぅ、じゃあこのタコさんウィンナーで手を打ちましょう」

激しさを増す晴翔と友哉の攻防を横目に、女子達は平和に物々交換をして弁当を楽しむ。

「ミニハンバーグ三つも有るだろうが! 一個くらいよこせ!」

「うるせぇ! この前俺の唐揚げ全部食っただろ! 忘れてないぞ俺は!」

何とも愉快な雰囲気でお昼を過ごす晴翔達一行。

結局、しつこく弁当を狙ってくる友哉に根負けして、晴翔は彼に祖母の絶品ハンバーグを分け与える事になる。

「やっぱ、清子さんのハンバーグは最高だよな。冷めててもこの美味しさだぜ?」

「しっかりと味わって食えよ」

なんだかんだ、祖母の料理を褒められて嬉しそうな晴翔。

やがて弁当も食べ終わり、晴翔達はまったりと会話を楽しむ。

中庭には他の生徒達も多くいて、遠目にチラチラと様子を窺われているが、晴翔と綾香の二人だけではなく、雫や友哉、咲も一緒にいる事から、そこまで奇異の視線は向けられない。

とそこに、少し距離を空けて様子を窺っていた生徒達の間から、一人の女子生徒が抜け出して、晴翔達のもとにやってきた。

「あ、あの……ちょっと、いいかな?」

話し掛けてきた女子生徒を見て、これまで談笑をして明るかった綾香の表情が少し強張る。

「寺澤さん……」

女子生徒の名前を小さく呟く綾香。

そんな彼女からは確かな緊張感が伝わって来て、晴翔は彼女を安心させるように少し身体を綾香の方に寄せた。