軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十三話 東条綾香の決意①

私はベッドに横になりながらぼーっと天井を見詰める。

周りが静かなせいで、自分の鼓動の音がとてもよく耳に響く。

『もしも綾香に何かあったら、俺が守るから。絶対に悲しい思いはさせない。誓うよ』

真剣な目で私を見て告げられた言葉。

「もう、晴翔ったら。どれだけ私をときめかせたいの? 心臓が持たないよ……」

素敵すぎる彼氏の言動に、私は熱くなっちゃった顔を冷ますように両手で頬を抑える。

晴翔との関係を公にする。

堂々と彼と付き合う。

まったく怖くないと言ったら噓になっちゃう。

寺澤さんの事は気掛かりだし、中学時代の出来事もそんな簡単に忘れられる事じゃ無い。

けど、その時とは違って、今は隣に晴翔がいる。

それだけで、私の心はどこまでも強くなれる気がした。

「それに、晴翔と学校でやりたいこと、沢山あるし」

昼休みに校庭で並んでお弁当を食べたい。

おかずを交換したり『あーん』ってしちゃったり……。

あと、制服デートは絶対にやっておかないと!

私達が制服を着る事の出来る期間は限られてる。

さっき晴翔も言っていたけど、あと一年半もしたら高校を卒業しちゃう。それに、来年は受験も控えているし、そうなると目一杯晴翔と高校生活を楽しめるのは、本当に限られた時間になってきちゃう。

「一秒も無駄にしないようにしないと!」

晴翔と堂々と付き合うと決めた以上、もうウジウジと悩んでいる暇はない!

私がそう決意していると、保健室の扉が開いた。

先生が戻ってきたと思って、扉のほうに視線を向ける。そして、扉を開けて入ってきた予想外の人物に、私は驚きの声を上げた。

「雫ちゃん!?」

「あ、やっぱりいましたねアヤ先輩」

雫ちゃんは相変わらずの無表情で、私が横になっているベッドに向かってのんびりと歩いてくる。

「どうしたの? 授業は?」

「授業は抜け出してきました」

さも当然といった感じで雫ちゃんは言うと、ベッドに腰かけた。

「私史上最強最悪にお腹がピンチですって言ったら、先生が慌てて送り出してくれました」

そう言う雫ちゃんは、無表情だから分かりづらいけど、たぶんドヤ顔をしてるんだと思う。

……ドヤ顔するところでは無い気がするんだけど?

彼女の謎のドヤ顔に首を傾げていると、雫ちゃんが私の右足に目を向ける。

「ケガしたんですか?」

「うん。ちょっと体育の授業で転んじゃって。軽い捻挫だって」

雫ちゃんは、テーピングされている私の右足首をジッと見詰めて言う。

「なるほど。アヤ先輩にはドジっ子属性もあったんですね」

「そこまで私はドジじゃないよ。それにドジっ子属性もって、私がいろんな属性を持ってるみたいな言い方しないでよ」

私が苦笑を浮かべながら抗議をすると、雫ちゃんは「何言ってるんすか」って反論してきた。

「アヤ先輩には、天然っ子とむっつりという立派な属性が二つあるじゃないですか」

「ちょっと! 天然はともかくむっつりは絶対に無いから!!」

強く否定する私に、雫ちゃんは疑いの視線を向けてくる。

「本当ですか~?」

「本当だもん」

「私、教室の窓から見ちゃったんですよ? ハル先輩にお姫様抱っこされて運ばれるアヤ先輩を」

「そ、それは、私が捻挫しちゃったから、晴翔がここまで運んできてくれただけだよ」

どうやら雫ちゃんが保健室まで来たのは、晴翔に抱っこされる私を目撃したからみたい。

もう、雫ちゃんったら。よそ見してないでちゃんと授業受けないと……。

「それは分かりますけど、そのあとは? 私が保健室に来た時、須崎先生がいなかったですけど? ハル先輩とこの密室で二人きりだったのでは?」

「そ、それは……そうだけど」

「何もしなかったんですか? 誰もいない保健室で、ハル先輩と二人っきり、アヤ先輩は何もしなかったんですか? んん?」

「な、なにも、してないよ……」

私は雫ちゃんから目を逸らして、ぼそっと答える。

そんな私を雫ちゃんはジーっと見詰めてくる。

無表情な彼女に黙って見つめ続けられると、心の中まで全てを見透かされてる気分になっちゃって、なんだか本当の事を言わないといけない気分になってきちゃう。

「……た、ただ少し……抱き合って、キ、キスしただけだもん……」

「はい、むっつりアヤ先輩、おつです」

「うぅ……違うもん……むっつりじゃないもん……」

いつもは無表情なのに、ここぞとばかりにニヤリと笑う雫ちゃんに、私は弱々しく否定する。

私達は高校生なんだし、少し抱き合ってキスするのは普通でしょ? 別に変な事じゃないよね?

唇を尖らせて、そう自分に言い聞かせていると、ニヤリ顔から無表情に戻った雫ちゃんが訊いてくる。

「でもアヤ先輩、いいんですか? 白昼堂々とハル先輩にお姫様抱っこなんかされちゃって。私以外にも二人の姿を見た人は沢山いると思いますよ?」

「あぁ、うん。実はね……」

少し心配そうにしてくれている雫ちゃんに、私は晴翔との関係を公にする事を伝える。

それを聞いた雫ちゃんは「やっとですか」と少し呆れたような表情をする。

「雫ちゃんも、私達の関係について協力してくれていたでしょ?」

「私が協力していたのは、2人が学校で自然と触れ合える事に対してです。別に関係を秘密にする事には大して協力していません。むしろ、しょうもない事をしてるなって思ってましたよ」

「しょうもないって、酷くない?」

私がむっと頬を膨らませると、雫ちゃんはヤレヤレと肩をすくめた。

「アヤ先輩は、友達の好きな人を奪ったとか何とかで揉めた事があるんでしたっけ?」

「うん」

「で、それが再発するのが怖かったんですよね?」

「うん」

頷く私に、雫ちゃんはジッと私の目を見て話す。

「前に私言いましたよね? 何かあればすぐに距離を取るような友達は、何人いなくなろうが興味が無いって」

「どんな事があっても変わらずに接してくれる友達との関係を大切にしたいってやつ?」

「そうです」

雫ちゃんは小さく頷いて、話を続ける。

「これは私の考えなので、アヤ先輩に押し付けるつもりはありません。先輩には先輩の友達との付き合い方があるでしょうし。ですが、正直言って、好きな人を取られたからと言って、それを非難してくるような人は、それは友達じゃないです」

はっきりと言い切る雫ちゃんに、私は思わず俯いてしまう。

「好きな人を取られたのは、自分が勇気を出して告白しなかったからなのに、それを棚に上げてアヤ先輩を非難するのは、お門違いもいいところです」

雫ちゃんはそう言うと、少しだんまりをする。

急に黙り込んだ彼女に、私が不思議に思って俯いた顔を上げる。

すると、雫ちゃんは私と目を合わせてゆっくりと口を開いた。

「私は……ハル先輩が好きでした。いえ、今でも好きです」

「ッ!?」

突然の告白に私は驚きで息を呑む。

「アヤ先輩がハル先輩と出会う前から、ずっと好きでした」

「あ、そ、それは……ご、ごめ――」

「謝らないでください!」

謝罪しかけた私を雫ちゃんは遮る。

「謝らないでください」

もう一度同じ言葉を繰り返す雫ちゃんは、しっかりとした口調で私に話す。

「謝る必要なんて無いんです。正々堂々と、アヤ先輩は自分の気持ちと向き合って、勇気を出してハル先輩と恋人になった。それは、祝福されるべき事であって、決して謝罪するような事じゃないんです。だから、アヤ先輩は堂々とハル先輩とイチャイチャして下さい。へんに気を遣ったりしたら、堂島道場一子相伝の雫スペシャルデコピンをお見舞いしますよ?」

「うん……ありがとう雫ちゃん」

私は、雫ちゃんに謝罪しないで、代わりにお礼を言う。

そんな私の反応に、雫ちゃんは満足そうに頷いた。

「で、話を戻しますけど。私は憎き泥棒猫であるアヤ先輩を決して非難したりしません」

「に、憎くはあるんだ……」

引き攣る私の表情に、雫ちゃんがまた無表情を崩してニヤッと笑う。

「そりゃそうですよ。ずっと好きだった人を突然現れてかっさらっていったんですから。もう憎くて憎くて、雫スペシャルデコピンをお見舞いしたいくらいです」

「さっきと言ってる事違くないッ!?」

私の目の前でデコピンの素振りをする物騒な雫ちゃん。

「うっさいです。友情は理性、恋は本能です」

「なんか名言っぽいこと言ってるけど!?」

私は、ブン! ブン! と唸りを上げる雫ちゃんの中指から必死に距離をとる。

そこで雫ちゃんは「ふふふ」と笑いをこぼして、デコピンの構えを解く。

「冗談です」

そう言う雫ちゃんは、ちょっと身を乗り出して、私との距離を縮める。

「私にとって、アヤ先輩は泥棒猫です。とっても可愛くて、いじり甲斐があって、一緒にいて楽しい大切な猫ちゃんなんです。だから……」

雫ちゃんはいつもの無表情をやめて、今まで見たことがない位の可愛らしい笑顔を私に見せてくれた。

「これからも、マブダチのズットモですよ。アヤ先輩」

その言葉とともに浮かんだ雫ちゃんの笑顔に、私は目を奪われた。

いつもは無表情だからこそ、その笑顔がとても貴重なものに感じちゃう。

そして何よりも、とてもかわいかった。

無表情でも可愛い彼女が、めったに見せない笑顔を浮かべたら。それはもう、鬼に金棒だった。

私が雫ちゃんの笑顔に心を奪われていると、彼女がいつもの無表情に戻って言う。

「だから、この先ハル先輩との関係が公になっていろいろ問題が起きても、私はずっとアヤ先輩のそばにいてあげます。虐められようものなら、堂島道場の実力を虐めた奴らに見せつけてやるので、遠慮なく私に報告してください」

「ふふ、ありがとう雫ちゃん。頼りにしてる。でも暴力はダメだよ?」

私の言葉に雫ちゃんは「暴力じゃなくて実力です」という、どこかで聞いた事があるような言い訳をしてくる。

雫ちゃんの話を聞いて、少なからず私の心の中には、彼女に対して晴翔を奪ってしまったという罪悪感が生まれてしまっている。けど、それ以上にかけがえのない大切な親友ができた喜びが大きくある。

これからは、雫ちゃんとの関係をもっと大切にしていこう。

そう私が思っていると、彼女からじっと見詰められる。

「ん? どうしたの雫ちゃん?」

「……アヤ先輩のファーストキスってハル先輩ですよね?」

「えっ!? う、うん……そう、だけど?」

突然の質問の意図が分からなくて、私は少し照れながら頷く。

そんな私に、雫ちゃんは難しい表情でブツブツと呟く。

「つまり、ハル先輩とファーストキスを交わしたアヤ先輩とキスをすれば、実質的にハル先輩とファーストキスを交わした事になるのでは? 間接ファーストキス……」

「し、雫ちゃん?」

なんだか、彼女の呟きが危険なものに聞こえるのは気のせい、だよね……?

「アヤ先輩……」

「は、はい……」

「私たち、マブダチズットモですよね?」

「そ、そうだね?」

「なら、ハル先輩との甘いファーストキスもシェアしましょう」

「ちょっ! ま、待って雫ちゃん!? ちょちょちょ! 待って待って!!!」

怪しげに目を光らせて迫りくる雫ちゃんから、私は必死に距離をとる。

「逃げるなですアヤ先輩。おとなしく私にハル先輩のファーストチッスをよこすです!」

「い、いやー! 雫ちゃん! ダメだから! そもそもファーストキスはそんなものじゃ、きゃー!」

「無駄な抵抗はやめなさいアヤ先輩。おとなしく、おとな……し、このっ、泥棒猫! くらえっ雫スペシャルデコピン!」

「痛いっ!? ひどいよ雫ちゃん!!」

「ひどいのはアヤ先輩です! 失恋した私にファーストキスくらい分けてくれてもいいじゃないですかっ! この欲張りアヤ先輩!」

「欲張りとかじゃないからっ!! ファーストキスをあげるとか無理だからっ!!」

「無理じゃないっ!!」

その後、私は昼休みがくるまで暴走した雫ちゃんと格闘する羽目になった。