軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十六話 新しい呼び方

晴翔達が訪れているテーマパークの人気イベントであるペンギンの散歩。

よちよちと歩く可愛らしいペンギンを見ようと、散歩コースの周りには大勢の人達が集まっていた。

「人が多いね」

「あっちの方が人が少なくてペンギンが見やすいかも」

人混みではぐれてしまわないよう、いつもより固くつないだ手を引いて、晴翔は比較的人の少ない場所に移動する。

「ここなら間近で見られるよ」

「こんなに近くでペンギンを見るのは初めてかも」

ペンギンの散歩コースの仕切りになっているロープのすぐ側まで来れた綾香が、ワクワクと期待の籠った表情で言う。

すると、遠くの方から飼育員に誘導されて10羽ほどのペンギンがやって来た。

ペンギンのペタペタと懸命に歩く姿に、散歩を見ている観客からは微笑まし気な笑い声や、子供の興奮した声が聞こえてくる。

そして、晴翔の隣にいる綾香も、可愛らしいペンギンの姿に歓声を上げる。

「あ! ペンギン来たよ晴翔! 可愛い!」

段々とこちら近付いてくるペンギンの集団に、綾香は「可愛い!」を連呼してる。

はしゃぐ彼女の姿に、晴翔はふと想像する。

もしここで、綾香を後ろからそっと抱き締めて『ペンギンなんかよりも、ペンギンを見て喜ぶ君の方が何十倍も可愛いよ』と耳元で囁いたら、一体どんな反応が見られるのだろうかと。

その反応を想像しかけた晴翔は、途中で頭を振って妄想を掻き消した。

「キザ野郎か俺は……」

自分自身にツッコミを入れる晴翔。

そんな彼の呟きに、綾香が「ん?」とペンギンから視線を外して晴翔の方を見る。

「晴翔、何か言った?」

「いや、何でもないよ。それよりもペンギンが目の前に来たよ」

「わぁ! 見て見て晴翔!」

すぐ目の前を横切るペンギン達に、綾香は満面の笑みで晴翔の方を見る。

「すっごく可愛いね!」

とても魅力溢れる笑顔で弾むように言う彼女によって、晴翔の脳内につい先程掻き消した妄想が急浮上してくる。

「……楽しんでる綾香の方が断然可愛いよ」

「ふぇッ!?」

さすがに、キメ顔で言う事は出来なかった晴翔。

彼は恥ずかし気に視線を明後日の方向に向けながら、ボソッと早口で言う。それでも綾香の耳にはハッキリと届いたようで、彼女の顔はみるみるうちに赤く染まっていく。

「ぁ……あり、がと……」

「うん……」

二人とも視線を逸らしたまま、モジモジしている間にペンギンは通り過ぎてしまった。

散歩イベントが終了して、周りの人達が解散していく中、晴翔達はワンテンポ遅れて動き出す。

「えと、じゃあ……あっちの水族館、見てみようか?」

「そ、そうだね」

気恥ずかしさを紛らわす為に、晴翔は目に入った建物を指差す。

綾香も素直に頷き、彼に手を引かれる。

晴翔達が訪れているテーマパークは、その広大な敷地に幾つかの水族館があり、それぞれイルカの展示に特化していたり、ふれあいゾーンがあったりと、特徴によって分けられている。

晴翔と綾香が向かった水族館には巨大な水槽が設置されており、その中では様々な種類の魚たちが悠々と泳ぎ回っていた。

その中でも特に目を引くのは、イワシの大群である。

数えきれない程のイワシで形成された巨大な群れは、それ自体が一つの生命体であるかのように動いていた。

「わぁ! 晴翔見て! 凄いね!」

巨大な水槽のガラスに張り付いた綾香。

彼女は水中の景色に魅了されたようにジッと見詰めながら、晴翔に言う。

「あのイワシの大群、凄く大きいね!」

「パンフレットに書いてあったけど、イワシの飼育数は国内最大級らしいよ」

「そうなんだ。何匹くらいいるんだろうね?」

「パンフレットによると5万匹いるらしい」

「5万っ!?」

予想を超えるイワシの数に、綾香は目を見開き驚きの表情を浮かべる。

そんな彼女の隣で、晴翔は顎に手を添えジッとイワシの群れを見詰める。

「凄い数だよね。でも5万匹もイワシがいたら、もう食べ放題だよね。刺身に塩焼き、蒲焼、冬ならつみれ汁もアリだな。あとは、生姜煮に甘露煮とかの煮付け系もいけるし、あとは……」

「もう晴翔! 水族館のお魚で献立を考えないでよ!」

「あはは、ごめんごめん。イワシって美味しいし、結構調理の幅が広いから、つい」

「もう……でも、晴翔が作るイワシの甘露煮、食べたいかも……」

綾香は抗議の声を上げつつも、ガッツリと胃袋を掴まれている為、晴翔が言う料理になかなか抗う事が出来ずに、ポソッと言葉を付け加える。

それに対し、晴翔はニコっと笑みを浮かべた。

「圧力鍋で煮込んで骨まで食べられるようにするから、涼太君も食べ易いと思うよ。甘辛の味付けは、修一さんのお酒のつまみにもなるしね」

「うぅ……美味しそう……」

「今度、いいイワシが売ってたら買っておくよ」

「よろしくお願いします」

晴翔の料理の魅力に屈した綾香が、微妙な顔で水槽の中のイワシの大群を眺める。

「なんか……今あのイワシたちを見ても、美味しそうとしか思えなくなっちゃった……」

「5万匹のイワシ、夢があるよね」

そんな会話を交わしながら、晴翔と綾香は巨大水槽の前から移動した。

その後も、サンゴ礁にいる色鮮やかな熱帯魚を観賞したり、迫力のあるサメを観賞したりと、存分に水族館を楽しんだ二人。

「ここは一通り見て回ったかな?」

館内を一周してエントランスに戻ってきた綾香が言う。

「次はどこに行こっか?」

「少し早いけど、もうお昼食べる? 昼時になると凄く込みそうだし」

「それはありかも」

今日は土曜日という事もあり、昼時になれば飲食店がどこも混雑すると容易に想像出来る程、人の数は多い。

せっかくテーマパークに来ているのに、行列に並んで時間を消費するのは勿体無いという事で、二人は早めの昼食を摂ることにする。

「お昼ご飯はどこで食べる?」

綾香は、パンフレットで紹介されているレストランの一覧を眺めながら晴翔に尋ねる。

「う~ん、ここはどう? なんか海鮮丼が美味しそう」

「晴翔は海鮮の気分?」

「なんかね。魚を見てたら海鮮の口になってしまった」

「水族館のお魚を見てそうはならないでしょ! ってツッコみたいけど、ちょっと晴翔の気持ちが分かるのが、なんか悔しい」

少し唇を尖らせている綾香に、晴翔はにこやかな笑みで言う。

「じゃあ、お昼はこの海鮮系のお店で決まり?」

「うん、そうだね」

行き先を決めた二人は、早速パンフレットにあるレストランに向かった。

まだお昼には早い時間である為、晴翔達はすぐにテーブル席に案内される。

「海がよく見えるね」

案内された窓際の席に腰を降ろしながら、綾香が嬉しそうに言う。

晴翔も彼女の対面に座ると、視線を窓の外に向けた。

「海を眺めながら海鮮丼を食べる。最高の贅沢だね」

「ね。将来は海の見える家に住むのも良いかも」

「朝からバルコニーで、海を眺めてお茶したり?」

「すごくお洒落で最高じゃない?」

「最高過ぎてバルコニーから動けなくなりそう」

そんな夢のある話をしながら、綾香はテーブルの上に置かれていたメニュー―を手に取る。

「晴翔はなに食べるの? やっぱり海鮮丼?」

「うん。俺はパンフレットにも書いてあった、このマグロ三昧丼かな。綾香は?」

「う~ん」

即決する晴翔とは対照的に、綾香は唸りながらメニューと睨めっこをしている。

「なにとなにで悩んでる?」

「この、たっぷりサーモン丼かアジフライ御膳の二択なんだけど……」

そう言いながら、綾香は二つのメニューの間で視線を何度も往復させる。

晴翔は少し身を乗り出して、綾香が悩んでいるメニューの写真を見てみる。

「サーモンも捨てがたいけど、このアジフライ美味しそうだね」

「だよね! やっぱりアジフライ御膳かなぁ……でも、サーモンも、うぅ……」

なかなか決断できない彼女に、晴翔は一つ提案する。

「じゃあ、俺がこの贅沢マグロサーモン丼を頼んで、綾香に分けてあげるから、アジフライを少しちょうだい?」

自分のメニューを変更して、彼女とのシェアを提案する晴翔。

そんな彼の提案に、綾香は晴翔の表情を窺うように上目遣いで見てくる。

「いいの? マグロ三昧丼じゃなくても」

「うん。なんかメニューを見てたらサーモンも食べたくなってきたから」

にこやかな笑みで言う晴翔に、綾香も柔らかく笑みを返す。

「ありがと、晴翔。じゃあ私はアジフライ御膳にするね」

「了解。すみません、注文をお願いします」

ちょうど近くを通りかかった店員に手を上げて注文をする晴翔。

綾香はニコニコと彼が注文する姿を見詰め、店員が席を離れるとニコニコ顔のまま話し掛けてくる。

「晴翔って本当に優しいよね」

「そう? 普通だと思うけど?」

「ううん、晴翔は私の事甘やかしすぎだと思う。油断してたら、どんどん晴翔に甘えちゃうもん」

「前も言ったような気がするけど、全然甘えてくれていいよ?」

「ほら、そうやってすぐ悪魔の囁きをするんだから」

そう言う綾香に、晴翔は笑いながら「悪魔って酷くない?」と言葉を返す。それに対し、彼女は少し前屈みになって晴翔の目をジッと見詰める。

「私は、晴翔君にも甘えてきて欲しいんだけど?」

「でもさ、男が甘えるってなんかちょっと、弱々しくない?」

小さなころから祖父母に育てられた晴翔は、少しばかり価値観が古い所があったりする。

「そんな事ないよ? 晴翔が私に甘えてきてくれたら、すっごく嬉しいな」

「そう、なんだ」

「うんうん! あ、そう言えば晴翔にもご褒美をあげなきゃだったよね?」

綾香はそう言うと、一つの提案を晴翔にしてくる。

「ご褒美で、一日晴翔が私に甘え放題っていうのはどうかな?」

「え? それは……甘えるって、具体的にはどんなことをすれば?」

少し戸惑いがちに晴翔が質問すると、綾香は小さく首を傾げて答える。

「それは、え~っと……膝枕とか?」

「膝枕か……」

晴翔は、かつて夏休み中に行った恋人の練習を思い出す。

確かに綾香の膝枕は、晴翔にとってもご褒美としては十分に魅力的であった。

「じゃあ、ご褒美はそれでお願いしようかな」

「うん、了解です」

嬉しそうに満面の笑みを浮かべる綾香。

彼女が正式な彼女になってからの日々は、常に幸せに包まれている。

綾香の笑顔を見て、晴翔はそう思うのであった。