軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十一話 東條綾香の苦悩④

私は自分のベッドに横になりながら、さっきの晴翔君とのやり取りを思い出して、ドキドキしてる胸にそっと手を添える。

「ちょっと、やり過ぎちゃったかな……」

私はそう呟いて、少し反省する。

本当は、二人きりでお話をしようかなって思ってただけだったんだけど、でも晴翔君の顔を見ていたら、自分の感情を抑えられなくなっちゃった。

そうなった原因は、今日の学校での出来事。

突然教室に現れて、晴翔君と親し気に去っていった女の子、堂島さんの存在が大きいと思う。

晴翔君は彼女の事を幼馴染って言ってたし、私も彼の言葉は疑っていない。

むしろ、晴翔君は凄く魅力的な人だから、いろんな人から好かれて当然だし、それは彼女である私としても誇らしく思う。

ただ、そう思っている反面、私の心の片隅では今まであまり感じた事がない感情が渦巻いているのも確か。

「恋愛は付き合い始めてからが本番、か……咲の言ってた事は本当だったんだ……」

私は、親友の言葉を思い出す。

晴翔君の恋人になったと咲に報告したら、彼女から『これでやっと恋愛のスタート地点に立ったわね』って言われたけど、今それを凄く実感してる。

私が今まで読んできた恋愛小説や恋愛漫画は、想いが通じ合って結ばれてハッピーエンドになる物語がほとんどだった。

でも現実は、結ばれた後も続いていく。

晴翔君と恋人になる前は、色々と彼の事を考えて悩んだり不安になったり、逆に嬉しくなったり喜んだり、色々な感情を彼を通して感じた。

でも、恋人になってからも、いや恋人になってからの方が、更に色々な感情が私の中に生まれている気がする。

それは、喜びや幸せとかもあるけど、その他にも色々と感じる。

そして、いま私の心の中に確かに存在している感情。

これは多分、嫉妬だと思う。

私は今まで、あまり嫉妬という感情を感じた事がなかった。

外に出掛けている時に、仲睦まじい恋人同士を見ると羨ましいなぁって思う事はあったけど、嫉妬する事は無かった。

だけど、今日学校で晴翔君が堂島さんと話しているのを見てから、私の中には自分でもハッキリと分かるくらいに、嫉妬の感情が溢れていた。

私も彼とお話ししたい。

腕にギュッと抱き着きたい。

彼と触れ合いたい。彼の温もりを感じたい……。

学校でも……私の側にいて欲しい。

私だけを見て欲しい。

私だけに笑い掛けて、私だけに話をして欲しい……。

そんな、独占欲が多く混ざった嫉妬の感情が、一瞬で心の中に広がった。

最初私は、この感情を抑えようとした。

だって、学校で晴翔君とお話しできないのは、私が原因なんだし。側にいれないのは私がそうしようって言ったから。

だから、こんな嫉妬はとんでもない我儘だって自覚してる。

そう思って私は、必死に自分の欲望をコントロールしようとした。

でも、コントロールしようとすればする程、抑えようと思えば思う程。

私の中の我儘な嫉妬は暴れ出す。

どうしようもないくらいに、晴翔君を求めてしまう。

しかたがなく私は、彼の部屋に行って少しお話をしてこの感情を紛らわそうとした。

けど実際に晴翔君を目の前にすると、心はもう私の言う事を聞かなくなっちゃった。

心は、私の身体を完全に支配して晴翔君を求めて動いた。

そして、ずっと渦巻いていた嫉妬を鎮める様に、独占欲を満たす様に、彼に抱き着き、密着して……そして噛みついた。

晴翔君に私の存在を少しでも強く感じて欲しくて。

彼の心に私の存在を刻みたくて……。

ただ、自分の部屋に戻って心が落ち着いて、少し冷静に考えられる様になると、さっきの自分の行動に悶絶しつつ、反省もする。

私は、晴翔君から与えられるだけじゃなくて、ちゃんと彼にも与えられるような彼女になりたい。

私だけが彼に依存しちゃうような関係には、なりたくない。

今のままだと私は、ただの重たくて面倒臭い彼女になっちゃってる気がする。

きっと晴翔君は優しいから、それすらも受け入れて私を甘やかしてくれると思うけど、でもそれに甘んじてちゃ、私はどんどん堕落してダメ人間になっちゃう。

もしも……もしもこのまま晴翔君と順調にお付き合いが続いて、そのうち同棲するってなったら……。

その時はしっかりと私も家事をしないと。

今のままだと私は晴翔君に養われるだけの存在になっちゃいそう……。

「清子さんに料理、教えてもらおうかな……」

晴翔君と恋人として対等でいられる様に、そんな事を考えながら私はゆっくりと眠りに落ちた。

翌日。

私は一人で学校に向かう道を歩く。

晴翔君は私と登校時間をズラす為に先に家を出た。

「本当は一緒に並んで、手を繋ぎながら登校したいんだけどな……」

昨日の事を少しだけ引き摺りながら私は小さく呟く。

その呟きはまるで、風に舞って私を包み込んでくるように、昨日一旦は収まった欲望が、また心の中でムクリと顔を上げる。

私はその欲望から目を背ける様に、朝の幸せな時間を思い出す。

「清子さんの朝ご飯美味しかったなぁ」

晴翔君の師匠である清子さんの料理は、幸せそのものを食べているかのような美味しさだった。

今朝は、玉ねぎと豆腐のお味噌汁に焼鮭、卵焼きにひじきと大豆の煮物だった。

目を見張る様な豪華なメニューではないけど、清子さんの素朴な朝ご飯はどこかホッとする様な、心が落ち着く優しい料理だった。

それを晴翔君と清子さんを加えた家族みんなで食べて、まるで大槻家が本当の家族の一員になった気がして、とても嬉しくなった。

「いつか、晴翔君が本当の家族になったら……ふふふ……」

私はつい涼太みたいな事を口にして、そうなった未来を想像して堪え切れずに笑いを漏らす。

そんな、一人でニヤニヤしながら歩く少し怪しい人物になっちゃってる私に、不意に声が掛けられた。

「東條先輩、ですよね?」

「え?」

声のした方に私が振り返ると、そこには感情が余り読み取れない表情をした、黒髪の女の子が立っていた。

「あ、えっと、堂島……さん?」

その女の子は、晴翔君の幼馴染であり、昨日私の嫉妬の原因となった人物でもある。

堂島さんは、表情を動かす事無く私を真っ直ぐに見て口を開く。

「はい。初めまして、私は一年の堂島雫です」

「えと、二年の東條綾香です」

礼儀正しくお辞儀して挨拶してくれる堂島さんに、私も少し戸惑いながら挨拶を返す。

堂島さんって、あまり感情を表に出さないタイプの子なのかな?

さっきから真顔で見詰められてるんだけど?

でも、凄く可愛い子かも……。

目はパッチリしてるし、黒髪も綺麗だし……。身長は少し低めで小柄な体格をしているけど、そこがまた可愛らしく見えちゃう。

私が堂島さんの事を観察していると、相変わらずの無表情で彼女は話し掛けてくる。

「東條先輩は、ハル先輩から私の事を聞いてます?」

「う、うん。一応、昨日説明されたよ」

「そうですか。なら私が協力するっていうのも聞いてますよね?」

「うん、それも聞いたよ」

私がそう返事をすると、堂島さんは「ふむふむ」と小さく頷いた後に、一歩私に近付いて言う。

「じゃあ、東條先輩は私と親友になってください」

「しん……え? それは……どういう事?」

いきなりの事に、私は驚いてしまう。

そんな私の反応を見て、堂島さんは説明をしてくれる。

「東條先輩は、学校でもハル先輩と一緒にいたいですよね?」

「それは、うん」

「なら、私達は親友になる必要があります。マブダチのズットモです」

「マブダチのズットモ……」

ちょっと引き攣った表情をしてしまった私に、堂島さんはジッと目を見詰めてくる。

「まぁ、東條先輩がどうしても嫌というのなら、無理強いはしませんが……」

「え? あ、いや……ちょっとびっくりしただけで、別に嫌というわけじゃ……」

「なら私達はもうマブのズットモという事でいいですね?」

「へ? あ、そ、それは、ちょっといきなり過ぎるというか……私堂島さんの事何も知らないし……」

「大丈夫です。私も東條先輩の事は一切知りませんし、今までは興味もありませんでしたから」

グッと親指を立てながら断言する堂島さん。

そんなにハッキリと言われると、ちょっと傷つくんですけど……。

というか、何が大丈夫なのかサッパリ意味が分からない。

初対面でいきなり親友になるとか、かなり無理があると思うんだけど……。

そういう仲を演じるって事なのかな? それとも本当に堂島さんは私と親友になりたいのかな……?

そもそも、親友って『なりましょう』って言ってなるものでもないような?

私がそんな事を考えていると、堂島さんはサッと私の隣に並ぶ。

「という訳で、これから私達は大親友です。なので一緒に仲良く登校しましょう。ね、 ア(・) ヤ(・) 先(・) 輩(・) 」

「ど、堂島さん、あの……」

「私の事は雫と呼んでください」

色々と唐突過ぎて戸惑いを隠せない私に、堂島さんはグイグイと距離を縮めてくる。

「ほらアヤ先輩、早くしないと遅刻しちゃいますよ」

「あ、待って堂島さん!」

さっさと歩き出そうとする堂島さんを呼び止めると、彼女は何を考えているのかよく分からない表情を私に向けてくる。

「雫って呼んでください。私達はもう大親友なので」

「じゃ、じゃあ……し、雫ちゃん」

「なんですアヤ先輩?」

「その、私達が親友になる必要があるっていうのは、協力してくれる事に関係してる……のかな?」

「もちろんです」

私の質問に、堂島さんは即答して頷く。

「なんで……雫ちゃんは、そんなに協力してくれるの?」

そう言う私の頭の中には、昨日の晴翔君との親し気な様子がチラつく。

「それは、ハル先輩には幸せになってほしいからです」

ポツリと少し小さな声で言った後、彼女は私の目を真っ直ぐに見て口を開く。

「アヤ先輩はハル先輩の家庭事情を知ってますよね?」

「うん……聞いてるよ」

「ふむ……では、ハル先輩が中学に上がる時にお爺さんが亡くなっているのも知ってますよね?」

「う、うん。それも晴翔君から聞いてる」

私がそう返事をすると、堂島さんは「そうですか……」と呟いた後、少し考える様な素振りをした後に、ゆっくりと話し始める。

「私はもう、悲しんでるハル先輩を見たくないんですよ。あの時の先輩は……少しでも触れたら壊れちゃいそうで、見ているこちらが辛かったんです。だから、ハル先輩にはアヤ先輩と笑顔で過ごせるように協力するんです。もう悲しんで欲しくないんです」

堂島さんはそう話した後、とても真剣な目でジッと私を見て言う。

「だからアヤ先輩も、ハル先輩を悲しませるような事はしないでくださいね?」