軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七話 雫、襲来

学園のアイドルが花火デートをしていたという話題は、翌日になっても全く収まる気配がなかった。

綾香は休み時間になると、あっという間に女子生徒達に囲まれてしまう。

昨日と同様に、学校では一切関わる事が出来ずに放課後を迎えてしまった晴翔は、自分の不甲斐なさに落ち込む。

しかし、今日が火曜日だと思い出して、彼は若干表情を緩める。

今日から祖母が、東條家の家政婦として住み込みで働く。

そして、晴翔自身も今日から東條家に泊まる予定となっている。

学校では一緒にいられない分、家では一緒にいられる。

晴翔は早く家に帰って、東條家に向かう準備をしようと帰り支度を始める。

ちょうどそこに友哉もやって来た。

「ハル〜帰ろうぜ〜」

「おっけ、さっさと帰ろう」

カバンを肩掛けしながらそう言う親友に、晴翔も頷きサッと立ち上がる。

「お? 何ニヤついてんだハル?」

「別にニヤついてないけど、早く帰って泊まる準備をしないと」

晴翔のその言葉で察した友哉は、ニヤッとした笑みを口元に浮かべ、揶揄うように言う。

「あぁ〜今日からか、イチャコラ同居生活は」

「イチャコラって……家族全員がいるのにそんな事するかよ」

呆れ顔で言う晴翔に、友哉はニヤけたまま言葉を返す。

「家族の目がなかったらイチャコラするって事だろ?」

「それは……彼女次第だろ? 向こうが望まなかったら、俺は無理にそんな事はしない」

「いや望むだろ。今までの感じを見てたら確信できるわ。もうお前に対しての好き好きオーラハンパないから」

「それは……まぁ……」

キッパリと断言する友哉に、晴翔は照れ臭さから歯切れの悪い返事をする。

綾香との出会いから今までの出来事を思い出し、晴翔はしっかりと彼女から想いを寄せられているという事をヒシヒシと実感する。

それと同時に、心が嬉しさと恥ずかしさでむず痒くなってしまう。

「お前、やっぱ彼氏だって名乗り出て、周囲にバカップルぶりをアピールした方が早く騒動が収まるかもしれないぞ? みんな胸焼けして、近寄らなくなるって」

晴翔と友哉が話している間も、綾香は常に喧騒の中心にいる

そんな彼女にチラッと視線を送った後に、晴翔は苦笑を浮かべる。

「俺だって、出来るならそうしたいさ」

「バカップルは否定しないんだな」

「……否定する」

「その反応は肯定だな」

「うるせ、帰るぞ」

揶揄い態勢を維持し続ける友哉に、晴翔はぶっきらぼうに返事をすると教室の出口に足を向ける。

と、その時。

晴翔が向かっていた教室後方の出口に、1人の女子生徒が姿を現した。

「ハールーせーんーぱーーっい。一緒に帰りましょう!」

そこに現れたのは雫だった。

無表情でありながら、教室中に響き渡るような大声を出す彼女は、上級生の教室であるにも関わらず、躊躇うことなく中に入って晴翔のもとまでやってくる。

「ちょ、雫!?」

「ハル先輩、一緒に帰りましょう」

晴翔の近くまできて、再度同じことを言う雫。

そんな彼女に対して、周囲がざわつき始める。

教室内のあちこちから、ヒソヒソとした話し声が聴こえてきた。

『あの子だれ?』

『大槻君の彼女?』

『あれ、一年の堂島って子じゃね?』

『可愛いなあの子、大槻爆発しろ』

色々と聞こえてくる声に、晴翔は軽い頭痛を覚える。

この学園で、誰もが知る絶対的存在は東條綾香である。しかし、堂島雫という名前も男子達、特に一年生達の間で可愛い子として結構認知されていた。

突然の雫登場に、今まで綾香に向いていた教室の視線が、一瞬で雫へと変わる。

しかし、そんな事には全く動じた気配のない彼女は、いつもと変わらない様子で晴翔に話しかける。

「ハル先輩は幸せ者ですね。こんな可愛い後輩と一緒に下校が出来るなんて」

全く気後れした様子の無い彼女に、晴翔が引き攣った顔を浮かべる。

そこに、友哉が話に入ってきた。

「やぁ、雫ちゃん。久しぶり」

「あ、トモ先輩。お久です」

「雫ちゃんあのさ、ハルと一緒にかえ――」

「あ、もしかしてトモ先輩、今日ハル先輩と一緒に帰る予定でした?」

「え? あ、あぁ、まぁ」

「じゃあすみませんが、今日はハル先輩を私に譲ってください」

雫は無表情のままそう言い放つと、晴翔の腕に抱きついた。

途端、教室内のざわつきが一段階大きくなる。

晴翔は、嫉妬やら好奇心やら、様々な視線を感じ焦りを募らせる。

そこに、綾香の事を取り囲んでいた女子生徒のうちの一人が、躊躇いがちに雫に対して声を掛けてきた。

「あ、あの……あなたは……」

「一年B組、堂島雫です。身長152㎝、血液型はAB型、誕生日は6月7日。好きな飲み物は梅昆布茶です。スリーサイズも知りたいですか?」

「え、い、いや、大丈夫……」

淡々と自己紹介をする雫に、上級生である女子生徒の方が戸惑いながら首を横に振る。それに対して、一部の男子達から落胆の溜息が聞こえてきた。

「えっと……ど、堂島さんは……その、大槻君の彼女さん、とかなの?」

躊躇いがちに問い掛ける女子生徒。

彼女に質問された瞬間、雫は女子生徒の方にズイッと接近する。

「そう見えます? 私とハル先輩、恋人同士に見えちゃいますか? 見えちゃうんですね? そうなんですね⁇」

「ひぇ、や、あ、それは……親しい関係には、見えるかなって……」

突然距離を詰めてきて真顔で畳み掛ける雫に、女子生徒は驚き数歩後退しながら、しどろもどろに言葉を返す。

女子生徒の返事を聞いた雫は、無表情ながらも満足そうな様子で、晴翔の方を向いた。

「ですってハル先輩。私達はもう恋人以外は考えられないって、この先輩が言ってくれてますよ?」

「そうは言ってないだろ!」

女子生徒の発言を過大解釈する雫に、晴翔は間髪入れずにツッコむ。

そして、雫に抱き着かれていた右腕を彼女から引き抜いた。

「雫は俺の恋人じゃない」

晴翔は周囲によく聞こえる様に、少し大きめの声で言った。

すると、雫も晴翔の発言に乗っかってくる。

「そうです。私とハル先輩は恋人などという言葉じゃ言い表せない程に、濃厚かつ濃密な関係です」

「ちょい待て! 何だその超絶誤解を生みそうな言い方は!」

「何言ってるんですか先輩、私たちの間に誤解なんて、なに一つありませんよ? そんな事よりも早く帰りますよ」

雫は晴翔の抗議をサラッと受け流すと、再び彼の腕を掴みグイグイ引っ張って教室から連れ出す。

「ちょ、おい待て雫! このまま教室を出ると、色々と勘違いが――」

「ハル先輩は余計な心配しなくていいですから。ほら、私と一緒にさっさと帰りますよ」

雫はそう言いながら、晴翔を教室の外に引きずり出していく。

物心がついたときから空手道場で鍛えられてきた雫は、男女の身体能力の差などお構いなしに、必死の抵抗を試みる晴翔を容赦なく強制連行していく。

晴翔は完全に教室から出る直前に、綾香に視線を送る。

雫に腕を引かれている彼を見た綾香は、今まで見た事がない程に、驚きで目を大きく見開き、口も僅かにポカンと開いていた。

そんな表情を浮かべている彼女に、晴翔は内心で土下座をする勢いで謝罪しつつ、雫に引っ張られて教室から退場した。

その後、学校の外に出て下校する生徒の姿が周りからいなくなったところで、晴翔は雫から解放される。

「まったく……どうしてくれるんだよ雫」

晴翔は、先程のカオスな教室の状況を想い出し、疲れた様に雫を問いただす。

「昨日の協力してくれるっていうのは嘘だったのかよ」

「何言ってるんですかハル先輩? めっちゃ協力してるじゃないですか」

キョトンと無表情を傾ける雫に、晴翔は「はぁ」と溜息を吐く。

「さっきのどこが協力なんだよ」

「ああする事で、ハル先輩に好意を持っているかもしれない女子をあぶり出せます。私が彼女なのか聞いてきた人は、ハル先輩の事が気になっている可能性大です。その他にも数人、私がハル先輩の腕に抱き付いたときに目つきを変えた女子がいましたよ」

「え? じゃあ、あれはわざと……?」

「当り前じゃないですか。私はハル先輩の為に、上級生の教室にビクビク怯えながら、でも勇気を振り絞って一人で突撃したんですよ?」

「お、おう。怯えている様には全然見えなかったけど……ありがとう」

「どういたしましてです」

晴翔のお礼に、雫は両手を腰に当てて胸を張る。

そんな彼女に、晴翔は難しい顔をしながら口を開く。

「でも、メチャクチャ誤解も生んだと思うんだが? なんだよ濃厚かつ濃密な関係って」

「事実じゃないですか? 私とハル先輩は、幼少の頃から空手を通して切磋琢磨してきた、兄妹のようでもあり、友でもあり、良きライバルでもあるんですから。何も間違ったことは言ってないですよ?」

「それは、そうなんだが……あの状況でそれは……はぁ」

つらつらと説明する雫に、晴翔はまるで頭痛に耐えるかのように、頭に片手を添えて俯いた。

そんな彼に、雫は無表情ながらも張り切った声を出す。

「明日も協力してあげますから」

「……ちなみに今度はどんな事をしてくれるんだ?」

若干警戒する様な眼差しを向ける晴翔に、雫は「ふふん」と昨日見せたのと同じ不敵な笑みを浮べた。

「だから、先に内容を言ったら面白くないじゃないですか。昨日も言いましたけど、ハル先輩は屋形船に乗ったつもりでドンと構えててください」

「宴会が始まりそうだな、俺はいつ大船に乗って安心できるんだ……」

晴翔は、一瞬だけ見た綾香の驚いた表情を想い出す。

雫の行動が全く読めない晴翔は、後輩の協力をありがたいと思いつつ、同時に不安も募らせていった。