軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

早く帰りたい

魚だったら跳ねただけだろう。元気な魚なら地面をぴちぴちと跳ねて数十センチを超えることもある。つまり、自分の体長以上の跳躍を見せるのだ。

さすがに、化け物鯨の巨大さで体長以上の高さには届かないと思われた。しかし、それでも大きすぎる為、鯨が空に飛んでいったのではないかと勘違いするほどである。

地面が黒い影で覆われる。僕とアルテは空に浮かび上がった化け物鯨に驚愕し、足を止めてしまう。

「ヴァ、ヴァン様……!」

アルテの声を聞き、ようやく体が動き出した。

「は、走るしかない!」

アルテの手を引いて地を蹴る。だが、その足はまたすぐに止まってしまった。アルテが付いてこないのだ。

「あ、足が……」

涙目でアルテが呟く。アルテの手を引くだけでは逃げることは出来ない。

「ご、ごめん!」

焦った僕はアルテの体を抱きかかえ、無理やりお姫様抱っこの姿勢になった。

「ひゃ……っ」

アルテの声を耳元で聞きながらも考える余裕もない。頭の中では全力疾走しているイメージだが、アルテ一人抱えて走っても速度が出なかった。間に合わない。地面の影はどんどん大きくなっている。焦りから泣きそうになるが、どうしようもない。

「だ、だめだ……! もう、無理かも……!?」

思わず弱音が口をついて出た。

その時、恐ろしい速さで何かが駆け込んできた。

「口を閉じておけ!」

その言葉が聞こえたと思った次の瞬間には、腰に手が回されていた。そして、何かに弾き飛ばされたような勢いで前方に投げ出され、アルテと一緒に地面を転がっていく。

空と地面が交互に視界を流れ、体中に衝撃が走った。言われた通りに口を閉じていたはずなのに、何故か口の中に草と土が入って反射的に吐き出す。

直後、地面が大きく揺れて体が跳ねた。アルテを抱えたままなのに、浮遊感を感じるほど体が浮く。

「あうっ」

「痛……っ」

アルテと同時に痛みに呻いた。体は痛むが、先ほどの衝撃は化け物鯨が地面に落下した音だ。痛みに耐えながら顔を上げて後方を振り返った。

「さっきのはパナメラ様では……」

アルテも顔を上げながら、不安そうに呟く。それに頷きつつ顔を上げると、そこには化け物鯨の腹部があった。空中に飛び上がった際に化け物鯨が体を捻ったらしい。お陰で、頭は右手側に向いている。腹部の下の方、尾びれの方に大きな切り傷があったが、海岸に衝突した際についたのだろうか。

「パ、パナメラさんは……いた!」

弾き飛ばされたのか、それとも自ら飛んだのか。パナメラは倒れた状態で地面に手を突き、上半身を起こそうとしていた。

そうこうしている内に、化け物鯨が再び動き出そうと身を捻って尾びれを空高く持ち上げた。向きによっては尾びれに叩き潰されて死んでしまう。

「く、魔術も間に合わないか……!」

パナメラが何かしようとしたが、途中で諦めて立ち上がった。そして、こちらに向かって駆けてくる。

「パナメラさん、早く!」

叫びながら、近くにあった流木に手を置いた。僅かな時間。本当に一瞬の間で壁を作り上げる。パナメラは飛び込むようにして僕の隣へと突っ込んできた。

次の瞬間、化け物鯨が再び尾びれで大地を叩いて飛び上がった。あの巨体が浮かび上がるほどの威力と衝撃。いくらウッドブロック製とはいえ、壁一つで防げるのかと不安になる。

衝撃が空気を伝って体を震わせる。轟音と衝撃で音が聞こえなくなった。高い音だけが響く中、視界が明るくなる。

化け物鯨が空に飛びあがったのだ。つまり、壁は何とか耐えきったということである。

「も、もう一つ……!」

そう言いながら顔を上げて壁を見ると、大きく曲がってしまっており、ギリギリだったと一目で理解できた。

「……! 離脱! 逃げるよ!」

必死にそれだけ叫び、アルテとパナメラの手を引いて立たせる。

「っ!」

「ギリギリだな……!」

二人も何とか走り出すことが出来た。

「ヴァン様! こちらです!」

ログハウスで料理をしていたはずのティルが庭に出てきて叫んだ。その声に気が付き、全力でそちらに向かって走り続ける。

背後では連続で地を揺らす衝撃と轟音が鳴り響いている。もう後ろを振り返る余裕もない。衝撃が近づいてきているが、もう気にしている暇もない。

「い、急げー!!」

必死に走りながら叫ぶ。地面に転びそうになりながらも全力で走り続けたお陰で、あっという間にティルの下へたどり着いた。

「ど、どうぞ! 早くこちらへ!」

ティルが僕とアルテの手を引いてログハウスの中へ誘導する。パナメラは背後を振り返りながらも後に続き、何とかログハウスの中に転がり込んだ。

皆が家に入った瞬間、激しい衝撃がログハウスを揺らす。

海岸と砂浜を何度も跳ねて、化け物鯨がログハウスまで追ってきたのだ。そのことに気が付き、改めてゾッとする。

「……この家でも持つか分からんな」

あまりにも強い衝撃に、パナメラが疲労感の滲んだ声でそう呟いた。

「……もうセアト村に帰りたい」

思わず、僕はそう口にして床に寝っ転がったのだった。