軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヴァンの戦い

「……とても信じられませんが、峠は越えましたな」

騎士団に配属されている軍医がそう答えた。その言葉を聞き、広間にいる者たちはホッと息を吐く。

「流石は侯爵。戦いに明け暮れただけあって生命力があるな」

パナメラは軽口のようにそう言って鼻を鳴らしたが、安心したような微笑を浮かべている。だが、すぐにこちらの視線に気がつき、面白くなさそうに表情を歪めた。

「惜しいことをしたな、少年。状況が状況だから、侯爵が亡くなったら我々は陞爵だけでなく、広大な領地も得ていたかもしれんぞ?」

と、憎まれ口まで叩く始末。素直じゃないパナメラに苦笑しながら、僕は誠心誠意頭を下げた。

「ありがとうございます。パナメラさんのお陰で我が父は命を取り留めました」

そう告げると、その場にいた騎士達も一斉に一礼して感謝を表明する。それはストラダーレだけでなく、タルガも同様だ。

「……まぁ、賭けに勝っただけだ。結局、生き残るかどうかは本人の運次第だからな」

パナメラはそれだけ言って肩をすくめると、背を向けてジャルパの方に顔を向けた。

「……気持ちの切り替えは簡単ではないでしょうが、戦いは続いています。我々は一足先に態勢を立て直す為の防衛会議を開きます。それでは」

場が落ち着いたのを見計らって、タルガが退出しようとする。今も副騎士団長が陣頭指揮を執っているが、やはり気になったのだろう。

それに続き、ストラダーレも顔を上げ

「この恩は、必ずお返しします」

と低い声で言った。それを聞いたパナメラは肩を揺すって笑う。

「あの実直な騎士は本当に貴族の出か? 真っ直ぐ過ぎるな」

パナメラがそう呟いた。

「良い騎士です」

「ふん」

それだけやりとりすると、パナメラはこちらに振り向く。

「少年、私は作戦会議に行ってくる。今は戦いの真っ只中だ。多少の時間は与えてやりたいが、出来るだけ早く戦線に復帰してもらう……酷なことを言うが、許せよ」

パナメラはそう告げると、こちらの答えも待たずに踵を返して部屋を後にし、タルガもそれに続く。

「……ヴァン様」

パナメラが出ていくと、アルテとティルが隣に来て手を握ってくれた。二人は目に涙を溜めてこちらを見ている。僕を心配してくれていることが伝わってきて、胸が温かくなったような気がした。

二人に微笑を返し、口を開く。

「大丈夫だよ。さぁ、ちゃちゃっと防衛しようか。この要塞を最強の防衛拠点にしないとね」

そう告げて、僕はストラダーレを見上げた。

「ストラダーレは動ける? もし気持ちの切り替えが出来そうなら一時的に協力してもらいたいんだけど」

尋ねると、ストラダーレは静かに拳を握り、細く長い息を吐いた。そして、横たわったままのジャルパから視線を外してこちらに振り返る。

「お任せください。今、私は侯爵家騎士団を預かる身です。その全ての騎士はヴァン様の手足だと思ってください」

ストラダーレは低い声でそう口にした。

「ありがとう。じゃあ、一緒に行こうか」

広間の外に待っていた兵士に声を掛けると、作戦会議が行われている場所に案内してもらえた。

扉をノックして中に入ると、そこでは大きなテーブルを囲んで鎧を着た人達が怒鳴り合うような勢いで議論をしていた。しかし、議論の内容は一向にまとまる様子がないものに思える。

「だから! このままでは守り切れないと言っておる! だというのに、何故動かないなどという選択が出るのだ!?」

「しかし、動いた結果がこれですぞ!? どちらにせよ玉砕ならば、勝てる可能性がある方を選ぶというもの!」

「少しずつ指先から摺り潰されるような負け方を選ぶのか!?」

傷だらけの中年の男たちが激しく怒鳴り合う。その様を、パナメラは明らかに不機嫌そうな表情で睨んでいた。不意に、パナメラは僕が部屋に入室したことに気が付き、不敵な笑みを浮かべる。

「タルガ殿。フェルティオ家の総指揮官が現れたぞ」

パナメラは渋面を作るタルガにそう言った。すると、タルガは「おお!」と感嘆の声とともにこちらを振り返った。その視線を追うように、他の騎士達もこちらへ顔を向ける。皆の視線を独り占めしながら、僕はテーブルの方へ向かった。

「あ、どうもどうも……混ざっても良いですか?」

少し遠慮がちにそう言いつつ、テーブルの前に立つ。少し高さがあった為、テーブルの上に両手を乗せて爪先立ちになってみる。テーブルの上には地図が広げられており、その上に黒と白の石が並べられていた。

「これは……白がセンテナ側で、黒がイェリネッタ王国軍とシェルビア連合国軍?」

「その通りです。石一つで千人の騎士と同等です。私やパナメラ子爵も石一つとして数えています」

タルガはそう言うと、地図上の石を順番に指さしながらそんな解説をする。それを聞きながら、地図上の石を数えてみた。

「白い石が五個……黒い石は、三十個?」

そう口にすると、テーブルを囲む男たちの顔が曇った。そして、タルガが代表するように地図上の黒い石を見て答える。

「はい。これでも黒い石の数はかなり減らすことができました。当初は白い石が十個、黒い石が四十個といったところでしたから……」

「その減った白い石の一つが、フェルティオ侯爵だね」

何となくそう言うと、タルガが沈痛な面持ちとなり押し黙る。グッと歯を食いしばるような音が聞こえて振り返ると、ストラダーレが険しい顔で地図を睨んでいた。ストラダーレの目には怒りの色が浮かんでいたが、それは敵に対してなのか、それとも主人を守れなかった自分に対してなのか。

「……はい。我がセンテナ国境騎士団がおりながら、情けない限りです」

タルガが口惜しそうに呟いたので、両手を左右に振って苦笑する。

「あ、すみません。別に責めてるわけじゃないので……とりあえず、今後の話をしましょう」

そう口にしてから、地図の外に退けられた白い石から十個を地図の上に並べる。すると、地図を睨んでいた騎士達が目を瞬かせる。

「……ヴァン男爵。これは?」

困惑する騎士達を代弁してタルガが聞いてきた。それに胸を張って答える。

「白い石の一つはパナメラ子爵。もう一つはこちらのアルテ嬢。そして、残りは我がセアト騎士団。あ、パナメラ子爵騎士団もだった」

最後に一言付け足してから、慌てて白い石をもう一つ追加した。

「ふん。変な気を使うな」

僕の行動を見てパナメラが鼻を鳴らしてそんなことを言った。内心でガクガク震えながらも、何とか気を取り直して地図を指差す。

「本来なら籠城していればこのぐらいの戦力差なら一ヶ月は耐えられるでしょう。しかし、今回は相手には黒色玉や大砲、さらにはドラゴンやワイバーンまでいます。先ほどドラゴン一体とワイバーン二体は倒しましたが、まだまだいると考えておいた方が良いですからね。そうなると、この砦は何日も守れないと思います」

地図上で石を綺麗に並べつつ、自分なりに分析を口にしていく。その言葉尻に乗っかるようにして、先ほど打って出ると進言していた騎士が声を上げた。

「うむ、その通り! なればこそ、ここは起死回生の一手に出るしかあるまい!」

と、威勢よく吠える。しかし、その言葉に首を左右に振って口を開く。

「いえいえ、打って出たら玉砕は目に見えてますよ。あの左右に広がる山々が危険ですし、かといって野戦を仕掛けたら少数の方が大きく不利です。パナメラさんに全ての山を燃やしてもらう、なんていう手段もありますが、それは流石に範囲が広すぎて大変なことになります」

騎士の言葉を明確に否定すると、勢いづいていた騎士はガクッと前のめりに転びそうになった。中々良いリアクションをする人物だ。覚えておこう。

「そ、それでは、やはり籠城でしょうか……? もしかして、大規模な援軍が?」

今度は籠城を進言していた騎士が眉を顰めてそんな質問をした。それに対して、僕はもう一度首を左右に振る。

「ど、どういうことですか!? 出撃もしない、籠城もしないとなると……後は砦を捨てて退却しか……」

動転した様子で別の騎士が声を荒らげる。その言葉に、皆の目が不安の色に染まった。指揮官が退却と決めれば、すべての騎士は従うしかないだろう。一部が残ったところで意味はない。しかし、戦局を左右する重要な拠点を放棄したとあれば、後で裁判にかけられることは間違いない。そして、有罪の可能性は極めて高い。そんな心配をしているのだろうとすぐに察することが出来た。

だが、もちろん退却などしない。いや、本当は退却したいが、今回は出来ないといった方が正しいか。

「退却はしません」

端的にそう告げると、一部の騎士がホッとしたような、残念そうな複雑な顔をした。だが、タルガやパナメラは更に険しい顔となる。

「……どういうことだ?」

低い声でパナメラが呟く。小さな声なのに、一瞬で室内の空気が凍てついた気がした。パナメラの姉御ってば、火の魔術適性なのに氷の魔術も出来るんじゃないだろうか……いや、そんな冗談は口が裂けても言える空気ではないが。

「えっと、正確には出撃もしますし、籠城もします。片方に偏らないで防衛をしようと思っています」

そう答えると、パナメラとタルガの目が点になった。二人がよく分かっていないようだったので、地図上に新たに白い石を五個設置した。

「時間がありません。まずは、追加の戦力としてこの白い石五個を準備しましょう。準備をしながら、作戦の詳細を説明します」