軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6 生前との違い

(気の所為かと思っていたけれど、間違いなさそう)

深夜、クインティーナが眠った後。周囲に怪しい影がないことを確認してから、アイヴィーは屋敷の見回りに出た。

寝静まった屋敷を浮遊しながら、夜勤の使用人の真横を通り、その配置と人数を確認する。

幽霊としてライコア家を彷徨って数ヶ月。その数ヶ月でもわかるくらい、変化があった。

(夜勤の数が増えている)

それも、クインティーナが嫁いできたこの三日間で。

( 五人目の妻(クインティーナ) が来る前は、こんなに見回りをする使用人はいなかった……これは、夫人の安全を考えた警備なのか、夫人を逃がさない為の警備なのか)

クインティーナが出歩く事で侯爵家の反応を見たかったが、かなり過剰な反応だ。

(私の時はどうだったかしら)

ふわふわと移動しながら腕を組んで考える。

考えてみたが、生前は夜になれば健康的に寝付いていたからわからなかった。

なぜなら前世と違い、電気のないこの国では夜の闇を照らすのは炎だけ。

(燭台の灯りだけだと目が悪くなりそうで、早々に寝ていたなぁ)

今世の基準で贅沢な灯りでも、前世を知る身としては不十分な明るさだ。贅沢をして不便を覚えるより、早寝早起きを心掛けた方がストレスもない。アイヴィーは今世、とても健康的な生活を送っていた。早死にしたが。

早世に健康は関係ない。理不尽。

ともかく、夜間の人手がどうなっていたのかはわからない。

(でも昼間は確実に、前より人が増えていた)

クインティーナを鼓舞しながら人数と配置を確認していたアイヴィーは、その変化に眉をしかめた。

(侯爵夫人だもの。傍に使用人が控えているのは当然だけれど、必要以上に人が居るのは何故?)

傍目では気付きにくい。しかし俯瞰して周囲を見渡せるアイヴィーにはわかった。

隙間を縫うように配置された使用人達。彼らは気付かれぬように、クインティーナを囲っていた。

まるで人で作った檻のように。

(あんなに厳重に、一人の女性に対して過剰だわ)

昼間に限ってなら断言できる。

四人目の妻(アイヴィー) の時はそうではなかった。つかず離れずの適切な距離感で、あれほどひしめいていなかった。

むしろ距離をとって、近付かないようにすらしていた。

(そしてその距離を、グイグイ詰めたのがこの私)

思わずどや顔になる。

誰も見ていないのに、つい。

(旦那様と顔を合わせる機会が全く無かったから、まずは使用人達から情報を集めたかったのよね。短い間だったけれど、仲良くしてくれた子達もいたし)

ふと思い立って、ふわふわと移動する。幽体は壁を突き破れるのに、なんとなく廊下を進んだ。

辿り着いたのは厨房。流石に灯りは付いていないが、ここはあの時と変わっていない。

(まずは味覚かなって思って、料理人に旦那様の好みとか聞きまくったのよね~不明のままだったけれど)

けして、前世の記憶で斬新な料理を作って相手の胃袋から攻略してやるぜーっと思っていたわけではない。本当だ。

ちなみに実家はやり過ぎたので、美食の街になっている。

結果的に、ヴィニカリスの美食に興味のある料理人に話題が提供できて、料理人と仲良くなれた。そこから小出しにネタを提供し、ニリスの情報を引き出そうと画策していたのだが。

(でも私が毒殺されたのって、旦那様を探りすぎた説が濃厚よね)

というか、本当にそれしかしていない。

ニリスは探られて傷む腹しかなかったから、探るアイヴィーに対して邪推したのだ。多分。

(まったくもう! 妻が旦那を知ろうとして何が悪いって言うのよ!)

プンスコしながら厨房を横断する。

普通は何も悪くないが、相手が悪かった。

(そんな事情だから、クインティーナにあの子を紹介するべきか悩むなー)

四人目の妻(アイヴィー) の前科があるので、 五人目の妻(クインティーナ) と使用人の距離感が難しい。

仲良くすればニリスに「俺を探っているんだな? よし殺そう」と思われてしまう……かもしれない。アイヴィーという前例が居るので、考えすぎでもないのが辛いところだ。

(使用人達は旦那様に雇われているから、基本的に敵……流石にこの人数を掻い潜るのは死角があっても難しい。せめて一人、いや二人味方につけたい)

欲を言えば五人くらい欲しいが、使用人と仲良くできない状態でそんなに味方を作れるわけがない。

そもそもアイヴィーと仲良くしてくれたあの子は、クインティーナを助けてくれるだろうか。

『私が死んでから数年経っているからなぁ……ああ、どっかに協力してくれる人、落ちていないかなー!』

無茶な願望を呟いて、アイヴィーは厨房の壁から外に出た。

ポツポツと屋敷の周辺に立つ街頭の灯りは、月明かりより小さい。ふわりと浮き上がり、星空を見上げた。

『……ん?』

街灯の明かりが揺れた気がして、アイヴィーは浮いたまま視線を下げた。

屋敷の二階の高さから、屋敷の外を見下ろす。

屋敷を囲う塀の向こう側で、ゆらゆらと小さな灯りが揺れていた。

(何かな?)

興味を惹かれたアイヴィーは、その光に向かって飛んでいく。塀の手前で立ち止まり向こう側を見下ろせば、燭台の灯りを頼りに進む二人の男が見えた。

(わあ。怪しい)

思わず口元に手を当てて、じっと様子を窺った。

先頭を歩くのはがっしりした体格の男で、燭台も彼が持っている。もう一人は男の後ろで、周囲をキョロキョロと見回しながら及び腰だ。どちらも夜闇に紛れる黒い外套を被っていて、もうそれだけで怪しい。

(侯爵家の人間ではないわね。多分)

塀の外にいるのは門番くらいだ。そして彼らの居る場所は屋敷の入り口とは反対方向。使用人が使用する裏口とも違う。

(もしかして、不審者……泥棒? 二人で?)

だとしたら、無謀すぎる。

侯爵家へ乗り込むなら、せめて十人はいないと役割分担ができず捕まる。

「兄さん。気持ちはわかるが帰ろう。このままだと捕まってしまう」

「捕まるわけがないだろう。悪い事などしていないのだから」

「夜更けに侯爵家の傍をうろつくのは不審過ぎる……!」

「気にするな。散歩だ」

「無理がある、兄さん!」

(なんかコントみたいなやりとりしている)

ヒソヒソ話しているが、夜の静寂で声は思いのほか通る。

もしくは、死者となったアイヴィーの五感は生前と違うのかもしれない。生前より死後の方ができる事が増えていて複雑だ。前世の記憶は財産だと思っていたが、結果からすると負の遺産。

「近付いたところで、こんな時間だ。一目見る事も叶わないぞ」

「その通りだ。だが昼に来る方が見付かるリスクがあるだろう?」

「見付かったら危険という認識があるなら、冷静になってくれ」

「俺はいてもたってもいられないくらい冷静だ」

「それは冷静と言わない」

(やだ、ちょっと笑いそうになっちゃった)

見るからに不審だが、悪い人間ではなさそうだ。

と言うかずんずん進む男を引き戻そうと必死なようで、後方の男は周囲に怯えながら足を止めない。見捨てて帰る選択肢はなさそうだ。

(声からしてどちらも若い男……だけど、どっから来たのかな)

気になったアイヴィーは、塀に頭を突っ込んだ。

空も飛べるし壁もすり抜けられるアイヴィーだが、移動範囲には限りがある。死亡した場所が屋敷の中だったからか、敷地外には出られない。

出られないが、塀から顔を出すくらいならできる。

なので、ぐいっと塀に頭を突っ込んだ。

塀を抜ける一瞬の暗闇。近付いた燭台の灯り。手元だけを照らす、頼りない灯りが目前にあった。

照らされた先で。

――目付きの悪い青い目と、目が合った。

『えっ』

「えっ」

「え?」

目を丸くするアイヴィーと、仰け反る男。そして不思議そうに振り返るもう一人。

後ろにいた、及び腰の男と目が合った。

でもって反応した。

『あなた私が見えてい』

「壁から生首ー!?」

『あっ』

静かな夜に、男の絶叫はよく響いた。