軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

089.大かがり火の夜に~その5 来訪の報せ

「おっかねえ……」

フッタールの口から思わずこぼれ出た正直な感想に、マイスが笑った。

大かがり火に降臨するヴェスタには、息を吹きかけた女性の性質が出るのだ。昨年はエイプリルが点火番で、炎の 鞭(むち) で執拗にいびるような攻撃だったという。

「ミグルやべえな」

「うちの学校の女性陣は強いからなぁ」

「怒らせてはいかんな……おほん」

最後につい乗っかった上官が気まずそうに咳払いをした。

「さてと。これでひと通り説明が必要なことは終わったかな。だいたい夜じゅう、こういった防衛活動と監視が続くわけだ。防衛の魔術具の使い方はもう覚えたな?」

「はい!」

ジャゴンが三人組に尋ねると、元気のいい答えが返ってきた。

「見せてやる約束だったってサンダー団長が言ってたからさぁ」

言いつけをこなしたジャゴンは急に力の抜けた声を出し、マイスもへらりとしたが近くで上官が眉根を寄せているのに気づいて顔を引き締めた。

しばらく見学を続けたのち、六の鐘が鳴った。子どもたちは時間切れである。

――これにて大かがり火の生徒見学を終了します。速やかに寮の自室に戻ってください。各自忘れ物のないように。また、ごみは残してはいけません。

エイプリルがまたもあっさりと終わりを告げた。

三人組は深い眠りから急に起こされたときのような、浮かされた顔をしていた。

「まやかしの森の外まで送るから絨毯に乗りなさい。ルカも飯まだだろ? 一緒に乗れよ」

ジャゴンは子どもたちには今更ながら威厳を持って、ルカには同僚のように気安く言った。

かがり火のある空き地、クプレッスス寮のごく近くに降り立ち、ジャゴンは本部へと戻っていった。他の生徒たちも名残惜しげに撤収を始めており、空き地にはもう三分の一も残っていない。

魔術師団本部の屋上は防衛の魔術具のほかに火も焚いてあったのでそこまで気にならなかったが、かがり火から少し離れるとぞっとするほど寒くなった。

ルカはリヒト、ジェット、フッタールの三人を寮の入口まで送り、窓をきちんと閉めて暖かくしているよう約束させた。早く寝ろというのは、どだい無理な話である。ルカも気持ちが昂揚している。おそらくほぼすべての生徒が、今夜は寮の自室でガラス越しに続きを見学することになるのだ。

「ちぇー……いいよなぁ、大人は」フッタールがすねて口を尖らせた。

リヒトもジェットも、まったく同じ気持ちなのは明らかだった。

「おいリヒト。今日一人だろ? 俺の部屋来いよ。一緒に見ようぜ」

「あーずるい。僕も!」

本当はほかの者の部屋にお泊りするのは禁止なので、ルカは聞こえていないぞ、という顔を作った。

「じゃあ兄さんも見回り、気をつけてね」

「ああ」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

三人が寮に入ったのでルカは空き地に戻った。もうほぼ生徒はいなかったが、一人だけ、見知った顔が何度も後ろを振り返りながら、やけにゆっくりと歩いていた。

「プルメリア」

「あ、ルカさま! こんばんは」

「こんばんは。早く寮に戻りなさい」

プルメリアはルカから注意されたことに少し驚いた顔をして、すねたように口を尖らせた。

「もう、ルカさま先生みたい」

先生ではないが職員なので生徒を見守る義務がある。

「送るから」

「でも……」

なんだかそわそわしていて歯切れが悪い。

「どうした? なにか失くしたのか」

「違います。その……友達から、コクトー先生を見かけたって聞いて……」

なるほど、とルカは思った。プルメリアはコクトーが自分のせいで休職することになったのを気にしているのだ。様子が知りたいのだろう。気持ちはわかるが、今夜はもう時間切れである。

「ねえ! プルメリア! もう帰ろうってばぁ!」

「怒られるよぉ?」

二人の女の子が少し離れたところから呼びかけてきた。一度プルメリアを置いて寮に帰ろうとしたものの、気になって引き返してきたといった様子だった。ルカに気づき、「わっ、ルカさまだ!」などと小声で騒いでいる。ここの女生徒たちはみなルカを「さま」付けで呼ぶので、年上に対する礼儀をたいへん重んじているとわかる。厳しい先生でもいるに違いない。

コクトーはあれ以来ずっと休職していて一度も魔術学校に来ていない。復職するなら喜ばしいことだが、冬休みに入ったばかりのタイミングだ。来ているとしても魔獣討伐の応援などで臨時で来ているだけなのでは、とルカは当たりをつけた。ルカがそう言うとプルメリアはたしかにと肩を落とした。二人の友達は少し離れたところで様子を窺っている。

「もし今夜見かけたら、プルメリアが会いたそうだったと伝えてやろう」

「なっ……! いい、いい! いらない!」

プルメリアは慌ててばたばたと手を振った。友達が一歩近づいて話に入ってくる。

「それってさっき言ってた、コクトー先生の話?」

「そう……」

「なんか急に休職しちゃったもんね。ヒュドラと闘ったほかの先生や護衛さんたちは平気だったのに、一人だけかっこわるいよね」

少女は屈託なく言い放った。護衛さんたちは、のところでルカをちらりと見たが、ルカは衝撃のあまりそんな流し目には気がつかなかった。あのとき自らの命を 擲(なげう) ってでもヒュドラを食い止めようとした勇敢な男が、そんなふうに思われていたのだ。プルメリアを見ると――詳細は口止めされているのだ――悔しそうに唇を噛み締めて涙目になっている。

「いや、あのときコクトー先生は……」

「でも前から陰気だったしね」

「コクトー先生ならしょうがないかぁって思うよね」

ルカはなんとか核心に触れないようにコクトーの評価を回復しようとしたのだが、少女二人は止まらなかった。そのかしましさにヒュドラを倒した狩人は手も足も出ない。

「きみたち! まだ残ってたのか!」

魔法使いのローブを纏った先生がこちらへ歩いてき、三人を叱った。先生に急かされ、三人の少女は女子寮へ連れられていく。プルメリアが名残惜しげにルカを振り返った。

「もし会えたら……体調はどうか聞いておいてほしいです……」

「わかった」

そうして生徒たちはみな、安全な寮へと片付けられていった。