軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

005.検査とかけっこ

行商のおじさんとは食堂を出たところで別れた。

帰りは一人徒歩になるが、行きでもそのつもりだったので特に問題はない。でも行商のおじさんに、移動は日が出ているうちに限ること、夜は身を隠して人に会っても声をかけないようにすること、そしてフードは取らないことを約束させられた。

もう十二だし、イノシシの時みたいに油断もしない。村のおかげと言うべきか、人間のほうが獣より怖いこともあるとよくわかっている。

おじさんは特に、あとをつけられていないか常に気にするようにと注意した。ルカの見た目は人攫いに遭いやすいのだそうだ。この町も治安は決して悪くないが、悪いやつはいつ来るか先触れを出さないからなと念を押した。フードを取らないというのはそのためだ。たしかにフードでは前から見たら白銀の髪は隠せていないが、全方位から見られるより少しはましである。それに日が落ちたら明るめの金髪と違いなんてわからないだろう。肌が飛びぬけて白いのだけはどうにもならないが、それも顔と手首から先だけだ。

(いざとなったら〈瞬間移動〉で逃げればいいし)

そうなのだ。〈瞬間移動〉は犯罪にぜったい強い。即死さえしなければ逃げ切れる自信がある。というか帰りもできるだけ町を楽しんで、安宿に一泊してから〈瞬間移動〉で帰るつもりなのだ。

ルカはそうお気楽に考えながら、町の礼拝所で同じ検査を受けるであろう子どもたちの列に並んだ。

列はするすると進み、たいして待たずにルカの番になった。

礼拝所に入るのは一人ずつなので、二番目からは入口の外で待っている。

前の子が終わってすれ違う時にちょっとびっくりされてしまった。ルカが後ろに並んでも振り返ってこなかったので、気づいていなかったらしい。

礼拝所に入ると入口からまっすぐに深緑色の絨毯が延び、奥の教壇、さらに最奥の神の像に続いている。両側には礼拝に来た人たちが座れるよう座席が並んでいる。造りは村の礼拝所と似ているが、面積が大きく収容人数が多い。

教壇の手前に机が設置され、その上に白い石板が載っている。そして傍らには全体的に黒っぽい服を着た官吏と、机を挟むように配置された兵士が二人、こちらは鎧を着ているが兜は信者用の座席の机に無造作に置かれていた。年に四回もある子どもの全頭検査の日なんて、そりゃあ気も抜けることだろう。

「あれ、鬼の子じゃん。めっずらしー」

「おい!」

向かって左に立っていた軽薄そうな兵士は、ルカの見た目に対する差別用語をさらりと口にした。ルカはその薄い紫の瞳を眇め、ありふれた色彩の兵士を見た。ルカのように色素が薄く全体的に白い人を「鬼の子」という。大昔はそう信じられていたのだ。滅多に生まれないはずなのだが、有名な御伽噺に出てくるせいでその差別用語だけやたら知られているのである。

べつにいまさらなんと呼ばれようと気にならない。それにここまではっきり厭味もなく言えるのは、差別用語を差別用語として認識すらしていない可能性が高い。そうなってくると不思議と腹も立たないものである。

「すまんな」と兵士を窘めた官吏が謝った。官吏って謝るんだ。もっとふんぞり返ってるのかと思っていた。

「べつにいいです」

口を滑らせた若い兵士も決まり悪そうに頭を掻いている。右側の兵士は相方をじろりと睨むついでにルカも睨んだ。気難しそうなのでかかわり合いにならないようにしよう。

そして官吏に促されるまま石板――聖石に手をかざした。

〈移動〉

と表示された。ルカはヴォルフのおかげでいくらか文字が読めたので、目を丸くした。

(えっ……ざっくりしすぎでは……)

「〈移動〉ね。走るのは速いの?」

先ほどの軽薄な兵士が砕けた口調で聞いてくる。

「はぁ……同年代の中では、たぶん」

〈移動〉と言っても……という内心はあれど、聞かれていないことをわざわざ話すつもりはない。

「じゃあ兵士とかに向いてるかもなぁ。ちょっと」

そう言いながら軽薄兵士は親指で外を指した。「かけっこしようよ」

「え」

ルカはちらりと官吏を見たが、官吏は「〈移動〉なら別にいいや」と言わんばかりの顔をして斜め上の 空(くう) を見つめていた。

労働環境が過酷なんだろうか。大丈夫かな。

軽薄兵士は「次の子よろしくね」と、官吏と気難しそうな兵士に手を振ってルカを押し押し礼拝堂を出た。

「んじゃー、俺と競争だ!」

そう言って軽薄兵士は甲冑の残りも脱いでしまい、芝生の上に積んでいる。たぶんだが、鎧を脱ぎたかっただけではないだろうか。

とはいえルカも食後の運動がしたかったので素直に従うことにした。礼拝堂の建物の周りを全力疾走することになる。一周なので短距離走だ。長距離を確かめるほどの時間も理由もないのだろう。

兵士が声をかけたどこぞの子どもの付き添いと思われるおじさんに、よーいどんとゴール判定をしてもらう。その辺に落ちていたロープをまっすぐに芝生の上に置き、スタートラインとする。ルカたちがスタートしたらロープを持ち上げて、先にそのロープを切ったほうが勝ちだ。

「じゃあいくよー。よーい……どん!」

本気で全力疾走したが、二ベルツ差くらいで普通に負けた。(一ベルツ=一秒)

ルカとて山を毎日駆け回り、健脚には自信があるが、なにぶんまだ少年の体である。肉体の完成している若い兵士には勝てない。

ちなみにスタートしてすぐ、官吏のおじさんも見学に出てきていた。まだ列消化してないけど、休息は大事だからしかたあるまい。

「まあ……速いっちゃ速いけど、普通だなぁ」と官吏。

「そうですね」と軽薄。

「子どもにしては速いだろ」とどこぞのおじさんがフォローしてくれる。

「そりゃあ」と軽薄も頷く。

「でも奨学金で進学させるほどのものかな」と官吏。

「……」

「……」

ルカとしてはなにも言えない。軽薄もおじさんも、もういいかなという空気を出し始めていた。

「まあそうだな。十五になったら志願兵に応募できるから、まだ兵士になる目はあるぞ!」

だれも兵士になりたいだなんて言ってないのに、軽薄兵士は勝手にルカを励ました。つまりは村に帰っていいということだ。

「わかりました」

望んでいた結果になったので、不本意な激励は甘んじて受け入れることにした。

特に検査を終えた証明書とかはないらしい。官吏のおじさんは聖石に文字が浮かび上がったとき手元の帳簿になにやら書き込んでいたので、国が管理していればいいのだろう。