軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

055.エーデルリンクの隠れ家

エイプリルと別れたあとはクプレッスス寮の部屋で大人しくしていた。リヒトは普段ならエイプリルから借りた〈 無駄話石(エンプティ・トーカー) 〉の研究に取り掛かっているはずだった。実際いまも手のなかで転がしてはいるが、ベッドに俯せになってどこか心ここにあらずといった顔をしている。

「どうした」

ルカはリヒトのベッドの空いたスペースに腰かけ、柔らかい髪に指を梳き入れた。

「……僕って 擦れてる(・・・・) のかな」

しょんぼりとした声音で枕に顔をうずめて発した言葉でルカは大体の事情を察した。

「大人以上に賢いとは思うが」

リヒトは難しい顔を覗かせながらルカに大人しく頭を撫でられている。

「僕は魔術学校がプルメリアを許したのは魔術学校にとって利点があるからだって思ったんだ。でもさっきエイプリル先生、違うこと言ったでしょ」

「ああ」

「あれ、嘘だとは思えなかったんだよね。エイプリル先生に本気ではったりかまされたら見抜ける自信はたしかにないけど、でも嘘を言ってるとは思えなかった」

「両方あったんじゃないだろうか。損得勘定もしただろうし、彼女の成長も信じた。二つ揃ったのなら、どちらも理由になるはずだ」

「……自分にまったくなかった発想をされると戸惑う」

「ははは」

五の鐘が鳴って少し経つと 伝書鳥(メールバード) が窓を叩き、寮の入口まで迎えが来たことを教えてくれる。差出人が書かれておらず、返信機能つきでもないので誰からかわからなかった。

寮の出入り口に行くと、誰も立っていない。おかしいなと思い外に出て周囲を見回す。日没直後で紺の空に薄黄の名残が残っていた。そして植込みの陰に、濃い紫の小さな絨毯がルカの膝あたりの高さで浮いているのを見つけた。

「これに乗れってことかな」

「うむ、これしかないしな」

リヒトと二人で乗るのにちょうどよいサイズだ。近づくと野外実習のときのように地面に下りたので、二人で乗り込むと浮き上がり、そのままするすると地面と平行に滑り出した。

「自動運転……」

リヒトが低い声で唸っている。絨毯に織り込まれた文様を見るのに忙しそうなので、ルカはリヒトのつむじを見ることにした。

「ジュールラックのほうへ行くね」

リヒトの言葉通り、絨毯はジュールラックの前で止まった。

「おや、リヒト殿、お兄さま、こんばんは」

ジュールラックが進んで挨拶をしてくる。食べ物を与えていないのにこいつが喋るとはどういうことだ。ジュールラックの偽物ではあるまいか。ルカは胡乱な目を向けた。

「今宵はジョルジオから頼まれておりますからね。しばしお待ちを」

ジュールラックが体の色をぼんやりとした白に変える。

「リヒト、ジョルジオって誰だ」ジュールラックが当たり前のように言うのでルカはこっそりとリヒトに尋ねた。

「エーデルリンク先生の名前だよ」

「ああ」

そういえば入学式の日にフルネームを名乗っていたような気がする。すっかり忘れてしまっていた。

「王都に出るのか?」

ルカは初めて見た白いジュールラックに話しかける。

「まさか。ジョルジオの住まいですよ。 あれ(・・) が王都なんかに住むわけがないでしょう」

ジュールラックはそう笑い、ルカたちは絨毯に乗ったまま指輪の認証を済ませた。門が開くと絨毯はふたたび滑り出し、背後で「いってらっしゃいませ」と声が落とされた。

なるほど。門の向こうはたしかに王都ではなかった。日はとっぷりと暮れ、舗装された短い小道の先に小さな家が建っていた。玄関に取りつけられた角灯がやわらかい光で周囲を小さく照らし、灯りのともる窓にはカーテンが引かれていたが、食器の音や人の話し声がわずかに漏れてきていた。家の向こうには夜空に溶け込むようにしてせいぜい五階程度の高さの塔がそびえる。森はすぐ近くまで迫っており、ふくろうの鳴く声が寂しげに聴こえていた。

「また見せつけられた……」隣で苦々しい声がして目を遣ると、リヒトが夜空を見上げているところだった。「エーデルリンク先生って学校内に居室があったと思うんだけど……隠れ家なのかな」

絨毯は玄関の前で止まった。二人が下りると絨毯は勝手に自身を巻いて扉の横にもたれかかった。非常に便利である。

いつまでも呆然としていてもしかたがないので、ルカは扉のノッカーを叩きつけた。家の奥から小走りに駆けてくる足音がする。扉が一気に開けられると、肉の焼ける香ばしさにスパイスやスープなどの芳醇な匂いを含んだ空気がルカたちを一息に包み込み、ふっくらとした品の良い老婦人が「いらっしゃい」と微笑んだ。

続いて奥からエーデルリンクが姿を現した。

「やあ、来たね」

いつものような精緻な刺繍を施されたローブに背の高い帽子といった出で立ちではなく、足首まである深緑の外衣の首元からベージュのシャツの襟が覗き、正面からは髭で隠れてしまう位置にラブラドライトのループタイが品良く収まっていた。帽子は被っておらず、白いものが混じる灰色の髪には手で梳いた雑然とした感じが残っている。学内で見るときと比べれば、かなりラフな格好と言えよう。

「妻のサニカだ」

エーデルリンクははじめに出迎えてくれた女性を示して言った。

「初めまして。ルカといいます」

「リヒトです」

「ようこそ我が家へ。お会いできるのを楽しみにしておりましたのよ」

サニカはルカもリヒトも一目で気を許してしまうような、あたたかな笑顔で二人を迎えてくれた。その美しい褐色の肌は、ガジュラと、そしておそらくオクノと同じ人種であることを示していた。