軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

046.明星

――つまり、兄さんの意識の問題なわけだ

――逆に言うと、別のものと考えることができればマーキングできるかもしれない

ルカはリヒトに〈相互移動〉を打ち明けたときの言葉を思い出していた。

矢というのはいくつかの部品から成り立っている。 矢柄(やがら) と呼ばれる棒の部分に矢尻と矢羽根を糸や樹脂で固定する。完成品を買うこともあるが、ルカはヴォルフに仕込まれ、自分で拵える技術を身に着けていた。つまりルカは経験として矢を矢柄、矢尻、矢羽根と、別の部分として認識できるのである。

ルカは放った矢の 矢尻部分に(・・・・・) マーカーをつけていた。意識せず矢全体につけようとすると矢柄の中央部分につくのだが、矢尻を意識することで部分にマーキングできることを先ほど確認した。そして、矢がヒュドラの胸に突き立ったのを見ると、もうひとつ、目をつけていた部分にマーカーをつける。ヒュドラの近くの岩肌に付着した毒液だ。くぼみによく溜まっている。矢尻と毒溜まり――その二つを〈相互移動〉すれば、体に刺さった矢尻は瞬時に毒の塊となり、体内に打ち込まれることになる。

形を保った液体にはマーキングできる。

これもリヒトとの実験で得た知見だ。

ルカが〈相互移動〉するや、ヒュドラはいままでとは段違いに苦しみ始めた。

ルカは毒の息を吸い込まないよう風の向きに注意して〈実質瞬間移動〉をしつつ、目ぼしい毒溜まりを探す。

「追撃だ」

ルカは次々と矢を放ち、その先端を毒と〈相互移動〉していった。未だ生徒と同僚を見捨てきれなかった教師たちは、攻撃を続けつつも視界のすみで白い妖精のような幻影が現れては消え、そのたびに矢が様々な角度からヒュドラに突き刺さるのを見た。

ヒュドラはのたうち回り、周囲の木々をなぎ倒し、鋭い爪で岩さえも切り裂いて暴れまわった。矢が撃ち込まれたところから、みるみる腐食が拡がっていく。鱗は内側から真っ黒に 爛(ただ) れ、強靭な守りはもはや見る影もなく変色した肉を露わにしていた。教師たちは形勢の逆転を悟った。ヒュドラの巨体に突き刺さった矢は折れ、砕け散り、毒の代わりに様々な場所に載っていた矢尻とともにその辺りに散らばる。

矢が二十四本目を数え終えた。ルカは横倒しになった木のうろに大量の毒を見つけた。そして――空と大地を一度に引き裂くような断末魔の叫びを上げ、ヒュドラは絶命した。

風が止んだ。腐臭があたりに立ちこめた。ある者は仰向けに倒れこみ、ある者はうずくまって顔を地面につけていた。全員が全員、肩で息をして、うまく話せないようだった。

「ぎりぎりだったか」

ルカはリヒトの元に戻り、残り一本となった矢を思ってその場に座り込んだ。必ず勝つと自分に言い聞かせてはいたが、ここまで追いつめられるとはさすがに焦った。

「兄さん、矢だけど、回収しないでね。さっきも言ったけどヒュドラの毒は、手にちょっとつくだけでも危ないから」

「わかった」

いましがたヒュドラの巨体が急速に腐敗する様を見せられたのだ。矢尻が惜しくても、諦めるしかないだろう。

リヒトはルカの返事を聞くと、スカーレットたちのいるほうへ近づいていった。檻を解除して顔に耳を近づけている。

「大丈夫! 二人とも息があるよ!」

リヒトはルカに向かって朗らかにそう叫んだ。

「おーい! 大丈夫か!」

頭上で声がしたので見上げると、色とりどりの絨毯が、数えきれないくらいたくさん空を飛んでいた。魔術学校からの応援がやっと到着したのだった。

スカーレットと黒髪の女の子は超特急で魔術学校に運ばれて行き、ルカとリヒトも駆けつけた応援に一部伏せつつわかる範囲で事情を話したあと、一緒の絨毯で帰った。リヒトはルカにくっついてきていたので、やはり怖かったのだろうと甘やかしてやる。リヒトはというと、往きの絨毯ではルカと一緒に乗りたかったと思っていたので復路をおおいに満喫していた。

二人の乗った絨毯を運転してくれていたのは、事務棟でいつか 伝書鳥(メールバード) を見せてくれた男性職員だった。ナッツというらしい。

「ヒュドラが出たと緊急連絡が入りましてね、魔術学校総出で救援に来たんですよ」

人の好さそうなナッツはそう言って振り返った。だからこの数の絨毯なのか。ルカたちを乗せている周りには、物々しい大槍を携えた集団やなにに使うのかわからない巨大な金属の円盤などを積んでいる絨毯がその出番のないまま引き返していた。

「魔術師団ですよね?」

「ええ」

リヒトが聞くと、ナッツはいろいろ教えてくれた。

「あれは魔術操作で遠的できる大槍です。子どもでも岩を貫ける威力が出るんですよ。あれは一定出力の大風を呼ぶ円盤。魔力消費が大きいので、複数人での運用が基本です」

普段はお目にかかれない、大掛かりな魔術具ばかりのようだ。こういうのを見ると、強力な魔術具を開発し使いこなす専門集団は、王国軍に決して引けを取らないのではないかと思う。リヒトは楽しそうに聞いており、ルカもそんなリヒトを見ながら空の帰路を楽しんだ。

「あ、兄さん、一番星」

「本当だ。もうそんな時間か」

リヒトと一緒に朱の残る空を眺めながら、ようやく大変な一日が終わろうとしているのを感じた。ルカは肩の力を抜いて、ほう、と息をついた。

「今日はリヒトに助けられた」

「え? 兄さんがみんなを助けたんでしょ?」

「そうではないよ」

「……?」

「忘れていたんだ」

「なにを?」

「生きていると大切なものが増えるのだな」

「……」

リヒトはルカの肩に頭を乗せた。ルカは長い時間風に揉まれたリヒトの髪を優しく梳いてやる。ゆっくりと近づいてきたクプレッスス寮が、残照に淡く輝いていた。