軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

021.スカーレット

「ただいま」

「兄さん!」

馬車のドアをノックすると、リヒトが瞬時にドアを開けて飛びついてきた。ルカは取り急ぎリヒトを撫でて中に入る。

「お前たち、しずかに。落ち着いて聞け」

三人とも泣きそうな顔をしつつも静まる。よくこらえた。

「この先で兵士たちがクマ型の魔獣と戦っていた」

そう言いながらルカは弓と矢筒を下ろす。

「クマ型……? まさか! 鋼羆(スチールコートグリズリー) !?」

スカーレットが顔を真っ青にして叫ぶ。

「いや、私は魔獣の名前はわからない。でもクマ型魔獣は兵士が仕留めた」

「すごい! ……ってちょっと! アレク!?!?」

アレクは魔獣の名前を聞いて気を失ってしまった。知っている魔獣なのだろうか。いや、その名前が正しいのかもルカにはわからないのだが。

「でも御者と、一緒にいた兵士何人かは怪我をして、意識がないみたいだった。生きているかもわからない」

「そんな……」

「この馬車にはまだ水と、応急処置の道具くらいは積んでいるはずだ。私は兵士たちのところへそれを運ぶから、お前たちは……」

このまま馬車にいてくれ、そう言うつもりだったのだが――

「わたしを連れていって」

「え……」

「いますぐに! わたし、治癒魔法が使えるの!」

それを聞いてルカは飛び上がるようにしてスカーレットを抱え外に出た。

「じ、自分で走るわよ!?」

「このほうが速い!」

「わ、わかったわ」

ルカに問答無用とばかりに強く言われ、スカーレットは抵抗をやめた。

「リヒト、とりあえず行ってくる! アレクを頼む!」

「わかった!」

ルカは馬車の扉を閉めると、スカーレットに「スピードを出すから、肩に顔をつけて目を閉じていてくれるか」と言った。平時であれば目を閉じなくても、と思う余裕があったかもしれない。しかしスカーレットは素直に顔を伏せ目を閉じた。

あとは悟られないように〈移動〉だ。走るふりをするのも馬鹿らしいが、その場で何歩か足踏みをした。

「着いたよ」

「え?」

木陰の茂みから出て、兵士たちのすぐそばまで、スカーレットを抱えたまま小走りで近づく。

「すみません。そこの御者の方の馬車の乗客です。この子が治癒魔法を使えるんです。手当てさせてください」

そうおじさん兵士に話しかけた。

「治癒魔法!?!?」

「はい」

スカーレットが浮かぶ疑問を無理矢理振り払い、凛々しく応えた。ルカを追及している場合じゃないと判断したらしい。

「部下を……いや、御者殿が先だ。我らはいい。とにかく頼む」

「わかりました」

そうしてルカはまず倒れている者たちの生死を確認した。

御者はかなりの血を失っているが、彼女は奇跡とも言える魔法で傷を塞ぎ、これ以上の失血を防いだ。

兵士二人は気を失ってはいたものの、治癒が間に合った。一人は首の骨が折れていて、助からなかった。

スカーレットは真っ青な顔をしながら、おじさん兵士と若い兵士にも治癒魔法をかけた。

「すまない」

「いいのよ」

簡潔な返事だった。赤い髪が汗で額に張りついている。歯を食いしばって唇は色をなくし、患部に触れる手にはいつしか血がこびりついていた。怪我人のそばに跪いた彼女のワンピースの裾は、泥と血を吸って黒く染まっていた。

若い兵士は、亡くなった兵士のそばで声を出すことも出来ずに肩を震わせていた。

「お嬢さん、私はもう大丈夫だ。遠慮ではない。もう歩ける。それだけで先ほどまでの私にとっては奇跡だ」

おじさん兵士は言った。確かにさっき肩で息をして声も出せないときに見た、疲労と焦燥と絶望が入り混じった顔はもうそこにはない。

「あの、隊長」

なにかに整理をつけたのか、若い兵士が改まって近くに来た。

「あれはいったい……」

若い兵士が指し示す先にあったのは、矢。クマモドキの眼窩に深々と刺さり、倒れた時に折れた矢だった。

「矢……そうだ矢! 援護射撃をしてくれた者がいるのだ!」

「近くにはいなそうですけど」ルカはすかさず言った。

「そうね……」スカーレットも同意する。

「たしかに……いたのだ……」

そしてガチャガチャと音を立てて水だの救急医療品などを運ぶ男子二人が来たのだった。アレクは気がついたのか。よかった。

「ありがたい」

二人の兵士は水を受け取って喉を潤している。さっき治療した者たちはまだ意識を取り戻していない。自分たちの乗ってきた馬車が一レグレームほど手前で置き去りだと告げると、若いほうの兵士が御者の代わりをしてくれるという。そして負傷者と遺体をこのまま王都まで運ばせてくれと。

ルカたちは全員了承した。

王都まではあと一日だ。

兵士だと思っていた彼らは騎士だった。馬に乗るかとか軍の中での位とかで違うらしい。

おじさん兵士もといおじさん騎士は森の中の野営地に戻って別動隊に連絡を取り、王都への早馬を走らせるというのでここでお別れだ。

大丈夫かと聞いたが、連絡手段はあるらしい。

あのクマモドキは不意打ちで野営地を襲ってきて、馬は逃げてしまい、後退しながら応戦しているうちに街道に出てしまったという話だった。そのため逃げた馬が戻ってきているかどうしても確認したいそうだ。馬は友達でもあるし財産でもあると聞くから、気持ちはわかる。

残りの道程を進みながら、ルカは御者台で若い騎士と並んでいた。馬車のなかが狭くなったのでここしか場所がないのだ。

騎士がぽつりぽつりと話をするなかで、あのクマモドキはスカーレットの言った通り、 鋼羆(スチールコートグリズリー) という名だと教えてもらった。体毛が鋼鉄のように硬く、さらにその毛を覆うように防御魔法がかかっている、攻撃の一切通らない反則級の魔獣だそうだ。しかも 突然変異(・・・・) レベルの(・・・・) 巨大個体(・・・・) 。援護射撃で目を潰されたときにようやく防御魔法が解けたのだそうだ。いままでは「出くわしたら逃げる」、「人里に近寄らないように誘導して逃げる」がセオリーだったらしい。若い騎士は鋼羆の討伐方法として広めなくてはと言った。王国軍には〈一撃必中〉持ちがいるらしいから、きっと可能だろう。

野営で夕食をとっているときに、遺体と一緒で怖くないかと三人に聞いたが「こわくない」と一様に言った。スカーレットは魔力枯渇でぐったりとしていたが、ひと眠りしたら回復したのか、翌朝また負傷者に治癒魔法をかけているのを小窓越しに見た。