軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

014.はじめてのまじゅう

耳打牛(ソニックウェイブバイソン) 。なにそれ知らない。

ルカは屋根を飛び移り兵士たちの死角に来ると、途中で見かけた武器屋に〈移動〉した。弓と矢を一式「お借り」する。弓矢は自前のが荷車に置いてあるのだが、道中の危険に備えるためだったので、町に入ってからは油断していた。取りに行くと引率の男に弓を使いに行くことがバレてしまう。面倒は避けたい。

そしてさっきの屋根の上まで戻ってくると、兵士たちはさらに混迷し、恐慌とも言える状態になっていた。

そこへ最も兵が密集していたところから破れ鐘をつくような叱咤が飛んだ。

「静まれ!」

その力強く太い声は空気をビリビリと振動させ、こちらまで身が硬直するような錯覚に陥った。体格が良く、王都の兵士の甲冑を着ている。雰囲気は若そうだが、顔はよく見えない。

その男はてきぱきと指示を出し、盗賊を捕らえ連れていく者、応援を呼びに行く者、ここで魔獣の監視および迎撃に残る者と仕分けをし、すぐにその場の統率を取った。さっきまでのパニックが嘘のようだ。

ルカがその様子を見ていると、その男がパッとこちらを見上げた。ルカはフードの上からさらにシーツを被り、目元は陰になっている。だが、はっきりと目が合ったと思った。

「そこのお前! 下りて来い!」

(いやだよ)

なにも悪いことをしていないどころかむしろ魔獣の来襲を早めに教えてあげたのに、命令されるいわれなどない。弟も心配だし。検査が終わって初めての町で花壇で待ちぼうけとか、泣いちゃうかもしれないじゃないか。とはいえ……

(応援を待っているのでは間に合わないだろうな。なんだあのスピード。速すぎるだろう)

近づいてくる耳打牛を見ていると、それは確かに牛に似ていた。でもルカの知っている畑を耕すのを手伝わせる赤べことは違う。岩のように筋肉が盛り上がり、体の前面に体重のほとんどが寄っているのではないかと思うほどに頭から首、肩にかけての迫力が凄い。二本の角は捻じれながら前に張り出して、逞しい体の前部はその角を打ち込むための強力な槌になるのだろう。

(春の風が吹いている。だがこの程度なら外すことはあるまい)

ルカはその場で矢をつがえると、かなりその全容がはっきりしてきた魔獣に対して矢を放った。

(一……)

わん

確実に当たると踏んでいた。しかし矢が耳打牛の目に命中する、と思った瞬間、そこだけに強風が吹いたように矢は横に外れ、力なく地に落ちた。ほぼ同時に、空中に不快な揺れを感じた。門の兵士たちはなぜか膝から崩れ落ちている。ルカも多少くらくらしている。同じ場所でぐるぐると回って急に止まると、まっすぐに立っていられないあの感覚。その軽度のものだ。

(なんだこれ)

「耳を塞げ! 耳打牛の攻撃は音だ!」

先ほど周囲に指示を出していた兵士が門の前からルカに怒鳴った。

(音……?)

「また来るぞ!」

見ると耳打牛の二本の角のあいだに小さな光点が発生している。ルカは反射的に耳を両手で塞いだ。

わん

空気が揺れる。なるほどな。魔法でおかしな音を出しているようだ。そのせいで耳に影響が出る。耳には音を聞く以外に体のバランスを取る器官が存在するという。あの音を食らうと、それが狂わされるらしい。ルカが兵士たちよりましなようなのは、耳打牛からの距離が少しは遠いのと、フードとシーツを二重で被っていたからかもしれない。

(耳を塞げば大丈夫そうだが……矢を音ではじき返したってことか? そんなのどうすればいいんだ)

そうこうしているうちにもみるみる耳打牛は門に近づいてくる。もう兵士たちも及び腰になっている。あの統率を取っている兵士が態勢を立て直そうとしているが、なかなかうまくいかないようだ。ルカは耳打牛をじっと見た。正確には耳打牛の足の動きと、これから通る道を――。

〈相互移動〉。

ルカがそれを発動するやいなや、耳打牛は前につんのめって転げることになった。その機を逃さず、矢を撃ち込む。予想外の攻撃に、音の壁を作り出す光点を出す余裕はなかったらしい。

(二……命中。三……命中)

目に、首に、足に、次々と矢を放つ。耳打牛はもう立ち上がれないだろう。すぐにとどめを刺してやりたいが、それは兵士に任せるしかない。ルカは遠い屋根の上から、命を奪った獣にいつもするように、簡易の祈りを捧げた。

「おい! お前!」

ほかの兵士たちが目の前で起きた出来事をまだ信じられず呆然としているさなか、例の兵士はルカに向かって声を張り上げてきた。

「お前だ! お前! 下りて来い!」

ルカは自分の手を見て、感動に打ち震えていた。知らない兵士が呼びかけていようがそんなことを気にする余裕はない。

(初めて手に取った弓と矢で……)

借りたときに何度か弦をはじいて強度や柔軟性の確認はしたが、初めて手に取った道具で打ち取ったのだ。しかも魔獣を。いまになって手に少し震えが来ても当然というものであろう。

先ほどの種を明かすとこうである。

急に足元に小石の代わりにシーツが出現した耳打牛はそれに足を巻き取られ、自分の突進の勢いに任せて転がり倒れた。シーツは転ばせた直後、再度小石と〈相互移動〉することによってすぐ手元に戻している。シーツが兵士たちの眼前に出現したのは一瞬だし、土煙の上がっていた耳打牛の足元だ。それに耳打牛が転がった光景の衝撃で、シーツをまともに見た者などいないだろう。そもそもやつらは恐慌状態だったのだ。わけがわかるまい。土にまみれたシーツを再度頭から被るのはちょっと抵抗があったが、しかたがない。服装であとからバレたくないのだ。

あの男はまだ自分を呼んでいる。

(うるさいな)

ルカはマーキング先をその男から死角になる煙突の陰にあった葉っぱに指定すると、屋根から飛び降りた。

「なっ!?」

飛び降りて建物で男の視線を遮った瞬間、シーツを空中に残し葉っぱと〈相互移動〉する。さっきまでルカがいたほうへ、何人かが駆けていくのがわかる。

おそらく地面に落ちた汚いシーツしか残されていないだろう。

せっかく洗濯したのに、持ち主にはすまないことをした。町を守ったということで許してほしい。心の中で謝って、すぐにまた〈移動〉し、弓矢一式をお返しした。矢は矢筒に入っていた六本すべてを使い切ったので、矢筒に相場の金額を入れておく。そして礼拝所近くまで来ると、ルカは土埃を払いながら歩いて戻った。

礼拝所の門を入ると盗賊の報で緊張感が高まっており、子どもたちは全員建物の中から出されていないようだった。

(よかった)

ルカは胸を撫でおろし、リヒトの姿を探して礼拝所のなかへと入っていった。