軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

097.藍星鉱の特異な性質

リヒトはそれから何日か腰袋のなかを気にして見ていたが、とくになんの変化も見られなかった。指で摘まむと、自然に放出していたぶんと思われる魔力を吸い取られた。染めたときに比べればごく微量ではあるが、これではただの「魔力無駄遣い石」である。

このあいだに大かがり火の夜を迎え、エーデルリンクからは「僕もよく知らないんだよね」などという適当な返事が来た。エーデルリンクは矢尻を作って魔獣狩りに利用してはどうかと言っていたが、本当にその程度の認識しかなかったのかと、勝手にがっかりした。

とにかく返事は来たのでその旨をみなに伝書鳥で知らせ、まもなく次の集まりの日が決まった。

前と同じように、秘密を分かつ者だけでシルジュブレッタ研究室に参集したが、テオドールの姿だけ見えない。リヒトが問うとスピカが「遅刻」と簡潔に言った。「いいご身分よね、あいつ」

リヒトは苦笑いで返すしかない。

「エーデルリンク先生はとくになにもご存じないそうです」

返ってきた伝書鳥を見せると、みな一様に落胆した。「それに僕の持っていた藍星鉱もとくに変化は見られませんでした」

「まあ未知の……少なくとも俺たちにとっては、未知の物質を調べるんだ。そんなすぐにいろんなことがわかるなんてことは、まずないだろう」

ヴァスコの言うとおりだった。何年も何十年もかかるかもしれないのだ。腰を据える覚悟が必要だろう。

みなの様子を見てスピカは済まなそうに切り出した。

「悪いんだけど、私も実は収穫がなかったの。伝書鳥で実家に問い合わせてみたんだけど、このあいだ話したウルハイの地を描写する以上のことは、母さんも知らないみたいだった」

スピカは混血と言っていたが、この言葉で母親がウルハイ族なのだとわかった。

「俺もだ。ただ、祖父によると、ウルハイ族の暮らす地にたまたま藍星鉱が多く産出したと言うよりは、藍星鉱の産出するところを選んで住んでいたと言うほうが正確なのだそうだ。遊牧もそこを 廻(めぐ) るように移動し、もっとも多く産出する場所こそが、精霊のおわす場所だったと。そこには巨岩が組まれていて、〈 精霊(アニマ) の岩〉と呼ばれていた。年に一度は必ず巡礼していたそうだ」

ヴァスコの報告を聞いたリヒトは、エーデルリンクも〈精霊の岩〉について話していたことを思い出した。藍星鉱の一大産出地でもあったとは知らなかった。もっとも〈神界の 客(まれ) もの〉と言われるほどのものなので、そんなに大量に出たとも思えないが――。

「ずいぶん詳しく知ってるのね」スピカは目を丸くして言った。

「うちの祖父は、複合災害の起きた年にはもう十を超えていたからな。当時の記憶もあるんだよ」

「そう……」

ひとつの民族が国を失い、ふたつに分かれるほどの出来事だったのだ。スピカはヴァスコの祖父に同情を示すように胸を押さえた。

「さて、では今日はちょっとこれを使ってみようかな」

会話が一区切りしたのを見計らい、シルジュブレッタがオイルランプに似た魔術具を取り出した。拳ほどの大きさの平たい壺のような本体に、対になるように二本の口がついている。それはなにか、そこにいる全員が一目でわかった。魔術学校の一年生が初めて作る魔術具――〈魔力を吸って出すだけの魔術具〉である。

「ちょっと壺のなかをアレンジしてね。魔力を壺で滞留させて、リズムを刻んでちょっとずつ出したり、強弱を調整したりできるようになってる。リヒトが藍星鉱を賜ったときの校長の言葉は『その者と結びつく』だったんだろう? たぶんそれは、校長に藍星鉱を譲った人物の言葉そのままなのではないかと思ったんだ。じゃあ、それはどういうことだろう。たとえば、魔力を感じたら強く光ったりするのではないか、とかね」

「なにか連動する反応が見られるかもということですね」

「そう」

リヒトは腰袋から藍星鉱を取り出してみなに見えるように摘まんだ。そして自身の魔力を〈吸って出すだけ〉に注入した。注入された魔力は壺のなかをぐるりと回ると、ぽっ、ぽっ、ぽっと断続的に噴出する。この噴出に合わせてなにか藍星鉱が反応しないだろうかと注目していたのだが、果たしてなにも起こらなかった。

「えー、なんにも反応しないのぉ?」シルジュブレッタは残念そうに眉尻を下げた。

リヒトから藍星鉱を受け取り、じろじろと見回す。そしてなにも収穫がないとわかると、見たそうにしていたマロルネに渡してやった。

マロルネも「なにも変化はないようですね」と角度を変えながら観察した。「なにかは見られるかなと思ったんですけど」

言いながら、名残惜しげに〈吸って出すだけ〉の噴出口に近づけた。

その時である。

小さな小さな藍星鉱は、ひゅっとマロルネの指先から飛び出し、直線的な動きで噴出口に吸い寄せられたのだ。

その場にいた者たちはみな一瞬言葉を失った。

「……リヒト君、マロルネ君、もっかい」

「はい」

リヒトが魔力を〈吸って出すだけ〉に注入する。マロルネは噴出口付近で藍星鉱を軽く持って待機する。そして噴出口から魔力が出てくると――

「まただわ!」

「くっついた!」

先ほどの状況が再現され、みなから感嘆の声が上がった。

「マロルネ君、もう一つ」

「はい……?」

「君が持って、リヒトに近づけて」

「わかりました」

マロルネは噴出口から藍星鉱を引き離し、リヒトに近づけた。

「なにも反応はありませんわ」

「ではリヒト、君は魔力放出が苦手ではないよね」

「出すだけなら、杖を使わなくてもできます」

リヒトはシルジュブレッタの指示通り、人差し指を立てる仕草をした。指先から魔力を出す。マロルネがその人差し指に藍星鉱を近づけると、先ほどと同様、藍星鉱は吸いついた。

「ほお、たしかにこれは、ほかの金属では見られないことだ。魔力に吸い寄せられるんだね」

シルジュブレッタはリヒトの人差し指の先に立つ、小さな金属片を見つめながら言った。「これは……魔力を吸い取る性質があり、誰かの魔力に染められたあとは、その者の魔力だけを吸い取りにいくのかな」

「たしかに藍星鉱は素手で摘まむたびに魔力を吸い取っていきました。自然に放出してしまうぶんをすぐに補うようにして」リヒトはそういえばと補足する。

「そして魔力が充填されているときでも、吸い取りには行く。でももう容量いっぱいだから、くっつくだけに留まる……」

「なるほど」マロルネが頷いた。「つまり、リヒトくんの魔力で染められた藍星鉱は、リヒトくん自身が持っているときは魔力を吸い取り放題だったから動く必要はないけれど、私が持った途端、リヒトくんの魔力を求めるようになった。たまたま近づけた噴出口にまだリヒトくんの魔力が残っていたから、そこへ飛びついたというわけですね」

「さっきの動きを見るに、ある程度の距離まで近づかないと吸い取りにはいけないのね」スピカの言葉にみなうなずく。

「でもリヒト自身にくっつかなかったのはどういうことですか? 噴出口に残留していた魔力なんかより、リヒトこそが藍星鉱が求めている魔力の源泉なのに」ヴァスコが疑問を発した。

「魔力が剥き出しになっていなければいけないのではないかしら」

マロルネが推測を述べると、シルジュブレッタも頷いた。

「ふむ。基本的には一定の距離に近づいた剥き出しの魔力しか反応できない。ただ、素手で摘まむと体内の魔力の流れから勝手に引っ張って吸い取ってしまう、と」

リヒトはいまだ自身の指先にぴったりとくっついている藍星鉱の小片を見た。みなの会話の中心で、動揺を悟られないよう必死だった。

(剥き出しの魔力に吸い寄せられるだって?)

偶然判明したあまりに興味深い、いや、都合のよい性質に、めまいがしそうだ。

「魔力の自然放出量はどの程度なんだい? 数日のあいだのことなら、たいした量ではないのだろう?」

シルジュブレッタに問われ、リヒトは慌てて返した。「あ、はい。どのくらい減ったか気にならないくらいわずかでした。魔力量は個人差があるので、正確に計測したほうがいいとは思いますが、これで息切れを起こす魔術使いはいないでしょう。もちろん藍星鉱の量が多ければ、比例的に消費してしまうでしょうけどね」

魔力が完全に枯渇すると、人は死んでしまう。普通は完全に枯渇する前に息切れを起こし、自身の限界が体感で刷り込まれるものだ。少なくともこの藍星鉱を一日中素手で持っていたとしても、リヒトは気にならないだろう。体が一日に生み出す魔力量のほうが圧倒的に上回る。

(とはいえ、あえて触っていたいとは思えないけど)

思わぬ収穫に湧き上がっていたところで、窓際から乾いた音がした。

「あら、伝書鳥ね」マロルネが駆け寄り窓に隙間を開けると、伝書鳥はシルジュブレッタの机に留まった。

「おや、テオドールが来るね。調べ物が終わるにしては早いな。途中で諦めたかな」

ここは秘密の集会であるため、みなを警戒させないよう先触れを出したようだ。リヒトは扉のほうからノックが聞こえるのを待っていたが、テオドールは絨毯に乗って窓からやって来た。

「窓からすみません、シルジュブレッタ先生」

まったく悪いと思っていない顔で窓枠を跨ぎテオドールが入ってきた。

「かまわないよ。でも君、大発見を見逃しちゃったよ」

「え」

みなから話を聞いたテオドールは盛大に残念がったので、リヒトは別になんの労力もかからないからと、先ほどの発見を再現して見せてやった。

「これは面白いものだな。まるで磁石のようじゃないか。マロルネさんがお持ちのときは、なにか物を摘まんでいる以外の感覚はありますか? 吸いつくのとは逆に、嫌がって離れようとする感覚とか」

「ないわよ。自分で持ってみなさいな」

「……うーん、たしかに」テオドールはシルジュブレッタに向き直って問うた。「シルジュブレッタ先生、私のいままでの魔力に対するイメージは、まっさらなエネルギー源といったものでした。だから魔術具は誰の魔力でも、魔力さえ込めれば動くし、そうであると信じていました。このように 個人の魔力(・・・・・) を識別するような要素が魔力にはあるのでしょうか? 藍星鉱を用いなくとも、我々にもそれを調べ判断する方法が?」

「わからないね。私も藍星鉱を持ち込まれるまでは、そんなことは考えたことがなかった。魔力に対しては、君とまったく同じイメージだったのだよ、テオドール」

皆一様に神妙な顔をして黙り込んだ。テオドールは賢しかった。みながなんとなく感じてはいて、でも言葉にできないでいたことを言語化する能力に長けていた。藍星鉱は、いまのところ人間には調べようもない個人の魔力を識別することができる。それは確かにエーデルリンクの言った『その者と結びつく』という言葉と合致しており、〈神界の 客(まれ) もの〉と呼ばれるに値する気がした。