軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編①-完.夢は

しばらく、ニコラスとシャロンは肩を寄せあって座っていた。

ベルを鳴らせば食事は始められるのだけれど、この幸せな時間をもう少しふたりきりで味わっていたかった。

ふと、シャロンの口元に微笑が浮かぶ。

「それで、お父様の了承は得られましたの?」

「お見通しでしたか」

「わが家でも反対されましたもの。……黙らせましたけれど」

(強い)

最初からシャロンはニコラスと結婚するつもりだったのだ。それでニコラスのあの台詞では、呆れられても仕方ないと今ならわかる。

「新事業を前提に認めさせました。メレスン家とミュレーズ家の共同事業です。のってくれますか?」

「あら、結局家の話ですの?」

「いいえ、これは、俺とあなたのための事業です」

くすくすと笑うシャロンの手をとり、甲に口づける。その薬指に自分の贈った指輪が光るのを、ニコラスはほほえんで見つめた。

メレスン家当主であるドミニクが好きにしろと言った以上、全権はニコラスに委ねられた。そしてニコラスはシャロンをパートナーに選んだ。

交易とは、ただでたらめに売れそうなものを輸出入すればいいというものではない。そこには核が必要だ。

「俺の幸せは、あなたの笑顔。なら――」

その言葉を裏づけるように、幸せそうにニコラスは笑う。

「あなたの夢はなんですか? それを叶えるための事業にしましょう」

思ってもみなかった言葉にシャロンは息を呑んだ。

――シャロンなら自分の気持ちを伝えられるはずよ。

マルグリットの言葉が浮かぶ。

シャロンとニコラスの関係を心配したらしいマルグリットは、手紙を書いてくれた。そこには、ニコラスの話を聞いてあげてほしいということが半分と、シャロンなら自分の気持ちを伝えられるはずよ、ということが半分ずつ書いてあった。

(わたしが世話を焼いて、守ってあげなきゃと思っていたのに)

いつのまにか自分よりずっと成長していた親友を思い浮かべ、シャロンはほほえんだ。

ニコラスにもマルグリットにも言ってないけれど、数年前に一度だけ、シャロンは親の勧めで歳の近いとある令息と食事をしたことがあった。その席で夢を語ったシャロンに、彼は皮肉げに唇をつりあげて言ったのだ。

――ミュレーズ家のご令嬢が、なんとまあかわいらしい夢を。

それよりも事業の話をしましょう、と彼は言った。シャロンのことを、 大事業主(ミュレーズ) の令嬢だとしか見ていないことがわかる目つきで。

事業で財を成したミュレーズ家の令嬢として、シャロンも経営に関する知識は叩き込まれている。その気になればひとりで生きていくことだってできる。

そんな自分には似合わない夢だとわかったから、それ以来誰にも言ったことはない。

ニコラスに家の話を持ちだされて、皮肉を交えて跳ねのけたけれども、少しだけ怖くなった。ニコラスもミュレーズの家を見ているのだろうかと。

でも、ニコラスは尋ねてくれた。

シャロンが大切にしていることを知りたいから。それはつまり、シャロンを大切にしたいからだ。

「わたしの夢は――」

はにかんだ笑みを浮かべ、シャロンはニコラスの耳元に唇を寄せた。

「素敵な花嫁さんになることですの」

真っ白なドレスを着て、ロングベールをかぶり、手にはリボンのついたブーケを持って。愛しい婚約者の手をとり、祝福されながら婚礼の道を歩く。それが、幼いころからのシャロンの夢だった。

事業を成功させるよりもずっと難しい。ひとりでは、叶えられない夢だ。

「……」

「……ニコラス様?」

やはり似合わない夢だっただろうかと、落ちた沈黙に不安になって視線を向ければ、ニコラスは赤くなった顔をそむけて胸を押さえていた。

「いや、ちょっと……思いがけない一面にときめきが止まらなくて」

格好をつける余裕もないほどに胸を高鳴らせているらしい。

「かわいすぎるだろ……」

ぼそりと呟かれた言葉に、シャロンの頬にもじわじわと赤みが移る。

「わかりました。その夢、俺も全力で叶えたいと思います」

ようやく呼吸を整えたニコラスは、シャロンに向きあうとまだ赤い顔のままにっこりと笑った。

幸せに包まれながら、シャロンはニコラスの肩に頭をもたせかけた。ニコラスがそっとその肩を抱きよせる。

「では、ニコラス様」

「ん?」

しばらく幸せにひたり、自分を呼ぶシャロンの声に、ニコラスが目を開けたときだった。

「早いうちに事業の申請をしてしまいましょう。事業内容はウェディングに関する品物全般ということで。最初から手広くはできませんから、まずはドレスとタキシード、小物を中心に。必要な交易品目をとりまとめて三日以内にお届けしますから、目を通して可否を判断してくださる?」

「え、あ――はい」

「なんでしょうか?」

「……いえ、問題ありません。仕事モードもかわいいから」

一瞬真顔になったニコラスは、すぐに蕩けるような笑顔に戻った。