軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49.幸せになっていいのですか?

ルシアンの腕の中で、マルグリットは身じろぎをした。

ノエルを見送りもせず、無礼を働いてしまった。彼の厚意によるものだから罰を受けたりはしないだろうが……。

ノエルはこのために動いていたのだと理解した今、申し訳のなさに身がすくむ。

(長らく、ノエル様にはご迷惑を……ド・ブロイ家でこんなことが起きたと聞いたら、お義父様とお義母様もたいそう悲しまれるに違いないわ)

それになによりルシアンだ。

ルシアンがどんな顔をしているのだろうかと思うと怖くて顔をあげられない。

小さなため息が頭上から降ってきて、マルグリットは身をすくめた。

その俯いた顔を、ルシアンの両手が包み、顔をあげさせてしまう。

「またなにか自分のせいだと思っているな」

「え……?」

覗き込まれて、マルグリットは目を見開いた。

ルシアンは笑っていた。

安堵感の満ちたやさしいほほえみ。すべてが終わったとでも言うように。

「わたしのせいでしょう……? ノエル様とド・ブロイ家の皆様に、大きなご迷惑を……」

「君のせいではない」

はっきりと言い切られ、マルグリットは驚く。

そんな様子を見て、ルシアンは眉を寄せかけ――それが悪いのだと、慌てて眉間の皺を戻した。

思えば、マルグリットが家じゅうの者から手酷い扱いを受けていた頃。

その境遇自体には、マルグリットは文句ひとつ言わなかった。むしろ彼らの溜飲をさげさせるべく健気に嫌がらせを受けていたのだ。

敵対してきた家なのだから多少の軋轢が発生するのは仕方がないことなのだと言うマルグリットの言葉を、ルシアンも当然だと受け入れてしまった。だが、そう言うマルグリットは、一切の敵意をド・ブロイ家に向けなかったのだ。

「君は、周囲の悪感情をすべて自分のせいだと考える癖がある。そして理不尽に気づかない」

「!」

「君のその考え方は改めるべきだ。……今回のことは、君の妹がやったことで、君には関係がない。君は止めようとした。その手を振り払ったのはむこうだ」

(そうなのかしら……)

黙り込んでしまったマルグリットの頬に、ふたたび手が添えられた。顔をあげれば、ルシアンは切なげな表情を浮かべている。

「俺は君を愛している」

「ル、ルシアン様……」

「それは、マルグリット、君が一番大切だと思っているということだ。ド・ブロイ家や今の地位を捨てたとしても、君といたい。……それだけは忘れないでほしい」

「そんな……!」

ルシアンの言葉を、マルグリットは受け入れられなかった。

しかしルシアンの言葉を否定することは、ルシアンからの愛情を否定することでもある。

「君も同じはずだ。そう思ったから君も離縁を申し出たのだろう」

「そ、それは……だって、わたしの立場とルシアン様の立場では、失うものが……」

「君は幸福を失おうとした。何が違う?」

そう言われてしまえば、マルグリットは何も言い返せない。

聡明な彼女にはルシアンの言わんとすることがわかっている。互いを想いあっている以上、相手の存在を尊重したいと思うことは当然だ。

マルグリットを犠牲にしてぬくぬくと安寧を手に入れたいと、ルシアンが思うわけがない。

同時に、それをルシアンが望めば、マルグリットは喜んで受け入れただろう。

そのねじれた価値観がクラヴェル家で植えつけられたものであることに、マルグリットはようやく気づいた。

「わたしは……幸せになっていいのですか?」

手に入れた幸福を、必死になって守ってもよいのだろうか。

「当たり前だ」

ルシアンの唇が額に触れる。

そのまま、ルシアンは顔を俯け、マルグリットの肩にぽすんと落ちてくる。

「ニコラスにも言われた。俺はもっと自分のことを口に出すべきだと。……だから、できるだけ言おうと思う」

「……同じようなことを、シャロンにも言われました」

「そうか。では互いに気をつけることにしよう。……俺が君の気持ちを知りたいと思っていること、忘れないでくれるとありがたい」

「はい。わたしも……」

マルグリットの目に涙が滲む。

(やっぱりルシアン様はやさしいお方だったわ)

涙を拭い、笑顔で顔をあげて――。

マルグリットは、ぴたりと固まった。

ルシアンとマルグリットがいたのはド・ブロイ家の応接間である。

すでにノエルたちは立ち去ったあとだが、当然、鍵などはかかっていなかった。ドアは、従者が閉め忘れていったのだろう、人が通れるほどに開いていた。

その隙間から、アルバン、ユミラ、アンナ、リチャード、マロン、そのほか馴染みの使用人たちが、ある者は心配そうに、ある者は安堵の表情を浮かべて、覗き込んでいたのであった。

「……!? ル、ルシアン様……!!」

「どうした?」

マルグリットが慌てた声をあげた。

その途端、ドアは何事もなかったかのように、ぱたりと閉まった。