軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4.やっぱり嫁いでよかった

図書室の脇の小部屋を与えられ、マルグリットは持ってきた荷物を広げてみた。

といっても、ドレスが数着にヒールが一足、申し訳程度の耳飾り、本が数冊に、刺繍道具。艶を失った毛皮、母親が遺してくれた深海珊瑚のペンダント。それらは使用人のものだったと見える小部屋にもきちんと収まった。

輿入れの道具すらないマルグリットを、ド・ブロイ家の人々は訝しまなかった。

ド・ブロイ家への不恭順を示すため、わざとみすぼらしい身なりで娘を差し出してきたのだろうと彼らは受けとった。もちろんド・ブロイ家の側も支度金など払っていないからお互い様である。

(問題は、夕食の場に出るためのドレスすらないことなのだけれど……さすがに非礼がすぎるわ)

どうしたものか、と考えていたマルグリットの憂慮は、すぐに払拭されることとなった。

夕食だと呼ばれてマルグリットが通されたのは、キッチンの一角。

目の前ではコックたちが金模様の皿に繊細な盛りつけを施しているけれども、マルグリットの前に置かれたのはパンとパテとサラダとスープだ。

「どうぞ」

運んできたメイドはそう言うだけで立ち去っていく。マルグリットに飲み物を尋ねることもない。

ぽつん、とひとり取り残されたマルグリットの前で、コックやメイドたちは忙しそうに働き続ける。

彼らもやはり待っていた。

〝使用人扱い〟をされたマルグリットが怒りだすのを。椅子から立ちあがり、食卓を離れ、「もうたくさん。離縁だわ!」と叫ぶのを。

王命に逆らうことになるため、ド・ブロイ家から離縁したいとは言えない。だからこうして遠まわしな嫌がらせを、立場の弱いマルグリットに仕掛けることになる。

だが、マルグリットは離縁を口にしたりしなかった。

妙に静かなマルグリットの意図を使用人たちが知ったのは、仕事が終わり、自分たちの食事の時間がまわってきたときのこと。

キッチンの一隅にあるテーブルにはまだマルグリットが座っていた。手つかずの食事を目の前に置いて。

食べないことで抵抗を示す気かと皆が納得しかけたそのとき、

「ああ、やっと仕事が終わったのね」

マルグリットは明るい笑顔を見せた。

「それではみんなで食べましょう。わたしのスープは冷めてしまったけれど問題ないわ。十分においしそうだもの」

言って、使用人たちにテーブルにつくように促す。

「……はい?」

きつい視線をむけてきたのは先ほどのメイドだった。

まだ若いメイドで、古株とは思えないのだが、どうやらキッチンを取り仕切っているらしい。

「おっしゃる意味がわからないのですが、 若(・) 奥(・) 様(・) 」

「待っていたのよ。食事はみんなでしたほうがおいしいじゃない。せっかくここに席を用意してもらったのだから、いっしょに食べたいの」

ぴき、とメイドのこめかみに青筋が立った。

「なにを考えていらっしゃるのですか!? あなたは若奥様……ルシアン・ド・ブロイ夫人なのですよ!? こんな扱いをされてへらへら笑っているなんて、プライドというものがないのですか!!」

バンッとテーブルを叩きメイドが叫ぶ。

(……ホームシックにはならなくてすみそうね)

実家での父モーリスや妹イサベラを思い出し、マルグリットは心の中で呟いた。

この程度の怒りであれば受け流せる。いくら威勢のいいことを言おうが、頬に傷をつけたイサベラとは違い、使用人たちはマルグリットに直接手をあげることはできない。

「あら、不思議なことを言うのね。それならルシアン・ド・ブロイ夫人の扱いをしてくださいな」

「……!」

にこりと笑うとメイドはぐっと喉を詰まらせた。

実家ではただの姉であったマルグリットは、この家では彼女の言うとおり正真正銘のルシアン・ド・ブロイ夫人なのである。

「それができないのなら仲間にしてちょうだい」

メイドはわなわなとふるえているが、返す言葉は見つからないらしい。

「公爵家から出された指示はわたしを使用人のように扱うことなのではなくて?」

「……」

無言――それは肯定であると、マルグリットは受けとった。

「なら、命令に従ったほうがよいのではないかしら。わたしのお願いとも食い違わないことだし」

***

一週間がたった。

相かわらず部屋を訪ねてこない夫とは顔を合わせていないし、食事はキッチンの片隅だし、使用人たちは口も利いてくれないが、マルグリットは気にしていなかった。

図書室のある塔は、ほかの塔よりも頑丈に作られているらしかった。防音・保温効果に優れ、窓こそ少ないものの、明かりも入る。

誰も来ないから通りがかりに部屋にゴミを放り込まれたりしない。隙間風も吹いてこないから、雨が降っても染みてくることもないだろう。

(そう思えば、なんと過酷な環境で生きていたのかしら)

あまりにもそれが当たり前になってしまっていた。

口ごたえをすれば報復があると思い、耐えられるならばと耐えていた。もしかしたらそういった態度が、余計に父や妹を増長させてしまったのかもしれなかった。

(ここへきてからわたし、明るくなった気がするわ)

図書室にはマルグリットの感性を刺激する図鑑や標本、絵入りの歴史書などがたくさんあった。

それらを眺め、好きなだけ刺繍ができる。布や糸はメイドにお願いしたら用意してくれたので、嫌がらせをしているはずなのに詰めが甘い。

せっせと刺繍に励んでいると、食事を知らせる鐘が鳴った。

大きくのびをし、いつものドレスを身につける。侍女はいないから自分でだが、誰に会うわけでもないので気は楽である。

キッチンへ出向くと食事の支度がされていた。ほかの使用人たちも席につき始めたところである。

根負けしたメイドは、マルグリットの要求を聞き入れ、皆で揃って食事をしている。

がやがやと活気のあるテーブルで、粗野なところもある使用人たちの会話を聞くのは、マルグリットには楽しかった。

(やっぱり嫁いでよかった)

あたたかなスープを口にしながら、マルグリットは心からの笑顔を浮かべた。