軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13.王妃からの合格

「本日はお越しいただき恐悦に存じます」

ルシアンが腰を折る。その隣でマルグリットも最上位の礼をした。

ド・ブロイ家でも講師を呼んで確認してもらい、お墨付きを得た礼である。

そんなふたりにエミレンヌは紅の唇をやわらかくたわめた。

「 面(おもて) をあげなさい。ほかに人の目はありません。かしこまらなくていいの」

言われて、ルシアンとマルグリットは顔をあげる。婚礼の日に見たのと同じ、楽しげにほほえむエミレンヌと、これといって表情のないノエル。

「広間には通さず、ここで挨拶をさせてもらえるよう執事に言ったのよ。内密にね」

それはリチャードも、王妃を待たせているあいださぞや恐ろしかったことだろうと思う。なにせ家の主人たちは王族がすでに同じ屋根の下にいることを知らないのだから。

「きっと広間に顔を出しても聞きたくもない噂話ばかりでしょうから」

それが両家の諍いじみた愚痴を指しているのだと理解できるから、ルシアンもマルグリットも何も言えない。

「わざわざ変わり映えのない状況を確認するよりも、あなたたちに賭けてみようと思ってね」

「わたくしどもに……?」

「そう」

ルシアンに頷いて見せ、エミレンヌはマルグリットへ視線をむける。

「ルシアンはやさしい? マルグリット」

「!」

「はい!」

突然の質問にルシアンが息を呑む。だが彼の驚きはマルグリットの力強い答えに倍増されることとなった。

やさしいか、と尋ねられて、肯と即答されるような態度をとっていないことはルシアンも自覚している。

むしろここでマルグリットがド・ブロイ家で受けた仕打ちを訴えれば、罰を受けるのはド・ブロイ家だ。

エミレンヌたちはその釘を刺しに訪れたのだろう。

だが、マルグリットがド・ブロイ家での扱いを申し立てることはなかった。

「互いにまだ慣れていない部分はございますが、ルシアン様はわたくしとお話をしてくださいます。ご自分の意見を述べ、わたくしの意見を聞き、わたくしになにかあったと思えば声をかけてくださいます」

エミレンヌは嬉しそうにうんうんと頷いている。ノエルはしずかに頷いている。

ルシアンはといえば、

(……?)

そんなことがあっただろうか、と表情を変えぬままに心の中で考えこんでいた。

ちなみにマルグリットが語っているのは、図書室で「お前を愛するつもりはない」と言ったことであり、その後の「わたしもあなたを愛する気はありません」からのマルグリットの意見を呆然と聞いてしまったルシアンの態度であり、びしょ濡れになったマルグリットに声をかけたことであった。

最後の件については声をかけただけで助け起こすこともせず立ち去っているのだが、

「ユミラお義母様の信頼を得られるよう、助言もいただきました!」

笑顔で――心底からの笑顔でそう告げるマルグリット。

彼女にとってみればド・ブロイ家の嫌がらせなど児戯に等しい。両家の確執を考えれば当然のものである。

そのうえで、晩餐会について前もって知らせてくれたルシアンには感謝の気持ちを持っていた。

「すばらしい!」

エミレンヌも膝を打って立ちあがった。

「対話はすべての始まり。では、ルシアンとは幸福な生活を築けそうなのね」

「いますでに十分に幸せですわ」

「やはりわたくしの目に間違いはなかった」

エミレンヌは両手で、ルシアンとマルグリットそれぞれの手をとり、重ねあわせた。

「国のために、あなた方の幸せのために、わたくしもできる限りの協力をしましょう」

「もったいないお言葉です」

「ありがとうございます」

すました表情で頭をさげつつも、ルシアンは内心で大量の疑問符を浮かべている。

そんな彼の本音を知ってか知らずか、

「では、今夜はもう帰るわね」

それだけ言うと、エミレンヌはさっさと扉へむかう。ノエルもあとに続いた。

「え、あの、飲み物などは……」

「さっきいただいたからいいわ。あなたたちの惚気でお腹いっぱいよ」

(惚気……??)

もちろんルシアンは言っていない。マルグリットも言っていない、と思う。

来たと思ったら帰ってしまう王族たちに、リチャードが大慌てで馬車の用意をする。

ルシアンとマルグリットも、別れの挨拶をしつつ、正面玄関までエミレンヌとノエルを見送った。

「……なんとか、よろこんでもらえたみたいですね」

「ああ」

ふたりきりになった玄関で、マルグリットはルシアンを見上げた。外は暗闇だが、大きくひらかれた扉から漏れる明かりがルシアンを照らしている。

ルシアンは相かわらず眉をよせて厳しい顔つきだった。

(なにか間違えたかしら。挨拶も礼もおしゃべりも、失敗はしていないと思うのだけれど)

じっと見つめるマルグリットからルシアンは視線を逸らした。

と、思うと、

「……助かった」

ぼそりと呟かれたのは、聞き違いでなければ、感謝の言葉といってよいだろう。

その表情を確認する前にルシアンはくるりと背をむけて立ち去ってしまうのだが、そんなことはやっぱりマルグリットには気にならない。

(認めてくださった……)

マルグリットの全身にほわほわとあたたかな感情がよみがえった。

自分の言動を誰かに認めてもらえるなんて、何年ぶりのことだろう。

その感動が一般的な基準からは大きく外れていることを知らぬまま、マルグリットははにかんだ笑顔を浮かべた。

***

一つ誤算があったとすれば、「エミレンヌ王妃が訪れたが、ルシアンとマルグリットだけに会って帰ってしまった」という報告を、ユミラ夫人が信じなかったことであろう。

「夫であるド・ブロイ公爵にもわたくしにもお会いにならぬなど、ありえません! ルシアン、あなたまでなにを馬鹿なことを」

王妃がマルグリットを認めた、という事実は、ユミラには受け入れがたかった。

なので、マルグリットへのいびりは続く。

そしてド・ブロイ家の困惑も続くのであった。