軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11.晩餐会(中編)

マルグリットの期待どおり、イサベラはルシアンと令嬢のところへは行かず、向きを変えてマルグリットへと歩みよってきた。

口元には愉悦の笑みが浮かんでいる。

「お姉様、あたし聞いてしまいましたの。お姉様がいまとっても不幸せだって」

反射的にマルグリットの表情はこわばった。口をつぐみ、俯く。

自分の反応に、マルグリットも驚いた。

ド・ブロイ家であれほど楽しく暮らしていても、イサベラを前にすれば以前の自分に戻ってしまうのだ。

(でもちょうどいいわ)

怯えたようなマルグリットの態度にイサベラは気をよくしたようだ。

「家ではすましていたお姉様も、嫁ぎ先では耐えきれなかったようね」

(いえ、嫁ぎ先は実家に比べたら天国よ)

「誰も行かない離れの物置のような場所に一人寝かされて、毎夜泣いているとか」

(……誰も行かない場所に一人で寝かされていたら、毎夜泣いていることなんてわからないのでは? ユミラお義母様が言っていたのね)

「今だって、ほら、夫のルシアン様はお姉様を置いてほかの人と語り合っているわ」

ちらりとイサベラはルシアンを見た。

マルグリットへの対抗心を燃やした令嬢は、まるで自分が妻かのようにルシアンに寄り添い、うっとりとした笑顔を浮かべている。それをたしなめる者のいないところが、この晩餐会の異常さを表している。

「お姉様に居場所なんてないのよ。帰ってきたいと言ってもうちは受け入れませんからね。一度敵の家の門をくぐったお姉様をなんて、汚らわしい」

(あの家に戻るくらいなら修道院に入るわ……)

心の中で言葉を返しつつ、マルグリットは表面上は陰鬱な表情でうなだれていた。なにを思っても顔に出ないので、逆に表情筋がこわばっていてくれてありがたいくらいだ。

これまでなら、イサベラの言葉はマルグリットを傷つけた。だが今は違う。

この時間が終わればイサベラとはお別れなのだ。マルグリットはド・ブロイ家に帰り、そこでは笑顔でいることができる。

(なんて素晴らしいんでしょう……!)

しばらくのあいだ右から左へ聞き流し、神妙な顔をしていればいいのだ。

(お義母様の前でも、同じようにできればいいのに……)

そんな他所事を考える余裕すらマルグリットには生まれている。

手ごたえのない姉の態度にイサベラは眉をあげた。

マルグリットが彼女の意に沿う言動をしなければ、イサベラはいつも癇癪を起こし、マルグリットを傷つけるまで喚いた。

「ねえ、聞いているの!? お姉様は家じゅうの者から嫌われて、誰にも愛されずに生きてゆくのよ!」

ついには、披露目の席では言ってはならない呪いの言葉を口にする。

最後の言葉はマルグリットの心の奥に触れた。

「……そうね……」

思わずぽつりと、返すつもりのなかった応えがこぼれ落ちる。

「ルシアン様にはもう言われたわ。……お前を愛するつもりはない、と」

「まあ! 心底お姉様を嫌っていらっしゃるのね」

イサベラの表情がぱっと輝いた。

(でもね、ド・ブロイ家の人たちは、嫌っているからといってあなたほどのことはしないのよ)

たとえば、彼らが望むようにマルグリットが執拗な嫌がらせに耐えかね、離縁を申し出たとして。

自分たちが追い出した人間が ち(・) ゃ(・) ん(・) と(・) 不(・) 幸(・) に(・) な(・) っ(・) て(・) い(・) る(・) か(・) を確認するような真似は、彼らはしないだろう。

「どうした、イサベラ」

イサベラの声を聞きつけたのだろう、モーリスが顔を出した。

マルグリットを心配する素振りは見せず、

「何かされたのか」

とイサベラに尋ねている。

「いいえ、お姉様があまりにもお可哀想だから、励ましていたの」

「そうか。なんてやさしい子なんだろうな。やはりお前を手元に残してよかった」

モーリスはイサベラの肩を抱くようにして友人たちのもとへ戻ってゆく。イサベラも満足したのか素直に父に従った。

ルシアンが令嬢と別れて戻ってきたのはそれからすぐだった。

マルグリットはほっと安堵の息をつくが、ルシアンの表情は硬く、眉間には皺が寄っている。快く別の令嬢とルシアンを送り出したマルグリットの態度に納得がいっていないのだ。

おまけにイサベラは話し相手をつかまえたと見え、

「クラヴェル家では、厄介払いができてせいせいしておりますのよ。ド・ブロイ公爵閣下やルシアン様に同情するくらいですわ」

広間を突き抜けるような甲高い声で、そんな台詞が聞こえてきた。

「あの姉を妻にするなんて、本当にお可哀想なルシアン様」

ルシアンの眉間の皺がいよいよ深くなる。

(対面は避けたのに……!)

マルグリットは青ざめた。

「申し訳ありません、ルシアン様。わたし止めてまいります」

「いい。母上も似たようなものだ」

いまにも舌打ちを鳴らしそうな、貴族らしからぬしかめ面でルシアンは首をふる。

マルグリットは広間を見渡した。

一見楽しげな晩餐会だが、よく見ると人々のあいだには川の流れるように空間があり、それがド・ブロイ派とクラヴェル派を分かっているのだった。

(昔の恨みというのは、そんなに許し難いものかしら)

マルグリットは首をかしげ、

「――マルグリット!」

自分を呼ぶ声にその顔をあげた。

「シャロン!」

ぱっとマルグリットの顔が輝く。