軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第4話  始祖エミライア

隠れ里という割に、住人は閉鎖的な様子もなく気軽にあいさつを交わしてくれる気安さだった。

キリシュに聞いていた通り、中には人間も結構な数が含まれているらしく、手を振ってくる家族もいる。人間が家畜扱いといった様子もなく、共存しているようだ。

「凄く不思議な町ですね」

子供に手を振り返して、メーリィが率直な感想を口にする。

小規模な畑らしきものもあるが、育てられているのは見たことのない赤い葉の植物だ。

「もしかして『ブラッディ・アーケヴィット』の原料になってるハーブでしょうか?」

先導していた老人が肩越しに振り返った。

「原料の一つ、アルケームという植物だ。始祖の一人が異世界から持ち込んだもので、染料としても使える陰性植物でな。華やかな香りから刻んでクッキーに入れてもよい」

「異世界の植物……興味が尽きないですね」

「観光は後にしてもらおう。早く行かねば、しびれを切らした始祖が乗り込んでくる。歳の割にこらえ性がなくて――おっと」

口を閉ざしておちゃめにウィンクした老人が再び歩き出す。

ユーフィがトールの横に並び、そっと声をかけた。

「あの方、町の偉い人みたいですけど、どれくらい生きているんでしょうね?」

「さぁな。キリシュさんより年上って時点でもう想像がつかないな」

「……その、ですね」

「なんだ?」

珍しく歯切れ悪く口ごもったユーフィを見る。

ユーフィは悩むように視線を泳がせたが、意を決したように続けた。

「旧文明時代から生きている始祖なら、地球への帰り方も分かるかもしれません」

「それ、気になってたんだよなぁ」

旧文明が異世界への門、ダンジョンを開いて逆襲に遭い、滅んだのは有名な話だ。

異世界の植物アルケームを持ち込んできたという話からも、吸血鬼たちが異世界からやってきたのは間違いなく、旧文明時代の記憶を有しているのならダンジョンの開き方、異世界への行き方を知っている可能性が高い。

「まぁ、いま考えることでもないだろう」

トールはキリシュとピアムに視線を移す。

キリシュの里帰りとピアムのお披露目が今回の訪問目的だ。始祖というのがどういった人物か分からない今、本筋とはズレたことをして段取りを乱し、不興を買うのは避けたい。

老人に案内されたのは町の最奥にある白い建物だった。この建物だけは他とは違って窓がついており、小さな庭に多肉植物が植わっている。

「客人をお連れした」

老人がノックもなしに玄関を開き、中に呼びかけながら入っていく。

すると、家の奥から黒髪の女性が顔をのぞかせた――次の瞬間、女性がピアムの前に立っていた。

「……ふぇ?」

ピアムが目を白黒させて女性を見上げる。

トールとキリシュだけは目で追えていたが、荒事とは無縁だったピアムには女性が瞬間移動したように見えただろう。

「――いやっほい、あらたな仲間じゃ。可愛いな! えらい可愛いな!」

ピアムの両脇に手を入れてひょいと持ち上げた黒髪の女性はピアムを持ち上げたままくるくるとその場を回り始める。

トールと目の高さが同じ背の高い女性だ。黒い簡素なワンピースにベージュのガウンを羽織っている。全体的に飾り気のない服装でありながら主張する大きな胸と整った顔立ち、何よりも周囲に垂れ流している膨大な魔力のせいで存在感が非常に大きい。

「ユーフィ、彼女の周囲の空間が歪んでませんか?」

「メーリィ、あの胸は幻術ではありません」

「いえ、歪んでいます。歪んでいなくてはいけません」

「彼女の背景の柱を見る限り、光を曲げていることもありません。本物です」

「……くっ」

勝手に悔しがっている二人だが、思考共有ではなく言葉に出している時点でジョークのつもりだろう。そんな二人へ、ピアムが手を伸ばす。

「たーすけーて!」

「おっといかん。ほれ、クッションじゃ」

「ふみゅむ!?」

回転の勢いを胸をクッション代わりに抱きしめて止め、黒髪の女性はピアムを地面に降ろす。

胸に埋めていた頬を両手で挟んだピアムが真理を悟ったような顔で呟いた。

「ふっくら柔らか……」

「良いものじゃろ? 自分の胸に顔をはさむことはできぬし、良い経験になったはずじゃ」

けらけら笑った黒髪の女性はふとトールに流し目を送り、すっと目を細めた。

「赤雷のトールはおぬしか。吸血鬼や獣人以外で我の動きを眼で捉えた者は初めてじゃ。身体強化もなしに、すさまじい動体視力じゃな」

「雷速で戦闘するから自然とな」

「くっくっく、物怖じもせぬか。そちらの双子も何やら妙な魔力波長じゃな。つながっておらぬか?」

思考共有を言い当てられて、ユーフィとメーリィが驚いた顔をする。

メーリィがわずかに顎を引き、背の高い黒髪の女性を上目遣いに見上げる。

「あなたが、始祖ですか?」

「うむ。エミライアという。そこのキリシュと同様、デイウォーカーじゃ。この隠れ里フラウハラウの創始者にして全権を持つ。新たな仲間同様、歓迎するぞ、珍しい客人よ」

そう言って、エミライアは玄関にトールたちを手招いた。

「さぁ、宴の段取りを話し合おう」

歓迎するというエミライアの言葉通り、宴はフラウハラウの住人総出で行われた。

急な催しにもかかわらず、住人が諸手を挙げて歓迎するのは新たな吸血鬼の誕生が百年ぶりだからとのことだった。

人間の住人も多くいるだけあって、並ぶ屋台のメニューには血液や内臓系の料理だけでなく、野草を使ったサラダや野鳥の燻製などもある。

フラウハラウ特産の『ブラッディ・アーケヴィット』の他、酒や果実水、外に出稼ぎにでている吸血鬼たちから送られたとのことで沸騰散とガソジンを使った炭酸水なども売られていた。

「町中もきれいですし、陽の光があまり望めないことを除けば過ごしやすいですね、この町」

蝙蝠を象った焼き印が押されたガレットを食べつつ、ユーフィが感心交じりに呟いた。

元が人間だけあって、吸血鬼たちにも理性的な者が多い。新たな吸血鬼と聞いてピアムに面会に来る吸血鬼たちは一見ただの人間だ。それも、親戚の赤ん坊を覗きに来るような人の好さそうな者ばかりである。

現在、ピアムは外見年齢が近い吸血鬼たちに最新ファッションを話して聞かせている。ピアムに流行を聞くだけあって、十三歳ほどに見える吸血鬼たちは、わるくいえばおばさん趣味の服を着ていた。

キリシュの方は知り合いたちと外の情報について話しているようだ。

実年齢はともかく、見た目はありふれた町の光景だった。

「こんな人たちが旧文明時代には人類の敵扱いだったんですから、無知はやはり怖いですね」

「混乱状態だったらしいからな」

「――うむ、大変な時代じゃった」

音もなく後ろに現れたエミライアに、メーリィがびっくりして振り返った。

エミライアは無反応のトールをつまらなそうに見降ろす。

「冒険者が後ろを取られてよいのか? プライドは傷つかぬか?」

「近づいてきてるのは気付いてたし、間合いに入っている以上は俺の反撃の方が早い」

「えらい自信じゃな。試してよいか?」

カンッと硬質な音がしてエミライアが脛を押さえる。

「躊躇なく急所を狙ってきおった。どんな反射神経しとるんじゃ、貴様」

「脛に当たった音じゃないぞ。どんな強度の身体強化だよ」

お互いを呆れの目で見て、同時にため息をつく。

ユーフィとメーリィが眉をひそめた。

「仲良くなっていませんか?」

「ケンカしたら無事では済まないと確認しただけじゃよ」

「……野生動物の順位付けみたいです」

「さして変わらんな」

けらけらと笑ったエミライアがトールたちの前に回り込んだ。

「落陽を撃墜したと聞いた時にはまさかと思ったが、やりかねんな」

「大勢の前で奥の手を使わされたがな」

「奥の手だろうと、あれを落とせる者がこの世に何人いると思う? 我は何機か墜としたが、今の人類ではまず無理じゃろ」

「無理だな」

落陽の登場で冒険者も衛兵も士気が崩壊しかけたのだ。攻撃が届かないというのは戦士の心を折るのに十分すぎる。

「俺も、あれを落とせる奴は一人しか知らない」

「トールさん以外にいるんですか!?」

ユーフィとメーリィが同時に問い詰める。

エミライアも意外そうな顔をしていた。

トールは苦い顔をする。

「冒険者序列十九位、百里通しのファライだ。あいつならハチの巣にするだろう」

正直、顔を合わせたくないと続けて、トールは腕を組んだ。

エミライアが困ったような顔をする。

「うーむ、頼みづらくなってしもうたな」

「頼み?」

意外に思って、トールはエミライアを見る。

これだけの魔力を常時垂れ流すような存在がわざわざトールに頼み事をする必要はなさそうだ。荒事は自力で片付ける実力があるだろう。

そうでなくても、この隠れ里には数百年生きている吸血鬼がごろごろいる。クラムベローを襲った魔機獣の群れがやってきても草むしり感覚で殲滅するだろう。

エミライアは覚悟を決めたような顔で切り出した。

「旧文明の遺跡ストフィ・シティの攻略を依頼したいのじゃ」