軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話  無理なんだな、これが

トールがロクックとバーで飲んでいる頃、ユーフィとメーリィの双子は魔機師コーエンの工房にいた。

日が傾いた空を見上げ、メーリィはここが魔機都市ファンガーロでよかったと嘆息する。

ファンガーロは眠らない都市だ。魔機の街灯が通りを照らし、二十四時間警戒の衛兵が都市周囲の魔機獣に備えている。

まして、ここはファンガーロでも名うての魔機師コーエンの工房である。魔機の明かりが煌々と灯り、実験に支障はない。

「それで、アルミニウムをどうやって得るのよ?」

コーエンがメモ帳を片手に尋ねてくる。

ユーフィは席を立って必要機材を並べ始めた。

(ゴーレム部品を鋳造するための簡易炉まであるのはありがたいですね)

(ユーフィ、レトルトはありますか?)

メーリィから思考が飛んでくる。

レトルトとは球体部分に実験試料を入れて加熱し、蒸気となった実験試料が球体の上部にあるクチバシ状の管を通って冷やされて液化した物を取り出す蒸留用の実験器具である。

ユーフィは棚を探し、鉄製のレトルトを取り出した。

(確保しました)

(炭酸ナトリウム)

(確保しましたよ)

(炭)

(ありました)

(コーエンさんに説明を始めるので、あとはお願いします)

(任せてください)

ユーフィに材料を揃えてもらいつつ、メーリィはコーエンに説明する。

「トールさんがいる時に考えていたのはホール・エルー法です。アルミニウムの精錬方法として地球世界で最も普及しているものです。これが登場する以前のアルミニウムは金より高価な金属でした」

メーリィが説明する通り、アルミニウムは非常に高価な金属だった。

ナポレオン三世がその有用性に目を付けたアルミニウムは酸素との結びつきが非常に強い。原料であるボーキサイトに含まれているのもこの酸化アルミニウムであり、融点は二千度。

氷晶石で温度を千度まで下げられることを利用するホール・エルー法が発明されるまで、電解精錬も難しかった。

では、ホール・エルー法以前はどのようにしてアルミニウムを得ていたのか。

メーリィが人差し指を立てると、実験準備を終えたユーフィがノリノリで口を開く。

「ひとーつ」

「アルミニウムが溶かせないならナトリウムを電解精錬して還元しましょう」

「ふたーつ」

「いっそ電気を使わずナトリウムを得ちゃいましょう」

「……あなたたち、結構楽しい性格してるのね」

少し呆れた様子ながら、コーエンは笑って問いかける。

「ナトリウムを電解精錬することはできたの?」

「アルミニウムの電解精錬の困難さは融点の高さにあります。対して、ナトリウムは融点が低いです。お塩を溶かせば電解精錬できますから」

そして、とメーリィは続ける。

「イオン化傾向、ご存じですか?」

「酸化のしやすさだね」

アルミニウムを探しているだけあって、コーエンは落ち物の知識がある。ある程度は双子の科学話にもついてこれるらしい。

トール以来の話が通じる相手の登場に楽しくなってきたメーリィはこくこくと何度も頷く。

「その通りです。そして、ナトリウムはアルミニウムよりもイオン化傾向が大きい。つまり、アルミニウムを還元できます」

「話は分かった」

コーエンはメモ帳に要点を書きこみつつ、口を開く。

「あのトールって男がナトリウムを電解精錬できるなら、それで還元した単体アルミニウムに魔力が宿らない可能性は高いね」

めどがついたことが嬉しいのか、コーエンはうっすらと笑う。

しかし、双子は部分的にコーエンの考えを否定した。

「おっしゃる通り、魔力が宿っていない単体のアルミニウムはこれで得ることができます」

「しかし、電解精錬はトールさんが必須」

「今後を考えるのでしたら、トールさんに頼らないで単体ナトリウムを得るべきです」

「トールを私が終身雇用するって手も――」

コーエンが解決策を提示しようとすると、ユーフィとメーリィは声を揃えて遮った。

「トールさんは渡しません」

「……はい」

苦笑しながら、コーエンは提案を引っ込めた。

「それで、具体的な手順については?」

コーエンが本題に戻すと、ユーフィが鉄製のレトルトをコーエンの前に置く。

「これで炭酸ナトリウムと炭の粉末を蒸留します」

「フランス人科学者がこの方法でナトリウムを得ています」

海藻灰、炭の混合粉末をレトルトに入れて、ユーフィはコーエンに押し付けた。

「これで還元用のナトリウムを得るとして、問題はアルミニウムの方です」

「酸化アルミニウムがあるわよ?」

そう言ってコーエンがボーキサイトを見るが、メーリィが首を振った。

「使うのは塩化アルミニウムなんです。これがなかなか難しくて」

「手順はボーキサイトを濃水酸化ナトリウムで溶かして水酸化アルミニウムを得た後、水洗いします」

「濃水酸化ナトリウムはもう手元にありますので、すぐに取り掛かれますね」

錬金術師の工房から取り寄せた濃水酸化ナトリウムが先ほど工房に届けられている。

メーリィはボーキサイトと濃水酸化ナトリウムを机に並べつつ、説明を続ける。

「バイヤー法では水酸化アルミニウムを千二百度で加熱して酸化アルミニウムを得ます。ですが、今回は塩化アルミニウムが欲しいので塩酸で溶かします」

説明して、ちらりと簡易炉を見る。

トールによるアルミニウムの電解精錬を行う場合、簡易炉で水酸化アルミニウムを酸化アルミニウムになるまで加熱するつもりだったのだ。

メーリィは簡易炉からコーエンへと視線を戻した。

「水酸化アルミニウムを塩酸に溶かし、加熱して濃縮します」

「この方法で出来上がるのは塩化アルミニウム六水和物。ですが、熱に弱いため塩化水素が逃げてしまい、水酸基が取れずに残ってしまう場合があります」

「ですので、塩化アルミニウムを作るには低温でゆっくり、できれば減圧して塩化水素が逃げないようにしたいですね」

一度説明を区切り、コーエンがメモを書き切るのを待ってから続ける。

「得られた塩化アルミニウム六水和物ですが、加熱して水分を飛ばし、塩化アルミニウムを得ます」

「空気中の湿気にも反応するので加熱時には注意してください」

「得られた塩化アルミニウムに単体のナトリウムを反応させて還元、塩化ナトリウムと単体のアルミニウムを得ます」

「以上が手順となります」

説明を終えたユーフィとメーリィは並べた実験器具と試薬に手を伸ばし、笑みを浮かべる。

「たくさん失敗しますけど、いつかは成功しますよ。きっとね」