軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二巻販促SS 桜ダンジョン

桜ダンジョン、観光地化に成功したダンジョンの典型例であり、階層ごとに咲く時期が違うため一年を通して花見が楽しめる攻略済みのダンジョンだ。

なお、咲いているのは桜ではなく――梅である。

「本当に梅ですね」

メーリィがじっくりと花を観察しながら、ユーフィとそろって苦笑する。

頭上を埋め尽くす薄桃色の花を見上げて特産の桜酒という名の梅酒を飲む人々は何も知らない。

トールは久々に嗅ぐ梅の花の香りに目を細める。

「まぁ、日本でも花見の起源は梅の花からだったって話だし、別にいいんじゃね?」

「名前が間違って伝わっている点が問題なんですよ」

「もう定着してるからなぁ」

トールは適当に空いた場所を探して周囲を見回す。

「豆腐と納豆の例もあるんだ。目くじらを立てることもないだろ」

「トールさん、豆腐と納豆の字が逆に伝わったというのは俗説ですよ?」

「……マジ?」

日本人の自分が知らないことでも、落ち物マニアであるこの双子なら知っている。今までの旅で散々思い知らされてきたが、今回ばかりはトールも信じられずに思わず聞き返した。

「納豆は豆が腐ったものだから、本来の字面は豆腐なんだろ?」

「いえ、豆腐は中国発祥で腐の字は液状のものを固めたもの、半固形の物を指しています。納豆はお寺の納所に保管していて腐ってしまった豆が発祥で、納所の豆で納豆です」

「豆鉄砲を食らった鳩の気分だ……」

軽口を叩きつつ、空いた場所を見つけて歩き出す。

両隣に並んだ双子がトールを見上げた。

「どうせなら、桜の木を探してみませんか?」

「この広大なダンジョンで桜を探すのか? 見つかると思えないんだが」

いつも索敵に使う赤雷も樹木の種類を判別するのには使えない。

しかし、この双子の観察眼ならば見つけ出すことができるかもしれないと思いなおし、トールは花見の荷物を抱えなおした。

攻略済みのダンジョンであり、観光地化もされている関係で魔物や動物の姿はない。それでも観光客や花見客はダンジョンの階層を繋ぐスロープからスロープの間の整備された道周辺にたむろしている。

人の多いところに桜があればとっくに見つけ出されているだろうと、トール達は自然と道から離れていく。

「梅の木があるくらいですから日本を含むアジア圏との繋がりがあるダンジョンでしょうか?」

「そこが不思議でな。出てくるのはサイのような魔物だったらしい。他にも空飛ぶサメなんかがいたらしいぞ」

「もしかすると、地球ではなくそのパラレルワールドに繋がっていたのかもしれないですね」

攻略済みのダンジョンであるため、今となってはどこに繋がっていたのかもわからない。

トールは後ろを振り返る。

「やっぱり、道の周囲は花見客用に木を伐採してあるんだな」

道から離れるほど木々の密度が濃くなっていく。

梅の木がほとんどだが、イチョウやカエデの木もあるらしい。各階層で時期がずれているため、別の階層では紅葉が見られるのかもしれない。

また、一口に梅といっても種類がいくつかあるらしく花も八重咲などの特徴が見受けられた。

「梅の種類は分かるか?」

「流石に見ただけでは分からないです。でも、桜とは樹皮の違いである程度は見分けられますよ」

「それなら、二人が頼りだな。見つからなくても森林浴ってことで割り切ろう」

魔物や魔機獣を恐れずにのんびりと歩き回れる森など、この世界には滅多にない。こうして梅の花の香りと景色を楽しみながら歩くだけでも贅沢をしている気分になれる。

ただ、長く歩くには荷物が少々重かった。

トールは荷物を持つ手を変えながら、ユーフィに声をかける。

「梅酢を買うのは花見の後でもよかったかもな」

例によって桜酢との名称で売られていた梅酢はこのダンジョンの特産品の一つだ。

わざわざ花見に持ち歩くものでもないため、失敗した気がするトールなのだが、双子の意見は違ったらしい。

「桜を見つけたら、その花弁と梅酢とちょっとの塩で即席の桜湯が作れます。結納でも飲む縁起物って話なので、三人で飲みましょう?」

「そういう魂胆だったのか」

道理で桜探しにこだわるはずだと納得した直後、メーリィが足を止めて一本の木を指さした。

「見つけました! 桜です!」

「えっ、本当にあったのか!?」

観光地化されているほどのダンジョンだ。安全確保のために内部の調査は徹底的に行われているはずであり、新発見などそうそうあるはずがないと思っていた。

しかし、メーリィが指さしている白い花は確かに他と幹の特徴が異なっている。

「梅と一緒に咲いているってことは、寒桜か」

桜色の五枚花弁の一重桜が満開になっている。伸び伸びと育った枝は四方八方へと無秩序に伸びて誇るように無数の花をつけていた。

花一つ一つはさほど大きくはない。周囲の梅よりも小さいくらいだろう。存在感はあるが、やはり周囲の梅に埋もれている。

「おそらくですが、梅と桜の区別がついていない人からすると本物の桜がここで咲いているのを見ても気付かないと思います」

桜の木の根元に立ったメーリィが花を見上げて呟く。

言われてみれば、桜だと思い込んでいる梅の木の中に本物の桜の木が紛れ込んでいても、種類が違うだけだと考えてしまうだろう。

寒桜で梅の木と同じ開花時期なのも手伝って、誰も気付かなかったのだ。

「散り方を見ればわかりそうなものだけど、一本だけだと散り際を見られる人も限られるか」

森の比較的浅いところではあるが、外からは見えない位置だ。

ゆっくりできそうだと、トールは荷物を置いて組み立て椅子を三人分取り出した。

「花見といこうぜ」

梅や寒桜が咲くだけあって肌寒い。

トールは荷物から銅線を巻いた金属製の筒を出して赤雷を銅線に通す。途端に発熱した銅線は金属の筒を加熱し、中の水を温めた。

「便利ですよね、トールさんの赤雷」

「魔機でも加熱器はあるだろ。かさばるから使わないけど」

トールは誇るでもなく言い返す。魔石が必要ない分、軽量化と省スペース化ができるだけで、同じことは魔機でもできる。

ユーフィとメーリィが荷物からコップなどを取り出し始める。

「梅酢と塩、それから採ったばかりの桜の花をコップに入れて――」

「本当に桜湯を作るのか」

「多めに採って桜漬けも作ります」

「気合入ってるなぁ」

綺麗な花を選んで摘み取っている双子を眺めつつ、トールは沸かしたお湯を三人分のコップに注ぎ入れる。

コップの中に咲いた桜の花が注がれたお湯の波紋に乗ってゆらゆらと揺れた。

「できたぞ」

トールが声をかけると双子は摘み取った花を置いて戻ってきた。

トールから桜湯を受け取ったメーリィとユーフィが乾杯をするようにコップを高く掲げる。

「それでは、始めましょう。我ら生まれた時は違えども――」

「待て! その口上は違う!」

ノリノリで桃園の誓いを立てようとする二人にトールはすかさずツッコミを入れる。

ツッコまれるのを分かっていたのだろう、ユーフィとメーリィはくすくす笑いながら、コップをトールのコップに押し当てた。

口上を任せる、という意味だろうと解釈して、トールは言葉を選びながら桜湯に視線を落としてから、コップを掲げる。

「花開いた俺たちの人生と旅路に――乾杯」

口にして恥ずかしくなる気障なセリフもたまにはいいものだと、トールは双子の笑顔を見て笑った。