軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

スペース

加藤さんの掲げた短槍。

──あれはダンジョン&キングダムで祝福した槍か。使っているあのスキルは……ああそうか。うん、なんだか、変な気分だ。まるで、子供の頃に考えてた恥ずかしい妄想の産物を、現実の知り合いが使っているかのような……

そんな人間らしい羞恥心が、少しだけ俺の心に沸き上がってくる。そしてそれはとても有り難かった。

俺は人としてまだ在るのだと、実感できるから。

そうしているうちに、加藤さんの槍が空間の狭間に差し込まれていくのがわかる。

ちょっと、苦戦しているようだ。

加藤さんを見ていると、全くの未開通のところを貫くのは初めてなのがわかる。

これまでは、ある程度時空に綻びがあるものを押し広げるようにして使用していたのだろう。

イサイサが受け止めきれない、ユニークスキルの代償の痛みが苦悶となって加藤さんの表情に現れている。

「加藤、支えてあげる」

「ま、まて。イサイサ、なにを──」

加藤さんに抱きついたイサイサの両耳から、イヤリングのチェーンが伸びていく。

──あれも祝福した武器だったっけ。イサイサは、なにをするつもり?支配の錫杖と生命の大剣じゃ、逆に足手まといになるんじゃ?

そんな俺の疑問に応えるように、イヤリングの形のまま、伸びたチェーンだけが加藤さんの槍に絡み付いていく。

「イサイサ、無理だ! そんなことをしたら……」

先に何かに気がついたらしい加藤さんが、叫ぶ。

遅れて俺も理解する。

イサイサは、自分自身にもユニークスキル『 博愛(ラブ) 』を使用しているのだ。

ユニークスキル使用に伴う代償を引き受けるユニークスキル。それを半ば故意に暴走させ、七武器で自らの肉体を支配し、その内側の形を作り替えることで無理やりユニークスキル自体を、ねじ曲げてようとしていた。

加藤さんのユニークスキルの『 空白(スペース) 』の代償を引き受けるだけでなく、その力を倍増できるように。

加藤さんが成さんとすることを、支えられるように。

「……大丈夫、もう私は十分に愛を広げられたと、思うの。偉大なるお方のお言葉のお陰で、たくさん世界を見れた。だから、ね。最後まで、やらせて?」

そんな無茶なことをすれば、当然、イサイサが無事で済むわけがなかった。

それを理解し、しかし俺は動くことすら出来なかった。

すでに溢れだした自身の力のせいで、ユシとしての肉体の枠組みすら、失っているのだ。そんな今の俺が下手に動けば、身じろぎするだけで、周囲一体どころか、この国自体すら消し飛びかねないと、わかる。

だから、俺は忸怩たる思いを抱えながら、姉たるイサイサがその命を、愛に捧げようとしている姿を、ただただ見守るしかなかった。

その間にも、姉の体が急速に小さくなっていく。まるで、とてもとても速く、歳をとっていくかのように。

どんどんと毛が抜け。

手足が衰え。

そして垂れた耳からは七武器へと繋がるチェーンすら、抜け落ちてしまう。

それと呼応するかのように、加藤さんの槍は徐々に空間を穿っていく。

それを見たのだろう。加藤さんへ掴まる力すら失ったイサイサの体が、ぽふっと、とても軽い音を立てて地面へと落ちる。

もう、原型をほぼとどめていないそのイサイサの体。ただ、その瞳が閉じる直前、確かに俺の方を向いていた。

そのイサイサの口が、音を形作ろうとしたのか、動く。

ただ、声はもう、発せられない。

それでも俺にはそれが「お姉ちゃん、がんばったよ」と言ったように、見えた。

そしてイサイサの鼻先が、一度だけ痙攣するかのようにピクッと動くと、満足げなその瞳から光が消えていた。

その光の消えた瞳を眺めるしかない俺の両目から、滴が一筋、垂れる。

まだ人としての涙が、この変容していく体のどこかに残っていたようだ。

そうして、イサイサのその献身は、無事に届く。

姉の愛に支えられた加藤さんの槍が、ついに完全に空間を貫く。

根本まで槍が空間の狭間へと潜り込んだ次の瞬間、何もないその場所に、亀裂が走る。

加藤さんのユニークスキルの真価が時空を変革する。

あらゆる場所に即時アクセスできる、時空間を超越した場──スペースが、世界に生まれたのだ。